「いやぁ、あんたたち仲のいい兄妹だね!」
「……」
「……」
今日は年に四回開催される大市の日。
何気なく覗き込んだ染め織物の露店で、異国の模様の美しさに目を輝かせていたティアとそれを見守っていたヒースへとかけられた店員のそんな台詞に、二人は顔を見合わせた。
ああ、こういわれるのは今日で何度目だろう。
親子と間違われないだけ、まだいいのかなぁ……。
ぼんやりとそんな悲壮なことを考えて、ティアは眉を八の字に下げた。
ローアンの街の住人であるならば、英雄と将軍である二人のことを知っているため、そんなことをいわれることはまずない。からかわれることは、多々あるけれど。
だが、今日は他国の商売人がほとんどだ。その中をティアとヒースが歩いていれば、恋人同士というよりはちょっと歳の離れた兄と妹と思われるほうが自然だろう。
「……いくか、ティア」
「……はい」
はー、と二人そろってため息をついて、のろのろと店を後にする。
「あ、ちょっとお客さん!?」
ついさきほどまで、織物を手にしていた客の、急な意気消沈ぶりに店員が慌てて声をかけてくる。
ごめんなさい、と曖昧にティアが微笑んだのと同時に、ヒースがその細い肩を抱いて引き寄せた。とん、とヒースの厚い胸板に、驚きに目を見開いたままティアは手をつく。
鎧を脱いで、一般市民と同じような服装をした今日のヒースは、体温が伝わりやすくて、ティアは妙にどきどきしてしまう。
「悪いが、この可愛い『恋人』に、いろいろみせてやりたいものでな。失礼する」
『恋人』の部分を強調し、微笑んでそういうヒースに力強く引きずられながら、ティアが店員を見遣ると、ぽかんとした顔をしていた。
「……え? ええ?」
軽く混乱し二人の姿を見比べる店員に、苦笑いを浮かべて小さく会釈したティアは、ヒースとともに雑踏にまぎれて次の店を目指した。
「すまんな、ティア」
「え、どうしてヒースさんが謝るんですか?」
きょと、と目を瞬かせてヒースをみあげると、ばつが悪そうに、ぽりぽりとヒースが頬をかいた。
「いや、オレがもっとこう……若ければな、と」
どこか申し訳なさそうな、すねたようなヒースのそんな言葉に、ティアは噴出した。
「ふふ、それだったら、私がもっと大人だったらよかったなぁってことにもなりますよ」
そう。大人の男のヒースと釣りあうくらい、背も高くて胸もあって腰もくびれていて、足もすらっと長ければ――。
そこまで考えて、ふと自分の貧相な身体を見下ろしたティアは、笑っていた顔を引きつらせた。
現実は残酷だ。
自分の想像に打ちのめされるなんて、馬鹿だなぁ……。
しかし、そんなティアを掬い上げるのは、いつだって大切な人。
「焦らずとも――君は、まだそのままでいい」
「えっ」
小さく聞こえてきた声に、ティアは顔をあげた。
ヒースが、からかうような笑みを口元刻みながらも、瞳だけは真剣なままでこちらを見下ろしている。
「今でさえ、オレは気苦労が耐えないんだ。君にもっと綺麗なられると……いろいろと、困りそうだ」
ああ、でも、とヒースは続ける。顎に手を当て撫でながら、屈託なく言う。
「綺麗になっていく君を一番近くでみたいとも、心から思うしな……。ははっ、オレの悩みはなんとも贅沢だな」
囁くようなヒースの言葉は、冗談なのか、本気なのか。どちらともなのか。
それはティアにはよくわからないけれど、確かなことはひどく優しく甘いということだ。ティアの鼓膜から染み渡って、脳を蕩けさせていくほどに。
かあ、とティアは頬を染めた。
ヒースはゆっくりと大人の階段をあがるティアへと、恭しく、導くその手を差し伸べてくれているような気がした。
なんだか、今すぐ目の前の恋人に抱きつきたい。そんな気分になってくる。だが、ここは外で、人もいっぱいだ。そんなことできるわけがない。
「えっと、えっと……」
そわそわとしながら、溢れだそうとする熱を散らす術を求めて、ティアは視線をめぐらせる。
そして、とある方向を指差した。
「……あ! ヒースさん、私、あのお店がみてみたいです!」
ちょっとわざとらしいかなと思うくらいに、ティアは元気に声を張り上げた。
