幾千万の世界をこえて ~ 雨の日のふたり ~

Caution!!
 簡単にいえば、アヴァロンコードの転生もの+現代ものです。
 なんとなく妄想したら止まらなくなったので、思いつくまま書くシリーズです。

 

 

 季節は梅雨。その名称が示すとおり、本日の天候は雨。
 この国のこの時期は、こうなってしまうのは、もうどうしようもない。それは大自然の摂理であり、世界の在り方の一部である。
 遠い昔に世界から与えられた不思議の力を失い、ただの女子高校生として生きるティアには、どうすることもできないものだ。
 そうとわかっていても、どうにかならないものかと、思ってしまう。
「困ったなぁ……」
 一層強くなった雨を避けるため、思わず身を寄せたコンビニで、雨に沈み込むような町を眺めながら、ティアは眉根をきゅっとよせた。
 手提げの中には、スコーンとクロテッドクリームをつめた瓶がはいっている。甘味を好まないヒースとお茶をするために、砂糖の分量などを試行錯誤し、ティアが手ずから焼き上げ、つくったものだ。
 ふう、とティアは悲しげに溜息を落とす。
 いまからヒースのマンションにいくというだけで、風船のように膨らんでいた気持ちが、しゅるしゅるとしぼんでいく。
 ここ最近、とても忙しそうにしていたヒースにようやく会えると、心浮き立たせながら昨日から用意していたというのに、あんまりだ。
 こうして雨宿りする時間も惜しい。はやく会いたい。メールや電話などをしてはいるが、それだけでは、やはり寂しい。
 会って、あの瞳に自分をうつして笑いかけて欲しい。他愛のないおしゃべりがしたい。自分が知らない時間をすごしたヒースになにがあったのか、なにを思ったのか、教えて欲しい。
 好きな人のことはなんでも知りたい――そんないじらしい恋心を胸に、ティアはそわそわとガラス越しに空の様子を伺う。天が気まぐれを起こして、雨がやまないだろうかという期待をこめて。
 だが、厚い雨雲に覆われた空に、青い晴れ間が覗く気配はまったくない。むしろ、ティアの恋路に意地悪をされているような気がしてきた。
 むう、とティアはわずかにむくれる。
 家をでてきたときは、こんなにも強い雨ではなかった。梅雨独特の、しっとりとした霧のような雨だった。傘があってもなくても、ちょっとそこまで出かけるには、さして問題がないくらいの。だからこそ、これくらいなら大丈夫、と張り切って飛び出してきたのだ。
 そのときくらいにまで弱くなればいいとは言わない。ほんの少しでいい。雨足が弱まって欲しい。
 刻々と静かに過ぎていく時間とは裏腹に、ティアの心は焦りだしてた。
 家をでるときに、ヒースに連絡をした到着予定時間はとうにすぎている。心配しているかもしれない。コンビニで雨宿りをしていると、せめて連絡をするべきだよね、とティアは自分の鞄の中を探る。
 いつもなら、愛用の携帯電話の硬い感触がすぐに指先にあたるのに、いつまでたってもみつけられない。
 まさか、とティアは勢いよく鞄に手をかけた。
「……うそ」
 大きく開いてみたものの、さほど大きくない鞄のどこにも、携帯電話はなかった。
 最後に使ったのはいつ? スコーンを持っていくね、と電話したのはまちがいない。そのあと、どうしたっけ。
 確か、ヒースが「待っている」といってくれたのが嬉しくて嬉しくて、地に足が着いてないわよとママに笑われながら、スコーンとクリームを可愛い紙袋につめて――ああ!
 がくっ、とティアは肩を落とす。忘れてきた。テーブルの上に、置いてきた。そのことを思い出して脱力した。

 こんなときにかぎって~!

