審神者は、相手の部隊を見遣る。
率いるのは、同国の審神者である。自分と同じ中堅どころの男性だ。
隊長に小狐丸。隊員には、三日月宗近、江雪左文字、鶴丸国永、燭台切光忠、石切丸。希少度の高い太刀を中心とした編成だ。
演練場での戦いは夜戦ではない。そうなると、生存値が高く、統率も高い太刀で部隊を構成するのは定石である。
だがしかし、太刀ぞろいとなると、隠蔽・偵察がどうしても低くなりがちだ。対してこちらには、それらに長けた鯰尾がいる。索敵はこちらが有利。
練度はこちらと大して変わらない。が、小狐丸だけ、いくぶん練度が低い。おそらく顕現したのが他の刀剣より遅かったのだろう。今回の演練は、かの太刀の練度あげも兼ねているのかもしれない。
そんなことを考える審神者の耳に、演練開始の法螺貝の音が届く。それは、戦意を高揚させるように、模擬戦場に響き渡っていく。限界まで張り詰めた緊張感に目を細める。
演練――開始。
「主さん! 相手方は魚鱗陣です!」
相手の出方を伺うべく、斥候として前に出ていた鯰尾からの元気一杯の報告をうけて、審神者は小さく頷いた。
魚鱗陣は攻撃特化型の陣形だ。防御を捨てることになるが、希少度の高い太刀は刀装を多く装備できるし、太刀・大太刀も耐久度の高い刀装が装備できる。陣の欠点を、それで補うつもりなのだろう。
対するこちらが有利になるのは逆行陣。防御は薄くなるが、その分、機動力が増す。攻撃は最大の防御という。機動力を活かし、先手を打って相手方の戦力を削ぐのが上策だろう。
「了解。こちらは逆行陣」
素早く布陣の指示を出す。蛍は左の最端。御手杵は右の最端。中央には国広と鯰尾を並ばせ、正国は国広と蛍丸の間。獅子王は鯰尾と御手杵の間につく。
戦場を走る正国の金の眼が爛々と光っている。相変わらず、戦いになるといい目をする。
それに負けず劣らず輝く刀装――投石兵特上――が、打刀と脇差の周辺に浮かび上がる。そして、出現した刀装兵が一斉に投石した。
狙い済ましたかのように、相手方の先鋒であった太刀――三日月、鶴丸、江雪左文字と希少度の高い刀剣男士に投石が殺到する。
相手方の刀装の特上物が展開する。重騎兵だ。
並みの投石ならばそれで防御はじゅうぶんことたりる。だが、それらは相手方の刀剣男士を守って次々と砕け散った。特に被害が甚大なのは、三日月と江雪左文字。
まさか装備したものの大半が、投石で失われると思っていなかったのだろう。いずれも目を見開いている。
うちの投石刀装は、どこかおかしいのかもしれない。なにせ、投石メンバーは三人しかいないのに、壊してほしい刀装を的確に狙って消してくれるのだから。
小さな手でサムズアップしている投石兵の誇らしげな顔をみながら、審神者はそう疑問を持ったものの――可愛いし便利だから、まあいいかと考えることをやめた。
投石兵は機動の値に影響を及ぼさない。しかしそれでも、打刀である山姥切国広がこの戦場では誰よりも速い。それに追随するのは、黒く艶やかな髪をその名のように、尾として引きずり駆ける鯰尾藤四郎。
国広第一の傑作と誇られた打刀と、豊臣家の最後を炎とともに見届けた脇差が、戦場を舞う白い鶴へと迫る。
「うおぉッ!」
鯰尾が吠えながら国広の横から、一足飛びに鶴丸へと斬りかかった。だがその刃は、鶴丸自身へは届かない。だが、それでいい。投石を受けてもなお温存されていた鶴丸の刀装が、その鯰尾の一撃のもと、すべて引き剥がされる。
しまった、と眇められる金の瞳が捉えたのは、鯰尾との二刀開眼という連携を、見事に開戦と同時に繰り出すことに成功した、山姥切国広。
「はぁッ!」
