輝く刀剣男士の狭間でどうしてこうなったと審神者が呟く 後編

「どうしてこうなった」
 真顔で呟いた、本日二度目の言葉にこたえるものは、誰もいない。
 練練は、いずれもいい勝負を繰り広げ、五戦全勝で終わることができた。
 参加者たちの満足げな顔と、舞いながら降り注ぐ桜を眺めつつ、意気揚々と戻ってきたのはいいが――そこは、出かけたときとはまったく違う賑わいに満ちていた。っていうか、めっちゃ賑わってる。
 米の申し込みには刀剣男士と審神者が列を作っているし、手芸部のほうには主に女性審神者による集団が形成されている。
 料理部が受け持つブースの前にはいつのまにやらイスとテーブルが設置されており、人で埋め尽くされている。しかも、そこで食事をしている刀剣男士は、もれなく桜を舞わせている。絶好調か。
 お客さんこないんじゃないのー、とか思っていた数時間前の自分って一体。審神者は、ううんと小さく唸った。
 と。
 どん、と腰から全身に衝撃が走った。なんだなんだと後ろを振り返りつつ見下ろせば、艶やかな白い髪をまとめた少年がくっついていた。見覚えがありまくりの彼である。
「ああ……朝に会った――三日月宗近と同じ本丸の、今剣だね」
 特産品販売のはじめてのお客となった青年審神者の、と付け加えれば、顔をあげて今剣が笑った。
「よくわかりましたね!」
 人懐っこい様子で張り付きっぱなしの彼の頭を、審神者は優しく撫でる。辺りを見回すが、あの青年審神者はみあたらない。今度は三日月に変わって今剣が徘徊してきたのだろうか。なるほど、三条と書いて自由と読む。
「もちろん、わからないわけがないよ。なにかあったかな?」
「きょうのえんれんで、はじめてかちました!」
 ぱっと審神者から離れ、腰に手を当てて誇らしげに胸をはる今剣の言葉に、審神者は顔を輝かせ手を打ち鳴らした。
「おお、はじめて? それはよかった! おめでとう!」
「はい! ここでたべさせてもらった、ごはんのおかげです!」
「うん? そうなのかな?」
「そうですよ!」
 興奮気味の今剣曰く、ここで朝餉を馳走になってから、かつてないほどに力がわきあがってきたのだという。
 主たる青年審神者からの霊力の供給も潤沢で、索敵も全て合成功するし、会心の一撃もよくでて、はじめて勝利を掴むことができたらしい。
「そうかー、やっぱり朝ごはん食べるって大事だってことかな。あ、そうだ、ちょっとこっちおいで」
「なんですか?」
 審神者は興奮冷めやらぬ今剣を連れて、堀川と和泉守がお菓子を販売しているところへと近づいた。手に取ったのは、堀川が可愛らしくラッピングしたクッキーの詰め合わせである。
「これひとつつみもらっていい? お金はあとになるんだけど……」
「おお、いいぜ! 金なんて気にすんな! これももってけよ」
「ありがとー、和泉」
 接客で忙しい堀川の代わりに了解の意をくれたうえに、さらに追加でパウンドケーキの包みをくれた和泉に礼をいう。接客もなかなか様になっている流行りの刀は、今日も格好いい。
 審神者は、事態がよくわからず、きょとんと立ち尽くす今剣へと、お菓子の包みを差し出した。
「はい。これ、お祝いね」
「いいんですか?!」
「本丸で留守番している仲間もいるんだろう? お土産にして、皆で食べるといいよ。和泉と堀川が作るクッキーは絶品だぞ。ほろほろと口の中でほどけていくのがまた美味い。このパウンドケーキもね、うちの本丸でとれた果物を干して洋酒につけたものがいれてあって、しっとりしていてよくお茶にあう」
「わー! みんなよろこびます!」
 包みを受け取り、喜び溢れる笑顔で身軽に飛び跳ねる今剣の、桜の勢いが増した。うむうむ、子供が喜ぶ姿はいとかわゆし。実態は付喪神なので子供ではないのだが。
「今剣ー!」
 そして、ばたばたと人を避けつつ、こちらへと駆け寄ってくる青年がひとり。
 ああ、朝にもこんな光景みたっけなぁ、と思いながら、審神者は彼を出迎えようと顔を向ける。
 その横を駆ける一陣の風。天狗とも名高い、彼らしい素早さである。
 今剣は、己の主たる青年に飛びついて、いましがたもらったばかりの菓子の包みをみせている。
「主様ー! おかしもらいました!」
 元気いっぱいの報告に、青年審神者が顔色を変えた。
「ああ、また……! ご迷惑をおかけしまして!」
「迷惑だなんてとんでもない」
「何度もすみません……!」
 今剣を抱きとめつつ、ペコペコと頭を下げていた青年審神者が、「あっ、そうでした!」と、顔を輝かせる。その様子は、さきほど抱きついてきた今剣に似ていた。
「ありがとうございました! おかげさまで皆の調子がよくて……! はじめて勝てたんです!」
 そうして、先ほどの今剣と同じように礼をいわれて、ついつい噴出しそうになる。ほんとうに、よく似た主と刀剣男士だ。
「いえいえ、皆さんの実力ですよ」
「とんでもない。俺、審神者になって日が浅いのもあって、なかなか皆に実力を発揮させることができなくて。でも、ご飯食べてからほんとすごくて!」
 興奮気味に前のめりになって話す青年審神者に様子からみるに、わざわざ褒めるための嘘をついている様子もない。
 とりあえずまあ、演練が満足がいくように終わったのならば、なによりである。
 そのまま青年審神者は本丸産米の申し込みをして、野菜を買い込み去っていった。そんなに調子がよくなったのだろうか。やはりご飯は大事である。
 彼の刀剣男士たちも嬉しそうだったので、彼らに出会えただけでも、特産品販売に踏み切ってよかったなぁ、と審神者は笑った。

 さてさて。各自の販売ブースはどうなっているだろう。
 青年審神者たちを見送った審神者は、なんとはなしに手芸部へと足を向ける。
 演練からもどってきたばかりのときは、よその審神者のお嬢さんたちでひとだかりができていたのだが、青年審神者と話をしているうちに、どうやら一段落したようだ。
「清光~、安定~、どんなかんじ?」
「あ、主! おっかえりー! もちろんいい感じだよ!」
「うん。お客さんたち、すごく喜んでくれたよ」
 粟田口お手製蜂蜜レモンを使ったジュースを手渡しながら問いかければ、いい笑顔で返された。
「そりゃよかった! まあ、二人が作る染物は綺麗だもんね。人気があって当然かな」
