ここからまた、はじめましょう

 空気も薄くなるような高き山脈の頂にありながら、決して凍えることのない不思議なアンマルチアの里。
 幾度も訪れたことのあるその里を、ヒューバートは全速力で走っていた。目指すは、里の片隅にある医療施設。息が切れるのは、走っているせいだけでなく、心配でたまらないからだ。胸が押し潰れてしまいそうだからだ。

 フェンデルの大紅蓮石研究中、爆発事故発生――

 そんな報告を受けたとき、目の前が比喩でなく、真っ暗になった。
 大紅蓮石の研究中、装置が暴走し、その場に居た研究者たちが負傷したと連絡を受けたのは、昨日のこと。
 調査するという名目で、ストラタを早々に出たヒューバートは数時間前にザヴェートでマリクと会った。
 きくところによると、詳細は調査中であるものの、今回の件はフェンデル側の研究者が出力レベルを誤操作したようで、それが原因の事故とのことだった。
 結果、大煇石が暴走しかけたのを、パスカルをはじめとしたアンマルチアの人たちが対処したのだという。
 なんとかあたりを吹き飛ばすことは防げたものの、いくつか計測器などが破損し、噴出した蒸気によって負傷者が続出。彼らは、里の施設で治療を受けており、その中に、パスカルもいるとのことだった。
 はやくパスカルに会いにいってやれと、情報を教えてくれたマリクの顔がひどく真剣だったせいで、落ち着いた対応を心がけながらも、ヒューバートの心は千々に乱れていた。
 亀車を急がせ、雪山を上っていたとき時間は、ひどく長かった。
 みえてきた施設には、アンマルチアの人たちが頻繁に出入りしているのがみえた。それがさらに焦燥を煽る。ヒューバートは、施設に飛び込んだ。
 ふわりと漂う薬の匂い。非日常の時間が流れていると、すぐにわかる空気。
 アンマルチアの医療施設ならば、どの国よりも進んだ技術に溢れているのだろうが、今それを確認する余裕はない。
 マリクからの情報と、目の前の施設の位置関係を照らし合わせて、すばやく部屋番号を確認していく。
「!」
 やや奥まったところにある部屋の前で、ヒューバートは止まった。
 脳内で繰り返していた番号が、そこにある。
 息を整える。破裂しそうな心臓が、はやくと急かす。
 焦りながら恐れながら、震える手を扉にかける。それは、ヒューバートを迎え入れるように、滑らかに開いた。室内からの光が、少し薄暗い廊下にこぼれた。
 視界にうつる部屋は病室らしく、一目でわかる清潔さに保たれている。部屋の奥にある窓の向こうで、鋭い山々の峰が白銀に光っていた。さらり、壁と同化しそうな白いカーテンが、わずかに開いた窓の隙間から、いたずらに吹き込んだ風に揺れている。
 そして、この部屋の主は。