纏う襤褸を押しのけるように響く、裂帛の気合。
五条国永が鍛えし細く優美な切っ先が、迎え撃つべく僅かに持ち上がるが――それよりもはやく、国広の切っ先が鶴丸の身体をとらえた。
袈裟懸けに斬られた鶴丸の、白い衣装が赤に染まる間もなく、その身は戦場より消えうせる。
演練ならではの現象だ。重傷を負った刀剣男士は、自動的に戦場から退出させられるようにできている。
「ふむ、やるな」
重騎兵特上を半分ほど失いながらも、薄い笑みを浮かべた三日月が鶴丸の穴を埋めるように前に出る。
いつの間にか抜刀されていた腰反り高い優美な刀身、打ち除けとよばれる煌きで幾多の人間を魅了し続ける天下五剣が、構えた国広の刀装をすべて切り払う。
「くっ……!」
「させるかよォ!」
眉を寄せ、奥歯をかみ締める国広の横から、獣のような獰猛さで三日月に襲い掛かるのは、同田貫正国。
現在確認されている刀剣男士でも最高の希少度を誇る三日月宗近が相手であっても、臆することなく踏み込む姿はまさに実戦刀の雄雄しさに満ちている。
「キィエアアァァ!」
満月を嵌めこんだような正国の瞳は、三日月を屠る未来しかみえていない。三日月に残された刀装を打ち砕き、僅かに切っ先を届かせて、軽症を負わせた。しかし、たりない。そういわんばかりに、正国が歯をみせて笑う。素早く後退した三日月もまた、それに応えるように笑みを深くした。
そのすぐそばで、太刀と脇差が切り結ぶ。
戦いに憂いながらも、その実力は刀剣男士のなかでもトップクラスの江雪左文字の一撃が、鯰尾の刀装を砕く。
だが、鯰尾の表情は曇らない。大きな紫の瞳は爛々と輝き、一遍の曇りもない。ただ、勝利を掴む未来だけをみている。怯むことなく振るわれた鯰尾の刃が、江雪左文字の刀装を斬り捨てた。
「痛いですよ、ほら」
彼らの戦いをすり抜けて、白い豊かな髪をなびかせ躍り出てきた小狐丸の刃が、刀装をすべて失くした国広に迫る。しかし、その間にわってはいった正国が、刀装を散らせながら迎え撃つ。
「おおおおお!」
がっちりと鎬を削るように切り結んだ正国の吠える様をみて、小狐丸の整った面が笑みを刻んだ。それは、獲物を捕らえた捕食者の悦び。太刀と打刀の力量には、刀種からくる差がある。太刀は、身体面で打刀より勝る部分が多々ある。
だが、正国は易々と狩られるようなタマではない。傷が走るその面は、さらに活き活きと輝く。命のやりとりに興奮するその姿こそ、戦国の世で多くの兵が命を預けた、折れず曲がらず同田貫という刀に相応しい。
両部隊衝突の第一波は、覇気と殺気と――精神が沸騰するような、興奮に満ちていた。
元来の機動が刀装により補強された刀剣たち――もって素早い剣戟を得意とするものたちが激突する傍ら、数歩遅れをとっていたものたちは、いままさに刃を交えようとしていた。
展開した逆行陣の右端を進んでいた槍の御手杵と、正面からみて魚鱗陣の右最端に控えている大太刀の石切丸の視線がかちあう。
石切丸は現在確認されている刀剣男士中で、最高の打撃を誇る。また、大太刀ゆえの攻撃範囲の広さが恐ろしい。
そんな彼の側に控えるように走ってくるのは、これもまた太刀中で一番の打撃をもつ燭台切光忠である。
どうやらこちらに攻撃力を集中させているようだ。しかし、打撃力は劣っていても、対峙する獅子王と御手杵のほうが機動が上回る。その優位を活かし、燭台切光忠と石切丸をおさえねばならない。
希少度の高い相手側の刀剣たちは、こちらの打刀・脇差の刀装を容易く無に還していくだろう。そうして守りのなくなった自軍の刀剣たちは、大太刀の一撃は耐えられないだろうからだ。