 どうやら喉が渇いてたようで、審神者が頷いている間に、清光と安定は一気にそれを飲み干した。
 審神者に褒められて、上機嫌かつ照れてはにかみ笑いを浮かべた清光が、でもね、と囁く。
「一番売れてるのは乱の作ったものかなー」
 ほら、と赤い綺麗な爪で指し示されるほうをみてみれば、そこには我が本丸で一、二の女子力を誇る乱藤四郎と一期一振がいた。
 審神者の一期ではない。よその本丸の一期一振である。にじみ出る上品さは同じだが、弟たちと花に囲まれているときの、蕩けるような幸せオーラがない。環境が人を育てるというが、刀の付喪神もそうなのだろうか。きりりとした王子様然とした姿は、まさに御物の太刀である。
 二人は商品が並べられたテーブルを挟んでむきあっておらず、まるでフリーマーケットにやってきた兄弟、はたまた恋人同士のように肩を並べて商品を覗き込んでいる。
 そんな彼らに声をかけようとしたところを、安定に止められる。清光としめしあわせたように、彼は口の前に人差し指をたてる。
 「しーっ」といっているところから推察するに「黙ってみていて」ということらしい。審神者も同じ仕草をして、了解の意を示した後、そっと乱と一期のやりとりに耳を澄ませる。
「これ、とっても綺麗でしょ、一兄!」
「ああ、この髪飾りは、乱の髪によく映えるね。とてもよくできている」
「えへへ、ありがと! 僕すっごく頑張ったんだよ」
 現世のアイドルも霞むような愛らしい笑顔を浮かべる乱の頭には、正絹でつくられたつまみ細工の髪飾り。菊の形を模しており、青を中心として寄せられた花びらは繊細な色の移り変わりを見せ、中央には純白の真珠が添えられている。一期一振がいうとおり、乱藤四郎の金の髪によく似合うだろう。
「これとかはね、粟田口の全員でお揃いにしてもいいと思うんだ。ほら、こうして手首につけるといいでしょ?」
「そうだね。おそろいというのは楽しそうだね」
 次に一期一振へとみせるのは、手首を彩る美しい組紐の飾りである。蜻蛉玉をとおしてあり、テーブルの上には様々な色を組み合わせた飾りが置いてある。たしかに、粟田口全員で、色合いを少しづつ変えながら、おそろいにすると可愛いかもしれない。
 ひとしきり話したあと、乱は一期一振の周囲をきょろりと見回した。
「ねえ、そっちの本丸に僕はいないの?」
「いるけれど、今日は演練に参加していないよ。かわりに遠征にでているんだ。連れてきたらきっと喜んだだろうに」
 大きな瞳にまっすぐみつめられて、一期一振が眉をさげた。ちょっと困ったような、寂しげなその表情は、世の女性を一撃で落とす威力があった。
 だが、相手は弟の乱である。なびくわけがなかった。いやもちろん、兄を慕う気持ちは多いにあると思うけれども。
 一期一振と同じように眉をさげた乱が、「そっかー」と肩を落とした。自分が好きで作ったものである。同じ分霊の乱藤四郎には絶対に受け入れられる自信があるのだろう。
 だが、すぐに発想を変えたらしく、乱はそうっと一期一振を上目遣いでみつめた。
「あのね一兄、これ僕が作ったシュシュなんだけどね、髪をまとめるのにすごくいいんだ~」
 そういいながら手に取ったのは、乱の瞳と同じように、空を思わせる綺麗な青に白いラインがはいった布で作られたシュシュであった。
「ねー、一兄~。そっちの僕、お土産にもらったら、すっごく喜ぶと思うなぁ……?」
 おねだりするようなその言葉に、一瞬、目を見開いた一期一振であったが、すぐにおかしくてたまらないといった風情で笑った。くすくすと口元に白い手袋で覆われた拳をあてて、しょうがないね、とばかりにもう片方の手で乱の頭を撫でる。その仕草には、弟に対する慈愛に満ちている。
「ふふふ、乱にそういわれてしまってはね。じゃあ、もらおうかな」
「ありがとー! 一兄!」
 きゃーっと乱が歓声をあげて喜びながら、一期に飛びついた。それを揺らぐことなく受け止めた一期一振の目じりは下がりっぱなしである。
 その様子を黙ってみていた審神者は、深く頷いた。
「……乱販売員すごいな……」
 思わずそう呟けば、うんうんと清光と安定が頷く。結果はわかっていたといわんばかりである。
「よその審神者も買っていってはくれたけど、乱の売り上げのほとんどは一期一振のおかげかもね」
「あのおねだりに勝てた一期一振はいまのところいないしね。あれで、大抵財布の紐が緩むんだ。ほんとすごいよね」
「そりゃすげえ」
 安定と清光の言葉に、審神者はただ驚くしか出来ない。
 そして、乱だけにおみやげというわけにはいかないらしく、一期一振はその本丸で顕現している粟田口の弟たちになにかしらおみやげを購入していくというのだから――なんともよい客、よい兄である。
 そこ、カモっていうな。

 清光と安定のもとを離れ、審神者が次に足を向けたのは芋部である。
 材料だけを料理部に提供している彼らは独自のブースがない。よって、料理部ブースの片隅に集っていた。
 演練を終えた芋部こと第一部隊員は、お腹が減ったのか自分の好物を幸せそうに口に運んでいる。
 わいわいとイモ料理を頬張っては笑いあうさまは、男子中学生や男子高校生の放課後の寄り道を思わせる。
 彼らに近づき他愛ない話をして、さらに今日の活躍を改めて労う。鯰尾がご褒美を強請ってきたが、さらりと交わしておいた。
 さて他の面々はどうしているかと見回したところで、大きなふたつの影にが並んでいるのが目に付いた。
 一方は、大きな身体から品の良さを滲ませた蜻蛉切である。一本筋のとおった武人としての気質も噂に高い槍の付喪神。
 その側にいるのは、頬をゆるませて人の好さそうな笑顔を浮かべた審神者の本丸唯一の槍こと御手杵だ。
「っ、熱い、ですな……だが、なんとおいしい!」
「だろ! このバターをたっぷりのせてかぶりつくのがまたうまいんだ! あ、でもフライドポテトのほうがうまいからな!」
「さようですか! で、ではそちらもいただけますか……!」
「おう、待っててくれよ!」
 御手杵は、満面の笑みで料理部で作っているフライドポテトをとりにいく。
 それを見送りながら、はふはふとじゃがバターを味わう蜻蛉切の状況を端的にいうならば、「至福」であろう。
 いつの間に仲良くなったんだ?
