色々と悩んで、とうとう今日という日がやってきてしまった。
ティアの家で開かれる、彼女の誕生日を祝うパーティは、あと一時間後に迫っている。
そのくせ、何を贈るべきか未だに決めあぐねている。こんなにも、自分には決断力はなかっただろうか。
レクスは、いらいらと店が並ぶ通りを歩いていく。
とはいえ、実際のところ自分にはあまり持ち合わせがない。その中で、ティアに贈りたいと思えるものとはなにか。ティアがどんなものを喜んでくれるのか。見当すらつかない。
親友だなんだと豪語して、ずっと近くにいたのに。自分のしたことを許してくれて、恋人になってくれたのに。
自分のことに精一杯で、ティアのことを何も知らなかったという事実に、レクスは打ちのめされていた。
足取り重く、いろいろとウインドウ越しに眺めたり、店先を覗き込んでいるとき。
「よう、そこの悩める少年。ちょっと寄ってかないか?」
「……?」
どこか芝居がかった、陽気な声がかけられた。
ふと横をみると、少し路地を入ったところに、こじんまりとした出店があった。みかけたことのない店だ。いつもなら無視してしまうところだが、近寄ってみる。
声をかけたものの、レクスが本当に来るとは思っていなかったのか、店の男はちょっと驚いた顔をした後、目を細くした。熊のように図体が大きく、人懐っこさが滲むような、笑顔だった。
「いらっしゃい」
ざ、と見回した品は、銀細工が中心のアクセサリー。あまり外見にそぐわない品だ。
「どうだい彼女にひとつ。お安くしとくよ」
確かに、つけられた値段のわりに、石などは質のよさそうなものが使われている。どうしてこんなところで商売をしているのか、わからないくらいだ。
「女、が、」
「ん?」
「いやだから……その、女ってのは、どんなもの喜ぶんだ?」
「なんだ、ほんとに悩んでたのか」
わからないことを正直に告白したも同然の言葉を口ごもりつつ、意を決して吐き出したというのに、けらけらと豪快に男が笑うものだから、レクスは眉をひそめた。それを見た男が、悪かったと軽い謝罪を述べながら言う。
「そうだな。まあ、恋人なら定番は指輪だろ。次にネックレスとか……」
男が指し示すものの値札をみて、レクスは眉をしかめた。
「なんつーか、そんなに金ねえんだよ。それの半分くらいしかねえ」
「む、そうか」
正直なレクスの言葉に、男は腕組みをして考えた後、じっとレクスをみつめた。にやり、と浮かぶ笑み。
「じゃあ、身体で払え」
「あばよ」
ふざけた言葉に、顔を歪めて間髪入れず背を向けた瞬間――物凄い勢いで、レクスの首元がしまった。
「うげっ」
「まてこら、変な意味じゃねえ」
つい潰れた声をあげると、店の奥から太い腕を伸ばしてレクスの首元をひっつかんだまま、男が言う。
「離せ!」
ふざけんな、と目に力をこめてにらみつけると、ぱっと手を離した男は、また人懐っこい笑顔を浮かべた。
「おまえ、明日オレの工房にきて雑用やれ」
「は?」
言われたことがわからず、レクスがぴたりと動きを止めると、男は指を折りつつ言う。
「まずは掃除だろ。あと洗濯。それから倉庫の整理だな。まあ、それを金に換算して、おまえの手持ちの金とあわせるとー……。おう、これなんかどうだ?」
てきぱきとそういって、男が指先に掬い上げたのは、繊細なネックレスだった。可愛らしくて、ティアに似合いそうだと一目で思った。
ちら、と値札をみれば、確かにレクスの手持ちなどでは足りはしない。しかし、いまある金を払い、ちょっと雑用するだけでこれが手に入る。魅力的な提案だ。だが。
「……いいのかよ。オレが明日お前のところに行く保障なんてないだろ」
レクスのことを知りもしないのに、どうしてそこまでできるのか。
「いや、おまえは絶対くるだろ」
まだもらうとも言っていないのに、くるくると手早くペンダントを包む男は、自信たっぷりにそういった。レクスは、疑問と不満が入り混じった顔をするしかない。
「なんでそんなことわかるんだよ」
初対面の人間に対して、無防備すぎだ。騙されても文句はいえない。かといって、目の前の男は、たいそう人懐っこそうではあるが、そこまでお人好しにはみえない。
どうしてこんな対応をするのだろう。他になにか意図があるのか、とかんぐったとき。
「……可愛い彼女がいるんだろ? その子に顔向けできねぇ真似は、おまえはしない」
視線をあわせられて、レクスはたじろいだ。職人らしい、観察力があると思わせる、まっすぐな目だったからだ。
「一生懸命探してたじゃねえか。それみててよ、そう思ったんだ」
だから、あんなふうに声をかけてきたのだ、と。レクスは気付いた。
「……ちっ」
見られていたこと、見抜かれたことが気恥ずかしくて、ついつい舌打ちすると、男はにこにこと笑った。
「ほうら、これ持ってさっさと行った行った。彼女のこと、待たせてるんじゃないか?」
差し出された、簡素な包み。じっとそれを眺めたあと。レクスは、ゆっくりと手を伸ばし、受け取った。
その代わりに、大きな手のひらへありったけのお金を叩きつける。
に、と笑うと、同じように笑って返された。
「ありがたくもらってくぜ」
「おう、彼女によろしくな」
その言葉に、ふんと鼻を鳴らしてレクスは表通りに戻っていく。
「そうそう。オレの工房は、職人通りの北3番にあるからな!」
男の言葉を記憶に刻みつつ、レクスは暮れなずむローアンの街を走り出した。
