とある国のとある本丸の片隅――と、いいたいところであるが、今回は政府が用意した演練場の片隅に、とある本丸の面々は集っていた。というより、店を構えていた。なんのこっちゃと思うだろう。だがそれが現実である。
ずらり、と横一列に並べられたテーブル、数々のコンテナに軽トラック。その上に溢れんばかりに載せられているのは、本丸で収穫された野菜類、山で採れた茸や栗をはじめとした山の幸、料理部を筆頭に各自が調理した惣菜・菓子。季節をこえて育てられた花でつくられた可愛らしい花束。草木染された絹の美しいストールや、繊細なつまみ細工の髪飾りに、愛らしいシュシュ。緻密にして大胆な彫金細工。片隅には、緋毛氈と野点傘を用いた、さりげない品を感じさせるお茶席。
さながら、どこかでとりおこなわれている収穫祭かフリーマーケットの様相である。もちろん一般的なそれよりは、幾分も小規模ではあるのだが。
それらの品々を用意した刀剣男士の面々は、楽しそうに店の飾りつけをしたり、味見をしたり、仕上げの調理にとりかかったりと、オープン前の時間をそれぞれ楽しんでいる。ぱっと見、とても微笑ましい。
手を動かしつつそれを眺めていた審神者は、手元に視線を落とした。
「どうしてこうなった」
本丸印の蜂蜜の瓶にラベルをはりながら、いつものジャージではなく、白衣に緋袴という出で立ちの審神者は、遠い目をして呟いた。
ちなみに、ぺたりと貼り付けたラベルのデザインは乱藤四郎である。
デフォルメされた大きなミツバチ一匹の周囲を、小さなミツバチが飛んでいる。おそらく、園芸部長の一期一振と部員たちをイメージしたものなのだろう。大変可愛い。いつも花に溢れる本丸ならではの、粟田口印の一品だ。
庭で養蜂がしたいといわれときにはどういうことかと思ったが、甘いもの好きな短刀の子もいるのだから、自然の成りゆきだったかもしれない。
「いかがなされましたか、主君?」
「……んー……」
お手伝いをしてくれている平野藤四郎の、きりりとした真摯な瞳にみつめられた審神者は、わずかに唸ったあと、笑った。皆が楽しそうなのだ。それがすべてだろう。
「なんでもないよ」
そういって頭を撫でれば、普段凛々しい平野藤四郎が、ふにゃりと顔を崩した。そんな彼と他愛のないことを喋りながら、審神者はラベルはり作業を再開した。
いろいろと考えるのが面倒になったんだろう、と審神者の心を読み突っ込むものは誰もいなかった。
そも、「どうしてこうなった」と審神者はいったが、すべては彼女が管理・運営する本丸が発端である。最大要因はお前だ、と誰か突っ込むべきである。
歴史修正主義者と戦いながらも、おのれの人生と刃生を全力で謳歌する審神者と刀剣男士たちは、米づくり、野菜作り、花の栽培、陶芸やら草木染やら料理やら――ようは、自分たちの好きなようにやってきていた。それはもう活き活きと。ああ、生きてるってこんなにも素晴らしい! 趣味大爆発!
