二度目のプレゼント

「楽しかったねぇー」
「ああ、そうだな。タダ飯もうまかった」
「もう、レクスってば」
 静かな街並みに、ティアの笑い声が柔らかに木霊した。
 ティアの幼馴染であるファナの家で開かれた、クリスマスパーティ。
 いつもなら、静かに聖夜を過ごしていたファナが、病魔を克服し「今年からは皆と一緒に夜更かしだってできるから」と、企画したものだ。
 レクスもティアとともに招待されて、つい先ほどまで皆で騒いでいた。皆でもちよった料理を堪能したり、ゲームをしたり、プレゼントの交換をしたり。
 ティアとレクスが、お互いのプレゼントをクジで引き当てたときには、皆から大いに笑われた。そこまで仲がよいのか、と。
 その言葉に二人で真っ赤になって、そうしてまた笑われたときの、その賑やかさがまだ耳の底に残っている。
 そうして、そんな楽しいひと時を過ごしたあと、思い思いに散っていく仲間たちを見送って――今、二人は一緒に静かな町を歩いている。
 繁華街の方向からは、まだまだ今日という日を楽しむつもりだろう人々の声が、冷たく澄んだ空気を伝わって響いてくる。だが、それも一足ごとに遠ざかる。
 くるり、とティアが大きく腕をひろげて、その場でひとつまわる。ふわ、と髪が踊った。
「これで雪でも降ってきたら、ホワイトクリスマスなのにね」
 無邪気な言葉に、レクスは笑った。
「そりゃ、無理だろ」
 そういって、ティアとレクスは同時に空を見上げる。
 冬の透明さと清々しさに溢れた夜空には、ツリーの飾りのように輝く星たちが瞬いている。雲ひとつない。ゆえに、雪のひとかけらだって期待できそうにない。
 じっと眺めていると、世界の果てにある深淵とは、もしかしたらこんな静かさと果てしなさなのかもしれないという気分になってくる。
 レクスは、ぶるり、肩を震わせる。寒さだけでなく、吸い込まれてしまいそうな感じがした。
 横を見ると、ティアもふるりと震えていた。その肩口には、今にもずり落ちそうな、マフラーがひっかかっている。それは、レクスがプレゼント交換用に用意して、ティアが引きあてたもの。早速使ってくれているティアの姿に、意識して引き締めなければ、頬が緩みそうになる。
「ほら、ちゃんとマフラーまけって」
「ん」
 ほどけかかっていた、細い首を守るべきものを、きちんと巻きなおしてやる。
 へにゃ、とティアが笑った。
「ありがとう、レクス」
「まったく、おまえちゃんとしろよな。風邪ひいたらどうすんだ? そういうとこ昔っからかわんねぇし。いいかげん成長しろよ」
 カレイラの英雄と呼ばれても、ティアはなんら変わらない。悔しくて、寂しくて、勝手に距離をとろうとしたこともあったが、今思えば馬鹿なことをしようとしたものだ。ティアはいつだって、レクスにありのままの心で接してくれようとしていたのに。今だって、それは同じだ。
 そんなティアが、ふいに大人びた顔した。
「いいの、変わらなくて」
「あ?」
 ぽつんと呟かれた言葉に、思わずレクスは眉間に皺を寄せた。
「だって、そうしたら、そのたびごとにレクスがこうしてなおしてくれるでしょ? だから、いいの」
 一瞬だけ浮かんだ表情は、まるで幻のように消え去って。見ている側の気が抜けてしまいそうなほど、ふにゃん、とした柔らかさでティアが微笑む。レクスが撒きなおしたマフラーに、そっと手が添えられる。その顔があまりにも幸せそうだったので、レクスは何もいえなくなった。
「……」
 ぼりぼりと頬をかく。わざとらしく、息をつく。
「おまえな、いつまでたってもガキくさいこといってんじゃねーっての」
「私、子供でいいもーん」
 呆れた風を装って、そういってみるも、ティアには何の効果もなかったようだ。きゃっきゃ、と言葉どおりに子供のような歓声をあげて、とんとんと数歩先に跳ねていく。
「それじゃあ、オレが困るだろーが!」
 思わず口をついて出た本音に、ティアは「どうして?」というような顔で振り返った。
「レクスってば、何が困るの?」
「……何がって、そりゃー……、まあ、なんだ」
 いえるわけもない。うぐぐ、と言葉にできない言葉を飲み込み、レクスは拳を握り締める。
「い……いろいろ、だ」
「……そっかぁ」
 レクスの苦しい台詞に、ふふふ、とティアは笑った。そして、前に向き直り、てくてくと歩き出す。その後を、レクスは早足で追いかけ、肩を並べた。
 ティアには、はっきりとはいえないけれど、困るのだ。いつまでもこのままでは困る。
 だって、今の自分たち二人の間には、手を繋ぐぐらいしか、触れ合うことがない。本当はその細い体を力いっぱい抱きしめたいし、できればキスのひとつだってしてみたい。もっというなら、いつかはその先だって二人で確かめたい。レクスにとって、そうしたいのはティアしかいない。
 だが、ティアは相変わらずほやほやとレクスの側にいるだけで。それだけで幸せそうに満たされているから。だから自分がああしたい、こうしたいなんて、我侭というかひどいというか、そんな気がして及び腰になる。