 彼女の姉に圧し掛かられて、もがいていた。

「いやだよぉ~! それおいしくないんだもん! バナナ味にして~!」
「おいしいとか、おいしくないとか、そういう問題じゃないの! さっさと薬を飲みなさい! そもそもバナナ味の薬なんてあるわけないでしょ?!」
「うげえええ!」
 無理やり口をあけられ、薬を流し込まれそうになっているパスカルは、白い寝巻きを身につけ、半袖から伸びる腕には包帯が巻かれ、顔に大きなガーゼがあてられてはいるけれど――なんともまあ、元気そう、だった。
 寝台の上で、静かに眠るように療養している様を想像し、胸を痛めていたヒューバートは、目の前の光景が一瞬信じられなかった。
 そういえば、マリクは怪我の状況などについて、一言もいっていなかった。気が動転していてたずねようともしなかった自分も自分だ。
「……パスカルさん?」
 だから、気の抜けた声が出てしまったのは、仕方ないと思う。
 よく似ている四つの瞳が、一斉にこちらを向いた。
「あら、ストラタのメガネくんじゃないの。いらっしゃい」
「あ、ヒューくんだ! やっほー! どったの?」
「……」
 攻防に夢中になっていたらしい姉妹は、ヒューバートの存在に今気づいたらしい。まったくもって緊張感なく、そう挨拶をしてくる。
「あ、ええと……こ、こんにちは」
 挨拶をしながら、どうしよう、と頭を悩ませたのは一瞬。
「ちょうどいいところにきてくれたわ。パスカルのお見舞いにきてくれたのよね? ありがとう」
 パスカルの上からどいたフーリエが、つかつかとヒューバートのもとへとやってくる。
「は、はい。教官からこちらだとお伺いしまして、あ」
 はっと気付く。そういえば、見舞いの品を忘れていた。ぼくとしたことが、と、青くなったヒューバートをよそに、フーリエが手を差し出す。
「じゃあ、早速だけれど、はい。これお願いね」
「え」
 そういって渡されたのは、フーリエがパスカルに飲ませようとしていた粉薬の包み。
「この子ったらなかなか飲もうとしないのよ。あなたならのいうことならきくでしょ? 私、事故処理のことで、これから長のところにいかなきゃいけないから、よろしくね」
「えっ?!」
 あたり前のようにそういって、すたすたとフーリエが部屋の扉をくぐった。思わず受け取った薬と、その背を交互に見遣る。くるり振り返ったフーリエが、ぎ、と強くパスカルを睨みつけた。
「ちゃんと飲むのよ、パスカル! いいわね?!」
「ひぃっ」
 雷鳴のごとき鋭い声でそう念押しをし、フーリエは廊下を歩いていってしまった。
 静かになった部屋には、二人だけが取り残された。ゆっくりと頭をめぐらせる。視線があうと、口元までシーツをひきあげたパスカルが、こちらの様子を伺うようにあいまいに笑った。
「ね、ヒューくん。お薬、飲まなくても、いい「飲まないとだめです」
 お目付け役がいなくなったことに一縷の望みを託そうとしたらしいパスカルだったが、即座に駄目だしをすると、魂が抜けたようにがっくりと項垂れた。
 どんな薬かはわからないが、飲まないといけないのなら、そうするべきだ。
 ヒューバートは、扉を閉め、ゆっくりと寝台に近づいた。傍らにある椅子に腰掛ける。
 上半身を起こしているパスカルは、どうやら、そこまで重大な怪我をおったわけではなかったらしい。あれだけ大騒ぎしているくらいだし。
 ほ、と自然と漏れた息は、安心からのものだ。よかったと、心から思う。
「ちぇ~……やっぱり飲まないとだめか~。ヒューくんにまで言われちゃったら、しかたないや……」
 渋々といった態で、パスカルが薬に手を伸ばしてくる。
「そうですよ、ちゃんと飲んでください」
 薬を渡し、サイドテーブルにおかれた水の入ったグラスをとる。差し出すと、それもまた受け取ったパスカルが、薬包みを開いて、あおる。
 次いで、がばがばと水を飲み、「うえ、まずーい」という嘆きをこぼす。
 ぷは、と中年男性のように水をすべて飲み干したパスカルに、もご、と口元をわずかに動かして、ヒューバートは切り出す。
「ええと、その……ご無事でなにより、です」
 ひとまず、そう伝える。
「ああ、うん、ありがと~。ヒューくん、教官からきいたんだっけ」
 さきほどのフーリエとのやりとりを覚えていたらしいパスカルが、へらりと笑う。
「ええ。ストラタにも、事故の知らせがありましたし。その……大きな事故が、あったと」
「えへへ、そうなんだよね~」
 パスカルが頭を掻く。ほんの少しだけばつが悪そうに、他愛もない失敗を恥じるように。
「いや~、驚いちゃったよ。ちょっと目を離したら暴走しそうになっててさ! みんなでわーっていって、がちゃがちゃーってやって、どーんってしたら、ぽーんとなんとかなったんだけどね! いやー、よかったよかった」