たった一振りで戦況を覆す可能性を秘める石切丸を、いかにしてこの戦場から退かせるか。
駆ける獅子王と御手杵が目配せしあう。そして、先に出たのは獅子王だった。
「うおりゃっ!」
流れるような美しい動作で鞘を払うと、獅子王は燭台切へと切りかかった。無銘なれど逸話は名高い、平安時代の独特の姿をした太刀の一撃を、特上の重騎兵が防いだ。
砕けた刀装の向こうから、切っ先が鋭い軌跡で空を裂きながら獅子王へと迫る。しかし、燭台切光忠の反撃を、獅子王の周囲に展開した特上の重騎兵が弾く。
一瞬の間をおいて、そのまま彼らは刃をあわせる。一合、二合――裂帛の気合を重ね、幾度も切り結ぶ。その度に刀装は、ひとつ、またひとつと失われていく。
だが、どちらも決定的な一打には程遠い。相手から目を逸らす余裕などない。実力が、拮抗しているのだ。
よって、槍と大太刀の激突に、手を出せるものは周囲には誰もいない。槍と大太刀の、刺すか薙ぎ払われるかの、一騎打ちとなる。
それを理解しつつ走る御手杵の穏やかな風貌のなかで、一瞬の隙も見逃さないといわんばかりに、目だけが異様に底光りしている。
そして、中段の構えのまま、御手杵がはじかれたように前へと飛び出した。さらなる加速に対して、石切丸が大太刀を引き上げる。まだ距離があるぶん、受けるにはじゅうぶん間に合うと思ったのだろう。
だがしかし。
ただでさえ長い手足をもち、槍という性質もあって刀剣男士でも随一のリーチを誇る御手杵に、それは甘い考えだといわざるをえない。
御手杵が大地を散らしながら、力強く踏み込む。先手が柄を離れ、後手が身体全体を使って前へと押し出される。
石切丸との距離を正確に測り、そして大太刀が防御のために揺れる一瞬の好機に、穂先が滑るように切り込んでいく。
まさに針の穴を通すがごとく。人の頭蓋さえ容易く貫く銀の切っ先が、御神刀に迫る。
その必殺の一撃を防がんと、瞬時に展開する刀装は重歩兵。
石切丸の打撃を強化し、統率を底上げする刀装。斬りかかられたのであれば、それで守りは事足りただろう。
だが、槍兵にはそんなこと関係ない。刀装の守りなど、槍の渾身の一刺しの前には、あってなきがごとし。
きらめく美しい穂先が、石切丸の刀装にわずかばかりの損害を与え――その喉元を、刺し貫いた。
槍だからこそ成しうることができる、守りの僅かな合間をぬっての、見事な片手突きが決まった。
燭台切が、鋭く石切丸の名を叫んだが、僅かな残像を残し、石切丸は戦場から退いていく。それを見届けた御手杵が、槍を引く。その顔には、戦場には不釣合いと感じるほどの、いつものような朗らかな笑みが浮かんでいた。武器としての無邪気さが、空恐ろしい。
今、御手杵がやってのけた片手突きは、槍の保持力も低下し、先端の制御も難しい攻撃だ。素早さを誇る相手が避けてしまえば、御手杵は無防備になり、返り討ちにあう。
しかし、御手杵は肝心なときに当たり前のようにそれをこなしてみせた。まさに、東が誇る天下三名槍にふさわしい。
刺すしか能がないと彼はよくいうが、これ以上の働きはないだろう。
審神者は、腹の底からわきあがる静かな興奮に、薄い笑みを浮かべた。
打刀である国広と、脇差の鯰尾の素早い連撃が、相手の太刀へと迫る。
しかしながら、三日月、江雪、小狐丸は、それに冷静に対処していく。双方いずれも、もはや刀装の守りはほとんどない。
太刀が閃く。その一筋の銀の軌跡は、どれほどの切れ味を秘めているのか。連携も悪くはない。仲間の隙を補うような足取りは、まるで一団で舞っているかのように優美でさえあった。
