Caution!!
簡単にいえば、アヴァロンコードの転生もの+現代ものです。
なんとなく妄想したら止まらなくなったので、思いつくまま書くシリーズです。
「……」
急な仕事で休日にもかかわらず、朝から出社せざるを得なかったヒースは、昼過ぎに帰宅した我が家のリビングを前にし、無表情かつ無言になった。
数秒の後、ゆっくりと廊下からリビングに続く扉をしめる。
瞳を閉じて、深呼吸を一つ。
瞼の裏には、見慣れたリビングと、目の前にした光景が交互に瞬く。
オレは疲れているのか。それとも夢の中なのか。
否。否!
かっと、気迫をこめて目を開けたヒースは、勢いよくドアノブをまわして、リビングへと力強く一歩踏み込んだ。
しかし、そこに広がっているのは、見慣れぬリビングであった。振り返った廊下と玄関は、間違いなく我が家であるマンションのもので間違いない。
「なんだこれは……」
がくり、とその場に膝を着きたくなったが、なんとか堪える。急に重くなったように感じる足を叱咤して、その現場へと歩み寄る。
籠に盛られたミカンが置かれたこげ茶の天板、その下から広がるふんわりとした、淡いピンク色の色調と、やたらと可愛いウサギの柄をした布団――いわゆるコタツ用掛け布団――、そして三方をぐるりと取り囲む背の低いクッション。どうやら、コタツ用敷き布団と一体化しているようだ。
殺風景といわれがちだが、それなりにこだわった家具を配置していたリビングが、ヒースにとっては別世界に成り果てている。驚かずにどうしろというのか。
「う、ん……」
と、むにゅむにゅ、と意味を成さない言葉がヒースの耳に届いた。
クッションに沿うように回りこむと、そこにこの事態を引き起こしたのだろう犯人がいた。
そのかたわらにしゃがみこんだヒースは、柔らかな肌に覆われた頬を、現実逃避気味に指先でつついてみる。もしかしたら、夢幻ではないのかと、そう思ったのだが。
「ぅ、んん……」
ふわふわの掛布に包まれた犯人は、長い睫を震わせて幸せそうに笑った。
霧散することのない現実をかみ締めながら、遠い意識で「ああ、可愛いな」などと寝ぼけたことを思った。
なんどかそれを繰り返しながら考える。オレの家にこんなもの――コタツなんてあっただろうか、と。いや、そんなものはない。
わかりきった自問自答を繰り返すヒースは、あまり物を置いたり貯めたりしない性質である。ここにあったものといえば、テレビ、ソファ、ローテーブル。
改めて確認する。テレビはほぼ定位置にあるものの、ソファとテーブルはどこにもない。そして、代わりに人を駄目にする魔物が棲むという、癒しのコタツ空間が広がっている。
ヒースにしてみれば、青天の霹靂、異常事態である。
そして、細い身体のほとんどをコタツに取り込まれた犯人と思しき人物。
ふに、ともう一度頬をつつく。ふにゃふにゃと、犯人ことティアは幸せそうにまた笑った。
一瞬、ティアは気持ちよさそうに寝ているしまあいいか、などと考えてしまった。
「……いやいや」
落ち着け、オレ! ほだされるな、オレ!
