ちら、ちら、と投げかけられる視線にマリクはため息をついた。
「おい、ヒューバート、さっきからなんだ。いいたいことがあるならはっきり言え」
「っ!」
バシス軍事基地でラムダ繭突入用のパーツを手に入れ、テロスアステュへと帰る道すがら、マリクは隣を歩くヒューバートにそういった。
「べ、別に、言いたいことなどありません」
びく、とあからさまに肩を跳ねさせ、せわしなく眼鏡を押し上げてそんなこといっても説得力がない。
「その割には、随分熱心にみられていたような気がするのだが」
つん、とあらぬ方向をみるヒューバートの整った横顔をみつめつつ、マリクはわずかに距離をとる。
「すまない、ヒューバート。おまえの気持ちは嬉しく思う。だが、オレにはそういう気はないんだ。今まで気付いてやれずにすまなかったな……」
「……は?」
ぽかん、とした顔でヒューバートが振り向く。わざとらしく痛ましげなものをみるような視線を送ると、ようやく合点がいったらしいヒューバートの目がつりあがった。
「そんなもの、ぼくにだってありませんよ!」
「そうか、ならばどうしてオレをみていた?」
淡々と問いかけると、ヒューバートが大きくため息をつきながら、眼鏡を押し上げた。
「ぼくは教官ではなく、その指輪を……――あ、いえ、なんでもありません」
途中で言葉を遮って、しまったとばかりに口ごもるヒューバートに、にや、とマリクは口の端を歪めた。ヒューバートは、動揺すると意外と口が滑りやすい。
「おまえは嘘が下手だな。やはり、アスベルの弟だ」
「兄さんは関係ないでしょう」
出会ったばかりの頃のような、冷たく張り詰めた声を意に介することなく、マリクは続ける。
「おまえは、仕事や興味のないことには冷静に対処できるが、自分のこととなると途端に感情が表にでる。案外と、わかりやすいものだぞ」
自分でも多少の自覚はあるのか、口をつぐんだヒューバートに、マリクは笑いかけた。
「なに、この指輪はオレたちもソフィと同じ力を使うための道具にすぎん」
青いストラタ軍服に包まれた肩が、さきほどの比ではないくらいに大きく跳ねる。
「だから、オレとパスカルがお揃いだからといって、そんなに羨ましがることはないぞ?」
な? と、子供に言い聞かせるように、言ってやると。かあっとヒューバートの白い肌に、朱が散った。
「だ、誰も羨ましいなどといってないでしょう?!」
あんなに、おもちゃを与えられたよその子を、純粋にうらやむ幼子に似た目でこちらをみていおいて、そのいい訳は通用しないと思う。噴出しそうになるのを堪えながら、マリクは視線を道の先へと送った。
「おい、パスカル!」
自分たちより幾分か前をあるいているパスカルに声をかける。すぐに好奇心に彩られた輝く瞳がこちらを向いた。きらきらとした琥珀色のそれは、原素が枯渇しかけたこのフォドラにおいても瑞々しく、活力を失ってはいない。
「ほいほ~い? なに、教官」
足をとめ、片手をあげるパスカルに、速度を緩めることなく近づいていく。
なにかおもしろいことでもあった? と問いかけてくるような瞳を前に、マリクは足を止めて腕を組む。
「実はな、パスカル。ヒューバートも、さきほどの指輪が欲しいらしい」
「ちょ、教官?!」
俯いて、「羨ましくなんて……そんなことは……」などと呟いていたヒューバートが、勢いよく顔をあげた。
「ありゃ、そうなの? でも弟くんなら、デリス鋼の指輪がなくても、ソフィの力が使えるでしょ?」
確かに、この指輪はアスベル、ヒューバート、シェリアと同じく、暴星魔物ひいてはラムダに対抗する有効な手段を手に入れるためのものであり、もとよりその力を使えるヒューバートが持つ必要はないものだ。パスカルの疑問は、もっともだ。
「そういうことじゃないぞ、パスカル」
ゆっくりと頭を振って、マリクはその考えを否定する。
「ほえ? じゃあなんで?」
頭の後ろで手を組んで、きょとんと目を瞬かせヒューバートを見遣るパスカル。その様子に、わずかに頬を赤らめたヒューバートが、ぐっと言葉につまった。