 なんでもないことのように、事故のことをどこか他人事のように語る様子に、かっと頭に血がのぼった。
「驚いちゃったどころの話じゃありません! パスカルさん、あなた女性でしょう!?」
「うぇ?」
 妙な声を出すパスカルに、ヒューバートはぐいと詰め寄った。
「なぜ笑っていられるんですか! こんな怪我をして、顔に傷でも残ってしまったらどうするんですか!」
 手を伸ばす。頬を覆う痛々しいガーゼに、そっと触れる。
 悔しい。そばにいたからといって、手助けできたわけでもないだろうが、何も出来なかったことが、純粋に悔しい。
「え~、あたしは別にどうもしないよ~。あ、それともこういうときって何かしないといけないの? どうすればいい?」
「ぼくにきいてどうするんですか……」
 首をかしげるパスカルに対し、深く深く息を吐く。
 どうしてこう、自分の心配は空回りするのだろう。どうしてそう、大丈夫だというのだろう。
「まあ、さ! 生きてるから、いいじゃん! ね?」
 鬱々としてきたヒューバートの空気を吹き飛ばすように、パスカルが勢いよく肩を叩いてくる。
「そうですけど……」
 抵抗する気もなく、がたがたと揺られていると、ふとその小さな手が、ヒューバートの服の袖を掴んだ。
「それとも、」
 感情の伺えぬ声が、ぽとりと落ちる。それは波紋となって、静寂を呼ぶ。小さく息を吸い込んで、ヒューバートは目をゆっくりと瞬かせた。
 じっと、パスカルがこちらをみつめている。さきほどまでの笑顔はそこにない。
「弟くんは気にする?」
 心を探るような問いかけは、無遠慮にヒューバートの領域を引きずり出そうとする。だが、不思議と嫌ではない。
「あたしの顔に傷があったら、気にしちゃう?」
 ヒューバートは、はくり、と息を食べた。うまく肺へと送れなかったせいで、喉が鳴る。
 きゅ、と一度、唇を引き締める。瞳に、自然と力がこもっていく。
「いいえ。それであなたという存在が変わるわけでは、ありませんから。あなたは、あなたです」
 そう心からの言葉を伝えると、くしゃりとパスカルが顔を崩した。
「じゃあいいじゃん。問題なし!」
 明るい笑顔を向けられて、ああ、この人らしいと、ヒューバートは困りながらも笑う。
 研究に一生懸命で、自分のことなど二の次。本当なら、もっと自分を大事にしてもらいたいのに、パスカルは自分の価値に疎すぎる。
 だから、パスカルが本来するべきことを、代わりに為す存在が必要だ。生活、容姿、食事に病気や怪我のこと。そして、そうするのは自分でありたいと、ヒューバートは思う。
 共に生活をする、世話を焼くというその願い――それすなわち『結婚』ということに結びつく前に、パスカルがヒューバートの顔を覗き込んでくる。視線が絡むと、思考はそこで中断された。
「ヒューくん、心配してくれてありがと!」
「……っ、」
 胸の奥が、ざわつく。くすぐったいような、居心地が悪いような、形容しがたい動きに、胸を掻き毟りたくたくなる。
 ほんとうに、どうしてだろう。この人だけだ。自分を、こんなにも嬉しくさせるのは。
 そんなことを思いながら、みっともない顔をみせるのは嫌で、ヒューバートはわずかに視線をそらす。
「あ、そうだ!」
 と、パスカルがきょろきょろとヒューバートの全身を見回してくる。
「ねえねえ、ヒューくん。ハト型通信機もってきてる?」
「あ、はい。ここに」
「おお! さすがだね!」
 荷物の中から、通信機を取り出して見せると、パスカルが顔を輝かせて歓声をあげた。それとは逆に、ヒューバートは顔を曇らせた。
「それが、爆発の件の報告があってから、これを使って連絡をとろうとしたのですが、うまくいかなくて。壊れたのでしょうか?」
「ううん、こっちが壊れたんじゃないよ」
「え?」
 貸して~、と手を伸ばすパスカルに促されるまま、通信機を手渡す。
 パスカルが、ちょい、とどこかをいじっただけで自分が使っているときには出てこない画面が現れた。どこにそんな機能があったのだろうかと思いながら、パスカルの言葉を待つ。
「あの爆発でさ、ひとつだけ残念なことがあって」
 機器から目を離さず、パスカルは指先を躍らせる。
「あのとき、通信機を近くに置いてたんだけど、暴発に巻き込まれて壊れちゃったんだ」
 つまり、ヒューバートが持っているほうではなく、パスカルが持っていたほうが、壊れてしまったということ。だから、連絡がつかなかったのだと、ヒューバートは気付いた。
 だからね、とパスカルが眉を下げる。声が少しだけ震えているように聞こえたのは気のせいだろうか。

