幾千万の世界をこえて ~ 夏の二人の今昔 ~

Caution!!
 簡単にいえば、アヴァロンコードの転生もの+現代ものです。
 なんとなく妄想したら止まらなくなったので、思いつくまま書くシリーズです。

 

 

 ママー、と不安げに泣き叫ぶ声。
 自分の現状を把握していないせいか、元気いっぱいの笑い声。
 あちこち探し回った親が、安堵しながらも、ようやくみつけた我が子を叱る声。
 いろんな声に包まれながら、ティアは祭りの案内所兼遺失物および迷子預かり所の片隅で、小さくなっていた。
 身に纏うのは、紺色の浴衣。鮮やかな赤い金魚が、ひらひらと泳いでいる。帯は赤と緑のもの。後ろで可愛く飾り結びをしてある。髪留めも和風のものを選んできた。
 精一杯のおめかしをしたティアが、なぜにこんなところにいるのかということを語るには、まず今日がどのような日であるのか語らねばなるまい。
 今日は、古くからこの地域を守護するという地元神社のお祭りの日である。この町に生まれたものならば、必ずお宮参りをする神社で、住民から慕われ親しみをもって接せられている。
 広い境内は子供たちの絶好の遊び場だし、ときにはご神木の木陰でお年寄りたちが集っては他愛のないお話に花を咲かせる。
 何気なく立ち寄れば、代々この神社を護ってきた家の神主さんが人好きのする笑顔で挨拶してくれたりする。そんな、この町の日常に溶け込んでいる神社なのだ。
 そして、今の季節は夏。
 全国的にも比較的よく執り行われている、鬼を遠ざけ健康に夏を過ごすという祭事にあわせ、昔からいろいろな屋台が参道からその周辺に軒を連ねる。
 そうなれば、お気に入りの浴衣を着て、お祭りを楽しむべく繰り出すのが健全な中学生というものである。同級生と屋台をみてまわったり、ちょっと気になる子を誘ってみたり。そんな甘酸っぱい青春の思い出を、この祭りで刻んだ住人たちも数多いはずである。
 ティアもまた、大好きな人との思い出を作ろうと、はりきってやってきたのだが。
「うう……」
 その大好きな人とはぐれたあげく、お財布をいれた巾着袋を落とし、届けられてはいないだろうかとここまできたら、迷子案内所でしばらく待つように言われてしまったのである。どうしてこうなった。
 つまりまあ、今のティアの現状を端的にいうならば、迷子なのだ。
 中学生になったばかりなのに、まだまだ小柄で小学生と思われてしまう容姿なのも悪いほうへと作用したのかもしれない。愛くるしい面立ちは、悪く言えば童顔なわけであるし。
 落し物として届けられていないかたずねにきたはずなのに、「お母さんがくるまで待っていようねー」などと、優しい声をかけられてしまった自分に、ティアは自信喪失気味である。
 見回すあたりは、はっきりいって混沌としている。次から次へと子供がやってくる。どうみたってティアより年下の幼子たちが優先されるのは当然だ。ティアは、ぽつん、と片隅で座っているしかない。
 もう少し落ち着かなければ、声をかけるのも難しそう、と躊躇ううちに、時間は無情にも過ぎていく。
 どうしよう、きっと探してるよね、怒られるかな……と、ティアが憂鬱になってきたとき。
「ティア?!」
 聞きなれた声に、ティアは勢いよく顔をあげた。大きな人影を目にした瞬間、ぱあああ、と自分でもはっきりとわかるくらいに表情が変わったと思う。
 そこにいたのは、今日一緒にお祭りにきてくれた、恋しい人。
「ヒース!」
 満面の笑みを浮かべながら、ティアは履きなれない下駄を鳴らしながら、懸命に手を伸ばす。ぱふ、とその逞しい体に受け止められて、ティアは思わず頬をすりよせた。
「無事か?」
「うん!」
 そうっと頭を撫でられて、心配そうに顔を覗き込まれる。そんな顔をさせてごめんなさい、と思うと同時に、そんな顔をしてもらえて嬉しい。
 ヒースをみあげ、頬を赤くしながら微笑むティアに気づいたのか、近くにいたこの場の担当者と思しき大人が声をかけてきた。
「あなたは?」
「私の、「保護者です」
 ティアがいおうとした言葉を遮って、ヒースがいう。
 ヒースの身なりや、堂々とした態度からとくに疑いをもたれることはなかったようで、あっさりと納得したように頷かれた。
「ああ、お兄さんですか。せっかくの楽しいお祭りです。小さい子からは、目を離さないであげてくださいね」
「はい、申し訳ありません。お世話になりました」
 謝りながら頭を下げるヒースに、ティアは頬をふくらませた。こちらはデートであるつもりだったのに、ヒースのほうはまったくそんなつもりはなかったのだ。女心が木っ端微塵に砕かれた気分である。
 とはいえ、いささか納得がいかないものの、お世話になったことは間違いないので、ティアも同じようにお辞儀をして、案内所をあとにする。
「まったく、中学生にもなって地元の祭りで迷子になるとはな」
「……は、はぐれただけだもん!」
 思った以上の人の波に、小柄なティアは飲み込まれてしまっただけだ。そもそも手を繋ごうといったのを断ったヒースが悪い。
「どちらもたいして変わらん。心配したぞ。ほら」
「あっ、私の……!」
 呆れたように息を漏らしたヒースが、ティアに渡してきたのは、落としたとばかり思っていた巾着だった。中身を確かめてみると、とくに持ち物が壊れたり無くなっているということはなさそうだった。
「道に落ちていて、焦ったぞ。もしかしたら誘拐されたりはしていないかと……」
 そういって、長くゆっくりと息を吐くヒースに、ちくりと胸が痛んだ。よくみれば、ヒースの額には汗が浮かんでいる。きっと、一生懸命に探してくれたのだ。
「……ごめんなさい」
 もっと自分がしっかりしていれば、とティアは俯きながら謝った。ぎゅ、と巾着を抱きしめるようにしていると、ふわりと温かいものが頭を撫でた。
 おそるおそる視線をあげると、ヒースが優しく笑っていた。何度も存在を確かめるように髪を梳かれて、ティアはうっとりと目を細める。
 いつもは厳しいヒースの瞳が、こうしてあたたかく和む瞬間が、どうしようもなく好きだ。
「ほら、いくぞ。りんご飴が食べたいんだろう? 大きいのがいいのか? 小さいほうがいいのか?」
「買ってくれるの?!」
「ああ」
「やったぁ!」
 ぴょん、と飛び上がるようにして喜ぶティアに、差し出されたのはヒースの大きな手。
 何の気まぐれか、さきほど断ったくせに自分から手をだしてくるヒースをみて、ティアは目を見開く。
 でも、その気が変わってしまっては困るから。悲しい気持ちになるだろうから。
 ティアは、そこに小さな自分の手を重ね、にっこりと笑う。
 ヒースにとってこれはデートではないのだろうことは寂しいけれど、ティアにとってはいい思い出になる。
 大好きな人と、同じ時間、同じ記憶を共有できるのならば、いまはそれでだけで幸せだと思った――