 そんなことをふと思ったが、やはり槍同士、なにか相通ずるものがあるのかもしれない。
 だが、背も高く図体の大きい彼らが、きゃっきゃと楽しげにイモを頬張るさまはなんというか可愛い。
 うんうん、いいものみられたね、と思いながら、視線を動かす。
 今、一番忙しそうなのは、料理部が陣取る中央あたり。おにぎり、ヤキソバといった軽食を供している場所である。やはり食べ物には誰しも弱いらしい。
 キノコ汁は早々に完売したようである。まあ、大きな鍋を使っていたとはいえ、底はあるのだから当然であろう。
 ただ、お米はいっぱいある。炊いて握ったそばから、各種おにぎりが飛ぶように売れていく。演練後であるから、お腹がへっているのかもしれない。
 なるほど、これならお米の消費にはよいだろう。とはいえ、本丸の在庫を考えると、これではそうそう追いつかない。
 鶴丸が快活に客引きをしている米の販売申し込みも順調なようだが、他にも方法を考えなければ、と審神者はひとり頭を悩ませる。
 そこへ、小さな影にひきずられる青年がひとりやってきた。「今日こそ来いやああああ!」と叫びながら、三条大橋に部隊をおくりこむ審神者も少なくないという、国宝の太刀の付喪神。
 眼鏡レンズの向こうの瞳が、緩やかに細められている。その両腕にぶらさがるのは、銀の髪の少年大太刀と赤い髪の少年短刀。自称保護者はちゃんと保護者をやっているようであった。
「なんや、戦うの面倒やなぁおもてましたけど、えらい楽しい催しやっとるんやなあ」
「国行。俺、次はあれ食べたい。ポテトサラダ、だって。おいしそう」
「あー! 蛍ばっかずりぃ! 次は俺の番だろ?! 俺、ヤキソバがいい! あと、菓子も!」
「はいはい。蛍も国俊もこない楽しいところで喧嘩せぇへんの。どっちも食べればええやろ。お兄さん、これとこれいただけます?」
「おう! ありがとな!」
 見た目は少年にも関わらず、どこの本丸でもアニキ認定されるという薬研藤四郎が、威勢よくそれに応える。まるでお祭りの屋台のお兄さんのようである。彼は料理部ではないのだが、どうやら忙しさをみかねて助っ人にきているようだ。
 そこから少し離れたところでは、背の高い酒の香が似合う面々が顔を突き合わせていた。
 試飲用の小さなカップを満たす本丸特性梅酒をぺろりと飲み干した日本号が、眉根を寄せる。
「うーん……まずくはねぇが、俺にはちいっと甘すぎる」
 噂に違わぬ酒好きらしい。だが、飲みやすさを重視した甘い酒はあまり口には合わないようだ。次郎の梅酒を飲んでいおいて、なんたることか。
 しかし、それをきいた次郎の目が、キラリと光った――ように、審神者には見えた。若干の嫌な予感に、背が震える。
「果実酒じゃないのをお望みのようだね。だったら……これはどうだい?」
 にんまりと笑った次郎太刀がテーブルの下から引っ張り出したのは、乳白色に濁った液体がつめられた瓶であった。審神者の頬が引きつる。
「お……、こりゃあ……!」
 日本号の目が驚きに見開かれる。そして、にやりと嬉しそうに緩む頬。たれ気味の瞳がさらに下がった。それが何であるか、すぐに理解したようだ。
「ふっふっふ……アタシが作った、秘密のお酒だよ。特別にね!」
「そりゃいいな。秘密っていう響きもまたいい。わりぃな」
「まあまあ、同じ酒好き同士じゃないか! 遠慮せずにぐぐっとほら!」
 そんな会話を交わしつつ、どこにあったのかぐい飲みを取り出して、二人は楽しげに酌み交わしはじめた。
 いつのまにどぶろくなんて造ってたんだ!?!!
