ヒースはゆっくりと世界の十字路を北へと辿る。
じつに一ヶ月ぶりのローアンの街である。
そびえる天空塔は、魔王の一件で半ばから折れてから修繕されていないものの、あいかわらず高い。
本来ならすぐにでもその下にあるフランネル城にいるヴァルドもとへと参じなければならないが、少し顔をみるくらいならばいいだろうと、脳裏に一人の少女を思い浮かべて考える。
そもそも、彼女の住まいは街の入り口近くで、ほとんど通り道だ。久しぶりに弟子の顔を見たいと思っても、責められることはあるまい。
それに、長期不在でローアンに戻ってきた際には一番に顔をみせるよう、ティアにお願いされている。
見えてきた街への橋手前で右へ。そこからほんの少し西へいったところに、小さな家がある。そこが今のヒースが目指す場所。
と、その家の前にふたつの影があることに気づいて、ヒースは足を止めた。視線の先では、家主である少女と同じ年頃の少年が、屈託なく談笑している。
それはヒースもよく知っている。ティアとレクスだ。
ティアがにこにこと笑いながら、レクスを家へと招きいれるような仕草をする。背を向け、先に扉をくぐるティアの小さな背へ、レクスの手が当たり前のように自然に添えられる。
「お?」
親密そうなその雰囲気にヒースは目を瞬かせた。
そして、ぱたんと扉が閉じられて二人の姿は消えた。
ふむと、ヒースは顎に手を当てた。
自分がこの街にいない間に、恋人同士にでもなったのかもしれない。それはそれでいいことだ。人生無味乾燥ではつまらない。恋という彩があってこそ、輝く人生もあるだろう。
だが、なんとなく、手塩に掛けて育てた弟子の女の子としての旅立ちをみてしまったようで、申し訳ない気分になってくる。
「ま、邪魔するわけにもいかんしな」
独り言のようにそう呟いて、ヒースは来た道を戻っていく。
どうにも間が悪かった。ティアとの約束を破ることになるが、許してくれるだろう。苦笑いしつつ、橋を渡る。
変わりない平和そうな街の風景を横目に、戦争が終わってよかったと心から思うヒースの足が中央公園に差し掛かった頃。
「ヒース将軍?」
「?」
掛けられた澄んだ声に、顔を上げる。登りかけの階段の先に、一人の少女が立っていた。
「ああ、君か」
「こんにちは、お久しぶりです」
ふわりと野辺の花が咲くような、優しげな笑顔で会釈する少女にヒースは目を細めた。そのまま、少女は階段を軽やかに下りてくる。
「いつお戻りになられたんですか?」
「ついさっきだ。これから登城して皇子に謁見する予定でな。そういう君は、外出して大丈夫なのか?」
「ええ、ティアのおかげで随分良くなりましたから」
きゅっと胸の前で手を重ね合わせて微笑むファナに、ヒースは頷いた。青白かった面はいまや健康的に淡く色づいている。この分なら、もう大丈夫なのだろう。
「そうか。だが、無理はしないようにな。またティアが心配するぞ」
「はい。気をつけます」
そういえば、とファナが小さく頭を傾け見上げてくる。
「ティアには、もう会われたんですか?」
「いや」
ふっと彼女の家の前でみた光景を思い出し、ヒースは小さく笑った。もしかしたらファナも知っているのかもしれないが、べらべらと喋るわけにもいかず、事実だけを言う。
「訪ねようと思って家の前までいったんだが、どうも来客中だったようでな」
「――そうですか。じゃあ、ティアはまだ、将軍が帰ってきたこと知らないんですね」
ヒースの答えにいささか思うことがあったのか、ファナは長い睫を伏せた。
「ティアはヒース将軍に会えるの、ずっと楽しみにしてましたよ」
「ほう?」