そして、ある程度ならば、審神者の霊力で制御が可能である本丸は、作物づくりに最適な気候に整えられていた。
農業において作物が病気になるというのは収穫量に直結する。その予防に、農家は日々頭を悩ませるところである。しかしながら主因・素因・誘因がそろわねば発症はしない。
ちなみに、主因とは病原体のこと、要因というのは植物の素質のこと、誘因とは環境条件のことである。
つまり、植物を病気にする病原体があり、その病原体に弱い素質をもつ作物があり、病原体が活発に活動する環境条件等があり――そうして、はじめて作物は病気になるのだ。いずれかひとつ、もしくはふたつでは成り立たないのである。
審神者の霊力で整えられた本丸の田畑の気候は、完璧だった。どんな水稲・野菜・果樹を育てようとも、病気の誘因とはならないほどに完璧な生育条件であった。土も最高の条件だった。
その結果、作物は病気になることなくすくすと育ち、花を咲かせ、たわわに実り――大収穫とあいなったのである。
しかし、知り合いの本丸や政府機関内の食堂へ融通しているとはいえ、そこで消費するにも限界がある。本丸内でも随時消費はしているが、それをかるく超える量の収穫があったのだ。
しかも、これからもバンバン収穫できる。かといって、一般に流通させるわけにもいかない。
米の生産量は、国が厳格に定めている。本丸ひとつぶんとはいえ、そこに出所不明の米を流通させたらどうなるか。もちろん農家さんが困るだろう。さてどうする。
審神者と刀剣男士たちは途方にくれた。
兵糧攻めされたらたまらないよね! とかそういうんじゃない。収穫できすぎて本丸が破裂しそうで困るとか、想定の範囲外すぎた。
あーだこーだと悩んでいたところに、担当者がやってきた。
光忠の、『白いご飯にあう手料理』フルコースで「オコメオイシイネ!」と、軽くいっちゃった目でいわされたパン派の男である。
その彼が、審神者と刀剣男士の悩みをひととおりきいた後、「ならば、演練場で特産品販売をしてみるのはいかがでしょう?」と言い出した。
詳細を求めると、販売という形で味見をしてもらい、気に入ったならその本丸で使ってもらえばいいという考えらしかった。新たな流通経路の発掘といったところであろうか。
天啓だ……と、呟いたのは誰だったか。しかし、そこからが大変だった。
日々の歴史修正主義者の戦いのほか、はじめての特産品販売に向けて、彼らは突き進むこととなったのである。とはいえ、無計画すぎるのもよくない。そこで審神者は考えた。
販売するのは、米や野菜を中心とする。ロマネスコやコールラビなどの、趣味で育てた野菜は、よその刀剣男士たちにあまり馴染みがなさそうなので自粛する。そして、販売という形式をとるが、基本的に採算度外視とすることを伝えた。今回は、あくまで作物の消費を目標と定めたのである。
それをきいた博多藤四郎がなにやら悲鳴をあげていたが、一期一振によって宥められていた。商売人の魂に響いてしまったのだろうか。ちょっとだけ申し訳ないと思った。
くわえて、自分たちの作品を世に出したいのならば、販売を許可した。
すると、それぞれの部から、自分たちの努力の結晶を外部に提供できることに対して、想像をこえる反響が沸き起こった。
やる気スイッチオン! である。
それをオフにする術が、審神者にあっただろうか。いや、ない。
こうして、とある国のとある本丸印の特産品販売が、本日決行とあいなったわけである。
なお、さすがに全員参加は開催場所の広さ的な問題で困難であったため、今回の参加者は厳正なる抽選の結果、選ばれしものたちである。
「よし、これでおしまいっと。あとはよろしくね、平野」
ラベルを綺麗に貼って満足げに頷いた審神者は、できあがった商品を木箱へと丁寧におさめる。ちなみに木箱は山伏が作成したものである。丁寧に鑢もかけられており、滑らかな手触りが心地よい。
「では、並べてまいります」
平野が丁寧な物腰で、木箱を抱えてさっていく。それを見送った審神者は、その視線をそのままとあるものへと向けた。
特産品販売のために設けられた一角で自立しているのは、看板代わりのスタンド型黒板である。そこには販売開始予定時刻がチョークで書かれている。
