花咲く旅路

1.死というこたえ

 なんだか、妙な胸騒ぎがする。 ぎゅうっと千尋は身に纏う豪奢な装束の胸元を握り締めた。しゃらりと装身具が音をたてる。 民衆を前にしたときの緊張とはまた違う、いやな鼓動を刻む胸を押さえ、千尋は不安げに視線を動かして辺りを窺う。即位の祝宴までの…

2.青い空におもう

 こんなにも涼しく爽やかな風が空から吹いているというのに。 こんなにも戦の憂いのない世に降り注ぐ光は暖かいというのに。 こんな優しい世を望んで皆、命をかけて戦ってきたというのに。 その果てに起きた結末は、あまりにも悲しくて残酷すぎる。 長い…

3.白き殯宮

 かつん、こつん、と硬質な音をわずかに響かせて、柊はゆっくりと広大な部屋を歩いていく。 王宮の一角に設えられたこの建物の床は、磨き上げられた白い大理石。高い天井を支える柱も、同質の素材で精緻な細工が施されている。 数代前の豊葦原王が、長戸国…

4.死人と生者

 夕暮れの光も消えかけた廊下にたったまま、岩長姫は眉を潜めた。入ろうとしていた部屋から漏れる声を不思議に思う。 なぜ今、彼奴の声がここから聞こえるのだろう。 まあ、そんなこと中にはいってから問いただせばいい。そう思って勢いよく扉を開ける。「…

5.残酷な神の御業

 どこからか、よく知っている風が吹いてくる。 そう感じ取った風早は、ゆっくりと顔を上げた。 誰も近づかないで欲しいという千尋の命令を伝え、そのくせ自身は殯宮へ向った柊はまだ戻ってこない。いつの間に、こんな刻限となっていたのか。 殯宮へ向う回…

6.星のように

 遠夜は、殯宮へと通じる回廊がみえる庭で、月を見上げて歌っていた。今ここに聴くことのできる者はいないけれど、歌わずにはいられない。 ゆったりと哀切に満ちた死者への手向け歌が、大気を震わせる。 それを乱すように大きく風を打つ翼の音に、遠夜は視…

7.黄泉へ下る

 千尋はほとんど何もしていない。眠ることも、食事を取ることも、水を口にすることもなく、ひたすら座していた。 どこか遠くから届く、星が震えるような響きの鈴の音を聞きながら、千尋は月の光に満たされた宮の中で考える。 いつまでも、こうしていていい…

8.神聖な儀式

 限界ですね。 華奢な少女の身には、これ以上の負担は耐えられまい。 己が主の忠実な僕として、その幸せをいつも願っている。望みがあるならば、なんとしてでも叶えたいと思う。だが、その身を害することは認められない。 最後の別れに無粋に割り込むこと…

9.できることを

 最初に異変に気づいたのは、サザキの隣を歩いていた遠夜だった。 はっと何かを感じ取ったのか、わずかに伏せていた顔を上げ、あたりを見回して――遠夜は走り出した。普段どこかおっとりとした雰囲気をもつ遠夜のいきなりの行動に、サザキは驚く。「おい、…

10.仲間ゆえ

 その経験と生来の気質ゆえか、大らかに構えつつもどこか老獪さを滲ませて飄々としている女将軍が、じろりと床に寝かせられた千尋をみつめる。 かなりの速度でここまでやってきただろうに、息ひとつ切れていないのは流石の一言に尽きる。供を務めた兵たちの…

11.黄泉津大神

 千尋は、知らぬ道を歩いていた。手には生太刀。光る刀身が、道を照らし出してくれている。 己の胸を貫き、奈落に身を落として目を開けたそこは、闇だった。空間の足元は、かろうじて砂利だとわかる。 しかし、行く道は確かに続いているのがわかる。ゆるや…

12.彼と彼女と仲間の想い

 金色の髪の乙女に、黒い剣が突きつけられている。それは心の臓の丁度真上。刀身を中心に螺旋を描いて吸い上げられていくなにか。 なんだこれは――彼女は誰だ。 贄とはなんだ――俺は知らない。 俺はそんなことを望んでいない――彼女が生きてさえいてく…