 付喪神に酒税法が及ぶかどうかは知らないが――審神者は突っ込むのもやめて、みなかったことにした。
 私は何も知らない。何も見ていない。呪文のようにそう心の中で呟きながら、審神者は盛り上がり始めた槍と大太刀から目を逸らした。

 てくてくと歩きながら、あたりを確認する。用意したものは、ほとんど残っていないといっていい状況だ。
 次にこういった場をもうけるのなら、もっと作ってきてもいいかもなぁ。でもそれだと演練にきているんだか、商売しにきてるんだかわからなくなるな……などと考えていると、審神者の光忠と、よその燭台切光忠が話し込んでいるのに気づく。
 戦装束に身を包んだ燭台切光忠が、ヤキソバを手に目を輝かせている。黒いスーツ姿の格好いいイケメンとヤキソバ。なんともミスマッチである。
「このソース手作りなんだね、すごいなあ! とてもおいしいよ! ……ねえ、おなじ燭台切光忠のよしみでレシピ教えてくれないかい?」
 対するのは、おしゃれジャージをぴっちりと着こなした光忠である。褒められて嬉しいのか、白い肌はほんのりと上気しているし、蜂蜜色の瞳には喜色が浮かんでいる。
 やはり、誰かに美味しいといってもらえるのは嬉しいのだろう。それが、別の自分であっても、だ。
 じっと目を凝らし、審神者は彼らの神気を観察してみた。燭台切光忠のほうは、まだ顕現して日が浅いようである。
「ありがとう! レシピは教えることはもちろんできるけど……、うちの本丸の野菜がないとこの甘味と旨味をだすのはちょっと厳しい、かな」
 言葉の最後で、光忠はちょっと困ったように眉を下げた。ううん、と燭台切光忠が唸る。
「そっかー……。素材がいいから、この味が出せるってことなんだね」
 しょんぼりと目を伏せる燭台切光忠を励ますように、どことなく先輩風を吹かせつつ、光忠が彼の肩に優しく手を置いた。
「僕が作ったものでよければ、わけてあげることもできるよ」
「ほんとうかい!? ぜひいただきたいな! きっと皆喜ぶから!」
 ぱっと雰囲気を一変させ、華やいだ笑みを浮かべる燭台切光忠に、光忠は目を細めている。
「ふふふ、オーケー。そっちの本丸の番号を教えてくれるかい? 瓶詰めにして送るね」
「ありがとう! あ、でも主に了解とってからにするね」
 ここで主の存在を思い出したのか、燭台切光忠がスーツの内ポケットから端末をとりだして、操作をはじめた。
「ああそうだ。そっちの本丸でも、野菜作りからはじめたらどうだい?」
「それもいいね。大体の食材は主にいえば用意してくれるけど、やっぱり鮮度が命のものだってあるからね。主にお願いしてみようかな。使いたいものがすぐ手に入る環境っていいよね」
 手慣れた様子でメッセージをいれ終わったらしい燭台切光忠が、夢見るように遠くを見つめ、ほんのりと口元を緩ませた。それをみた光忠が、なんだか気まずそうに目を伏せる。
「ただ、その……ミントテロには気をつけてね……」
「みんとてろ? って、なんだい?」
 耳慣れない単語に、きょとんと不思議そうな顔をするまだ純粋な燭台切を前にして、光忠は「くっ」と眉根を寄せて後悔しきり、といった表情を浮かべた。
 そのあたりも詳しく教えてあげといてね、と心の中で応援しつつ、生温い笑顔を浮かべた審神者は、最後にお茶席へと足を向けることにした。

 お茶席には、お茶と歌仙お手製の練り切りに舌鼓をうつ審神者とそのお付の刀剣男士たちの姿がある。
 抹茶が苦手な人のためにと、様々な茶葉を取り揃えてきたこともあって、中には紅茶や緑茶を飲んでいるものたちもいるようだ。
 演練の緊張感や日々の疲れをゆったりと癒す彼らの表情は、穏やかさに満ちている。
 さて。そんなお茶席の片隅では、鶯丸が選り抜いた茶葉を販売している。
 彼のお茶好きが高じ、誉ポイント制を活用し、ありとあらゆるとことから取り寄せられたお茶のなかから、さらに彼が厳選したものである。美味しくないわけがなかった。
 審神者も鶯丸のお茶は大好きである。
 ただ、溜め込んだ誉れポイント大盤振る舞いで台湾産の高級茶葉をねだられたときにはどうしようかと思った。まあ、なんとか用意したけどな!
 しかしながら、今その前に立っているのは女性審神者でもなく、お茶好きの年配審神者でもなく、別本丸の鶯丸でもなかった。
 布をすっぽりとかぶった某刀剣男士である。しかも二人。
「国広、どうしたんだ?」
「あんたか」
 本日の演練で、見事な活躍をしてくれた国広が、隣に立つ別本丸の山姥切国広を紹介してくる。なんとも珍しいとりあわせであろう。
「さきほどの演練相手だ」
「ああ」
 そういえば、最後の演練相手に、山姥切国広がいたな、と審神者は頷く。
「動きが悪かったから記憶に残っていたんだが……たまたま廊下で出くわした。話をきいたら、最近よく眠れないという話になってな」
「それで、鶯丸のお茶か。なるほどね」
 ふんふんと審神者は納得した。確かに、練度は低いものの煌びやかなオーラをまとう希少な刀剣たちに囲まれていた対戦相手の山姥切国広は、どことなく覇気に欠け動きにも精彩を欠いていたように思う。
「さきほどの演練ではどうも」
「……」
 警戒させないよう、へらりと笑って挨拶をすれば、わずかに頭をさげてこたえてくれた。
 演練も終わったというのに、やはりどことなく顔色が悪い。白い肌には陰りがあるし、唇も乾いているように見えるし、そこから漏れる吐息は細いのに重い。これは重症だ。そんなに憔悴するような、眠れなくなる原因とはいったい。
「ええっと、うちの国広が眠れないと話をきいたといってますけど、そうなった原因について、なにか心当たりは?」
