「お誕生日、おめでとう!」
にっこりと出来る限りの最高の笑顔で、デュランは花束を突き出しそういった。
だが、目の前には誰もいない。あるのは見慣れた家の景色と、ひゅう、と開け放っている窓から吹きこんだ風のみ。
自分の発言が掻き消えてすぐ、デュランは弱弱しく頭をふりながら、腕をさげた。
「いやいや、これじゃあ、僕の想い全部はこもってないよ……」
うーん、と眉根を寄せる。
今日は大切な人の生まれた日。一年という期間で、もっとも重要視されてしかるべき一大イベントである。
そのために、今朝は夜が明ける前に起き出し、森へユウシャノハナを摘みに行ったのだ。そうして町の花屋を朝早くにたたき起こし、拝むようにして頼みこんで作ってもらった花束は、自分でいうのもなんだが、とても美しい。
自分の好きな花を、自分が大好きな人に受け取ってもらうのを想像するだけで、胸が躍る。
なんとしてでも、お昼をすぎてから予定されているパーティの前に、なんとか彼女にふさわしい言葉をみつけなければ。
まだ朝の早い時間だ。約束まで充分考える余裕はある。
「ティア、生まれてきてくれてありがとう――……うーん」
そっと手を差し出しながら言ってみる。
「僕と出会うために生まれてきてくれたと信じていいかい? ――……むむむ」
次に、跪きながら言ってみる。
「君の存在が世界に生れ落ちたときが、僕の幸せのはじまりだったんだよ――……いやいや」
大きく手を広げ、劇場にたつ役者のように言ってみる。
「今日一番輝く君にふさわしい花を摘んできたよ。おめでとう、ティア――……なんか違うな……」
花を片手でさしだし、胸に手を置きながら言ってみる。
そっと、テーブルの上に花を置き、腕を組む。ぐるぐるとそれほど広くはない部屋を、歩き回る。
浮かぶ言葉は数あれど、ティアにはどれがふさわしい?
やはり、ありきたりではあるけれど。
ぴたり、とデュランは足をとめた。
「お誕生日おめでとう、ティア」
大切な日を祝うには、やはりこれだ。
うん、とデュランは頷く。
古今東西、使われてきてはいるが、だからこそ端的かつ明快に祝福できる言葉。
問題は、これになにを付け加えるか、である。これだけで終わらせてはいけない。恋人として、それは許されない。
そのとき、明けの明星のように、ぱ、と脳裏に星のように浮かんだもの。
デュランは、きりりと顔を引き締め、目の前にティアの姿を思い描きながら、
「愛しているよ、ティア……」
はっきりと、自分の想いを吐露するように、愛しい気持ちを口にする。それは、彼女に焦がれているせいか、思った以上に甘いものとなった。
ひゅう、とまた風が吹き込む。
冷たいそれに頬を撫でられ。
「――なーんてね!」
あはは、とデュランは自分の発言を吹き飛ばすように明るくそういった。
誰も聞く者がいないのに、頬がだんだんと熱を帯びていく。あはは、と無駄に笑い声をあげてみたりする。
愛している、なんて告白して以来、なかなか恥ずかしくていえたことのない言葉だ。
これはさすがに自分が耐えられないと思った、そのとき。
かたん、と小さな音がした。
反射的に勢いよく振り返ると、窓の向こうにゆっくりと消えていく明るい色をした何か。それは、よく知っている色で。
デュランは慌てて駆け寄り、窓枠に手をかけて覗き込む。
はたしてそこには。
「ティ、ティア?!」
ぺたりと力なく地面に座り込んだ、ティアがいた。俯いているため、その顔はみえないけれど、デュランが間違うわけがない。
「な、なん、で……」
見られていた? 聞かれていた? いつから? どこから?