自分で自分に突っ込みをいれつつ、ヒースは力なく頭を振った。
もう一度、最初から考えよう。
朝、でかけるときにはコタツはなかった。それは間違いない。食事を供にしたりと、半分同棲に近い生活をしているとはいえ、ティアは自分のマンションで寝泊りはしない。というか、今のところさせていない。
しかし、合鍵を渡してあるからいつでもこれるようにはなっている。だから、ティアがいることは別段不自然なことではない。
うむ、ここまでに生じる疑問はない。ヒースは一人頷いた。
では問題は――コタツはどこからきたのか? という点だ。
じっと眠り続けるティアを見下ろす。
まあ、どう考えたところで誰の仕業かは明白というもの。そして、動機などは犯人に尋ねるのが一番はやい。
ここに至って、ヒースはようやく結論をだした。多少混乱していたので、ここまでの道のりが長かった。
ヒースは、ティアの頬をつついていた指先の行き先を変更。ほんのりと色づいた、小さな耳をつまむ。うにゃうにゃ、と相変わらずティアは寝言をいっている。
にこり、とヒースは笑った。もしも、誰かこの現場にいたならば震え上がるような笑顔である。だが幸い、ここにはそれを見るものはいなかった。
腹の底まで息を吸い込み、ヒースは声を発した。
「ティア!! 起きろ!!!」
「ひゃうっ?!!!?」
轟く雷鳴に怯えて水面から跳ねる魚のように、ティアが飛び起きた。がたがたとコタツが揺れる。その震動で、山盛りのミカンがひとつ、ころりと落ちた。
「えっ、なに、なに?!」
「なにはこっちの台詞だ、ティア。これはどういうことだ」
半分しかひらいてない目を瞬かせながら、あたりを見回すティアの細い顎を掴んで覗き込む。
じっと視線をあわせ続けていると、ぱっとティアの瞳が大きくなった。ぱちり、泡がはじけたように、活き活きとした表情になったティアが、甘えるように手を伸ばしてくる。
「ヒース、おかえりなさい!」
「おっと……ああ、ただいま」
猫のようにしなやかにのびあがってきたティアに、ぎゅーっと抱きしめられて悪い気はしないが、ここでくじけてはいけない。そう思いながらも、ぎゅう、とティアを抱きしめ返したヒースは、努めて厳しい目をティアに向けた。
「さあ、説明するんだ」
「説明?」
ごろごろと喉を鳴らす猫のようにヒースの胸に頬と額をこすりつけていたティアが、きょとんとしながら顔をあげた。
どうも様子がおかしい。む? とヒースが訝しく思っていると、ティアが乱れた髪を撫で付けながら、いう。
「え、だって、このコタツはヒースが頼んだものじゃないの? お昼頃に配達があったから、受け取ったよ?」
「いや、オレはコタツなど注文した覚えはないぞ」
「でも……ここ、ほら、伝票にヒースの名前書いてあるよ」
おかしいなぁ、と首をひねりながらティアが離れていく。ミニスカート姿のくせに、はしたなく四つんばいになって向かった先には、たたまれたダンボールが折り重なっている。
眉根を寄せながら近づいたヒースは、ティアが指し示すところを覗き込む。とある配送業者の名前が記された配達伝票のお届け先欄には、このマンションの住所とヒースの名前がしっかりと記載されていた。
ちなみに、ご依頼主欄にはどこかできいたことのあるような、みたことのあるような……、ヒースの微妙に記憶に引っかかる会社名が記されている。どこだったろうか、と首を傾げるも、お届け先は間違いないわけで。
「オレ宛だな……」
「でしょ?」
なぜか勝ち誇ったような顔をするティアの頭を一撫でしつつ、考える。
詐欺か? 勝手に商品をおくりつけておいて、金を請求するという手法の詐欺か?
