視線が痛い。
じーっと見詰めるような、ぼーっと眺めるような視線を受け続けているティアは、困惑していた。
この狭い家の中、本棚にいこうがお茶をいれにいこうが、常に背中にちくちくと刺さる熱い視線を気にするなというほうが無理というもの。
「あの……レンポ?」
「ん……ああ、なんだ?」
机の上に胡坐をかいて肘をつき、そこに顎をのせたレンポは、どこかぼんやりとしていて生返事を返してくる。
「どうかした? 具合でも悪いの? 風邪でもひいた?」
普段活発なレンポの気味が悪いほどのおとなしさに、少々不安を覚えたティアは机の縁に両指をかけてしゃがみこむ。
こちらが気付いてなかっただけで、なにかあったのかもしれない。
レンポと目線の高さをあわせ、不安げな色を隠すことなくその身を案じる。
その問いかけを、レンポはふるふるっと頭を振って否定した。
そしてひょいと立ち上がると、「よし!」と気合をひとついれて、燃えるような眼差しでティアを見遣った。
「なあ、ティア」
「うん」
じゃあ心配事でもあるかな、相談にのれないかな、とティアがそんなことを考えていると。
「キスしたい」
とびっきりの爆弾が落ちてきた。それはもう、容赦なく。
ティアの心の中で、レンポの台詞がどーんどーんと次々と大きな爆発を起こす。
なんとか真っ白になった思考を働かせようとするが、とてもそんなことできそうにない。
ぱくぱくと陸に揚げられた魚のように、口を開け閉めするティアの頬がふんわりと紅に染まっていく。
「ティア? 聞こえなかったか?」
わずかに眉をひそめつつ、レンポがふわりと浮かび上がってティアに近づく。
「わわっ!?」
急に近づかれて驚いたティアは慌てて立ち上がろうとした。
しかし、上手く働かないのは思考だけではなかったらしい。持ち主のいうことを聞かなかった身体は、ころりと後ろに転がってしまった。
「おい、大丈夫か?!」
「う、うん! 大丈夫、大丈夫! へーきだよ!」
言われたことの恥ずかしさと、しりもちをついたことの恥ずかしさで、眉を下げて真っ赤な顔をしたティアは大げさすぎるほど元気な声を返す。
「まったく、しゃーねぇなあ」
どこか呆れたようなレンポの言葉であるけれど、そこに宿る音色はどこまでも優しく愛しげで、ティアの鼓膜を震わせる。
穴があったら入りたい気分を存分に味わっているティアの目の前に、すっと黒い手が差し出される。
「ほら」
それは、かつては封じられていたレンポの手だ。
出会った頃は目にすることが叶わなかったわずかにとがった指先が、炎のように揺らめいている。でも、その爪は決して自分を害することなどないとティアは知っている。
いつの間にか人と同じ大きさになったレンポからの助けに、おずおずと指を重ねてティアは立ち上がった。
でも、いろんな恥ずかしさが積み重なって、ティアはすぐに顔があげられない。
手を繋いだまま、じっと床をみつめティアはもじもじと口を開いた。
「あ、あのね。レンポ、その……さっきのだけど……」
「ああ、キスしたいってやつか?」
「!」
ちゃんと聞こえてたんだな、と続いた言葉はやけに遠くから届いた気がした。聞き間違いではなかったらしい。
至極当たり前のように、あっさりともう一度紡がれた願いに驚いて、ティアは思わず顔を跳ね上げた。
そんなティアの真正面で、レンポが笑っている。みる者へ元気を与えてくれるような、子供のようなその満面の笑みがティアは大好きだった。
「やっぱ精霊がこんなこと考えるなんて、おかしいって思うか?」
思った以上に近いところにあったレンポの笑顔にぽ~っと見惚れたまま、ティアは小さく頭を振った。
その様子に、レンポがほっと息をつく。少し不安だったのかもしれない。
「で、でも……ど、ど、どうして急に、その、こんなこと言い出したの?」
どもりすぎだろう、というほどにどもったティアの言葉に、レンポは照れ笑いながら頬を指先でかいた。
「急じゃねえ。……ティアが恋人になってくれたときから、ずっとキスしたいって、思ってたんだぞ?」
「……ほんと?」
ティアの言葉に、精霊は嘘なんてつかねーよ、と返しながらレンポはティアの瞳を覗き込んだ。
「だけど、オレだってこんなことはじめてだし、どうしたらいいのかわかんねーし」
これまで特定の誰かに心奪われることなどなかった炎の精霊に、恋を教えた少女はその目に吸い込まれるような錯覚に陥る。揺れる金色の瞳から、目が逸らせない。
「だから、考えるのはやめた! どんなに考えたって、オレがティアが好きで好きでたまらないのは変わらない。だから、触れたいし、抱きしめたいし、キスもしてえ! それでいいだろ?」
ああ、レンポらしいな、と思いつつティアは睫を伏せてくすぐったげに微笑んだ。
心臓がすごくどきどきしている。けれど、それは不思議なほど心地よい鼓動でティアの身体を震わせる。この感覚は、嫌じゃない。
「私、キスなんてしたことないよ」
「大丈夫だ、オレもねえ」
そういって笑いあう。
「そっか、私たちはじめて同士なんだね」
「おう」
レンポがきゅ、とティアの手を握り締める。
「そんでもって、ティアが最後だ」
「……うん」
「な、キスしていいだろ?」
「…………」
身の内から決して消えてはくれない恥ずかしさに苛まれながらも、こくんとティアは頷いた。
了承を得たレンポはとても嬉しそうに相好を崩して、そっとティアの頬に指を伸ばす。慈しみ、愛しむように触れてくる恋人の仕草に、少女の胸は際限なく高鳴る。
最初の相手で、最後の相手。
永遠の想いを誓うようなレンポの言葉を胸に刻み込みながら、ティアはゆっくりと瞳を閉じた。
そして、恋人と交わしたはじめての口付けは熱く、重ねた時間の分だけ少女の記憶を甘く焼き焦がして――ゆっくりと離れていった。
どれほどの時間が流れても、この瞬間を忘れることはきっとないだろう。
「はじめて」をわかちあい、夢のようだけれど確かに現実だったことを噛み締めた二人は、お互いに真っ赤な顔をして声をあげて抱き合った。
「なあなあ、ティア! もう一回!」
「!」