「ティア、一週間後の夜、家にいってもいいか」
「え」
冒険で手に入れたまじないの品を渡すためナナイの館を訪れたティアに、そこでまちかまえていたように出迎えたアンワールは、視線があうなりそういった。
ひとつ、ふたつ、今日から一週間を頭の中で数え、それがいわゆるクリスマス・イヴとされる日であることに気付く。
「……っ!」
ちょうど誘おうと思っていたティアは、自分でも顔が明るく輝くのがわかった。
大切な人と、静かな聖夜を過ごしたいと思うのは、恋する女の子としては至極当たり前のこと。ティアだって、それを願っていた。大好きなアンワールとともにいられたら、と。
「うん、うんっ! 嬉しいな、待ってるね!」
その喜びを伝えるように笑って、ティアはアンワールに飛びついた。少年らしく細いけれど、剣を持つものとしての強靭さも兼ね備えた腕が、するりと背に回される。
「ああ。任せろ、ティア」
何を任せればいいのかよくわからないし、その声はどこか固いものだったが、そんなこと気にしてなんていられなかった。
互いの好意を教え合うように、ぎゅうぎゅうと抱きしめあっていると。
「だから……私の家でいちゃつくのはやめなさいっていってるのに……って、きいてないし! ああもう、これだから最近の若い子は!」
額に長い指をあてた館の主が、水晶球のおかれたテーブルの向こう側で、どこか疲れを滲ませて叫んでいる。どうやら、最初からそこにいたらしい。
そんなナナイの声が響いても、ティアは一週間後の約束の日のことに思いを馳せて、アンワールの腕の中、胸いっぱいの幸せを噛み締めていた。
そして七日後。
お料理よし、飾りつけよし。プレゼントよし。
小さな我が家を見回して、頷く。
準備万端整えたティアは、細い腰に手を当てて、どうだといわんばかりに満足そうな息をついた。
アンワールが自分から来たいといってくれた以上、ことさら手は抜けない。そう思ったティアの、一週間を費やした努力の賜物である。ちょっとだけ、精霊たちにも手伝ってもらったのは秘密だ。
そろそろかな、と。アンワールが歩いてくるだろう方向にある、窓へと近づく。夜に沈む景色は、冬の寒さに眠るかのように静かで穏やかだ。
わくわくと待つことしばし。
「あ!」
見慣れた影が目に映った瞬間、ティアは身を翻した。
小走りに扉へと駆け寄り、手を伸ばして勢いよく開く。
「いらっしゃい、アンワール!」
「ティア、邪魔をする」
室内から外へと伸びる光の中、ちょうど到着したアンワールが目元を和ませた。
「ほら、寒かったでしょ? はやく中にはいって」
吹き込む冷気にふるりと震えながら、ティアはアンワールを促す。いわれるまま、アンワールは家にはいってくる。
ティアが軽い音をたてて扉をしめて振り返ると、アンワールが険しい顔をしていた。
「ど、どうかした?」
何かあったのだろうかと、慌ててティアが駆け寄ると、澄んだ瞳をアンワールは眇めた。
「なるほど……煙突以外の侵入経路としては、あの扉とこの窓あたりか……」
ぶつぶつと、呟きながらアンワールが家のあちこちを確認している。
「ええっと……」
要人の警護を任された兵士さながらの点検ぶりに、なにがしたいのかわからなくて、ティアは戸惑う。
「ちょ、ちょっと待ってアンワール、どうしたの? 何のお話?」
なんだかとっても嫌な予感がしたティアは、アンワールに問いかける。
わかっている、というような顔でアンワールが頷く。
「今日は善人の家に『さんたくろす』なるものが、主に煙突から侵入してくる日、なのだろう?」
なんか違う。
「……誰に聞いたの、それ……」
ぽかんとした顔のまま、ティアはそう呟いた。
「ナナイだが?」
疑いを一切持ってない様子でアンワールがいう。……そうなんだ、としかティアは言葉を発せない。
アンワールのいったことは、間違ってはいない。間違ってはいないが……言い方ひとつで、こうも聖人が悪人のように語られるとは。
というか、ナナイはなんとクリスマスというものを説明したのだろうか。
ティアが絶句していると。
「安心しろ、ティア」
つかつかと近づいてきたアンワールが、真正面からティアに熱い視線を注ぐ。ティアの手が、少し冷たい褐色の手に握りしめられる。真剣な面差しのまま、アンワールが言う。
「なにが来ても、オレがティアを必ず守る」
「アンワール……」