 審神者は軽い気持ちで聞うただけである。もしも、はっきりとした理由があるのなら、そのあたりを軽減しないと万事解決とはいかないだろうからだ。
 ふ、と山姥切国広が、鼻で笑って遠い目をした。細められた青い瞳は憂いに満ち、なにかを諦めたような悟ったような――物悲しさを漂わせている。
「最近、主に運が向いてきたようでな。鍛刀で名だたる名刀どころか希少な刀剣ばかりを降ろしている。そろそろ写しの俺など用済みなるんだろう……」
「い、いやいやいやいや……そんなことないですって……!」
 やばい、この山姥切国広、そうとうなコンプレックスの塊だ。
 審神者は静かに戦慄した。
 畑仕事にいそしみ、収穫したジャガイモでつくられた光忠特製肉じゃがを、ほっこりとした顔で嬉しそうに頬張っている国広しかここ最近みていなかったので、すっかりと「写し」という言葉に敏感でやや後ろ向きなところがある山姥切国広の本質を忘れいていた。
 山姥切国広は、「どうして写しの俺に名刀の世話係など……」「最近は演練ばかりで戦にもだしてもらえない……」「ああ、今日も名刀が鍛刀されるんだ……」などど、鬱鬱とした空気を振りまきながら呟いている。
 なんといっていいのかわからず、審神者は目を泳がせた。ガチだ。どうしよう。
「ま、まあ、鶯丸のお茶は本当におすすめですから! ハーブティあたりみつくろってもらえばいいんじゃないかな?!」
 な!? と、なにやらティーキャニスターを選んでいる鶯丸へ、助けを求めるように話をふる。
 鶯丸は話をきいていたのか、それともあえてスルーする選択をしたのか、いつものマイペースで気にも留めていないのかわからないが、ふんわりと品よく微笑んだ。さすが古備前の太刀である。
「そうだな、俺としてはモリンガ茶がおすすめだ。天竺――今はインドというのだったか。その北部原産の木からつくられる茶だ。自律神経の乱れが正されるというから、効果は期待できる。ただ、少々独自の香りがするから、好みがわかれるだろうな」
 ふむふむ、と山姥切国広が頷く。こじらせてはいるが、人の話には素直に耳を傾けられるいい子であるらしい。審神者は心なしかほっとした。
「あとは、緑茶だ。飲みやすいのは煎茶だが、よい睡眠を得るなら玉露や碾茶がいい。俺としては、甘味とコク――それから覆い香のある玉露が好きだ。覆い香が気になるというなら、碾茶がいいだろう」
「ああー……なんだっけ、テアニンが含まれているから?」
 鶯丸とお茶を飲んでいると、おおむね大包平の話になるのだが、ときおりお茶のあれこれも語ってくれる。それを思い出しながら審神者が問えば、そうだ、と鶯丸が頷いた。
「ただ、高級茶葉に類するものだからな、値が張る。試しに使ってみるというには手がでにくいかもしれん。それに、主がいっていたようなカモミール、ラベンダーを使ったハーブティもいい」
 シンプルなデザインの白い陶製のティーキャニスターを三つ取り出し、鶯丸は手慣れた様子で蓋を開ける。中にはいっているのは、カモミールの花を摘み乾燥させたものである。
 鶯丸はそれをティースプーンですくい、山姥切国広へとさしだした。
「どうだ、カモミールの香りは?」
 おそるおそるといったようにティースプーンを受け取り、鼻を近づけ蠢かせた山姥切国広が、ほう、と息を吐いた。
「ああ、いい。どことなく甘い香りで、落ち着くな」
「そうか。ではあとひとつふたつ茶をだしみてみるから、気に入ったものを教えてくれ。それから、使いやすいように小分けにしよう。寝る前に、ゆっくりと飲むといい」
「感謝する」
 次のティーキャニスターをあける鶯丸に向かって小さく頭を下げる山姥切国広の肩に、そっと手が置かれる。審神者の本丸の国広であった。
「おい」
 真剣な声に、山姥切国広がわずかに身構える。自信をなくしているせいか、どこか怯えたような瞳をみつめ、国広はいう。同じ色をしているのに、相対する瞳に宿る光は真逆である。
「あまり思いつめないほうがいい。お前が大事にされていることは、お前の主を知らない俺でもわかる。その身からこぼれるほどに注がれる霊力が、おまえ自身わからないわけじゃないだろう」
 それは確かに、と審神者は思った。
 山姥切国広は、なぜだかもうすぐ用済みになると思い込んでいるらしいが、その身を満たす霊力は穏やかで優しく、信頼に満ちていると感じられる。彼のいうことがほんとうなら、それほどの霊力を与えられることなどあるはずがない。
 凛と励ます国広の言葉を受けて、山姥切国広がひどく驚いたような、幼げな顔を晒す。自分と同じ存在にそんな風にいわれるとは、思っていなかったのだろうか。
 だが、そんな無防備さはすぐにみえなくなる。
 山姥切国広が、ぎゅっと自分の服の胸を握りしめる。耳まで真っ赤に染まっているのを隠したいのか、山姥切国広は、襤褸布を勢いよく引き下ろして目深にかぶった。
 本当は彼も、わかっているのかもしれない。自分が、審神者に頼られているからこそ、希少な刀剣たちの世話を任せられているのだと。でも、湧き上がる不安もぬぐえなくて、なかなか眠れないのだろう。
「……ああ、そうだな……、……ありがとう……」
 襤褸布の下から、くぐもった小さな声が届く。
 見抜かれたことが恥ずかしいのか、すっかりと襤褸布に隠れてしまった山姥切国広の頭を、よしよしと宥めるように国広が撫でる。それは、愛しくて微笑ましい光景だ。
 ちらりと鶯丸と顔を見合わせた審神者は、声は控え目に、彼と揃って笑ったのだった。

 その後、山姥切国広にはいくつかの茶葉を渡し、ついでとばかりに耐熱ガラスで出来た茶こしつきのティーカップも押し付けておいた。今日あたり、ゆっくり眠れるとよいのだが。
