限界ですね。
華奢な少女の身には、これ以上の負担は耐えられまい。
己が主の忠実な僕として、その幸せをいつも願っている。望みがあるならば、なんとしてでも叶えたいと思う。だが、その身を害することは認められない。
最後の別れに無粋に割り込むことにはなるが、これ以上たおやかな花が枯れ逝く様はみていられない。
当身でも、なんでもいい。この場から千尋を連れ出して、休ませねば。
どうかお許しください。
そう心の中で謝罪を述べて、千尋のもとへと柊が向かおうとしたその瞬間。
「っ……!?」
殯宮全体を押しつぶすような威圧を伴い発生した強大な神気に、柊は息を詰まらせた。
千尋の前に、光が一筋走る。
いや違う。
一筋どころではない。数え切れぬほど無数の光が集まっていく。不可思議ではあるが、決して嫌な気配はしないその光景。
わずかな合間に幼子の拳ほどの塊になったそれが、爆発するかのように一息で膨れ上がった。
危険なものではない。そこに敵意はない。本能でそれを理解しながらも、柊の常日頃冷静な意識が焦りを感じはじめる。
常世の国で戦ったかの黒龍の陰の気は微塵もない。そこにあるのは、ただ公明正大な全き陽の気。
「これは……! そんな馬鹿な。このようなことなど、これまでのどの伝承にもなかったはず!」
この未来を読む星の瞳でさえ見通せなかった未来が、確かに目の前にある。
そして、それは柊が望んだ龍神の出現に他ならなかった。
千尋が、ひとつ頷いた。それに応えるように、光から零れ落ちるようにして現れた二振りの太刀に、柊が隻眼を見開いた。
忍人の死後、その太刀は浄化と保管という名目で神殿に収められたはずのもの。この世が終わるまで、もう二度と持ち主が現れることはないであろう神器「生太刀」。
それがどうして、ここに。
警鐘が、がんがんと柊の脳裏に響く。
まずい。そう思うのに。身体が動かない!
伝承に書き加えられる新たな歴史を目の当たりにしながら、柊の思考は千尋の身を案じることでいっぱいになる。
このままでは……まずい!
「いけません、我が君!」
動かぬ身体を叱責してあげた叫び声に、太刀の柄に手を伸ばしかけていた千尋がゆるりと振り返る。
こちらを見てくれたことに僅かに安堵したのもつかの間のこと。
小さく笑って悲しげに伏せられた青い瞳に、背筋が凍る。その奥に、決して揺らがぬ決意がある。覚悟を決めた者のみがもつその色に、柊の時がとまった。
こちらに背を向けた千尋が、迷うことなく太刀の柄を握る。そしてゆっくりと、太刀の切っ先が千尋の胸にその下ろし処を定める。
まるで、それは神聖な儀式のように。
すべてを受け入れるように、目を閉じて僅かにあごをあげた千尋の手が、ぐっと力をこめる。
音ひとつたてることなく――その胸は、貫かれた。
千尋の懐から、宝玉が零れ落ちる。
澄んだ音を立ててはじけ、転がってゆく豊葦原の王のみがもつことを許される、王の証。
聖獣の守りをうけた玉、白き光に色とりどりに美しく輝くその色彩がやけに、鮮やかで。
ゆっくりと冷たい石の床に崩れ落ちていく千尋の細い体が、恐ろしくて。
柊は、束縛を押しのけ懸命に手を伸ばした。