 

 

 そういえば、そんなことあったなぁ……――、自分が抱く既視感が、実際のところそうではなく似たような体験があったからだと思い出したティアは、わざとらしく「えへ」と笑ってみせた。
 熱をもった足首が、じんじんと痛むのをひた隠し、健気に笑ってみせたというのに、年上の男は表情をまったく変えず、まっすぐにそんなティアを見下ろしている。
 絹紅梅の黒い浴衣が、鋼のような体によく馴染んでいて格好いいよ、なんていえる雰囲気ではなかった。ちくちくと視線が刺さって痛いです。
 居心地悪く目をそらしたティアに、冷たい声が降ってくる。
「ティア、いいたいことはあるか?」
「……ごめんなさい」
 びく、と肩を震わせたティアは、思わず俯いた。怒ってる。ヒースが、怒ってる。
 長年の付き合いで、静かに怒るヒースに何度も出くわしたことのあるティアは、身をすくませた。大きな声で怒鳴られるより、こうされるほうが怖いのはどうしてだろう?
 はー、とヒースが溜息をつきながら、額に手を当てる。
「まったく、大学生にもなって迷子になったあげくに足を捻るなど……」
「……だって」
 ひととおり祭りをみてまわったあと、ひとごみでヒースとはぐれた。携帯電話で連絡をとろうと思っていた矢先、目の前で小さな子供が転びそうになり、それを助けようと思わず手をだし――無理な体勢で力をかけてしまったせいか、その拍子に鼻緒が切れて、転んでしまっただけなのだ。好きで怪我をしたわけじゃない。
 そうして、助けた子供の親に付き添われて、この祭りの案内所にある救護のもとへとやってきて、ヒースに連絡をとり、今に至る。
 確かに、露店に夢中になってはぐれてしまったのは悪いけれど――怒らなくたっていいじゃない。
 じわ、と涙を浮かべたティアの傍らにたつ、祭りの案内所に詰めている担当者が、ヒースへと問いかける。
「あなたは?」
 ああ、とヒースがようやくその人に気づいたらしく、居住まいを正した。なんだか、この光景も見覚えるあるなぁ、なんて現実逃避気味に考えていたティアの前で、ヒースが言う。

