Caution!!
簡単にいえば、アヴァロンコードの転生もの+現代ものです。
なんとなく妄想したら止まらなくなったので、思いつくまま書くシリーズです。
今朝方おろしたばかりの、真新しいスニーカーの底で、アスファルトを踏みしめる。
ひらひらと、風に乗ってわずかに届く花弁に誘われるように、腕をひろげて一回転。
春になったらいつも身に着けるお気に入りのスカートの裾が、それにあわせて柔らかに広がる。
回る風景の中、一瞬だけ、恋しい人の姿がみえた。薄手のニットにジーンズというラフな服装。
「ご機嫌だな、ティア」
「うん。私、春が好き」
というよりも、ティアには苦手な季節がない。
春はあたたかくなり、花がたくさん咲きはじめるから綺麗だし。
夏は緑があざやかで、レジャーを楽しみ思い出を作るにはもってこい。
秋は実りの季節というだけあって、ごはんが美味しく食べられる。
冬は凛とした空気の中、大好きな人と手を繋げれば心まで温かくなれる。
振り返って、ティアだけが気づくくらいの、ほのかな笑みを浮かべる人をみあげる。
「それに、今日はヒースが一緒だし」
すべては、恋しいあなたがいてこそなのだと伝えるように、満面の笑みを浮かべる。
そうか、とヒースが少しだけ困ったように眉をさげる。そんな表情さえ愛しくて、心のシャッターを連続で切った。
頭の中の記憶を、写真にするほうほうがあったらいいのになあ。
そんなせんないことを考えながら、ティアは前へと向き直る。
視線をうえにあげれば、淡い水色の絵の具を流したような、やわらかな空。ここにもうすぐツバメが飛び回り、夏を感じるようになっていくのだろう。
季節の使者を思いながら、ティアは軽やかに神社の階段へと一歩踏み出す。軽快に、しっかりと石階段を踏みしめて、あがっていく。
その後を一定のリズムを刻みながら、ゆっくりとあがってくるヒースの気配を感じつつ、ティアは一足先に石階段をのぼりきる。
御影石で作られた、大きな鳥居をくぐる前に、この神域の神様へと一礼。
そのまま本殿へとは向かわずに、境内の片隅で薄紅に咲き誇る大樹へと近づいていく。
みあげた樹はおおらかな枝ぶりの先に、かぞえきれないほどの花を優しく灯している。空に映えて、とても綺麗だ。
「すごいねー……」
「ああ、見事だな」
感嘆の言葉をもらすティアに並び、ヒースもまた桜の美しさに見惚れているようだ。
この桜の大樹は、地元でとても大切にされている。花見が催されることもあるが、どんちゃん騒ぎというよりは、本当の意味で桜を愛でる穏やかな会となることが多い。
今年は神主さんの都合でとりおこなわれなかったのが残念だが、それで花の美しさが翳るわけもない。
ティアは、ほう、と息をついた。
いつか、あの桜をもっと近くでみたことがあるような気がする。見事な桜に囲まれて、歓声をあげていたのは、小さな頃の自分。
「……昔はもっと近くで見れた気がするんだけどなあ」
んむぅ、と小さく声をもらしながら、ティアは手を伸ばした。
でも、幼児の頃よりずっと、今のほうが背が高い。だから、これ以上近く感じられたはずがない。不思議な思い出である。
あっさりと、ティアのそんな疑問に答えをくれたのは、ヒースだった。
「それはオレが肩車してたからだろう?」
「えっ」
ティアは驚いて隣に立つ男をみあげた。ヒースは、なにを驚いているのかというように、静かに見下ろしてくる。
「そのときは、枝ぶりも違っていたからな。もっと低い位置に花があったんだ」
「そう、だったっけ?」
ああ、とヒースが頷いて、なにかを思い出すように遠い目をする。
「君がほんとうに小さい頃の話だ。ちょうどいい位置に枝があってな、ティアを肩車すると、桜をみせやすかった。だが、大きい台風のときに、折れてしまってな……残念だが、もうない」
そういってヒースが指をさすところは、今見ているところから少し回り込んだほうが、よく見えるところ。
ティアは、近づいてひょいを幹を覗き込む。
いわれてみれば、ちゃんとその痕跡がある。周囲の樹皮とは少しだけ違うところがあった。おそらくここから枝が伸びていたのだろう。
ぶわり、と吹いた春の風に導かれて、ティアは遠い記憶を思い出す。
――春のやわらかな陽射し。
やさしいぬくもりに包まれて、見上げた空の景色を鮮明に覚えている。
手を伸ばした指先に触れた花びらの儚さ。薄紅の向こうに広がる青。
見下ろせば、大好きな人が笑っていてくれて。
手をのばせば、握り返してくれた。
それが、どんなに嬉しかったか。幸せであったことか――
「そっか……あれって、ヒースがみせてくれた景色だったんだね」
胸に広がる温かな気持ちに満たされながら、ティアは笑った。
ほう、と腕を組んだヒースがひとつ声を零し、静かに微笑む。
「思い出したか?」
「うん!」
ありがとう、と伝えながらティアはヒースの側へともどった。ぎゅっと左腕に抱きついたら、よしよしと頭を撫でられる。
