金色の髪の乙女に、黒い剣が突きつけられている。それは心の臓の丁度真上。刀身を中心に螺旋を描いて吸い上げられていくなにか。
なんだこれは――彼女は誰だ。
贄とはなんだ――俺は知らない。
俺はそんなことを望んでいない――彼女が生きてさえいてくれればそれでいいのに。
なぜだ。なぜ、知らぬ女にそう思う?
なぜ、彼女はこんなところへ来ている。なぜ、俺は彼女を知らぬ。
この暗く冷たい黄泉の国に沈んでいる自分のために、どうして彼女はそこまでする。
戸惑う忍人に力が流れ込んでくる。
春の陽だまりのように優しく、そして時に夏の日差しのように苛烈な輝きを放つもの。それは、彼女の命であり彼女の魂であるとすぐにわかった。
冷え切った己を包み、欠けたものを補うように染み込むその力に、忍人は震える。
ひとつひとつ、失われたものが埋められていく。
それは、彼女の想い。彼女の願い。
伝わってくるただ一人を愛しく想う心、すべてをかけて供にありたいと願う自分へ身を焦がす恋慕の情に、胸が熱くなっていく。
――ああ、千尋も自分を愛してくれていた。
そう悟った瞬間、黒く凍っていたはずの忍人の心が、大きく脈打つ。
そうだ。
どうして、忘れていたのだろう。彼女は千尋。千尋だ。
あんな風に彼女を泣かせたくなどなかった。
自分も彼女に伝えたかった。果たすべき約束があったのだ。
死にたくなどなかった――ほんとうは、生きたかった。
愛していると――告げたかった。
今、自分は何をしている。何も出来ていないではないか。彼女がそのすべてを燃やして自分を救おうとしてくれているのに、応えることができない。
その愛しい名を呼びたくとも声がでない。その華奢な身体を抱き締めたくとも腕が動かない。
己の不甲斐なさに、心がねじりきれるようだ。どうしたら、いい。どうしたら。
忍人!
声が、ふいに届いた。それは生死をともにし、戦場をかけた大切な仲間の声。
重ねて聞こえてくる声は、どれも己を叱咤するものばかりだ。もはや罵倒に近い、だがそれは燃えるような励まし。
魂が、熱を帯びる。その声が、確かに己の力となるのがわかる。
それらを届けるのは、かつて加護を受けた玄武の広く深く穏やかな神気だ。
かの神だけではない。戦の中、千尋のために力を貸してくれた神々の力が降りてくる。朱雀に、白虎、そして青龍。だがもうひとつ、白く天を駆けて輝くような力がある。
だが、それに意識を割く余裕はない。
――ふざけんなよ、忍人! 姫さんを死なせたいのか!!
サザキの声が、一際大きく木霊した。
いわれずとも!
忍人は、心のうちで吼えた。
自分は誓った。千尋を護ると言の葉にのせた。言霊にかけた。
ならば。ならば。
千尋の魂と忍人の魂が交じり合い、そこに注ぎ込まれる神の力が溢れる。
「千尋――!」
叫びは光を生み、そして風を呼んだ。