「今日か、明日か、明後日かって……お仕事だってわかっていてもやっぱり会いたいって言ってました」
「ははは、いつまでたっても師匠離れできんやつだな」
声を上げて笑って、やれやれと顎をさするヒースを、ファナは顔を上げてまっすぐに視線で射抜いた。
「違いますよ」
「は?」
柔らかな声とは違う、凛としたその響きにヒースは目を瞬かせた。なぜだか、背筋を悪寒に似た感覚が駆け上がる。
「そうじゃないです。ただ、ヒースっていう人にティアは会いたいんです」
「あ、ああ?」
意味がわからない。
自分はティアの師匠であり、帝国の将軍であるヒースという一人の人間だ。どれも同じ自分である。それぞれに、さほど差があるようには思えなかった。
僅かに眉間に皺を寄せたヒースの耳に、僅かにあきれた色を帯びた溜息が聞こえた。
「なんていうか、意外に鈍いんですね……」
ぽそっと聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でそういって――ファナは、いつもの慈愛に満ちた様子で、にこりと笑った。
「では、私そろそろ失礼しますね。登城するところ、お邪魔してすみませんでした」
「あ、いや。じゃあ気をつけて家に帰るんだぞ」
その姿はヒースのよく知っている彼女そのものだったから、一瞬だけファナから感じたものがなんだったのか、考えるのはやめた。
「やだ、家はもうすぐそこですよ。ヒース将軍、なんだか学校の先生みたい」
くすくすと口元に手をあてたファナにそういわれ、なんだか照れくさくなってヒースは思わず頭をかいた。
「でもずーっとその立場じゃ、ティアがかわいそうだから……なるべくはやく気付いてあげてくださいね。あの子は大切な恩人で、私の親友ですから」
爽やかに吹いた風に髪をなびかせ、そんな言葉を残してファナはヒースへと背を向けた。
その小さな後姿が人の波に消えていくのを見送って、ヒースはファナの言葉を噛み砕き理解しようとしつつ、でも結局わからなくて。
ただ、風に乱れた髪を大きな手で撫で付けた。
フランネル城の扉をくぐり、手入れの行き届いた円形庭園の中央にある噴水をぐるりと迂回しながら、ヒースは固まった筋肉をほぐすように首を動かした。
報告が長くなったせいで、すっかり夜の帳は落ち、ガラスの粒を撒き散らしたかのような星が瞬いている。
皇子の父である皇帝の様子、首都やそこまでにいくつかある街の様子、魔物の出現状況、作物の収穫はどれくらいになりそうか――、などなど話すことは多岐に渡っていたからだ。
あとは明日にでも報告書をまとめておかなければ。
苦手な事務作業に思いを馳せ、げんなりとしてきたヒースは、なんだか軽く酒でもひっかけたい気分になってきた。
大きな門と城を繋ぐ、長い長い階段を下りていく。
警備の兵たちに一言告げて、門を潜り抜けた先、ひらりとひらめく影ひとつ。
「ヒース将軍っ」
「おっと」
ヒースは飛びついてきた小柄な少女を揺らぐことなく抱きとめた。
「ティア!」
「お久しぶりですっ! あの、昼間にファナから街で将軍のことみかけたってきいて……」
「そうか」
頬を撫でてやると、猫のように気持ちよさそうに目を細めるティアに、ヒースは笑った。
「会えてよかった!」
そう言うティアの身体はすっかり冷えている。ヒースは眉をひそめる。
「もしかして、ずっと待っていたのか」
「はい! だって、一番に会いに来てくれなかったじゃないですか」
全身の力が抜けていく。ここまで慕われて、ヒースはなんだか泣きたいような、すわりこみたいような、そんな気持ちになる。
ただ、率直にいえば嬉しいと思う。だからもう一度、ティアの頬に指先を滑らせた。