これをみてまだなにも感じないというのは、鈍感なのかわかっていてからかっているのか、ただ単純にそういうことに無頓着なのか。どれでもパスカルには当てはまるような気がして、マリクは内心笑った。なぜならば、恋愛は一筋縄ではいかぬほうがおもしろいからだ。
アスベルやシェリアもそうだが、この二人も見ていて飽きない。あれこれとからかってやりたい――もとい、応援してやりたくなる。
若い頃の恋に、後悔を残すようなことがあってはならない。素直に、自分の気持ちを伝えることの大切さを、マリクは知っているつもりだ。
だから、自分にはできることをしたい。してやりたいと思っている。
いや、そんな、八割ほど面白くおかしく思っている気持ちがあるなんてそんなことはない。たぶん。
「揃いの指輪、というところがいいんだそうだ」
教官! という、ヒューバートの悲鳴に似た上擦る声があがるのを無視して、マリクは己の手をかざした。
そこにはめられたバシス軍事基地の最深部でパスカルが作った指輪が、きらりと光を弾いてその存在を主張する。
それをまじまじとみつめ、次いでマリクとヒューバートの顔を交互にみたパスカルが、顔を輝かせて手を一つ打った。
「ああ~、なるほどなるほど~!」
どうやら理解したらしく、にににことしながら両手をひろげる。
これで一安心かと思ったら。
「そっかぁ、弟くんってば教官のことすごく好きなんだね~!」
海の空へ向かって斜め上にシャトルでかっ飛んでいくような言葉に、マリクとヒューバートは固まった。
いや、違うし。
「ち、ちがっ! 違います! 気持ち悪いこといわないでください!」
顔を赤らめればいいのか、青褪めさせればいいのか。なかなか面白い顔になっているヒューバートが、やや涙目で即座に否定する。
「まったまた~、照れなくてもいいってば! そんなに教官が好きなら、さっきいってくれればついでに作ったのに~」
うりうりと、そんなヒューバートをつつくパスカルに、さすがのマリクもこめかみが痛くなってきた。
「待て、パスカル。なぜそうなる?」
ヒューバートを楽しげにつつき続けるパスカルに、問う。
「え、だって教官とお揃いがいいんでしょ? 大丈夫大丈夫、テロスアステュにもどったら速攻でつくってあげるからね! バシス軍事基地で拾ってきたデリス鋼もちょこっとあるし……あ、そうだ!」
口を挟む暇をみつけられないでいると、ぽんともう一度、パスカルは手をうった。
「みんなでお揃いにすればもっといいよね! そしたらあたしもソフィとお揃いになるし、丁度いいよね! うん名案~!」
きゃっほー! と、両手をあげてその場で回転しながら喜ぶパスカルに、なんといえばいいのか。
「「……」」
隣にたつヒューバートと、思わず顔を見合わせる。なんだかその青い瞳が、途方に暮れた迷子のようで、マリクは若干哀れになってきた。これは前途多難もいいところである。
さきほど、自分の指輪をみせたことがそもそもの間違いだったのか。しかし、勘違いの要因を作ってしまった自分にも否はあろうが、パスカルの解釈の仕方にも多大に問題があると思えてならない。
と。
「おーい、なにやってるんだ? いくぞー」
話し込んでいたせいで、いつの間にやら先頭のアスベルたちと随分距離があいてしまっていた。道の先で、アスベルが手を振っている。
「あ、ごめーん! すぐいくよ~」
それに手を振り替えして答えたパスカルが、こちらとの会話はおしまいといわんばかりに背を向けて、まっすぐに駆けていく。
「ねえねえソフィ~、あたしとお揃いの指輪しようよ~!」
「いらない」
そのままの勢いで抱きついていこうとするパスカルを避けるように、ソフィがさっとアスベルの後ろに隠れる。なんだかんだで、パスカルに触られるのはやはりまだ抵抗があるらしい。まあ、べたべたと触られれば、いい気分がするわけがない。
「えーっ、なんでー?! お揃いにしようよ~!」
「いや」
「うわ、お、おい、ソフィもパスカルもやめろって!」
くるくるとアスベルを中心にして、ソフィとパスカルは追いかけっこをしだす。