 悪いことは重なるもの、とはよくいったものである。
 いままさにそれを体験しながら、ティアは自分のうかつさに頭を抱えたくなった。
 ヒースの携帯番号もメールアドレスもばっちり記憶しているけれど、携帯電話が普及した現代では、公衆電話をみつけることはなかなか難しい。
 よく近所を出歩くティアの記憶にも、このあたりにそんなものはなかったと思う。とはいえ、店内にいるわずかなお客さんに、携帯電話を借してれませんか? と、お願いするのは躊躇われる。ヒースの携帯番号をその人の端末に残すのは個人情報を流してしまうようで、気が引ける。
 目線を下げてティアは悩む。
 濡れるのを覚悟で、ヒースの家までいくか。でも紙袋のお菓子は大丈夫だろうか?
 雨が小ぶりになるのをもう少し待つべきか。でもそうなる保障なんてどこにもない。
 自分の思考にどっぷりとはまりこんだティアの耳に、客が来店したことを告げるチャイムの音が届く。身に染み込んでいる習慣か、店員がすぐに「いらっしゃいませー」と声をあげた。
 いかにしてヒースの家にたどり着くか、それを真剣に考えるティアにとって、どんな客がきたのかなんて、率直にいうと興味がない。
 出入り口を一瞥することもなく、うーんうーん、と唸っていると、ふと影がさした。
「みつけたぞ、ティア」
「え?」
 低い声に名を呼ばれ、急に現実に意識を引き戻されたティアは、ぱっと横を向いた。
 そこには、シャツにジーンズというラフな格好をしたヒースがいた。普段のスーツ姿とは方向性がまったく逆であるが、相変わらず格好いい。鍛えられた体躯には、なんでも似合う。もちろん、好きなひと、という贔屓目はあると思うが、それを差し引いてもヒースは素敵な男性だとティアは思っている。
 しかしどうして、そのヒースがここにいるのか。
 思わず、ティアは自分の目をこすった。そしてもう一度みる。ぱちぱちと何度も目を瞬かせる。でも、瞬きに間にその姿は消えてしまいはしなかった。
「どうした?」
 ティアの動きがあまりにもおかしかったのか、ヒースがきょとんとしながら、わずかに身をかがめる。
「ヒース?」
「そうだが……」
 それ以外の何に見えるんだ? と、ヒースが苦笑する。だよね、とティアは頷く。そもそもヒース大好きなティアが間違うはずもない。
「えっと、でも、なんで?」
 想い人のおもわぬ登場に、うまく思考と口がまわらない。
 たどたどしく懸命に訊ねるティアに、ヒースが小さく笑った。
「電話があってから結構な時間がたつが、君がなかなかこないからな。電話をしても繋がらんし、なにかあったのかと」
「ごめんなさい……、家に、忘れてきちゃって」
 やはり心配をかけてしまっていたようだ。しゅん、と頭を下げると、濡れたヒースの靴が目にはいる。ティアは、ますます申し訳なくなった。
 意気消沈するティアを慰めるように、ヒースの大きな手がティアの頭を撫でてくれる。それは、気にするなといってくれているようで、ヒースの秘めた優しさに気づいたティアは、反省しながら胸をときめかせる事態に陥った。
「君は昔から、案外とそそっかしいところがあるからな」
「……うう、」
 とくとくと、やわらかに早鐘を打ち始めた心臓を認識しながら、ティアはヒースを見上げて首を傾げた。
「でも、私がここにいるって、どうしてわかったの?」
 通りに面した軒先で雨を凌いでいたわけではない。店内にいたティアに気づかぬまま、ヒースが通り過ぎることだってあっただろう。
 そんなティアの疑問に対し、ヒースがまた不思議そうな顔をする。
「オレが君をみつけられないわけないだろう?」
「……!」