なんだが、ボールをとってきた愛犬を褒めるような感じがして、ちょっと癪に障るのだが、こうされるのは嬉しいので、ティアは甘んじてそれを受け入れた。
ぐり、とむずがる子供のように、額を腕にこすりつける。
「ふふふ、またヒースとこの桜をみられて嬉しいよ」
「毎年来ているだろう? ……ああ、いや、そうだな。オレも、嬉しい」
日々を健やかに過ごせた証だな、とヒースが噛みしめるようにいうものだから、ティアも同調して何度も頷く。
一年、何事もなく無事であることは、尊いことだ。喜ぶべきことだ。
刺激的な毎日よりも、大切なひとたちが、笑いあって幸せに生きられる平凡な日常こそがなによりも大事だ。
するり、大きな手が離れていく。ティアは、ぱっと顔をあげ、わくわくとした様子をいっさい隠さずヒースに言う。ついでに、びしっと桜を指差す。
「よし、じゃあ肩車して、ヒース!」
「どうしてそうなる。しないぞ」
予想していたとでもいうように、ヒースが慌て騒がすティアの提案を却下する。む、とティアは眉を寄せて不服だと感情を露にする。
「ええー! この話の流れならするものだと思う! 過去の思い出をなぞろうよ!」
「しないといったらしない」
「だって、いまなら私も背がのびたし、ヒースだってずっと背が高くなってるし、折れた枝がなくても、桜の近くにいくくらい簡単でしょ?」
だからお願い、とティアは訴えるが、ヒースは頭が痛いといわんばかりに、こめかみに指をあてて頭を振った。
「ティア……自分の歳を考えろ。そして君の立場は?」
「高校生だよ」
どうしていまさらそんなこというの? と首を傾げれば、深い深い溜息が返ってきた。
「わかっているんじゃないか。しかも今日はスカートだろう? オレは犯罪者として通報されたくはない。諦めてくれ」
ぶ、と頬を膨らませるとヒースの指が伸びてきて、鼻を摘まれた。ぷぎゃ、と情けない声をあげてしまった。女の子にやることじゃない。
「幼稚園児の頃ならまだしも、高校生にもなって、そんなことを社会人に要求するんじゃない」
「じゃあだっこ! だっこしてくれるだけでも桜が近くなるから! ね!」
ヒースのいうことはもっともである。だけれども、そこで諦めるようなティアではない。
たくましい腕からいったん離れると、精一杯に腕を伸ばす。ヒースの首にぶらさがろうと、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
すると、さしものヒースも慌てだした。伸びてくる手を、流れるような仕草で防御してくる。こういうときに身長差・体格差の不利を痛感する。
「おいこらやめないかっ!」
「ヒースがだっこしてくれればいいんだもん!」
「子供か君はっ」
「いつも子供扱いするくせに!」
「いつも大人扱いしろというくせに!」
傍から見たら、華奢な少女にいい大人が襲われているといった様子であるが、誰も目の前の光景をひとめでは信じられないだろう。
なんとかとりつこうとするティアと、それをうまくかわしつづけるヒース。
こんなところで古武術の技を発揮しなくてもいいと、徒手流派の師範代がみたら嘆きそうである。
「はっはっはっはっは」
ぎゃあぎゃあと子供のように、みっともなく言い合っていた二人は、朗らかに響いた笑い声に、ぴたっと動きを停止した。
しめしあわせたかのように、同時に顔を向けた先には、この神社の神主が立っている。
白い豊かな髪、人徳が滲み出る穏やかな面。にこにこと笑うそのまなざしはひどく優しい。
しかしながら、いまはそれが恥ずかしい。
ティアは、かあっと頬を染めた。ヒースもまた、わずかに顔色を変えて、ばつが悪そうに頭をさげる。
「お邪魔しています。お騒がせしてすみません」
「こ、こんにちは……!」
ティアは、ぎくしゃくと老神主に頭をさげる。
うんうんとすべてを悟っているかのように頷いた老人は、いう。
「ヒースくんとティアちゃんが、仲がよいとのはようわかってるけどねぇ……二人とも、ほどほどにせんとね。桜様が驚いてしまうよ」
「「……はい」」
縮こまった二人は、そろって返事をした。
それを見届けた神主は、また「うんうん」と頷きながら去っていく。社務所の中にその小柄な姿が消え、からりと扉が閉められたことを確認して、ふたり一緒に息をはいた。
温和であることをよく知っているが、同時に逆らえない雰囲気をあわせもっているため、妙に緊張してしまう人物である。
そろり、とティアはヒースをみあげる。
「ね、ヒース……だめ? どうしても?」
上目遣いでわずかに首を傾けてそういいつつ、ティアはヒースのニットをひっぱった。
ぐ、とヒースが眉間に皺を寄せた。きつく目を閉じ、数秒悩み――軽く頭を振る。
「まったく……しようがない」
「やった! ヒース大好き!」
少し屈んでくれたヒースの首に、ティアは飛びついた。
