13.神の力

 岩長姫を見送ったあと、残されたものたちは千尋を中心として集まっていた。
「で、オレたちはどうすればいい」
「神の力を借りましょう」
 サザキの言葉にそういって、風早は左手に乗せた宝玉の中から、夜空のように深い青さの玉を右手で取った。
「宝玉を通して聖獣の力をこの場に下ろし、黄泉にいる忍人に力を送ります。千尋をともに守ってきた俺たちなら、同じように加護を受けた忍人に力を送れるはずです。幸い、千尋が黄泉への道を開いてくれている」
 魂の端を現し世に繋げたまま、異界へと無謀にも向かった千尋が空けた虚は、人の目にはみえずともそこにある。それを利用しようというのだ。
「それに、これは機会だ」
 ぐっと玉を手のひらの中に封じ込め、風早は小さく独り言のようにそういった。
 それを聞きとめた柊が、薄く笑いながらとろりとした緑を湛えた玉を手に取りつつ、言う。
「巡り廻る伝承の中、初めて起こったこの出来事を突破口とするつもりですか」
「きっと千尋なら、その先の世界を掴んでくる。俺はそう信じるよ」
「ちょっと、何のことかさっぱりわかんないんだけど」
 二人だけで通じ合うような会話に眉を潜めた那岐に、風早は異世界での教鞭をとっていたときのように、柔和な笑みを浮かべた。
「とにかく、俺たちに出来うる限りのことをしましょうということです。皆、やってくれますね?」
「さっきも言っただろ、オレは姫さんを死なせたくねーからな」
 サザキが炎を押しこめたような赤い玉を、さっと風早から奪い取る。
「あー、もう。ほんと世話かかるんだから、面倒くさいったらないよ」
 ぶつぶつといいながら、那岐が優しい春の陽射し色をした玉を摘み上げる。
「だから、そういう言い方をやめろと何度いえばわかる! 姫に対して失礼であろう」
 布都彦は汚れない雪を固めたがごとく白い玉を、そっと恭しく手にする。
『神は祈りに応えてくれる。祈りの光は力になる。きっと、届く』
 新月の夜のごとき黒い玉を握り締め、遠夜はその長いまつげを震わせて囁く。
「あとは神が応えてくれるか、が問題だな。だが、なんとかなると思えるから不思議だな。俺も存外、お前ら毒されたということか」
 くつくつ、と笑ったアシュヴィンが、最後に明るい空を封じたような玉を持ち去った。
「さあ、始めましょう。時間はあまりありません」
 横たえられた千尋を囲むように、それぞれが玉を持ち静かに立つ。主をもたぬ地の玄武の宝玉は、そっと床の上に置かれた。
 風早は告げる。
「神よ。我らに加護を授けし慈悲深き聖なる獣。龍神の神子を守る我らに、今一度その力を与え賜え」

 ――代償として、俺の神としての力と命を

 白麒麟として、もう存在することができなくなっても構わない。白龍が与えたこの試練を乗り越えるための力を、千尋のために――どうか。
 そう願い、ゆっくりと瞳を閉じる。
 最初に輝いたのは風早。
 手にした宝玉が、ゆっくりと明滅を繰り返す。
 少しずつ、少しずつ、手を取り合うような煌めきで、七つの宝玉は光を帯びていく。

 ――……応えよう

 威厳に満ちた、四つの声が重なり響く。
 千尋が黄泉へ旅立ったと同じように、宮全体に神気が満ちていく。
 そうして、それぞれに加護をあたえた神の力が津波のように押し寄せてきて、思わず数人が呻いた。
 それはあまりにも、熱くて重い。
 地の底へと手を伸ばすように、頭の先から足元へと駆け下りていく神の力は、人の身にはあまるものだった。
「くっ……!」
 那岐が、強大な神力に身を絞られながら唇を噛む。白い額に玉のような汗が浮かんでくる。
「う、お……以外に、きっついな!」
 ははは、とサザキが乾いた笑いを浮かべるが、その声は我慢に震えていた。
 玉を包みこみ、胸元で重ねた手に耐えるようにさらに力をこめながら、遠夜が目を閉じる。
 八つの玉が、神の力を人に降ろすための道標であるために、さらに星のように自ら輝く。
 聖なる獣に選ばれた者。その加護をもってして、神子を守りたいと願う風早たちの想いに応えて、聖獣の力が人の世に一本の柱となって降り注ぐ。
 それは千尋の魂を追いかけるように、黄泉へと突き進んでいく。受け取るべき者を探して暗い路を駆け抜けてゆく。
 しかし、人の身にはあまりにも過ぎた力に身体が軋む。選ばれたものとはいえ、限界はある。
「――――忍人!」
 風早は叫ぶ。この力を届けたい相手の名を、必死に呼んだ。
 それに続くように、仲間がさらに名を呼び重ね、それぞれ声を張り上げる。
『忍人……! 応えて……、神子のためにも!』
「将軍!」
「ああ、もう! 聞こえないのかよ!」
「兄弟子ばかり、働かせるものではありませんよ……!」
「惚れた女の一人も守れぬとは、笑わせる! 葛城将軍、しっかりしろ!」
「ふざけんなよ、忍人っ! 姫さんを、死なせたいのか!!」
 りん、と清らかな鈴が虚空から鳴り響く。
 彼らすべての声に応えるように、床に置かれた最後の玉――地の玄武の玉が輝いた。

 千尋の胸へと刺さっていた太刀が解ける。それは無数の光の粒に姿を変え。
 はじけるように広がると、いずこかへと意思を持って飛び去っていった。