対する打刀と脇差は連携がなっていないようにみえるほど、彼らの周囲を細かに動き回る。小狐丸が一団から抜け出るような動きをすれば、すばやく正国が側面から斬りかかる。三日月が横にそれようとすれば、鯰尾の突きが踊りかかる。
それはよくみれば、まるで――集団の規律を乱すなといわんばかり。その光景に、牧場における羊と牧羊犬を脳裏に思い浮かべる。さしずめ自分は牧場主か。
そんなことを考える審神者の視界の片隅を、するり駆け抜ける小さなもの。内側に鮮やかな緑を隠した漆黒の外套が、戦場の風に翻る。
に、と隠し切れない笑みに唇がつりあがる。相手の審神者と距離があってよかった。この顔をみられたら、なにかあると感づかれたに違いない。
審神者が熱のこもった視線を向ける先で、刀の弧を利用して引き抜かれるのは、大太刀。その長大さに見合わぬ小さな手で柄を握り締め、走るその姿は小柄であるのに頼もしい。
忍び寄る破壊的な力の影にいちはやく気づいたのは、太刀の舞の部外者となっていた燭台切光忠であった。蜂蜜色の隻眼が見開かれる。
「皆、かたまってちゃだめだ!」
獅子王とつばぜり合いを繰り広げながらも叫ばれた言葉は、だがしかし、遅かった。
軽症で衣服を血に染めながらきりあっていた国広が、相手であった三日月宗近を力任せに後方へと押しやり、右へと素早く飛ぶ。
その動きをに引きずられた襤褸布が宙にたなびく。
その向こうから躍り出てきたのは、小さくとも強大な力を秘めた大太刀――蛍丸。
唐突かつ無謀な動きで隙ができるだろう国広を狙うように前にでてきていた小狐丸の太刀筋の前に、蛍丸が滑り込む。その瞬間、精鋭兵が展開した。
驚愕に表情を変えながらも、踏み込んだ勢いを殺せなかった小狐丸の太刀を受け止めて、精鋭兵がわずかに散る。いかに太刀であろうとも、特上をすべてなぎ払うには、相当の技量を要する。しかし、この小狐丸はそこまで練度が高くなかった。
蛍丸の、緑色をした大きな瞳が、美しくも妖しく煌く。小さな足が、大地を穿つ。
手に力がこもる。柄を音が鳴るほどに強く握り締め――振りぬかれるのは、その身に見合わぬ長大な刃。阿蘇神社に奉納されし、大太刀の一撃をとめられるものは、その場に誰もいなかった。
光を反射し、白い輝きが空間を薙ぐ。
いつの間にか、そこにいたはずの鯰尾も正国もその攻撃範囲から退いている。
誘導されていたのだと、蛍丸の一撃の範囲に意図して集められていたのだと、相手の刀剣男士たちは気づいただろうか。
確実なことは、彼らの目に最後にうつったものは裂帛の気迫を纏った刃であったあろうことだけだ。
「じゃーん、必殺技でーす」
戦場に見合わぬ、いとけない少年の声が響いたときには、わずかに残っていた刀装ごと斬り捨てられた太刀――三日月宗近、江雪左文字――が、試合の場から退場していた。
相手の刀剣男士でその場にあるのは、重傷の小狐丸と軽傷の燭台切光忠のみ。
ここまでくれば、戦は決したも同然である。だが、刀剣男士としての矜持が、最後まで彼らを戦わせる。
響く剣戟の音色にあわせ、気迫のこもった声が交差する。
だがやがてすぐに、試合終了の音が響いた。
結果。
小狐丸と燭台切光忠は退場にはいたらぬが重傷。
審神者側の損害は、国広、正国、鯰尾が重傷一歩手前の中傷。獅子王、軽傷。蛍丸と御手杵は無傷。
傷一つ負わぬ戦いでなければならぬ、などと審神者はいわない。傷がつこうが、泥まみれになろうが、勝利は勝利である。ならば指揮をとるものとして、やることはひとつだ。
「よし、よくやった! さすが私の刀だ!」
審神者が手放しで褒め称えれば、嬉しげな雄たけびが響き渡る。
勝利した者のみがたつことを許される戦場に、誉の桜が幾重にも舞った。