その時間には少々はやいためか、こちらに近づいてくるものはいない。通りかかった審神者や刀剣男士たちは、皆一様に戸惑いの色を隠さず過ぎ去っていく。
それはそうだろう。戦うつもりで士気を高め、いざ演練にきてみたら、片隅で特産品販売の準備中とか、目を疑う光景に違いない。
「ここまできてあれだけど……、そもそもお客さんくるもんなのかね~……」
独り言のように呟いただけなのに、ささっと審神者の横に影が寄り添う。
「主命とあらば、客の一人や二人――いえ千人ひっぱってくるなどたやすいこと! さあ、この長谷部にお命じください!」
「いや~、それはちょっと遠慮しとくね。気持ちだけいただいとくね、ありがとう長谷部」
長谷部の機動力に、ずるずるとひきずられるよその刀剣男士とかみたくない。短刀あたりで想像すると単なる誘拐事件である。事案発生は避けたい。そうでなくとも、客を問答無用でひっぱってくるとか、とんだ悪徳業者である。長谷部の心意気はありがたいが、当然ながら却下だ。
「まあ、こなくてもいいんじゃねーの」
主命をいただけなかったと、心なしかしょんぼりとしている長谷部の頭を撫でていると、その隣に座り込んでいた同田貫正国が湯気立つジャガイモをアルミホイルからとりだし、バターをたっぷりとのせながらいった。ちなみに、某有名ホテルのバターだ。いつの間に本丸から持ち出したのか。ちょっとは遠慮しろ。
「ちょっとちょっと、商品のじゃがバターくいながらいってんじゃないの。正国はあんまりジャガイモだしたくないのかもしらんがね、ジャガイモも倉庫にいっぱいあるんだからね、少しでも消費しないと倉庫でジャガイモが芽吹くぞ? 倉庫の壁とか屋根を壊しかねないぞ?」
がふがふと齧りついていた正国が、口の端を拭って鼻を鳴らした。
「そうじゃねぇよ。俺ァ、今日はここに戦いにきたんだからな、客よりも戦だろ」
「ああ、そういうこと。そうだね、いつもどおりの活躍期待してる。部隊長殿」
「おう。任せろ」
獰猛さが滲む男前な笑顔を浮かべる正国と、審神者は拳をあわせて笑いあった。やはり畑作業をしているより、大好きなじゃがバターを食べているより、同田貫正国という刀は戦で一番輝く。
と。
「なあ、主ー! この申し込み用紙なんだが、ここ、訂正してもいいかー?」
「ん? どこー?」
少し離れたところにいる鶴丸が、ひらひらと白い紙を揺らしながら叫んでいる。視力には多少の自信が審神者だがあるが、さすがにこの距離ではみえやしない。
またもやジャガバターにかぶりついた正国を置いて、審神者が一歩踏み出した瞬間。
「あるじー! 安定がテーブルもうひとつほしいってー!」
「えっ、足りなかった?」
「主殿、切花の価格のことで博多がご相談したいことがあると」
「あれっ、この前価格決めたよね!?」
「主。キノコ汁の味みてくれるかな?」
「おおお……美味しそう、美味しそうだけど、ちょっとまて……! 順番! じゅーんばーん!」
清光、一期、光忠と連続で声をかけられた審神者は、待て待てと彼らを制した。聖徳太子でもあるまいし、一斉に声をかけられても対応できるわけがない。後々合流予定の担当者がいたらそれも可能なのだが。
米の販売のために用意した申込書に不備でもあったかな? そんなことを考えつつ、審神者は鶴丸のもとへと足を向けた。
そんなこんなでせっせと準備をすすめ、そろそろ開始時刻にさしかかった頃。
目の端に、雅な青が翻った。
申込書の訂正をし、博多と価格について検討しなおし、キノコ汁の味見を終えて太鼓判を出していた審神者は、はて、とそちらへと顔を向けた。
はたして、そこにいたのは美しい青年であった。一度みたら絶対に忘れることはないだろうその美貌。人としての姿形でありながら、人を超えたその魅力は、もはや呪いに等しいであろう。
そんな刀剣男士――天下五剣でもっとも美しいと名高い三日月宗近が、ふらりと現れれば普通に驚く。さっと辺りを見回すが、この三日月宗近の主らしき審神者の気配はなかった。
「主! その……ちょっといいか?」
代わりというわけではないだろうが、その傍らにいるのは、獅子王である。ちらちらと三日月と審神者の間を、その視線が行き来する。
どうやら獅子王が連れてきたらしい。