脳内で、クーリングオフやら消費生活センターやら、そのあたりのことを冷静に並べ立て始めたヒースの眼前に、ひらりと白いものがよぎった。
ティアがどこからともなくとりだしたそれは、長方形の白い封筒。
「それとね……はい! お手紙はいってたよ」
そういいながらティアが差し出してくれたものを受け取る。上品なパールホワイトの紙に、繊細な花模様が型押しされている。詐欺の請求書がはいっているにしては、手が込んでいる。
封筒をあけると、同じ意匠の便箋がはいっていた。それを、ゆっくりと開く。
美しい色合いのインクが続る流麗な文字を追いかけていたヒースは、脱力して肩を落とした。
「……あの人は……」
苦々しく呟くヒースの横から、顔を割り込ませるようにしてティアが手元を覗き込んでくる。
「あ、ヴァルドさんからだったんだね!」
ティアはメル友である彼の人の名前を紙面にみつけ、ヒースとは対照的に顔を綻ばせた。
「ええっとー、『拝啓 親愛なる我が部下ヒースへ』……?」
冒頭からすでにもうふざけた感じがにじみ出ている手紙を、ティアが読み上げていく。
丁寧な時候の挨拶からはじまる本文には、日頃のねぎらいと、ティアへのお茶の誘い、そしてヒースにコタツを送りつけた経緯が書かれている―――要は、取引先でたまたまみかけたコタツがよさそうだったので、チーム全員に送りつけた、ということらしい。寒中見舞い、とかこつけているが面白がっていることは明白だった。
ヒースは遠い目をする。同僚たちの家も、今、こんな状態なのだろうか。こんなファンシーなコタツが送りつけられたのだろうか。彼らのプライベートにはあまり踏み込んだことはないが、困っている者もいるだろうに――。
「『それから、ティアと同棲しているというから、ヒースへのコタツは特に可愛らしいものを選んでおいたよ。おおいに感謝してくれてかまわないよ』だって」
「いやがらせか!」
ドン、とヒースはコタツの天板に拳を叩き付けた。半ば同棲のようなものだが、断じて同棲ではない。いろいろとアウトだろうといわれればそのとおりなのだが。
「えーと、『それに、コタツはティアも欲しがっていたときいている。女性は身体を冷やしてはいけないというし、これで二人仲良く温まってほしい。では、また――』……あれ? ヴァルドさん、何で知ってるんだろ?」
「ああ、そうか。そういえば、話をしたことがあったな……あのときのことを覚えておられたのか」
「あのとき?」
右、左、と頭を交互に傾けながら不思議そうに鸚鵡返ししているティアに、ヒースは言う。
「以前、ティアがコタツを欲しいといったときに却下したことがあったろう? そのときの話を、仕事の休憩中にしたことがあってな」
他愛ない同僚同士の会話をしていたところにやってきたヴァルドは、皆の話を聞きながら楽しそうに微笑んでいたのだが――どうやら、ヒースの話を覚えていたらしい。
「そっか! 嬉しいなぁ! お礼メールいれとかなきゃ!」
スマートフォンを手に取って、ティアが素早くコタツへと足をいれる。うっとりと目を細めながら指先を滑らせているところをみると、コタツがよほど嬉しいのだろう。
「うふふー、コタツってあったかいよね、ほっとするよね~」
あたりにほのぼのとした空気を振りまきながら、鼻歌混じりにそんなことをいったティアが、あれ? とヒースを見上げた。
「ヒース、はいらないの?」
さも当然のように言われて、一瞬、言葉に詰まった。
とりあえず、原因も経緯もわかった。ティアは犯人ではなく、こうなった事態の遠因であるだけで、別に何も悪くない。これ以上なにか言えるわけがなかった。
かといって、ヒースの立場上、ヴァルドにあれこれ言えるわけもなく――せいぜい、突然の贈り物にびっくりましたので、次回があるなら一言いっていただけると助かります、くらい伝えるのが関の山。あとはこの状況を受け入れるほかない。
ティアが欲しがったとき、すげなく断ったオレが悪かったんだろうな……――小さく息をはいて、ヒースは首元のネクタイを緩めた。
「ひとまず……着替えてくる」
「はーい」
スーツ姿のヒースの言葉に納得したらしく、ティアはスマートフォンの画面へと視線を落とした。
やれやれ、と思いながら自室に行き、手早く普段着に着替える。もどってくると、メールは送信し終えたらしく、せっせとみかんを剥いているティアがいた。