「悪かった。報告事項が多かったものでな。だが会うのならば、明日でもよかったんじゃないか?」
ふるふる、とティアは頭を振る。さらさらと肩で切りそろえられた髪が舞う。
「待ってるだけじゃだめって、ファナにも言われましたから」
「……?」
今さっき、「待ってた」といっていたはずなのに、どうしてそういう答えになるのだろう。
よくわからないが、このままここで話を続けるには夜風は冷たい。
「あー……まあ、いいか。ところで、食事はまだだな?」
こくん、と頷くティアの頭をぐりぐりとかき回す。
「ではこれから一緒に飯にするか。なんでも奢ってやるぞ」
「やったぁ!」
歓声をあげて喜ぶティアに、頬が緩んだ。まったく、このくらいの年頃に、いい気になっていた自分とは雲泥の差だ。素直でほんとうに可愛らしい。
そして、二人並んでローアンの繁華街へと向かって歩き出す。
「どうして帰ってきたときに、顔をみせてくれなかったんですか? 約束したじゃないですか」
「昼前に一応訪ねたんだが……。ちょうど君の家に来客があったようだったからな」
「えっと、あのとき、かな。お昼ごろにきたのはレクスだけだし――」
今日の出来事を思い出すように、ティアが唇に人差し指を当てて空を見上げる。
「そうそう」
にやり、とヒースは口元を歪める。
「いつの間に恋人同士になったんだ?」
顎を撫でつつ、わずかに笑い声を滲ませる。
そして、自分でそこまで言って、ふと思った。
このまま順調にいけば、彼らは結婚することになるのかもしれない。
そのときには、両親のいないティアの保護者として、婚姻の証人ぐらい師匠としてさせてはもらえないだろうか。
そんなことをつらつらと考えれば、あれこれと未来予想が生まれてくる。
きっと、あと三年もしたら、ティアはさぞかし綺麗な女になるだろう。
性格もいいし、引き手数多になるのは想像に難くない。
そうしたら、こんな風に自分を慕って周りをちょこちょこすることもなくなるだろう。
もしかしたら、白い結婚衣装のティアを連れて父親代わりにバージンロード歩いたりするのかも――などと、思考が妄想の域に達したところで。
「――ティア?」
はたと気付くと、後方でティアが立ち尽くしていた。
ひどく驚いた表情まま、凍り付いている。
「おい? どうした」
数歩戻りながら、そう声をかけながら手を伸ばして顔の前でひらりと閃かせる。
と、ティアのいつもは穏やかな瞳がつりあがった。
「ち、違います! レクスは……そ、そ、そ、そんなんじゃ、ありません……!」
真っ赤になってそう否定しはじめたティアに、ヒースは一瞬ぽかんとして、次に噴出した。
「な……、なっ、なんで笑うんですかぁっ」
わずかに涙目になり、震える声で責めてくるティアに、ヒースはなんでもないといわんばかりに手を振ってみせるものの、笑いを堪えることができない。
父親に交際を見咎められた少女の反応そのものだ、と思ったのだ。すでに子を持つ同僚や部下たちから聞いたとおり。怒るティアの手前、さすがに口にはできない。
「あー……、ああ、そうだな、うん。オレの勘違いだろう。悪かったな。まあ、そのうち紹介でもしてくれ。師匠として一言いっておきたいこともあるしな」
もう二度とあんなことはないだろうが、これからもずっとティアの信頼に応えてやって欲しいと、余計なお世話かもしれないが伝えたい。
あまり深く突っ込むのも余計にティアの心をこじらせるだろうと考えて、つとめてさらりとヒースがそういえば。
さらにギリギリとティアの目が釣りあがって――くしゃりと、泣き顔に崩れた。
え?