 なんつーかこう……ティアがもっと、大人になれば、オレだって……――

 自分とて随分と子供じみた責任のなすりつけをしていることに、薄々は気付きながらも認められぬまま、レクスは小さく息をついた。
 そうして、二人の会話は途切れた。だが、その沈黙が苦になるような付き合いを、ティアとしてきたわけではない。互いがそこにいることがわかっているだけで、冬の下なのに二人の間は暖かい。そんな気さえする。
 やがて、占い横丁がある下町階層に続く階段がみえてくる。ふ、とレクスはティアの横顔をみた。
 マフラーに口元を埋め、寒さのせいかほんのりと頬を赤らめて。少し伏せられた睫が、ゆっくりと上下する。
 どうしたものか、とレクスは逡巡する。
 恋人である以上、家までティアを送っていくべきだと思う。
 だが、あんな会話したあとでは、その行為自体、下心があるようではないか。あのときのティアは気づいていなかったようだが、何かの拍子にそんな風にとられて、引かれでもしたら、死ぬ。
 かといって、一人で帰らせるのもどうなのか。いや、ティアの家は近いから問題はないだろう。さらにいうなら、カレイラの英雄にちょっかいを出そうという馬鹿もいないだろう。すぐに返り討ちになること必至だ。
 つまり。
 普段どおりに振舞うことが、一番のような気がした。
 それが、体のいい逃げであるということについては、考えないことにする。
 す、とティアから離れる。なんでもないように笑って、言う。
「じゃ、またな」
 そういって、名残惜しく思いつつも身を翻そうとして。
「ぐぇっ」
 歩き出したのに、身体がついてこなくて、レクスはつぶれた声を上げながらのけぞった。首が締め上げられている。慌てて振り返る。身につけたマフラーの先が、がっちりと小さな手に握り締められていた。
 寒さのせいか、震えているその手。俯いて顔の見えないティアの、明るい髪に覆われた頂点を見下ろし、何が起きたのかレクスは理解した。
 どうりで、前にも進めなければ、首も絞まるわけである。
「ば……ティア! オレを殺す気かっ!?」
 驚きと怒りに眦を吊り上げ抗議すると、ティアが動いた。
 ぱ、と上がった顔はいつのまにか真っ赤に染まっていて。マフラーを離した手が、腕ごと伸びてくる。
 やけに遅くその光景はレクスの目に映り、だが対応するには脳が現状を把握し切れていないために、何も出来ず。
 ぽす、とティアが胸元に飛び込んでくるのを、許した。
 さきほどのマフラーのように、今度は自分の体を逃がさないよう背に回されたティアの手が、レクスのコートを懸命に掴む。
「っ!」
 レクスは固まった。
 冬の厚いコート越しにでもわかる、ティアの小ささと柔らかさに、意識がぐるぐると渦を巻く。こんな風にティアから抱きついてくるなんて、今まで一度だってなくて、レクスは手の置き所がわからなくなる。
 おたおたと情けないくらいに狼狽して、手を動かす。
「ティ、ティ、ティア……! お、おま、おまえ……! ど、どどどど……!」
 レクスは、なんとか肩に手を置いて、どもりながらティアを見下ろす。どうしたんだ、という単純な言葉さえ、でなかった。
 そんなレクスに抱きついて離れないティアは、街頭の明かりの下でもわかるくらいに赤い頬と、小さな耳をさらしながら、いう。
「レクス……、わ、私ね……ちゃんと、わかってるよ……?」
「!」
 レクスはようやく気付いた。
 引き止めるためにマフラーを掴んだ手が震えていたのも、背にあるティアの手が震えているのも。それは精一杯、レクスを求めるティアの、勇気のしるし。
「……だ、だからね、あの、ね……」
 その先はさすがに伝えられないのか、ティアが口ごもる。恥ずかしさを誤魔化すように、ぐいぐいと顔が押し付けられる。
 ここまでされては、覚悟を決めるしかない。
 レクスが決断するまで、ほんの一秒もかからなかった。
 今まで、ぐずぐずとしてはずなのに。本当は嫌われるのが怖くて、一定の距離から踏み込むことができなかったはずなのに。
「……ティア」
 レクスは、自分でも驚くぐらいの優しい声で、その名を呼んで髪を撫でた。安心させるように、背を叩き。そして、そっと抱きしめる。
 勇気をもって自分に寄り添うティアに、レクスも最大限の勇気をもって応える。
「オレともう一回――プレゼント交換、してくれるか?」
「……うん」
 こくり、ティアが頷く。僅かに身を離したティアが、ん、と熟れた顔をあげる。緊張のせいだろう。きつく目を閉じたまま、わずかに背伸びをしてくる。
 心臓の音が煩い。それは、瀑布のように間断なくレクスの耳元で鳴り響く。ティアも、きっとそうなのだろうと思えば、自然とレクスの顔に笑みが浮かんだ。
 そうして、レクスはゆっくりとティアへと顔を寄せる。
 この日二度目、そして生涯忘れることのない贈り物を、かわしあうために。