「よっこいしょー」
 おばさんくさい掛け声とともに、緋毛氈の敷かれた床几へと腰掛ける。そこへ、見計らったように出されたのは塗りの銘々皿である。美しい黒の中央に、品よく置かれたのは菊を模した練り切りである。白から淡い紅色の色彩が花開いている。
「やあ、主。盛況になってよかったね」
 見上げれば、思った通り彼がいた。雅と風流を愛する刀剣男士こと歌仙兼定である。
 特産品販売するよといったときには、少々苦い顔をしていたのだが――簡易なものになるだろうが、お茶席をつくってもいいよと言えば、一転して上機嫌になった男でもある。
「歌仙。演練の間、お留守番ありがとうね。ところで長谷部は?」
 差し出されている盆を受け取る。そえられていた黒文字を使って、もったいないと思いつつ、そっと練り切りをきりわける。
「品切れしたものを補充するために、担当殿とあと何人か連れて本丸へいったよ」
「ああ、そういうこと。どうりで人数足りないと思った」
 中のあんこの黒に口元をほころばせながら、練り切りを頬張る。ゆっくりとかみしめる。
「ああー、練り切りおいしい……」
 疲れていたのか、甘いものがとても美味しく感じられる。身体に広がっていく糖分がありがたい。
「はい抹茶だよ、主」
「ありがとー」
 いつもは所作に厳しい歌仙だが、こういった場では空気を読んでいるのか多少おめこぼしをしてくれるらしい。
 練り切りを食べ終わる頃合いを見計らい、歌仙が手ずから点ててくれた抹茶を受け取る。茶碗の正面を軽く眺めたあと、手前に二度まわす。正面を向こう側にむけてから、茶碗を傾けいただいた。
 薄茶は飲みやすくていい。練り切りで甘さを覚えた口内に、ほどよい苦みの抹茶が広がっていく。
「ああー、抹茶もおいしい……」
 芸も捻りも何にもない、ただひたすら美味しいという感想しかでてこない。そんな審神者をみて、歌仙がとろけるように笑った。
「そうかい。それはよかった。ねえ、ところで主、その器、素晴らしいだろう?」
「うん。さすが目利きの歌仙だね! この艶がいいね、みているとすごく落ち着く」
 そうだろうそうだろうと歌仙が頷く。
 審神者の手の中にあるのは、どっしりとした姿の茶碗である。黒い釉薬は艶やかな品があり、腰辺りにたまった釉薬は夜の波を思わせる景色を描いている。どの時代の、どの窯で作られて、どれくらいの価値があるのか、そんなことまで審神者はわからない。
 だが、ひとつだけ確実にわかることがあった。
 審神者は、にこり、と笑った。
「ところでこれ、いくらしたの? 私、買ってあげた覚えがないなあ……?」
「……」
 びしり、と笑顔のままで固まった歌仙をみあげて、うふ、とわざとらしく笑みを重ねる。
 誉ポイントをここ最近使った記憶はない。さてはて、この茶碗はどうして歌仙の手元へとやってきたのだろう? ウフフフ。
 言外に込められた審神者の問いを、歌仙が理解できないわけがない。たっぷり十数秒たってから、凍りついたかと思われた緑の瞳が、ゆるりと動き――逸らされた。
「――目を、逸らすな」
 低い声を出しながら、あらいざらい吐けと言わんばかりに、歌仙に向かって手を伸ばす。着物の袖を掴もうとした瞬間。
「お茶をいただけますでしょうか」
 ゆっくりとした声が歌仙の背後からかけられた。それが切っ掛けとなったらしく、金縛りが解けたかのように振り返った歌仙の袖は、審神者の指をすり抜けた。
「おおっと、お客様だね。僕は新しいお茶を点てなければ!」
「あっ、こら! くそう……あとで絶対に問いただす……」
 みれば江雪左文字を近侍につれた審神者がひとり。経験をその皺に刻んだ老女である。にこにこと、柔和な笑みを絶やすことなく浮かべているその人の前で、あーだーこーだと借金か、それともこんのすけに給金の前借か、などと金銭の話をする気にはなれなかった。
 審神者は、残っていた抹茶を飲み切って、茶碗を傍らへと置いた。これはしばらく人質――否、茶碗質にしておこう。
 やれやれと呟きつつ、審神者が白衣の袖から取り出したのは、焼き芋である。宗三のここ最近イチオシだという、『紅はるか』という品種のものだ。さきほどひとつくすねてきていたのである。
 手でふたつに割る。熱々ではないが、これは冷めても美味しい。審神者は、はくりと噛り付く。そして、「んん~!」と至福の声をあげた。
 芋のほくほく感は少ない。そのかわりねっとりとした濃密な芋の甘さがある。これはもはや栗きんとんだ! 栗はないけれども!
 うま……うま……、と呟きつつ、焼き芋を頬張る。飲み物が欲しくなってくる。
 基本的に焼き芋には牛乳派だが、この芋には、口をさっぱりさせるお茶もたいへんよろしいのである。
 鶯丸になにか淹れてもらおうかなと思ったとき、目の前に人の気配。それがなにかを確かめるように、視線が勝手にあがった。
「あの、おくつろぎのところ、すみませんが……」
「はい?」
 焼き芋を口に運びかけているという間の抜けた格好のまま、審神者は目を瞬かせた。
 目の前にいたのは、おっとりとした、まさに大和撫子といった風情の女性審神者であった。長い黒髪、潤んだ黒い瞳、白い肌に、赤い唇。文句なしの美人である。
「このバザーの主催している本丸の審神者さん、ですよね……? あの、お隣よろしいですか?」
「え、ええ、まあ……どうぞ」
 困ったように、心細そうに、眉をさげながらそういわれて断る男などいないだろう。いや、自分女ですけどね? でも、おっぱい大きい美人には全人類優しくしたくなるだろう。もちろん可憐なおっぱいもいいけどね?