「ちょっとちょっと、パスカルあぶないわよ」
道のすぐ横は崖である。それを危惧したシェリアが、慌ててなだめにはいる。エメロードが、興味深そうに瞳を細め、それを眺めているのが印象的だった。
そんな仲間の、一見すれば微笑ましい風景に、マリクは肩から力を抜いた。
「あー、なんだ。頑張れよ、ヒューバート。そう気を落とすな」
「っ! 何を頑張るんですか何を?!」
何もいわず笑って返すと、余計にヒューバートの顔に、怒りに似た感情が滲んだ。
にや、と我ながら意地が悪いと思いつつ、口の端を持ち上げる。
「なに、そのうち二人だけの指輪をすることもあるかもしれないじゃないか。それまで楽しみにしておけばいい」
「は?」
何を言ってるんだこの人は、といわんばかりに美しいヒューバートの眉が潜められる。
わずかに背を折って、ヒューバートだけに聞こえるようにしつつ、いう。
「結婚指輪、というものがあるだろう? 世界でふたりだけのものだし、それをおまえからパスカルに贈ればいい。それで『おそろい』だ」
一瞬、ぽかんとしたヒューバートが、大きく跳び退いた。
「~~~っ?!!!」
真っ赤な顔を隠すように、手を翳す姿は恋する青年そのものだ。
「教官! からかわないでください! だ、だ、誰があんな……! お風呂にもまともに入らないような女性と、け、けけけ、け、けっこん……など!」
ヒューバートの言葉を受けて、ふと真面目な顔をつくったマリクは、顎に手を当てた。
「じゃあ、オレがもらってもいいということか」
「……え」
すとん、とヒューバートから激しい感情が落っこちた。残ったのは、驚き、戸惑い、焦りといったところだろう。
「え、いや、ちょ……教官、まさかパスカルさんのことを……!? ですが、さきほど身に覚えがないと……!」
「それは、これまでのことで覚えがないといったにすぎん。これから先の未来は、どうなるかわからんだろう。違うか?」
もっともらしくそういうと、ぎゅっと手を握り締めたヒューバートが、瞳を揺らして視線を下げた。
「……それは、そうだと思いますが……」
それだけわかっていれば結構。
マリクは、ぽんとヒューバートの肩を叩いた。
「だからな、ストラタの最年少少佐殿が、幻のアンマルチア族で風呂に入らない能天気だが天才的な技術者である女と結婚する未来も、じゅうぶんありえるということだ」
さらり、とそう言って。マリクは、アスベルたちの後を追うべく歩き出す。
なんとなく背後に視線をおくると、再びヒューバートが激昂していくところが見えた。
「あ、あなたという人は~~~!」
どうやらからかわれたとわかったらしい。パスカルも、これくらい察しがよければヒューバートも苦労しないだろうに、と思いつつ、肩をすくめる。
「なんだ、未来はどうなるかわからんと、たった今ヒューバートも認めただろう」
「ああもう! そういうつもりでいったんじゃありませんよ!」
その声に、顔に、たまらない苛立ちが混じる。そろそろ爆発しそうだ。ああ怖い怖い。
マリクは笑いながら、逃げるように歩調をはやめていく。
その先で、アスベルたちの目の前の岩陰から、魔物が飛び出すのが見えた。
「教官、いい加減に……!「魔物がでたようだ、いくぞヒューバート!」
なにか言いかけるヒューバートの言葉をうまくさえぎって、マリクは背の得物に手を伸ばしながら、駆け出す。
「続きはあとできちんと話しますからね!?」
背後でそんな叫びとともに、重たげな金属の音が響く。すぐに隣に並んだ青い影の両手には、涼やかに光を跳ね返す双剣。
マリクは、く、と喉の奥でひとつ笑った。なんともまあ、からかいがいのある男だ。
全速力で駆けながら、言う。
「覚えていたらな!」
「覚えておいてください!」
そうして、マリクは原素なく渇いた大地を、ヒューバートとともに力強く蹴る。
ただなんとなく。
自分が口にした未来は、叶うような――そんな気がする。
ぎゃぎゃあと言い合いながら、それでも同じ指輪を手にしあう。そんな二人をからかうことのできる楽しみな未来に思いを馳せながら、マリクは鋭く投刃をふるった。