光忠や堀川あたりが世話焼きの筆頭刀剣としてよく知られているが、獅子王も同じだ。なにくれとなく、そしてさりげなく、何の気負いもなく、困っている誰かを助ける明るい性質はなんとも好ましい。
「はいはーい、どうした?」
小走りに彼らに近づきながら、審神者は思う。初のお客さんが三日月宗近とか、すごいんだかなんなんだか。
あ、あのな、と獅子王が一歩前にでて、もじもじとしながらいう。
「なあ、主。その、三日月がおなかへってるっていうんだ」
「はい?」
思わず首を傾ける。なんだか天下五剣にはあまりそぐわない言葉が聞こえたような。獅子王が、ぐっと一歩前に出て訴えてくる。
「厠から戻ってくる廊下をさ、なんかフラフラ歩いてたから話聞いてみたら、朝ごはんをくいっぱぐれたっていうもんだから、……その……!」
なんだと、と審神者は目を丸くした。
「演練なのに、朝ごはんぬきとかなんというチャレンジャー!」
朝食を食べないなんて、自分の本丸ではありえない出来事である。一日の活力は朝のごはんからだ。審神者は恐れおののいた。
もしかしてなんかの苦行? そう、首をかしげながら訊ねると、「いやそうではない」と三日月が鷹揚に笑った。
「それがな、俺が本丸内の『めざましどけい』なるものをすべてとめたゆえに、朝餉の支度が間に合わなんだのだ」
「なにしてんですか」
審神者は礼儀も忘れ、真顔で突っ込んだ。
「皆、朝起きるのがつらいというのでな、それならば好きなだけ寝かせてやろうと思ったのだ。なにぶん、前日は検非違使と遭遇して、皆が疲れていたようだったしなあ」
「なるほど、おじいちゃん的親切心」
ふむふむそれで、と審神者が続きを促すと、麗しい面を困り笑いに形作り、三日月はいう。
「だが、主にはこっぴどく怒られてしまったよ。はっはっはっは」
「そりゃそうでしょうねえ」
寝かせてもらえて体は楽かもしれないが、演練に遅刻するとか洒落にならない。
演練は組み合わせの関係もあって、エントリーだけは早めにしなければいけないのだ。
もしもそれが間に合わなかったら、午後にまわされることになり、その日の通常任務が達成できなくなる場合もある。なにより練度の低い刀剣たちの力を養うには絶好の機会なのだ。よほどの熟練審神者でもない限り、なるべくなら参加したいだろう。審神者も駆け出しのころは随分と世話になったものだ。審神者は、見も知らぬよその審神者に、心から同情した。
「なあ、だからさ、主。三日月に、その、なにか食べさせてやりたいんだ!」
「だが、俺はあいにくともちあわせがなくてな」
「なるほど」
はらはらとした表情の獅子王。ほけほけと笑っている三日月。
対照的な彼らを交互に見遣った審神者は、小さく頷いた。いいたいことはわかった。審神者は、ビッと親指をたてながら笑う。
「まあ、お客様第一号に出血大サービスってことで。YOU! 好きなもの食べちゃいなよ!」
「やった! さんきゅ、主!」
獅子王が、ぱあっと顔を輝かせ、心底嬉しそうにガッツポーズを決めて駆け出した。その爽やかさプライスレス。うちの獅子王天使だな、と審神者は心の中で思った。
「でも、なにがいいかな。好き嫌いあります? うちのはどれもおすすめだけど……って、うわ」
審神者の許可の言葉を待っていたかのように、わらわらとよってきたのは審神者の本丸の刀剣男士たちである。どうやらこちらの様子を伺っていたらしい。
「この焼きそば自信作なんだ。よかったら食べてみて」
そういって差し出されたのは、光忠のヤキソバである。本丸印の野菜がふんだんに使われており、ソースまで自家野菜からの手作りというこだわりの一品である。
「朝ごはんにするなら、おにぎりですよ。キノコ汁もどうぞ。うちの本丸の山で兄弟が採ってきてくれたんですよ」
堀川が、ささっとお盆におにぎりセットをのせてもってきた。米はいわずもがな、本丸で収穫されたものだ。ふっくらつやつやな米は、たいへん魅力的である。
「なあなあ、俺の大学芋も食べてくれよ!」
そういって、二人を押しのけるようにして差し出されたのは、芋部でも大学芋イチオシの獅子王のが作ったもの。小さなカップにころころと大学イモが詰められていて、デフォルメされたライオンの可愛らしいピックつき。
「三日月、あそこで茶を供している。あとでよっていくといい。歌仙のつくった練りきりがあるし、俺がおすすめの茶を煎れてやろう」