「彼女の恋人です」

 思わず、ティアはヒースの横顔を凝視する。
 声をあげることもできないくらいに驚いた。一瞬、心臓が止まったかと錯覚した。
 二言三言確認するように話し合うヒースたちをみているというのに、その会話がまったく耳にはいってこない。
 わかるのは、ティアを恋人だとヒースが断言してくれたこと。
 ずっと前にそういってもらいたかったのに、『保護者』といわれて傷ついていた思い出が、ゆっくりと癒されていくような気がする。
 ほわわ、となんともいえない温かな気持ちが顔にでてしまいそうで、ティアは思わず頬に手を当てる。
 そんなにはっきり見ず知らずの人の前で『恋人』、だなんて――きゃあああ! と、内心悲鳴をあげながら身をくねらせる。
 と。
「ほら、下駄とこれを持ってくれ」
「あ、わわっ」
 ひょい、と脱いでいた自分の下駄と、まだほんのりと温かいベビーカステラのはいった袋を差し出され、ティアは慌ててそれを受け取る。
 そんなティアの頭上で交わされる会話は、急に現実に引き戻されたせいで、今度はよく聴こえた。
「お手数をおかけしました」
「処置は済んでいますが、念のためあまり無理に歩かせたりはしないでください。明日になっても腫れがひどいようでしたら病院へ」
「わかりました」
 頷いたヒースが、しゃがみつつ手を伸ばしてくる。意図がわからず、それをただ眺めていると、ヒースが言う。
「いくぞ、ティア」
「ひゃわっ」
 ひょい、と膝裏と背を支えられ、ティアの体が宙に浮く。驚いて、揺らがぬ肩に手を置いてみたものの、落ちるなどと心配する必要もないくらい、ヒースはティアをしっかりと支えてくれていた。
「では、失礼します」
 ティアを軽々と横抱きにして抱えあげたヒースが、小さく会釈をしてそのまま歩き出す。
 ぽかん、として顔で見送る担当者に、ティアも慌てて頭を下げた。
 というか、一歩外にでるとそこはお祭り真っ最中なわけで。
 なるべく人のいないところを選んでヒースは歩いているようだが、もちろんというか、はっきりいって目立つ。
 浴衣姿のお姫様だっこ。
 ティアだってその当事者でなければ、まじまじとみてしまうだろう。仲が良くて、いいなぁ、と。
 しかし、みられる立場となると……。ティアは、頬を赤らめ俯いた。
「あの、ええっと……も、ものすごく……みられてる、けど」
「仕方ないだろう。君が足をくじいているのだからな。恥しいだろうが、自業自得と思って諦めろ」
 できるだけ小さくなりながらティアが話しかけると、ヒースはさして気にもしていないようにそんなことをいう。
「……ヒースは、いいの? こんなに目立っちゃって」
「かまわんさ。今、君を歩かせるより、よほどいい」
「!」
 そういいながら、露店が立ち並ぶ道から路地裏へとヒースは進路を変えた。
 人通りが若干少なくなる。それでも、ここを裏道と知っている人は自分たち以外にもいるわけで、すれ違う人たちの生温い視線は相変わらず突き刺さる。
 でも、そんなことはもうどうでもよくなってしまった。
「えへ、えへへ……」
 にまにまと頬を緩ませるティアに、ヒースが呆れた顔をみせる。
「迷子になって、怪我をして、怒られたという自覚が足りないようだな?」
「そんなことないよ、あるよ~、うふ、うふふ」
 でも、顔が緩むのは仕方がない。だって、嬉しい。
 恋人だってちゃんといってくれたこと。
 怪我をした自分を気遣ってくれること。
 人目を気にせず甘えさせてくれること。
 ぎゅっと太い首に抱きついて、ティアは笑う。甘えるように鼻先を摺り寄せると、ヒースの匂いがした。
 そのまま身を任せていたティアであったが、ヒースの進む方向がどうも自宅ではないことに、ふと気づく。神社を中心に考えれば、ティアの家はまるきり反対に位置している。
「どこいくの?」
「オレの部屋だ」
 顔を覗き込んで首を傾げるティアに、前をみたままのヒースがいう。
 んく、とティアは息を飲んだ。
 何度もいったことのあるヒースが一人暮らしをしているマンションは、たしかにこちらの方向である。想いを通わせあう前まで、安易に出入りしていたところ。
 ほんのり、とティアはさきほどとは違う意味で頬を染めた。小さな心臓が早鐘をうちはじめる。
 いまはもう、子供の頃とは違う。いわゆる大人の階段をヒースに手を引かれてのぼってしまった今となっては、なんというか、いろいろと考えてしまうのである。
 ヒースの熱っぽい瞳、互いに触れ合う感覚が、ティアの脳裏を駆け抜けていく。もじもじと、恥しくて目を伏せる。
 そんなティアを抱えなおしたヒースが、気遣うような優しい瞳を向けてくる。
「君を少し休ませてから、車で送る」