「――ヒューくんからの、全部、なくなっちゃった。ごめん」

 それが、自分がパスカルあてに送った言葉の数々だということは、すぐにわかった。
 パスカルの、指が止まる。
 つ、と視線が上がる。
 その姿は、宝物を失った子供のようで、みていられない。だが、それと同じくらい嬉しくてたまらない。
 熱をもちはじめた頬と、そんな相反する混沌とした心を見透かされたくなくて、ヒューバートは顔を背ける。ずり落ちてもいない眼鏡のブリッジを、押し上げる。
「い、いいえ。謝ってもらうようなことではないですから、その……」
 つい口ごもる。機器が壊れるくらいの爆発に巻き込まれず、パスカルは生きているのだから、それでいいじゃないですかと、言いたいのに。急に萎んだ風船のようなパスカルにそういうのは、無神経なような気がしたのだ。
「ポアソンがなんとか復旧しようとしてくれてるんだけど、無理っぽいんだよね~、これが。あ……、こっちにはデータ残ってる。でも、うーん……」
 何事か考え込むパスカルに、愛しさが込み上げる。そんなにも、大切にしてくれていたのか。
 そんなこと知らなかった。自分からのメッセージを大事にしてくれているとは思わなかった。パスカルがそうしてくれていると知っていたら、あんな固い事務口調じゃなくてもっと……こう……優しい言葉とか……!
 いや、それを残されるのも恥ずかしいじゃないかと、ふと我に返る。
 そして、ヒューバートはとあることに思い立って、わずかに首をかしげた。
「ですが、パスカルさんなら、すべて覚えているのではありませんか?」
 自分が、アスベルたちに出会うまで何歩歩いたのかとか、そんなことまで覚えていたくらいのパスカルだ。簡単なメッセージぐらい、苦もなく脳内の記憶棚にいつまでも置いておけるはずだ。
「うん。覚えてるよ。だって、ヒューくんからのだし」
「……ぅ」
 あっさりと肯定されて、またヒューバートは小さく呻いた。予想が正しかったことの証明だが、なんだかすごく恥ずかしい。
「でもね、あたしに送ってくれたメッセージは、ぜんぶあの通信機の中だったでしょ? だから、残念なんだよ」
 つまり、内容も大事だが、パスカルに対して送ってくれた事実とそれを受け取ったという事実も大事、ということか。
 それを理解したら、ぷしゅ、と頭のてっぺんから湯気が一筋立ち昇ったような気がして、ヒューバートは軽い眩暈を覚える。
 恥ずかしい。どうしてパスカルは、そんなことを平気な顔でいえるのだろう。パスカルにとっては、当然で自然なことだからかもしれないが、ヒューバートには真似できそうにない。だが、今ここで引いてはいけないと思う。
 ヒューバートは散らばっていきそうな勇気を、必死にかきあつめる。ばくばくと、心臓が大きく応援している。
 もう一歩、近くにいくのは今。
「パスカルさん!」
「う?」
 勢いよく名前を呼んで、手を握れば、パスカルが大きく瞬きをする。
「ま、また、送りますから!」
 声がひっくりかえった。でも言わねば、続けなければいけない。
 言葉を、想いを。また二人の間で、積み上げればいい。 ここからまたはじめるものは、もっといい思い出にすればいい。
「ぼくは、あなたが無事で、ほんとうによかったと思っています! だから、だから、また、はじめましょう!」
 指先が、震える。もし、パスカルがここにこうしていなかったら。生きていなかったら。死んでしまっていたら。