下町の道を抜け、まっすぐにある一箇所を目指す。太陽は沈み始めれば、その姿を隠すのは存外早いものだ。あっという間にあたりに夜の気配が滲み出る。
だが、レクスの目指した場所は、外からでもよくわかるほどの賑やかさに包まれていた。窓から零れる橙色の明かり。もう、はじまっているらしい。
そんな家の前に、細く小さな影がぽつんと立っている。それは、家の中で行われている宴の、中心にいるべき人物だった。
「ティア……?」
「レクス!」
息を切らせたレクスの姿をみつけたとたん、ぱあ、と輝く笑顔。宵闇の中、明るくレクスを出迎えてくれる。泣きたい気持ちに似た感情が、胸にこみあげる。
「ここで、待ってたのか?」
今日の主役が何をやってるんだか、という皮肉交じりの言葉は、ティアの笑顔にかき消されて消えていく。
「うん! はやくレクスこないかなぁって、そればっかり気になっちゃって。ね、中にはいって? お腹減ってない? みんながお料理とかもってきてくれてね、食べきれないくらいなんだよ!」
きゃっきゃ、と心底嬉しそうにしながら、ティアがレクスを招く。
「まってくれ、ティア」
きびすをかえし、家に駆け込みそうになるティアを呼び止める。そのまま、ちゃんとこちらを向かせて立たせ、レクスは頭をかいた。
「その、なんていうかオレ、さ。実は――お前の恋人なのに、誕生日になにやっていいのかわかんなくてよ。それでこんなに遅くなっちまって。情けないだろ?」
ティアが、ぶんぶんと頭を振った。
「ううん! そんなこと思わないよ。それだけ一生懸命になってくれたんでしょう? たくさんのこと考えて、何がいいのか選ぼうとしてくれたんでしょう?」
こく、とレクスは頷く。じゃあ、いいの! と、ティアが笑う。
「で、これ……」
そういってポケットから突き出したのは、あの包み。可愛らしく装飾されているわけでもない。メッセージカードもついてはいない。
「わあ! ね、ね、あけてみていい?」
だけれど、ティアは手放しで喜んでくれる。自分からの贈り物に、こんなに反応を返してくれるなんて。ティアが、愛おしくてたまらない。
情けない声が出そうで、レクスが唇をかんで頷くと、ティアはその包みをあけた。
そこからでてきたのは、銀細工でできた、小さな羽のモチーフと、淡い綺麗な色をした石がいくつかついたネックレス。
瞳をきらきらさせながら、いそいそとティアがそれを身につける。
「どう? 似合うかな?」
えへへ、とティアが胸元でその存在を示す銀の輝きに、そっと指先を触れさせる。
「ああ――似合う」
レクスは、なんとかその言葉を搾り出す。
やはり、あの店主の目論見どおりだ。こんなティアをみてしまったら、残りの代金分、めいっぱい働かざるをえない。
レクスはティアの両手を暖めるように、包み込んだ。してやられた、といわんばかりのほんの少しの苦味を帯びた、照れくさそうな顔をして、言う。
「誕生日おめでとうな、ティア。あのな、いつか、いつか、だけどよ……。ここに通すもの渡すからさ。それまで、他のなんて貰わないでくれよな」
するり、細い左手の薬指を撫でる。
言いたいことが伝わったのか、ティアが息を飲んで真っ赤になった。レクスが、それにつられて顔を赤らめた瞬間、ティアが勢いよく飛びついてくる。
「うん、うんっ! 待ってる、待ってるから! 私、ずーっと待ってるから!」
「ちょ、馬鹿、そんな喜ばなくても……!」
急に抱きつかれて照れくさくなるものの、ティアが笑ってくれるなら、それでいいかなとレクスが思ったとき。
「ほら、そこでもうひとおし……!」
「きゃっ、ちょっとおさないでよ……!」
「あ、ごめんなさ……」
「うわわっ!」
ばん、とティアの家の扉が開き。その向こうから、よく知った顔があらわれた。
ぽかん、とレクスとティアはそろってその光景を眺めた。
折り重なった客人たちは、ばつが悪そうにそれぞれ視線を泳がせている。しかし、一番下になっているデュランは、いろいろとやばそうだ。数人の人間は、やはり重いらしい。
「な、な……!」
ぷるぷると、レクスの手が自然と震えた。覗かれていたという事実を理解して、意識が沸騰していく。
「……お、お前ら! みてんじゃねーよ!!」
レクスが、恥ずかしさと怒りが半々の状態で叫ぶと。
きゃーっと悲鳴なのか歓声なのかわからない声をあげ、全員が立ち上がり家へと戻っていく。ティアを引き剥がし、レクスはそれを追いかけて家へと駆け込んだ。
わたわたと最後尾を走るデュランに飛び掛る。
「ふざけんなっ、忘れろぉぉぉ!」
「うわわっ、な、なんで僕ばっかりー!」
ごめんごめんと繰り返すデュランの首を脇に挟むようにして押さえつけ、ぐりぐりとそのこめかみを力強く押す。
その様子に、狭い家からどっと笑い声が溢れる。
レクスは、ぎゅうぎゅうとデュランを押さえつけながら、おっとりと家へとはいってきたティアをちらりとみる。
ぱたりと扉を閉めた後。皆と同じように笑うティアの胸元に、優しい銀と淡い石の輝きが宿っている。それを確認し、緩みそうになる口元を引き締める。
とてもとても幸せそうに笑っているティア。その胸に輝く、銀の羽根ひとつ。
それに誓って、いつかもっと喜んでもらえるように。
あの指にふさわしいものを、いつの日にか胸を張って、必ず贈るために。
明日絶対、あの職人のもとを訪れようと思った、愛する人の誕生日。