「ああ、ああ、わかったわかった。わかったから静かにしろ。ほら」
「!」
ぐうっと世界が下がった気がした。気づけばあっという間にティアの身体はヒースの腕に座らされていた。
「わ、わわっ……あっ、重くない……?」
バランスを崩しそうになって、ティアは慌ててヒースの肩に手を置いた。ヒースが苦笑した。
「いまさらそれをきくのか? なに、君は軽いぞ。むしろちゃんと食べているのか心配になる……と、いうか……薄い尻だな……」
最後の最後、ぼそりと呟かれた内容に、ティアは肩を跳ねさせた。
「もーーー! 聞こえてるよ?!」
本人は聞こえないくらいの小さな声でいったつもりかもしれないが、これだけ近いと意味はない。ティアは顔を真っ赤にすると、ヒースの髪を乱すように小さな手を乱舞させた。乙女心をなんと心得ているのだろう。
「そうか。すまなかった。とりあえず頭をはたくんじゃない。降ろすぞ?」
「もー! もーーー!」
ばしばしとそれでも閃く手を易々とつかみ、ヒースがとても詫びに聞こえない詫びを口にしたあと、視線をティアの向こう側へと送る。
「ほら、桜がみたいんじゃなかったのか」
「うぅ~……」
促され、涙目のままティアは赤くなった顔を上向かせた。
その瞬間、枝が鳴った。
思わず、頬を打ち視界を遮ろうとする髪を、両手で押さえる。
鼓膜を騒がせる空気の波が空へと駆けあがっていく。無造作に揺れる薄紅の向こう、幼い頃にみたのと同じ、青が広がっていた。
「~~!」
かつてみたものと同じ光景に、心が震える。
感極まって言葉にならない声を漏らしながら、突然の風にも揺らぐことのなかった、頼りになる想い人へ視線を落とす。
そしてまた、ティアは言葉に詰まった。
深い色をしていると思っていたヒースの瞳が、花の合間から零れる光を受けて、明るい。
それが、ゆっくりと優しく細くなる。鼻梁の下にある唇が、弧をえがいた。
幼い頃に屈託なく笑っていた、少年の笑顔が重なる。でも違う。あの頃にはなかった大人の色香と、余裕とを感じさせる微笑みに、息ができなくなる。
ティアの、心臓がはねる。ずるい。格好いい。ずるい。
「どうだ?」
「うん……すごく、綺麗だよ……」
ヒースの瞳が、と続けそうになってティアは口をつぐんだ。照れを誤魔化すように、えへへと笑う。そんなティアを抱え上げたまま、ヒースがゆっくりと歩き出す。
「今年は、ほんとうによく咲いているな」
「そうだね」
桜の大樹の周囲を、ぐるりとまわる。さきほどみていたところからも綺麗だったが、どこからみても美しい。夢のようだ。
だが、そうした優しい時間はすぐに終わるもの。二人は、あっさりとはじまりの地点に戻ってきた。ヒースが、ティアをみあげる。
「満足したか?」
お願いすれば、もう一周くらいしてくれそうだけれど、ティアは大きくうなずいて返した。
「うん。なんかこう……お腹いっぱいっていうか、胸がいっぱい、かな」
「?」
ティアの言葉にヒースが不思議そうに首をひねる。意味が分からなかったのだろう。
するり、降ろされそうになる瞬間をみはからい、ティアは素早く腕を伸ばして、ヒースの首へとまきつけた。
「ティア」
子供の悪気のない悪戯をたしなめるような優しい声で名を呼んで、ヒースの大きな手がティアの背中を支える。
「ありがと、ヒース」
本格的に咎められる前に、ティアは動いた。
すぐそこにあるヒースの頬に、羽が撫でるようなくすぐったさで唇を落として、ティアはみずから地面に降り立った。
「お礼だよ」
にぱっと屈託なく笑いながらそう伝えれば、ヒースが自分の頬を呆然と抑えた。
「――まったく、ませたことをするようになったもんだ」
やれやれまいったと、ヒースが肩を竦める。
ティアは、ころころと笑いながらヒースと腕を組む。
「女子高校生からの感謝の意をむげにするなんて、ヒースはほんとうに朴念仁さんだね。でもそういうところも好き」
「……どこでそういう言葉を……ああ、もういい」
突っ込みをいれることを諦めたようで、ヒースが肩を落とした。
「また来年もこようね」
その様子をまるっと無視をして、ティアは勝手に小指同士を絡めて指切りげんまんをした。短い唄を終えて、されるがままになっていたヒースをみあげ、ティアは笑う。
渋い顔をしているが、ヒースはこんな一方的ともいえる約束でも、きちんと守ってくれる優しい人だ。
だから、来年になったら再来年の約束をしよう。そうしてずっと、この桜を並んでみあげるのだ。ずっと。ずっと。
「ね、ヒース、どら焼き食べたくない?」
「腹がいっぱいじゃなかったのか?」
違いますー、とティアは頭を振る。
「あれはそういう意味じゃないの!」
「よくわからんが……、まあ、このまま買いにいってもいいな。いつもの菓子屋だろう?」
「やった!」
すっかりと花より団子へと気持ちが切り替わったティアの軽やかな歓声が、春の空へと確かに届いた。