 我ながら随分と失礼だなと思いつつ、すこしだけ横にずれて空間をあける。
 綺麗な動作で腰を下ろした女性は、しばらくもじもじとしていたが、意を決したように話し出した。
「あの、その……私の本丸、実は全部の刀剣が揃っているのですけれど、なにせ食事の用意が大変で……そちらはどうしておられるのですか?」
「あ、ああー……うちは、全口そろってないから、人数は少ないですし。料理が得意な刀剣を中心にした当番でなんとかなってますね~」
 ごくごく当たり前の答えだと思ったのだが、美人審神者は口元に手を当てて、目を丸くした。
「ええっ、当番制なんですか……!」
「えっ」
 そこ驚くとこ?! 知り合いの本丸でも当番制だときいていた審神者は逆に驚いた。
 よくよくきいてみると、この美人審神者の本丸は、審神者と料理ができる限られた刀剣男士に、すべての負担がかかっているとのことだった。
 全口揃っているし、大飯ぐらいもいるわけで、毎回毎回、気が遠くなる量を用意せねばならならず――おかげで書類仕事は滞るし、料理ができる刀剣男士たちの練度はあがらないしで困っているらしい。
 はあ、と美人は頬に手を添えて悩ましげに吐息を零した。
「なるほど、そちらはみなさん料理ができるのですね。……いいですね、皆で料理……。これだけ美味しいものが毎日食べられるなんて素晴らしいです。うちなんて、大鍋で調理できるものばかりで……それでも間に合わないことありますし……」
「それはすごいですね。うちはまあ……皆が一生懸命野菜育てくれるので、素材がいいってのはあると思いますよ。とりあえず、料理を皆に教えるところからはじめたらどうですか? あとは政府を介して食事係さんを雇うとか……」
 あれこれと彼女と料理番の負担が少しでも減るように、と提案してみる。そうですね、と美人審神者が儚げな微笑を浮かべる。
 と。
「おっ、アンタがこのへんな催しの首謀者な審神者さん?」
「?」
 美人とは逆方向から声をかけられて、振り返る。へらっとした笑顔が目に飛び込んでくる。白衣に袴、そして流れてくる霊力からみて審神者だろう。
 ただ、もともとは黒いであろう髪を金髪に染め、耳にピアスをたくさんぶら下げており、平均的な審神者の範疇からは逸脱している青年だった。なんというか雰囲気がチャラい。
 その背後には、彼の友人なのか、知的な光を眼鏡の奥の瞳に宿した、細身の青年が立っている。図書館とかの静かな空間がよく似合いそうな雰囲気がある。こちらも審神者のようだ。礼儀正しく頭を下げられた。
「いやぁ、オレたち、アンタのこと探してたんすよー!」
「探していただかなくともよかったんですけど」
 これまでまったく関わったことのない人種の登場に、思わず正直な気持ちが言葉となって前にでてしまった。しまった、と思ったがチャラ審神者はまったくもって気に留めた様子はない。
「まあまあ、そういわずに~! ちょっとお話しましょうよー!」
 許可をしていないのに、あっさりと隣を陣取られた。
「すみません。僕もお邪魔させもらっていいでしょうか?」
「君たち友達じゃないの? 一緒に探してくれてたんでしょう?」
 やたらと腰の低い眼鏡審神者に、思わずそういってしまった。隣のチャラ審神者が手を大きく振る。眼鏡審神者は、ゆるりと頭をふっている。
「違いますってー!」
「いえ、あなたの刀剣男士さんに審神者さんの行方をきいていたところにやってきたのが彼で……まったくもって知人でもなんでもありません」
 きっぱりはっきりといわれてしまっては、信じるほかないだろう。審神者は頷いた。
「なるほど。どうりで変な組み合わせだと思った」
「わーお、シンラツゥ!」
 なにがおかしいのか、腹を抱えてどっと笑い出したチャラ審神者のことはなるべく放置することにする。
「ええっと、で、どのようなご用件で?」
「失礼ですが、さきほどそちらの女性との会話が耳に入りまして……ほぼ同じ内容といっていいものです」
「おっとー! 盗み聞きしたわけじゃねーから、そこんとこ勘違いしないでくれよな?」
 ふむ。と審神者は腕組みをする。どこもかしこも食に困っているようだ。
 話の続きを促せば、彼らの本丸事情が明るみになった。
 チャラ審神者のほうは、まだ本丸が立ち上がったばかりで、料理ができるものがほぼいないのだという。自分がやればいいのだが、慣れない料理で失敗ばかり。それでも「おいしい」といってくれる短刀たちのために、どうにかせねばと思っているところらしい。
「オレ、短刀のチビどもに、うまいもん腹いっぱいくわせてやりたいんス! 野菜の育て方から教えてください!」
 と、言われて、審神者はさきほどの印象をせっせと塗り替えておいた。こいつ、いいやつ。
 眼鏡審神者のほうは、彼がいっていたとおり美人審神者とほぼ同じ内容だった。
「刀剣男士がすべて揃っているのですが、僕の霊力が平均より低いこともあって、彼らに十全の力を発揮させてやれるだけの供給ができないのです。結果として、足りない分は食事で補うことになるのですが、お恥ずかしながら手が回っていないんです。どうしたらうまくいくと思いますか?」
 そんなもんきかれても困る。と、いえたならどれだけよかったか。ううん、と審神者は腕組みをして眉間に深い皺を刻んだ。
 三者三様の事情と悩み、しかもそれが刀剣男士を想ってのことなのだ。自分達でどうにかしたら、といえる雰囲気ではなかった。さて、どうしたものか。
 やはり料理を覚えさせることが第一なのではなかろうか。光忠とか堀川を講師に派遣して、料理教室を開催するってのはどうだろう? いやいやそれではうちの本丸が立ち行かなくなりそうである。
 うーんとさらに深く考え込んでいると、困っている三人が会話をし始めた。
「ふう、皆さんもご苦労されているのですね……」
「おねーさんとこもなんスよね? 審神者って楽してもうかるとかいわれたけど、むずかしいっすよねー。チビどもを送り出すのツレェー」