 そういうことですか

「……あ、うん」
 自分が勝手に早合点してしまったことに気づいたティアは、一拍遅れで返事をしつつ、かっと耳も首筋も赤くした。
 今が夜でよかったと、ティアは思った。街灯の明るさはあるけれど、昼間よりは顔色はわかりづらいはず。たぶん。むしろそうであってほしい。
 悲鳴をあげて顔を覆い、できればこの場から逃げ出したい気分である。もしくは穴があった入りたい。
「そう気を落とすな、祭りは明日もあるだろう?」
「……うん」
 こんなにも身を案じてくれているがゆえの行動なのに、どうしてあんなことを考えちゃったんだろう。申し訳なくて申し訳なくて、声が震える。
 上の空で頷いたティアは、小さく溜息をつく。
「ティア」
「?」
 せわしなく胸を内側から叩く心臓を、なんとか落ち着けようとしているところで、ヒースが小さく笑いながら呼びかけてきた。
 どうしたの? と、目線だけで問いかけると、ぞくりとするような流し目を向けられた。薄く笑みを刻む口元が、なんだかとても楽しそう。
 ぼう、と一瞬見惚れたティアの目の前で、その唇がゆっくりと動く。
「なにを期待したんだ?」
「!?」
 からかうような色を滲ませた声でそんなことをいったヒースが、喉の奥を震わせて笑う。
 いわんとしているところをすぐさま理解したティアは、目を見開いた。見透かされていて、悔しくて恥しい。
「い、いじわる……!」
 わかっているくせに、そんなことを訊いてくるなんてひどい。憤りにまかせて、くつくつと笑うヒースの胸元を叩いてみるが、逞しいヒースはびくともしなかった。
「――まあ、君の足の様子をみてから、だな」
「!」
 二人だけにきこえるように囁いたヒースが、ふいに顔を寄せてくる。軽い音が、二人の間で弾けて、夜の暗がりへと消えていく。
 いとも容易く奪われた唇に指先をあてて、ティアは愛しい男を力なく睨みつけた。
「惚れた女相手なら、男はみんなこんなものだ。それに、今日の君は、浴衣がよく似合っていて綺麗だからな」
 飾らない賛辞が、ティアの胸にするりとすべりこんでくる。
 待ち合わせしたときにも、似合ってるとはいってくれたけれど、綺麗なんて言葉はなかったのに。
「……あ、あり、がと……」
 随分と長い間、可愛い妹分として扱われていたせいか、ティアはそういう単語に弱かった。ごにょごにょとくちごもりながら、なんとか礼を伝えれば、ヒースがどこか妖しさを滲ませて笑った。
「だから、欲しくないといえば嘘になる――覚悟だけは、しておいてくれ」
「……!」
 ティアの長年の想いが届き恋人となり、それからというものすっかりと開き直った感のあるヒースの言いように、ティアは頭のてっぺんから蒸気を噴出しそうなくらい、顔に熱い血潮をのぼらせた。ぱくぱくと、意味もなく唇を動かしてしまう。
 どうしようもなくて、でも、嫌じゃないってことだけは伝えたい。
 ティアは、そうっと恋人の逞しい肩に顔を埋める。頬を摺り寄せ、今、自分を彩る恋の色を隠しながら、愛しい人に「……うん」と小さく小さく囁いた。