「ん、あれか?」
それは、丁度お客であった少女たちが移動したことで、みえるようになった小さな露店。
ティアは、二人の間の空気に後ろ髪をひかれつつも、ヒースより一足先に駆け出した。その後をヒースがゆっくり追いかけてくる。
こんなところで、人をどぎまぎさせるなんて、ヒースも誠に性質が悪い。しかもあまりにも当然のように、ごく自然にいってくるのだから、困る。
むむ、と小さく唸りながら、ティアは軽やかに足を捌いて前へと進む。
徒手流派の修行の成果か、するすると人を避けた二人は店に難なくたどり着いた。
そこは、銀細工の店だった。
指輪に、髪飾り。ネックレスやブローチなどが黒いビロードの上で光を弾いている。
手前にあるものは、よくみれば精緻とはいいがたい造りだが、可愛らしいデザインのものが手ごろな価格で並べられている。それは、さきほどくらいの年頃の女の子たちを、手招きをしているように煌いている。
「よお、兄さん。その愛らしい妹さんにひとつどうだい?」
にこやかな笑顔で出迎えてくれた恰幅のいい店主にそういわれ、かく、とティアは頭を垂れた。
自分たちはそんなにも恋人同士にはみえないのだろうか。
さきほどまでの天にも昇る気持ちがしぼみ、どんよりと暗雲が立ち込めていく。いくらヒースにああいわれたとはいえ、やはりすぐには納得できるものではない。
ティアは、思わず物悲しく息をつく。
「いや、オレ達は……」
ここでも律儀に訂正しようとするヒースのシャツを掴み、くいくいと引っ張る。
それに気付いたヒースが、ティアを見下ろす。高いところから注がれる視線に対し、ティアは力なく頭を振った。
「もう、いいです……」
自分でも情けないな、と思うほどにしょぼしょぼとした声でそう告げると、ヒースがなんともいえない顔をして、ぽんとティアの小さな背に手を当てた。
「……あー、なんだ。なにか買ってやろう。どれがいい?」
店主に乗せられた、というわけではないだろうが、さすがに何を言うこともできず間が持たなくなったらしいヒースの言葉に、ティアは目を瞬かせた。
「いいんですか?」
「ああ。なんでもいいぞ?」
にこ、とヒースが笑う。大好きな人の、大好きな笑顔にあてられて、ぽっとティアは頬を染めた。
ああ、やっぱりこの人が好きだ。胸にそんな想いを灯し、ティアは店へと向き直る。
あらゆる武具を使いこなし振り回すカレイラの英雄とはいえ、ティアも女の子。綺麗な装身具や、きらきらと輝く半貴石をみれば心が踊る。
わずかに前屈みになって、ティアはじーっと露店に並べられた商品へ、順繰りに視線を流していった。
そして、目に付いたものに指を伸ばす。
「えっと、これ、なんですか?」
ティアが目をつけたのは、同じ大きさに磨かれた小さな丸い石たち。紐などを通すためか、真ん中に穴があけられている。ころころとして可愛らしいそれらは、まとめて籠に中にいれられており、色とりどりに人の目を惹きつける。
店主は、そんな指でよくこんな細かいもの作れるな、というくらいの太い指で、石を示した。
「それはねブレスレットにつける石だよ。その中にある石の中からふたつ選んで、その次にこっちのブレスレットから好きなデザインを選んでおくれ。そうしたら、すぐそれにつけてあげるよ」
次いで指し示されたところには、整然と陳列された、いくつものブレスレットがあった。
銀色に輝くそれらは、何の飾り気も無いシンプルな鎖のものもあれば、葉や花がつらなるものもある。それらひとつひとつには、値札がついていた。
どうやら、それらと石を組み合わせ、自分の好きなものを作ってくれるらしい。
「なるほど……ええっと、石をみてもいいですか?」
店主は人懐っこそうな笑みを顔に浮かべて、「どうぞ」と促した。
その返事を受けて、ティアは宝物を探す探検家気分で石を傷つけないように気をつけながら、かき分けた。
どれも綺麗だ。
赤、薄紅、黄、緑、白、青、紫――同じ鉱物から作り出されたものもあるだろうが、どれひとつとて同じ色合いをしたものはない。