 ぼひゅ、とティアは頬を朱に染めた。対するヒースは、自分の発言が至極当然のものと思っているらしく、顔色に変化はみられない。
 どこにても、ヒースがみつけてくれる。ヒースならば、みつけられる。まるで、目には見えないけれど、確かなつながりが二人の間にあると、認めてくれているようではないか。
 ティアの恋心を知りながら、上手にはぐらかすばかりのくせに、時折無意識でこんなことをいうから、ヒースはひどい男だと思う。
 でもそういってくれるのが嬉しくて、そのとおりに見つけてくれたことも嬉しくて、どんな顔をすればいいのかわからぬティアは縋るようにヒースをみつめた。
 と。
「というかだな、いつも迷子になって泣いている君をみつけるのは、オレの役目だったような気がするんだが」
「……え、えっと~……」
 懐かしむような、苦労を語るような、遠い目をしてそんなことをいうヒースに、ティアはさっと視線を逸らした。
 そういえば、遊園地やお買い物に家族ぐるみで出かけては、迷子になっていた。そのたびごとに、ヒースが必ずみつけてくれていた。
 迷子センターに迎えにきてくれるのはいつもヒース。パパと手を繋いでいたはずなのに、いつの間にやらはぐれてひとりぼっちでいたティアを探し出してくれたのもヒース。
 その節にはご迷惑をおかけしました――ティアは思わず、心の中で謝った。
 でも時効だよね、とちょっとずるいことを一瞬考えたティアに、ヒースがさらに追い討ちをかける。
「みつけたらみつけたで何故かもっと泣き始めるし、だっこかおんぶするまでその場から動こうとしないし……、なかなか骨が折れたもんだ」
「そ、そんな昔のこといわなくたっていいでしょ! いじわる!」
「ははは」
 大体、その場から動かなかったのではなくて、動けなかっただけだ。ヒースがきてくれたから安心して、もっと泣いてしまっただけだ。
 きゃんきゃんと小型犬が大型犬にじゃれつくような戯れを続けていると、店内の客が数人でていったらしく、「ありがとうございましたー」と見送る店員の声が響いた。
 それに促されたわけでもないのだろうが、ヒースが視線を外に向ける。
「ほら、そろそろいくぞ。すこしおさまってきたようだからな。いまのうちだ」
「あ、うん!」
 話に夢中になっているうちに雨が弱まっていたらしい。これならば、紙袋の心配をせずとも大丈夫そうだ。
 その前に、と別にそうしなければいけないというわけではないだろうが、なんとなく雨宿りさせてもらったお礼がわりに、ティアはチョコレートを買うことにした。スコーンもあるけれど、もう少し甘みが欲しくなったときに食べよう。
 これでやっとお茶ができると、待っていてくれたヒースと一緒にコンビニから出たティアは、出入り口のすぐそこにある傘たてに手を伸ばし――その動きを、ぴたっと止めた。
「あれ……?」
「どうした」
「傘がない……」
 淡いピンクの可愛い小花がプリントされたビニール傘が、ティアのものだ。だけれど、どこをどうみても、それは影も形もなかった。
 そういえば、さきほどお客さんが出て行ったけれど――まさか!
「なるほど。盗られたのか」
「うっ」
 現状を正しく理解するのがはやいヒースの言葉が、ティアの心にぐっさりと刺さる。今日はまさに、踏んだりけったりである。
「なくなってしまったのはしかたあるまい。残念だが、みつかることもないだろうしな」
「だよね……」
 はあぁ、とティアは深く溜息をこぼした。
 せっかく、友人たちと色違いで揃えたものだったのに。他人からみればただのビニール傘だが、ティアにとっては思い入れのあるものだった。傘泥棒許すまじ。