食後のお茶をさり気にすすめてきたのは、音もなく近寄ってきていた平安の太刀、鶯丸である。ありとあらゆる茶を嗜んだことによる自信が、品のよい微笑に滲んでいる。
光忠、堀川、獅子王、そして鶯丸からの言葉に、三日月は綻ぶ口元に袖を添えながら、うんうんと嬉しげに頷いた。
「そうか、そうか。どれも美味しそうだな。では、ありがたくいただくとしよう」
紺碧の狩衣を汚さないようにと、かいがいしく世話をやかれ、首元にナプキンをつけられた三日月が、幸せそうにおにぎりをほおばる。喉につまらせないようにと獅子王が緑茶をだしている。至れり尽くせりとはまさにこのことであろう。
うんうん、仲良きことは美しきかな――審神者は、心を和ませながら頷いた。
けして、介護されるご老人と心優しい孫の図と思ってはいけない。いけない。
鮭おにぎりとキノコ汁をたいらげ、はじめて食べるというヤキソバに口元を汚し、デザートに大学芋を味わう三日月宗近の食べっぷりは、みていて気持ちがいいものだった。
そして、天下五剣が店先にいると、いやでも目立つ。もちもちと頬を動かして食べている様子は至福そのもので、人の目をさらにひきつける。
いやあ、この三日月宗近は、実によい顔をして食事をする。いい客引きになるなぁ、などと審神者が感心していると。
遠巻きに『なにかやってるなー、なんだろー』と、ちらちら視線を向けている審神者や刀剣男士の合間から、一人の青年が飛び出してきた。
一直線に駆け寄ってくるその形相は必死である。
「三日月! やっと見つけた! 一人で徘徊するなっていってるだろ!」
「おお、主。よいところにきたな。一緒に食べぬか。ほれ、この甘くほくほくした芋も、見た目は面妖な茶色い蕎麦も美味いぞ。さきほど食べた握り飯の米も、いやはやよい出来だった。いつもこういうものが食べれるとよいな」
「お前ほんとなにやってんの?!」
駆け寄ってきた青年が、懐からポケットティッシュをとりだして三日月の口周りを拭う。三日月宗近は噂に違わぬマイペースさで、主たる審神者を自覚なく振り回している。審神者は笑いをかみ殺しながら、彼らに近づいた。
「三日月宗近がいる本丸の審神者さんですか?」
「あっ、はい! すみませんうちの三日月が! おいくらですか?! お支払します!」
ペコペコと、みているほうが申し訳なくなるくらいに頭をさげる青年審神者を制する。
「いえいえ、記念すべき初お客さんですから。お代についてはお気になさらず」
それにしても、と審神者は笑みを絶やさぬままいう。
「すごいですね、三日月宗近がいるなんて。なかなか現れない刀剣男士だってきいてますよ」
ちなみに、審神者の本丸に三日月宗近は当然だがいない。縁があればそのうちくるだろう、程度の期待度である。
希少度が高いのはわかる。だからといって、真名を叫びながら一振りすれば歴史修正主義者を一撃でなぎたおせる光の斬撃をだせるわけでもなし。縁があってきてくれるならば大歓迎、そういう認識なのである。それは、三日月宗近に限らず、すべての刀剣に対しての考え方であった。
青年審神者は、どこか自信なさげに眉をさげて笑った。
「いえそんなことないです。以前に政府から配布された札のことをよく理解してなくて、試しに使ってみたらきてくれて……。俺なんて、まだまだなのに」
「いやいや、縁があったからきてくれたんですよ。そこは胸を張りましょうよ!」
審神者は、ぐっと拳を握って青年審神者を励ました。そうだそうだ、と口元が綺麗になった三日月がそれにならう。
「この者のいうとおりだぞ、主。俺が寄り代に降りると決めたのは主のもとだったからだ。誇るがいい」
「おまえなあ……」
がくーっとうな垂れた青年審神者から、ぐうぅぅ、という地響きに似た音が聞こえた。あっと声をあげた青年が腹をおさえる。その頬は羞恥のせいか、見る間に赤くなっていく。
そうだった、と審神者は得心した。三日月がいっていたではないか、今日は本丸の朝食がなかったのだ、と。つまりこの青年審神者もハラペコさんなのだ。
にやり、口の端が持ち上がるのを堪えながら、審神者は思った。
ヒャッハー、ここにきたのが運のつきだぜェェェェ! うちの米の前にひれふせェェェェ!