「僕の本丸では、畑の内番を割り振るだけで嫌な顔されることもあって困ってます。そちらは?」
「うちのチビどもは楽しそうにやってるんスけどね、うまく実らないって泣きそうになってたりするんで胸が痛い」
「私のところでも、畑仕事を嫌がる子はいますね……。そのままでも食べられるサラダなんて、すごく作りやすいから、できればたくさん野菜を育ててもらいたいです」
「そっスよね~……」
 はあ、と三人揃って溜息をついている。
「うちなんかは採れすぎて困ってるっていうのに……世の中うまくいかないねえ……」
 ぼんやりと審神者がそう呟けば、チャラ審神者が目を輝かせた。
「マジっすか! 困るぐらいならくださいよ! どれもすっげーうまかったッス!」
「ああ、それならあそこで販売申し込み受付してますよ。私もお願いしてきたところです」
 美人審神者が示した方向には、TOKIO部による米と野菜の申し込みブースがある。チャラ審神者は「了解しました!」となぜか敬礼をきめた。
「じゃああとでいってくるッス!」
「でも誰が調理するか決めてるのかい?」
 眼鏡審神者の根本的なことに対する指摘に、大きく膨らんでいたチャラ審神者がみるみるうちにしぼんだ。へにゃり、と床几に倒れ伏す。
「ああ~……そうだった……チビどものメシ……どうすっかなぁ……」
 審神者もうまく考えがまとまらず、だらだらとそんな感じで近況と愚痴を言葉にしているうちに、ふ、と美人審神者が囁くような声でいう。
「……私、前から思ってたんです。給食センターみたいなの、あればいいのにって」
「おおー、給食とかめっちゃなつかしいっスね! 砂糖まぶした揚げパンとかめっちゃうまかった!」
 それに大きく反応したのは、チャラ審神者である。眼鏡審神者も、「それはいいですね」と顎に手をあてて何事か考え出した。
「それなら確実に食事にありつけます。味に偏りもないでしょうし、栄養面だって考慮してくれるでしょう」
 確かに、食事を決まった時間に決まった量を配送してくれるのならば、こんなにいいことはないだろう。だけど、と審神者は問題点をあげる。
「でも、そうすると大量の食料が必要になりますし、一箇所で調理するなら材料に毒でも混ぜられたらことですよ」
 なにせ前線の兵士たる刀剣男士と審神者が口にするのだ。審神者が歴史修正主義者で、もしそんな情報を掴んだならば、一服盛る方法を考えるだろう。なにせ戦わずして兵を使い物にできなくするのだ。そちらのほうが都合がよい。
 チャラ審神者が、目に見えて肩を落とした。
「ああー、そういうこともありえるっスねー! 歴史修正主義者はどこから沸いて出てくるかわかんねーし。ウチのやつらにヘンなもんくわせたくねーし……いいアイディアだと思ったんだけどなー」
「そうですね、あれは一みかけたら三十はいると思わないといけませんもの……」
「か、完全に害虫扱いですね……」
 美人審神者の手厳しい言葉に、眼鏡審神者が口元を引きつらせた。まあそれはさておき、と眼鏡審神者は気をとりなおして続ける。
「たしかに難しいかもしれませんが、信頼できる農場から契約栽培で材料を用意して、厳格に管理するようにすればいけませんかね? 調理は最悪、ロボットでもいいわけですし。しかし、現世の農場でそれを受け入れてくれるところがあるかどうか」
「まあなあ、そんなメンドーごと引き受けてくれるとこなんてなかなかねー、だろ……」
「「あ」」
 そんな会話をしていた眼鏡審神者とチャラ審神者が、はっと何かに気づいたように、勢いよくこちらを向いた。その矛先を向けられた審神者は、びくっと思わず肩を跳ねさせる。
 続いて、美人審神者の瞳もむけられた。そして、びしっと指差された。
 なんでこっちみるの。っていうか人をさすんじゃありませんよ、などと言いたかったが、見開かれたいくつもの瞳と、ぷるぷる震える指先が怖くて、言葉を飲み込む。
「「「ここだー!」」」
「ひっ!?」
 示し合わせたかのように同時に叫ばれ、なにもわからぬ審神者は、なぜだか捕食される寸前の草食動物にでもなった気持ちを味わう。目がぎらついてて怖い、怖い!
 そうなるとやることはひとつであった。審神者は、この場から走って逃げ出す。
「あっ! 逃げた!」
「逃がすかああああ!」
 美人が叫ぶ! チャラ審神者が地を蹴る!
「ひっ、ひええええ!?」
 ちらりと背後をみやって顔を青ざめさせた審神者は、唸れ私の脚力! とばかりに、会場内を疾走するのであった。

 結果として、あの後すぐに審神者はつかまった。
 なんということでしょう。チャラ審神者は、元陸上部だったのです!
 日々の仕事で鍛えられているとはいえ、綺麗なフォームと長い足を活かして追いかけてくる男に勝てるわけがなかった。
 追いかけられてつかまった審神者であったが、引きずり戻された席で、野菜と米の提供をお願いします! と頭を下げて依頼されてしまった。
 同じ境遇の審神者を探し、彼らの意見を集約させて、福利厚生の一環として給食センターの立ち上げを政府に要望するのだという。
 自分とチャラ審神者が追いかけっこをしている間に、眼鏡審神者と美人審神者はそこまで話を進めていた。正直、驚きを隠せなかった。具体的なスケジュールまでたっていた。この二人、できる。
 これで、食事の用意に四苦八苦している本丸は救われるのです! と、熱弁されたものの、いやいやまさかそんな簡単にいくわけがない……と思っていたところにやってきたのは、審神者の本丸の担当者だった。
 話をおおまかにきいた担当者は、あっさりと頷いた。
「あ、それいいんじゃないんですか? 一石二鳥ですよ」
「軽っ!」
 あっさりと賛同されてしまい、審神者渾身の突っ込みが、特産品販売終了を知らせる鐘の音のように、あたりに響き渡った。

 一ヵ月後。

「どうしてこうなった」
 見事立ち上げるに成功した本丸用給食センターへと運ばれていく米や野菜。
 それをやんやと歓声をあげながら見送る刀剣男士たちの狭間で、審神者はぽつりと呟いた。