 ――あ、でもそれなら……!

 むむむ、と眉間に可愛らしく皺を寄せていたティアは、ぱっと表情を輝かせた。そして、高い位置にあるヒースの顔を勢いよく振り仰ぐ。
「傘を買ってくるから少し待て――って、なんだその顔は」
 嫌な予感がするのか、たじろぐヒースをみあげたまま、ティアは、にーっこりと笑って見せた。ひく、とヒースの頬がわずかにひきつる。それをみなかったことにして、ティアは言う。
「わざわざ買わなくてもいいよ。ヒースの傘にいれてくれればいいじゃない」
「……なんだって?」
 わずかな間を置いて、ティアの言葉を確認してくるヒースの腰に、ティアは飛びついた。
「あいあい傘しよ、っていってるの!」
「……」
 ぎゅっと抱きしめながら、上目遣いでヒースにおねだりをする。これで、たいていのことならば、ヒースが叶えてくれるのが常だ。どうあっても叶えてくれないことだってあるけれど、これはそこまでのものではないはず。
 案の定、ティアお思惑どおりにことは運んだ。
 強張っていたヒースの顔が、ゆっくりと諦めに崩れた。
 勝った! ティアは、可愛らしく小さなガッツポーズを決めた。
「はぁ……。たいして広くもないんだ、濡れても知らんぞ」
「やったぁ!」
 そうして、ヒースが手にした自分の傘を開く。夜空を切り取ったような綺麗なネイビーブルーが、雨の世界に丸い空間を描き出す。その中には、流星の軌跡のように、銀色をした傘の骨組みが走っている。それらを支える柄から続く握りの部分には、金色のネームプレートがついていた。
 やたらと高級そうなつくりの男物の傘の下で、ティアはヒースに寄り添う。
「問題なさそうか?」
「うん!」
 なるべく低く傘を持っているヒースが、ティアの様子を伺う。体の大きいヒースの持ち物なだけあって、小柄なティアがはいっても大丈夫だった。
 あいあい傘なんて久しぶりだ。
 ゆっくりと歩きながらティアは満面の笑みを浮かべる。
「えへへ、子供の頃にもこんなことあったよね」
「ああ、傘を持たずにいた君を公園に迎えにいったな」
「そうそう! 懐かしいなぁ。あのときは、おんぶしてもらって帰ったっけ」
 それは夏の暑い日、友人と公園に遊びに行ったというヒースを追いかけていった時のことだった。広い公園でヒースがなかなかみつけられず、とぼとぼと歩いていた幼いティアの頭上に、夕立の暗雲がたちこめた。
 あれよあれよといううちに雨が降り出し、ティアは慌てて、すぐ近くにあった遊具の下へと潜り込んだ。
 おかげで雨には濡れなかったけれど、公園から人はいなくなるし、だんだんと暗くなってくるし、心細くて膝を抱えたティアは、すんすんと鼻を鳴らして泣いていた。
 まるで、世界から取り残されてしまったかのような錯覚に陥っていた。このまま、家に帰れないんじゃないかと、そんなことあるはずないのに絶望しかけていた。
 そこに、息せき切ってやってきてくれたのがヒースだった。探しまわってくれたのか、足は跳ねた泥まみれだったし、汗もたくさんかいていた。
 でも、とっても格好良かった。
 薄蒼くけぶる世界の中、差し出された傘の鮮やかな色彩と、その下で太陽のように笑うヒースを、よく覚えている。
 あのときに、やはり自分にとってのヒーローはヒースしかいないと、ティアは確信したのだ。
 ふふふ、と遠く貴い思い出に浸りながら笑っていたティアの体が、急に道路の脇へと引き寄せられる。
「きゃっ?!」
 思わずあげたティアの小さな悲鳴をかき消すように、路地を通るにはいささかスピードをだしすぎな車が通り過ぎていく。
 驚きながらそれを見送るティアを、ヒースが覗き込む。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
 どうやら背後からきていた車にいち早く気づいたヒースが、ティアをかばってくれたらしい。なかば抱きしめられている状態のまま、ティアは引き寄せてくれたヒースの腕をそっと触れる。
 雨のにおいとは違う、ヒースのにおいに包まれて、ティアは震えるまつげを伏せた。こてん、と引き寄せられるように、ヒースの胸に額を押し付ける。
 幼い頃、雨の中を探しにきてくれたヒースに飛びついて、わんわん泣いたときと同じにおい。とっても安心できて、どうしようもなく恋しい。
 ずっとずっと、あの頃から――否、それよりも遠い昔から。
「――すき……」
「……」
 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな告白に、答えはない。返してくれるわけがない。そんなこと、よく知ってる。これまでに何度も何度も伝えてきた。そのたびごとに、ヒースは苦笑するばかりだった。
 いつからだろう。ヒースがそんな顔をするようになったのは。好きといったとき、「オレもだ」といってくれなくなったのは。あのときは、泣くティアを抱きしめてそういってくれたのに。
 せつなさを覚えながら、ティアはゆっくりと顔をあげる。ヒースは迷うようにその青灰色の瞳を揺らしている。
 そっと目を閉じて、ティアは精一杯に背伸びをする。
 雨に包まれた傘の下は、二人だけの秘密を共有するには、もってこいの場所のように思えた。
 だけれどティアの唇に、望むぬくもりは与えられることはなかった。その代わりにと、やわらかに額に落とされた熱に、ティアは酔った。

 いつの日にか、この口付けにこめられるものが、親愛ではなくたった一人への愛情となりますように――

 ううん、そう願うだけじゃだめ。私は絶対に、ヒースと幸せになる。
 だから。
「今はこれで、がまんしてあげる」
 すとん、と踵を地面へと下ろし、ティアは強い意志を秘めた瞳で、ヒースを得意げにみつめた。優勢なのは自分なのだとみせつけるように。諦めることなんて、絶対にないと宣言するように。
 少女の迫力と積極さに押されたのか、ヒースはなんともいえない顔をして、頭をかいて視線を逸らす。
 いつも堂々とした振る舞いのヒースからは、考えられない。もしかしたら、額に唇を落とした自分の行動に、戸惑っているのかもしれなかった。
 だが、嫌がっているわけではない。長い付き合いなのだから、それくらいわかる。だったら、まだまだチャンスはあるはず!
 うんうんと自分の恋路を自分で応援しているティアをよそに、ヒースがめずらしく気弱そうな声をもらした。
「はぁ……、すえおそろしいな、君は」
「えへへ、ありがと!」
「いや、褒めてないんだが……」
「そうなの?」
 疲れきった様子で、ヒースが頷く。
 ふぅん、といささかおおざなりな返事をしつつ、ティアは上機嫌にヒースの腕に自分の腕を絡める。
 いまは、こうしてヒースに逃げられないようしっかりと捕まえながら、ゆっくりじっくり距離を詰めていこう。そうしていつの日にか、恋人同士のキスをしてもらおう。オレもだ、って気持ちをかえしてもらおう。

 ああ、今日はなんていいお天気!

 さきほどまで雨宿りしながら天を恨めしく思っていた事実は、遥か高いところへと放り投げ、ティアは笑う。
 そして、一向にやむ気配のないそぼ降る雨の中、ぎゅうっとヒースの腕を抱きしめた。