その表情の変化を逐一目に焼き付けてしまったヒースが、目を瞬かせて僅かに唇を動かした次の瞬間。
「ヒース将軍のばかっ!」
ぼろ、と溜まりに溜まった涙が石畳に吸い込まれるのと同時に、いつものティアからは考えられないような言葉が叩きつけられた。
「ち、違うって……いってるじゃ……ないですかっ」
「お、おい、ティア。何も泣かなくても――」
いきなりのことに焦る。近寄っておろおろと手を彷徨わせていると、公園を歩いていた通行人たちのひそひそ声が耳についた。
まずい。
世間体を気にする性質ではないが、非常にこの状況はまずい。いい歳をした男と、泣きじゃくる少女の光景は不審以外何ものでもない。このままでは、街の警備隊へ連絡されても不思議じゃない。
「ティア、とりあえずこっちにこい」
「うう~……ずっと、会いたかった、の、に……どうして、そんなこと、言うんですか……」
嗚咽の合間から零される言葉に謝りながら、そっと無理せずティアを誘導していく。ちくちくとした非難がましい中にも好奇心が絶妙に交じり合った視線を背に受けながら、逃れるように移動して公園の片隅のベンチへティアを座らせた。
その前に立ち、僅かに身を屈めてヒースはティアの頭を撫でた。
「気に障ったんだな。悪かった、無神経なことをいってしまった」
ぐす、とティアは鼻を鳴らす。
「レクスは、友達です……。辛いときに助け合ってきた、大切な、友達です……」
「ああ、そうだったな」
かつてそれぞれの道に旅立ったとき、決意を背に去っていった少年の姿を思い出す。
「すまない。いろいろと先走ったことを考えてしまった」
「……どんなこと、考えたんですか」
大きな瞳が、ヒースを射抜く。偽ることを許さないという視線に、ヒースは困ったように苦笑した。
「ティアもあと少ししたら結婚する年頃になることだし、どこの誰に嫁ぐんだろうと……そのときに師として世話できることはないものか……と、思ってな」
む、とティアが再び口を噤んだ。じわっと不機嫌な雰囲気が漂い始める。
また、怒りの琴線に触れることをいってしまったかと、手の動きを止めたヒースを、ティアはじっとりとみあげた。
「――ヒース将軍は、私がお嫁にいっても平気なんですか」
「平気って……そりゃあ、まあなんだ。寂しいな、とは思うだろうが」
誰かと夫婦になれば、こうして過ごすこともなくなるだろう。偽りなどなく、確かに寂しい。だが、それで師匠と弟子の信頼関係が崩れるわけでもあるまいし。
「だが、ティアだっていつか嫁にいきたいと想う男が現れるだろうしな。そういってばかりもいられんだろう?」
じーっと、ティアはヒースをみつめ続けている。柔らかそうな赤い唇が、妙に色づいて見える。なんだか気圧されつつも、視線は逸らせそうにない。
「私、お嫁さんになりたい人が、います」
「そうか」
やはり、そんな男がいるのではないか。レクスではないと否定していたから、一体誰なのだろう。
ふっと微笑んで、もう一度手触りのよい髪を撫でた。
「ティアなら、誰だって嫁にもらってくれるぞ。そいつは、世界一の幸せ者だな」
ヒースがそういうと、ティアの顔がわずかに明るいものになった。そして、張り詰めていた緊張感が少し薄れたことに安堵する。ティアが、目を伏せる。街灯の下、ほんのりと頬が染まっていく。
「そう思いますか?」
「ああ」
ちら、と見上げてくる瞳が潤んでいるのは、さっきまで泣いていたせいか。それとも別な理由か。だが、そんなこと考える余裕がヒースにはなかった。本人は落ち着いているつもりだが、ティアを泣かせてしまったことに内心焦っているからだ。
「ほんとうに?」
「オレが嘘ついたこと、あるか?」
否定するように頭を振るティアに「そうだろ?」といえば、ほんの少しその顔が綻ぶ。ティアが、もじもじと自分の腿の上で指先を絡み合わせる。
「ヒース将軍は……人は、幸せなほうがいいと思いますか?」
顎に手をあて、眉を顰めつつ未来をみるように視線を上げる。
「ん? そうだな、不幸よりは幸せなほうがやはりいいとは思うが……」
つい自分にあてはめて考える。それが許されるかというと……これまでのことを思い出し、歯切れの悪い答えをこぼす。
と。
「じゃあ、貰ってください」
「は?」
夜風にのって聞こえた言葉に、ヒースは己が耳を疑った。ゆっくりとかみ締める間もなく、ティアが続ける。
「ヒース将軍が、貰ってください。私なら、誰だってお嫁さんにしてくれるんでしょう?」
これ以上なくきっぱりと、ティアが言う。
「……」
ひくりと、ヒースは己の頬が僅かに引きつるのがわかった。
懸命にそれを抑え込んで、ヒースはティアの顔を覗き込む。
泣いて赤くなった瞳が一心に見上げている。嘘をついているようにも、冗談をいっているようにもみえない。そこには真剣そのものの、強い意思の光が宿っている。
「それに、人は幸せなほうが、いいんですよね?」
それは、つまり――ティアを嫁にもらって自分が幸せになれ、と?