王族や貴族がその身を飾るような、高価なものではないのだから、それも当然だ。だが、だからこそ、そのひとつひとつに個性があるとティアは思った。
ヒースと店主が何気ない雑談を頭上で交わすのを聞きながら、ティアは真剣に石をより分ける。
そして。
求めるものに近い色の石があったことに、ほっと息をつく。
きゅ、と堪えられない笑みを浮かべ、優しくその二つを手に取った。
「あ、あの……これと、これでお願いできますか?」
二人の会話がひと段落ついたのを見計らい、ティアはおずおずと小さな手のひらの上に乗せた石を差し出した。
ティアが選んだのはどこかくすんだ青の玉と、深い茶色の玉。
それをみた店主がわずかに瞳を開いて、首をかしげた。
「お嬢さん、本当にそれでいいのかい?」
並べば可愛らしさよりも、落ち着きを感じさせる色合いに、驚いた顔をされる。
「若いお嬢さん方にはこっちのほうとかが、人気あるんだけどね」
そういって摘み上げられたのは、甘そうな淡い紅色や爽やかな水色、鮮やかな黄色の石だった。籠の中にも、それは多めに入れられている。
それでも、確かな目的をもってその中で下のほうに隠れていたものを見つけ出したティアは、小さく首を振った。
「いいえ、これがいいんです」
「ふむ……?」
不思議そうな、探るような視線が恥ずかしくて、ティアは視線をそらした。
なんといわれようと、これがいい。だって……――
そう思いながら、ちらりとヒースを見上げると怪訝な表情を返された。
ティアは、視線が絡んだことに慌てて、ぱっと店のほうに顔をもどす。
俯いて頬を染めるティアと、どうかしたのかとしきりに首を捻るヒースを見比べ、最後に手のひらの上にある石をみた店主が、破顔した。
「ああ、そういうことかい」
「!」
どうやら気付かれたらしい。ティアはさらに頬を染めた。
「お、お願いします」
と、小さくいいながら手をさらに突き出す。
「はいはい、わかったよ。じゃあ、ブレスレットはどれにするんだい?」
くすくすと笑いながら、そこからティアが選んだ石を取り上げた店主は、数種類のそれらを示す。
「ええっと……じゃあ、これで」
ティアが細い指で持ち上げたのは、銀の輪でできたもの。石を取り付けるのだろう部分には、先に太陽と雲をモチーフにした小さな細工がついている。
「あいよ」
それを受け取った店主は、すぐに作業をはじめた。するすると、まるで手品のように、石が取り付けられていく。
「いや、お兄さんあんた幸せもんだね」
細かな作業をしつつ店主がそういって笑うと、なにがなんだかよくわかっていないヒースが、ふむと顎に手をあてた。
「まったくもってそのとおりだが、なぜわかった?」
「ははは、いうね!」
さらりと肯定したヒースに慌てるティアを尻目に、店主が盛大に声をあげた。
「ま、あんたらをみてればわかるよ。はい、おまたせ」
そういって、店主はティアの目の前へと出来上がったばかりのブレスレットを差し出した。細工の傍らに、青と茶の玉が静かに揺れる。
「ありがとうございます」
そういって品物を受け取ったティアは、嬉しさのまま、それを手のひらに包み込んで隣のヒースに笑いかけた。ヒースが、瞳を和ませ頷く。
「店主、いくらだ?」
「そうだね……ああ、いや、あんたたちには最初に失礼なこと言ったからね、おまけしておくよ」
一度値札をみた店主であったが、ふと思い直したように頭を振った。
「よくわからんが……、いいのか?」
「いいって、いいって。じゃあ、これくらいで……」
そうして、値段よりいくばくか低い価格の金銭を支払い、ヒースとティアは店をあとにする。
「次の季節の市にもくるから、そのときもご贔屓に!」
「はい!」
ちゃんと宣伝を欠かさぬ店主に笑い、ひらひらと振られる手にティアは応えた。
すこし多くなった人の流れから、ティアをかばいつつ歩くヒースが言う。
「少し休むか?」
「そうですね、じゃあ公園にいきましょう」
噴水の煌きも涼しげな公園の、片隅にあるベンチに向かう。
あいている場所をみつけて、二人並んで座り込み一息つく。
ふと、ティアは店からずっと落としたりしないよう握り締めていたブレスレットを、空にかざしてみる。