 そう考えるだけで、世界が色あせる。
 でも、パスカルは今ここにいる。だからまた、送れる。この心を、言葉にして、贈ろう。
 黙って聞いていたパスカルの頭が、ふらりと前に倒れる。ヒューバートの手に、パスカルのもう片方の手が重なる。つないだ場所に、押し当てられる、柔らかな額。
「うん。そうだね。また、やればいいんだよね」
 ぎゅ、とパスカルの指先に力がこもる。応えるように、ヒューバートも力をこめる。
「はい。ですから、二度とこのようなことがないように気をつけてください。危険なことはしないでください。ぼくと……約束してください」
 いつの間にか、言葉は必死なものになっていた。
 その命は、かけがえのないものだから。広い世界のどこにも、代わりはいないのだから。
 ん、とパスカルが頷く。まるで猫が甘えるように、ぬくもりを押し付けられて、たまらなくなる。ヒューバートが目を細めると、ゆっくりと、銀と赤の髪があがっていく。
 そうして、嬉しそうな、にやけた笑顔が現れる。色艶なんて微塵もない。だけど、それがヒューバートには、世界一可愛いのだ。
「えへへ。じゃあまた、お話してね」
「も、もちろんです!」
 こくこくと何度も頷くと、笑顔が一段と明るくなった。
「よし、じゃあさっそく通信機をもう一個作ろう!」
「は?! え、ちょ、ちょっと!?」
 ぱ、と手を離し、寝台から飛び出したパスカルを反射的に捕まえる。
「どこに行くんですか?! おとなしくしていてください!」
「えー、だってヒューくんってばいつも忙しいからさ、今日もすぐ帰っちゃうんでしょ? それまでに作らなきゃ! あ、今度はもっと機能増やそうか? どんなのがあったらいい?」
「そういうのはあとでいいですから、ベッドに戻ってください!」
「えー、もう飽きたよ~」
 パスカルが、子供のようにやだやだと駄々をこねる。
 考えてみたら、パスカルは、研究や実験でもなければ、ひとところにじっとできる性質ではない。
 どうするべきか。
 目まぐるしく、ヒューバートは脳内で対応策を練る。が。
「とうっ! すきあり!」
「あっ!」
 もともと怪我人を強く拘束できるわけがなく、緩んだ力を敏感に察知したパスカルが、逃げ出した。あっという間に扉をあけて、廊下へ姿を消す。
「廊下を走ってはいけません! パスカルさん! パスカルさん!」
 きゃっほー! と元気いっぱいに駆けていくパスカルを、慌てて追いかける。
「そういうヒューくんも走ってるじゃん!」
「あなたが走るからでしょう?!」
 ぎゃあぎゃあと言葉を交わしながら走っていると、何事かとアンマルチアの人々が好奇の視線を向けてくる。
 ひく、とヒューバートの頬がひきつる。
 一分一秒でもはやく捕まえなければ。
 いくつもの瞳に、自分の精神が耐え切れなくなるまえに!
 そんな決意を胸に、ヒューバートは足の先に力をこめて、さらに速く、一歩踏み出す。
 ただなんとなく。自分が次にストラタゆきの船に乗るときには、パスカルのその小さな手には、真新しい新型の通信機が握られているのだろうと、そんな未来が脳裏に描かれて。
 ヒューバートは、小さく微笑まずにはいられなかった。

 

 数分後、見舞いに訪れたポアソンに走り回っているところをみつかり、パスカルと一緒に年下の少女から説教をいただくという、不名誉極まりない事態になることだけは――欠片も想像できない、ヒューバートであった。