そういわれているのだと理解した瞬間、どっと汗が噴出した。
いやいやいや、待て待て待て。
なんでこんな話になったんだ?
そもそもティアとレクスが恋人同士で――、ああ、これはオレの勘違いだったか。
えーとえーと、そこでティアが嫁にいくだのの話になって、連れ添いたい相手が現れれば、そういう人が今いるから云々で……その相手が、自分ということか?
今までにないほどに混乱し、すっかり黙り込んでしまったヒースに痺れを切らしたのか、ティアがぎゅっとヒースの手を握った。
「約束ですよ」
「あ、ああ……?」
するり、と小指にティアの小枝のような白い指が絡まる。
「絶対ですからね」
「お、おう……?」
勢いに流されて小さく頷くと、さきほどとはうって変わってティアが微笑んだ。寂しげな色も、悲しげな色もない、苛立ちさえも吹き飛んだ――それは会心の笑み。
ふわりと、風が動く。
いい匂いを纏った、柔らかな少女の肢体が、城門前のときよりなお力強くヒースにとびついてくる。
先ほどと同じように、思わず反射的に受け止めると、ティアがうっとりとこちらを見上げながら、言う。
「ファナに言われたとおりでした。待っていてもどうしようもないみたいだから――これからは、私が頑張ることにします」
そして、ごろごろと喉を鳴らす猫のように胸へと頬を摺り寄せてくる。
その薄い肩に手を置いて、ヒースは考える。
確かにティアのことは嫌いではない。むしろ好ましいと思う。だがそこに恋愛感情はなかった――と、思う。
が、今はそうはっきりと断言できそうにない。あからさまに、心の根幹が揺れているのを自覚しているからだ。
とはいえ、ずいぶん歳も離れているというのに、なにが良くて自分なんだ!
本気なのかと問いたい気もしたが、一度こうだと決めたら儚げな印象とは裏腹に、絶対成し遂げるティアのことを思えば、間違いはないのだろう。
これは、どうしたら……。
皇子への報告も、街での知り合いへの報告も、考えるだけで空恐ろしくなってくる。
絶対恨まれる。
うまい回避方法などまともに動かない思考回路ではじき出せるはずもなく、すっかり魂の抜けかけたヒースに対して、ティアは告げる。
「ヒース、だいすき」
甘く甘く囁く少女の声を、どこか遠いところで聞きながら。
ヒースは思い馳せる。
周囲の人にからかわれまくる未来に。幼女趣味だったのかといわれるだろう未来に。
ああでもそれも――仕方ない……のか?
腕の中のぬくもりが、死ぬまで傍らにあり続けてくれる幸福のためならば、それらはあまんじて受け入れなければいけないのだろう。
そこまで、もやもやと考えたヒースは、はっと正気に戻ったように気づいた。
自分がこんな年下の少女の勢いにすっかり流された挙句、物凄い勢いでほだされかけていることに。
本当に、どうしたら……!
幸せそうなティアとは対照的に、ヒースは若干青い顔をしつつ――かくりと、項垂れた。
これより一年、ティアが結婚できる年齢になったその日に、ローアンの街の片隅でささやかな、しかし幸せに満ちた式が執り行われることとなる。
指きりの約束を交わしたあのときが、そんな未来が決まった瞬間だとは、今は想像すらできぬヒースであった。