青い空には雲が漂い、さらさらと太陽の光が降り注ぐ。それを受けて、石が透明な色を帯びる。
今日という日を形にしたような、その装飾に頬が緩む。
「えへへ、ありがとうございます、ヒースさん」
「いや、喜んでもらえて何よりだ。それよりも、つけないのか?」
「なんだか、もったいなくて」
なにかむようにそういうと、ヒースが笑った。
「つけなければ買った意味がないだろう。ほら、かせ」
そういってひょいとそれを取り上げて、ヒースがティアの手首をとった。
はめてくれるのだと気付いたティアは、通りやすいように手全体を細めた。
ヒースの手により、それはなんのひっかかりもなく、ティアの手首に当たり前のように納まった。
ティアはもう一度、空に手をかざした。
自分の左手首できらきらと輝くのが眩しくて、そして嬉しい。
「ほんとうにありがとうございます、ヒースさん。大事に……ずっと大事にしますね!」
胸元へ下ろした手首で揺れる石に、そっと指を重ねてティアがそう言えば、ヒースが目を細めた。
「しかし、あの店主もいっていたが、それでよかったのか? もっと、他にも君が好きな色の石はあっただろう?」
「いいんです、これが欲しかったんです」
「君がそういうなら、いいんだが」
そういいつつも、やはり納得がいかないのか、ヒースが顔を前に向けて髪をかきあげた。
くすんだ青の瞳で遠くを見つめ、頬にかかる深い茶の髪を払うヒースの、精悍なその横顔をみつめて、ティアは息を零す。
やっぱり。自分はこれがいい。
これがあれば、いつもあなたと一緒にいるようだから。
そんなティアの想いが、ヒースに届くときはくるだろうか。
この石の色が、ヒースの髪と瞳になぞらえたものだと、気付くだろうか。
わかったとしても、それは随分と先のことになるような予感がする。
女の子の気持ちがわからない、そんな鈍さがヒースらしいと自分の想像に小さく噴出す。
ティアがくすくすと笑っていると、温かなものがそっと手に重なった。
目を瞬かせてヒースを見上げると、ふわりと微笑まれる。
「まあ……じきにこっちにもっといいものを贈るさ」
絡みとられた視線を逸らすことはできないけれど、左手の薬指を撫でられるのがわかる。ティアはさっと頬を染めた。
「た、楽しみに、してます……」
なんとかそう返すと、ヒースがもう一度笑った。
「ああ、もう少ししたら、な」
何も言わずとも二人がちゃんと、恋人同士にみえるようになる頃には。
それはきっと、そんなに遠い未来じゃない。
離れていくヒースの熱にせつなさを覚えつつ、きゅう、とティアは胸を押さえた。
予約を、されてしまった。
むずむずとした胸の奥のざわつきに突き動かされるように、ティアはぽんとベンチから元気よく立ち上がる。
そして、座ったままのヒースへとにっこりと笑いかける。
「ね、ヒースさんせっかくですし、他のところもみにいきましょう! めずらしい果物が売られてたって、ファナがいっていたんです」
「そうか。では、いってみるか」
すっと立ち上がったヒースが、当たり前のように手を差し伸べる。そこへ手を重ねながらティアは笑う。
右手にヒース、左手にヒースからの贈り物。胸にはヒースとの小さな約束。
両手に花どころの話じゃない。今のティアは、とんでもなく幸せだ。
「どうした?」
手を繋ぎ、緩む頬をまったくおさえぬティアに、ヒースが問う。
「なんでもありません。ただ、幸せだなぁって思ったから」
ほにゃほにゃと笑うティアの素直な言葉に、ヒースが声をあげる。
「ははっ、なあ、ティア。オレがあの店主にいったこと覚えているか?」
「?」
世間話やお勘定のときのことだろうか。きょと、とティアが首を傾げると。ヒースは高いその背を屈め、ティアの顔を覗き込んで笑みを深くした。
「オレも、まったくもってそのとおりだ」
あのときの台詞が繰り返される。
ぷしゅ、と頭の天辺から蒸気を吹き上げる勢いで赤くなったティアは、ぎゅっと繋いだ手に力をこめた。その指先が、応えるように握り返される。
「はい!」
そうして、ティアはこの素敵な日を飾るに相応しい、とっておきの輝く笑顔で頷いた。