脳内で悪役じみたことを考えつつ、しかしながらそれを表情におくびにも出さず、審神者は微笑む。対外用営業スマイル大事。
「ああ、気づかずにすみません。あなたもどうぞ食べていってください。おーい、なにかだしてあげてー」
OK! と爽やかに手を上げる光忠と、はい! と元気よく頷く堀川をみて、青年審神者が慌てだした。
「あっ、でもっ、皆を別のところに待たせているんで……! 三日月がタダでご馳走になったのにさらにオレたちまでそんな……!」
そういって断ろうとする青年審神者に、審神者は笑って言葉を重ねる。
「じゃあここに呼んだらいいですよ。朝ごはん食べられなかったって聞きましたし、演練の前にはらごしらえしたらいいじゃないですか、ね?」
「え」
そのあとも、なんだかんだと遠慮する青年審神者をなだめ透かし、端末で部隊長に連絡をとらせて数分後。
「おいしいです! 主様!」
「そうか、よかったなあ!」
一部隊六名の刀剣男士に、彼らを率いる青年審神者をあわせて計七名のハラペコ部隊がそろった。
お腹が減ってしょんぼりしていた今剣が、一転して幸せそうに顔をほころばせるのをみて、青年審神者もまた顔をほころばせている。歳の離れた兄と弟のようで可愛らしい。
青年審神者が率いる演練部隊は、隊長に陸奥守吉行を据え、隊員には今剣、三日月宗近、骨喰藤四郎、大倶利伽羅、太郎太刀。
よくしゃべりよく笑いよく食べてるのが前半三名。黙したまま、もりもりと食べているのが後半三名である。対照的だ。
各種おにぎりにヤキソバ、キノコ汁、芋部提供のイモ料理の数々。さすがに演練の前なのだから多少配慮はしただろうが、するすると彼らの胃におさまっていくのは圧巻だった。
もりもりとご飯を食べたあと、彼らはそろって頭をさげた。律儀である。
「ありがとうございました! すごく美味しかったです! 演練、がんばってきます!」
そう礼儀正しく述べる青年審神者の後ろに控える刀剣男士たちは、満足気な顔をして桜を舞わせている。あんなに調子良さそうだったっけ? と思いながらも、審神者は手を振った。
「ご武運を」
「はい! 演練後にまた寄らせていただきます。それでは失礼します」
見送るこちらの本丸の刀剣男士たちの応援をうけながら、彼らは去っていった。政府により定められた国ごとに演練は行われるので、筑前国に所属するという彼らと対戦することはないだろう。ぜひとも頑張ってほしい。
「主、そろそろこちらも時間です」
「そうか。ありがとう長谷部」
いわれて演練場の壁に設えられた時計をみれば、こちらもそろそろエントリーした際に伝えられた集合時間が迫っていた。
「じゃあ、私たちも演練にいこうかね」
「おうよ。ようやっと出番だな! おい、そろそろいくぞおめーら!」
あからさまに喜色満面、顔を輝かせる正国が号令をかけると、今日の演練参加メンバーに選ばれた第一部隊が集う。
本丸名物芋部こと、第一部隊所属の同田貫正国、御手杵、鯰尾藤四郎、獅子王、山姥切国広、蛍丸――戦装束に身を包んだ彼らを見回す。
さきほどまでの特産品販売の準備をしていた顔つきとは異なり、その瞳には模擬戦とはいえ戦事に対峙する興奮と期待が宿っている。いくつもの強い視線を真正面から受け止めて、審神者は頷く。
「今日も勝つぞ」
短く静かに勝利宣言をすれば、おう! と吠えるような力強い応えがかえる。
審神者はにやりと口元をつりあげた。刀剣男士の身体面、精神面、どちらもこのうえなく万全良好である。
戦に向けて逸る気持ちをおさえつつ、肩で風を切りながら歩き出す。
「じゃあ、あとはお願いね。歌仙、長谷部」
「わかったよ主。気をつけて」
「はい。お任せください」
少しずつ人の集まり始めたこの場を初期刀と近侍に任せ、審神者は部隊を引きつれて指示されている会場へと向かった。