もどってきたヒースに対して、ぱあああ、とやたらと幸せそうな笑顔が咲きほこる。
「ヒースも、みかん食べる?」
「ああ、いただこう」
籠の中で鮮やかな橙色を誇るミカンに手を伸ばすが、さっとそれが逃げいていった。違う。にこにこ顔のティアが、籠ごとヒースから遠ざけたのだ。
なにを? と首を傾けると、ティアが満面の笑みを浮かべたまま、おいでおいでと手で招く。ティアの側に膝をついたヒースに向け、ミカンを一房とっていう。
「はい、あーん」
「……」
どうやら食べさせたいらしい。ヒースは僅かな沈黙の中で考えてみたものの、特に逆らう理由もないので、素直に口を開けた。ヒースの口へとミカンを放り込んだティアが、きゃっとはにかんだ。
「えへへ、こういうことがしてみたかったの!」
「そうか」
うふふえへへ、と蕩けるように微笑むティアに「もうひとつどうぞ!」、と差し出されたミカンを食べる。甘さの中に漂うすっぱみが舌を刺激する。
もごもごと味わいながら、ヒースはコタツ布団をめくると足をいれてみた。下半身を心地よく温めてくれるコタツに、肩の力を抜くように息をつく。
「まあ、コタツも悪くはないな」
「だよね~」
至極楽しそうにミカンを剥くティアを、ヒースはじっとりとみつめた。
「問題は、君が寝て風邪を引きそうなことだな」
「うっ、こ、子供じゃないから、大丈夫だよ」
以前に、コタツの導入をやめた最大の理由をもう一度告げると、びくりとティアが肩を揺らして、あさってのほうへと視線を泳がせた。
ヒースが帰ってくるまで寝ていたのだから、何を言っても説得力がないことぐらい、ティアが一番わかっているのだろう。
「昔、オレの家のコタツで汗をかきながら眠ったあげく、風邪をひいて寝込んでいたのは誰だったか……オレは覚えているんだが、君はどうだ?」
「だ、だ、だいじょうぶだってば!」
いろいろと驚かされたことで貯まった鬱憤を晴らすように意地悪くいってやると、ティアが大いに慌てて手を振った。そんなことないない、と懸命にいってくるティアに頬が緩む。
「どうだかな」
「むー」
くつくつと笑うと、からかわれたと理解したらしいティアが唇を尖らせた。怒るな、と宥めにかかったところで、ティアがにんまりと笑った。ぞわっと背筋が粟立ったのは第六感なのか、これまでにティアと積み重ねてきた経験からなのか。
案の定。
「じゃあ、ヒースが見張っててくれればいいんだよ。ね?」
「は? って、お、おい!」
ヒースの僅かな硬直を見逃さず、ティアはコタツから抜け出すと、ヒースの横へと滑り込んできた。そうして、ぴったりとくっついてくる。
む、とヒースは呻いた。息苦しいと感じるのは、身体的なことではなくて――ティアが、どうしようもなく可愛く思えるせいだ。胸の奥が疼くような感覚は、ティアでなければヒースにもたらすことはできない。
「おい……狭いだろう?」
「せまくてもいいもん。こうしたいんだもん」
くっついたままのティアのつむじを見下ろして、ヒースは小さく笑った。
もっと伸び伸びと使えばいいものをと思いながらも、温かな気持ちが湧き上がる。どうしてこう、可愛くて、愛おしいのか。
「なら、こうしよう」
「わ、わ……!」
ティアを器用にはがすと、その身体を易々と引き寄せ、ヒースは口の端を持ち上げた。驚くティアを己の足の間に座らせて、後ろから抱え込む。コタツ布団を引き寄せれば、完成である。
後ろから抱っこされた形になったティアは、一瞬だけ惚けたものの、それはそれは嬉しそうに笑った。
「あったかいね」
「ああ、あたたかい」
ティアの小さな肩に顎を乗せ、ヒースは微笑む。
なんだかんだと理由をつけてコタツの購入を渋ったが、でもまあ、これはこれで結果よしというものかもしれない。
愛しい者にまわした腕に、ヒースは潰さないよう気をつけて、わずかな力をこめる。それに堪えるように、幸せに満ちた笑み浮かべたティアが、横を向く。
すぐそこにある唇と唇が触れ合うのに、障害はなにもない。
ティアからの小鳥同士が嘴を啄ばみあうようなキスを甘受しながら、ヒースは次にめぐってくる冬にもコタツをだしてもいいなと、そう思った。
後日、二人揃って風邪をひいたのは、コタツという名の魔物に屈した、不覚のいたすところである――