恥ずかしさと恐ろしさに、赤くなったり青くなったりしていると、ティアがゆるゆると顔をあげた。
「デュ、デュラン……」
顔だけでなく、耳まで真っ赤にしたティアの大きな瞳が潤んでいる。文句なしに可愛くて、デュランはくらりと眩暈を覚えた。
家の中からと、家の外。
しばらくそのままみつめあってみたものの、ティアをそのままにさせておくのは、勇者として男として恋人としてだめだと思ったデュランは、ぎくしゃくと家の扉を指差した。
「……ど、どうぞ……?」
のろのろと歩き、扉を開けると、放心したような顔をしたティアが、デュランに負けず劣らずの仕草で、家の中にはいってきた。
ぱたん、と閉じられる扉の音。
顔を俯かせたティアの頭を見つめながら、デュランはぎゅっと震える手を握り締めた。
「その、えーと……聞いて、た?」
「……」
こく、とティアが頷く。
「どこ、から?」
からっからになった口を、頬を引き攣らせながら、なんとか動かし訪ねる。
「えっと、花束を持って、お誕生日おめでとうっていってくれたとき、から」
それって、全部。
デュランは全身を真っ赤に染めた。
おろおろわたわたと、手を無意味に動かす。
「そ、そ……!? でも、なん、なん……?」
なんで、といいたいけれど、上手くいかない。
「?」
きょと、とデュランに負けず劣らずの顔をしたティアが、小さく首を傾げる。
「その、そもそも、なんで僕の家に、えっと……」
あ、と合点がいったらしいティアが声を漏らした。
「うん、えっとね、あの……」
ゆっくりと、ティアが胸の前で細い指を組む。
「今日ね、みんなに会う前に、デュランに一番に会って、それで――『おめでとう』って、いってほしいなぁって思って」
その可憐でいじらしい仕草と表情に、デュランはごくりとつばを飲む。
じっと見つめられていたたまれなくなったのか、ティアが視線を斜め下に落とす。
「そのっ、お昼まで待てばよかったのかも、しれないけど……! えっと、待ちきれなくて、だから、そのっ」
ティアが、小さな全身を縮こまらせる。
「き、きちゃった……」
柔らかな丸みをおびた頬のその色が、林檎のよう。
どかん、とデュランは自分の精神が爆発したような気分になった。可愛くてたまらない。
「えへ……でも、おかげで、たくさんデュランの言葉がきけて、嬉しかったよ?」
早起きするいいことあるって、ほんとだね、とティアがはにかむ。
でも、それは違う、違うんだ。
ぎゅっと奥歯を一度噛み締め、デュランは一歩前に出た。
「待ってくれ、ティア」
「え?」
大きな瞳をさらに大きくして、ティアがデュランを見上げる。
「あ、あれは練習だから、だから、いまからちゃんというから、聞いて欲しい」
「は、はい……!」
こく、と勢いに圧されたのかティアが頷く。
真正面から向き合って、お互いの瞳をあわせる。恥ずかしくて、心臓が痛くなる。そんな、心地よい恋の感覚に酔ってしまいそうになるのを、なんとか堪える。ここで失敗してなるものか。
ティアも同じなのか、照れくさそうに微笑んでいる。
すう、とデュランは息を吸い込んだ。肺がいっぱいに満たされる。
かたわらにある花束を手に取る。
まっすぐにティアへと差し出す。
「お誕生日、おめでとうティア。僕は、これからも君だけを愛していく。だから、この先ずっと、僕が一番に君におめでとうって言うことを許して欲しい」
自分の心をすべて添えるように、一度もつかえることなくデュランは願った。
「……はい」
ゆるゆるとティアの手がのびてきて、デュランから花束を受け取る。
涙を眦に宿らせながら頷いてくれることが、このうえなく嬉しいと思う。
「私も、そうだったらいいなぁって、思っていたの。どうして、わかったの?」
ほろ、とティアの頬に涙が落ちてはじける。
「――それはもちろん、ティアのことだからね」
そう言えば、ティアの笑みが深くなる。
格好つけてそうは言ってみたものの、実のところはデュラン自身が、一番、そうしたいだけのことだ。
くす、とデュランは悪戯っぽく、微笑む。ティアに近づいて、ゆっくりと小さな耳に、唇を寄せる。
「なんてね。ほんとうは……、」
そっとティアの耳元にその本音を漏らす。
ティアが、「私、とっても幸せだよ」と、花束を抱きしめてそう返してくれる。
傷つけないように、ふわり、心全てで包み込むようにして、ティアを抱きしめる。
ユウシャノハナの清廉な芳香が、湧き上がるように香りたつ。
ふわり、風に揺れながら、それが二人を引き合わせてくれた大切な世界へと、静かに広がっていくのを。
デュランは目を閉じたまま、感じていた。