ぽわっと、ティアはその顔を見上げながら、白い頬を染めた。一瞬で、身も心も温かくなる。大好きな人に、こんなことをいわれてときめかない少女はいないだろう。
オレが君を守る、なんて。その台詞だけをとりあげれば、嬉しいことこのうえもない。
だが、その前に語られたことを考えると、それはクリスマスの夜にはふさわしくない。だって、サンタクロースを迎え撃とうとする言葉だ。微妙である。というか、それはどんな行事なのか。
「……うん……あ、ありがとう……」
二人きりの楽しい時間を夢見ていた私って一体。
ふと、そんなことを思ったものの、アンワールの、「守りたい」という気持ちは確かなもの。ティアは、多少歯切れ悪いものの、心からの礼を述べた。
「大丈夫だ。任せてくれ」
一週間前と同じ言葉。ああ、あの頃からすでに勘違いは始まっていたのか。そんなことを思いながら、ティアはそっとその腕に抱きしめられた。ぴたりと寄り添い、その肩に頬をあずけ、ほうと息をつく。
しかし考えてみれば、アンワールは今夜ずっと一緒にいてくれる、ということだ。
別にクリスマス云々を抜きにして、用意したお料理を二人で食べればいいじゃない。遊ぶのだって、そのまま一緒にやればいいじゃない。
うん、そう……そうしよう。めいっぱい楽しもう! ――ティアは、前向きに考えることにする。
アンワールの顔を覗き込み、ティアは笑う。
「今日ね、アンワールがきてくれるっていうから、一生懸命ご飯作ったの! 一緒に食べよう?」
「ああ、美味しそうだな」
テーブルの上には、アンワールが好むものばかりが並べられている。
「じゃあ、もうちょっとだけ待っててね」
温かいものを温かいまま出すために、完成一歩手前のものがある。それらの最後の仕上げをしようと、ティアがアンワールから離れようとすると。
「その前に、」
ぎゅ、と押し留められた。
「ティアに、渡したいものがある」
「え?」
身を離し一歩引いたアンワールが、ごそごそと鞄から何かを取り出す。
「これを」
手をとられ、その手のひらに乗せられて、ティアは目を瞬かせた。
開けろ、というアンワールの視線を受けて、そっと包みを開いてみる。
「うわぁ……! 綺麗!」
ティアは、現れたものをみて、歓声をあげた。それは、ツリーのガラス細工だった。星の飾りが、枝葉部分にちりばめられていている。きらきらと光が繊細な細工に反射して、とても美しい。
「どうしたの、これ?」
「ティアへの、贈り物だ。今日は、そういう日でもあるのだろう?」
クリスマスをいまいち理解しきっていないアンワールだが、そこのところはちゃんと押えていたらしい。
「いいの?」
「そのために選んできた。気に入ってもらえると、いいんだが」
こく、とアンワールが頷いて、少し自信なさそうに瞳を伏せた。
アンワールがこの置物を探して、街を歩く姿を想像して、ティアは微笑んだ。そっと、それをテーブルの真ん中に置いてみる。
「ううん、すっごく可愛いよ! ありがとう!」
ほ、とした表情のアンワールに、ティアも準備したプレゼントを渡そうと考える。
ティアは、小走りに書き物用の机に駆け寄り、その上に置いていた包みを手にした。ひとつ深呼吸してから、振り返って戻る。アンワールに向かって、差し出した。
「じゃあ、えっとね、私からはこれ」
ん、とその胸元へと押し付ける。
「……?」
アンワールが不思議そうな顔をしながら、リボンを外し、それを開いていく。
「ええっとー……その、ヘレンさんにならったんだけど、あんまりうまくいかなくて、ごめんね」
「これは……」
取り出されたのは、毛糸で編んだ帽子。少したっぷりとしたその姿、やや不ぞろいな編み目からもわかるように、ティアの手作り品だった。でも、一生懸命作ったもの。
「えっと、ほら、アンワール外にいることも多いから。だから、少しでも寒くないようにって……」
バンダナ代わりに使ってもらえたら、いい。そんな想いで、せっせと編み上げたもの。
「ありがとう、ティア」
感心したように、それを見つめていたアンワールが、幸せそうに微笑む。よかった、とティアは胸を撫で下ろした。
「よし! じゃあ、ご飯にしよう。座って座って、アンワール!」
ぐいぐいとテーブルへとアンワールを押しながら、ティアは笑う。
なんだかんだいっても、やはりこの少年と一緒にいれば、どんなことでも楽しく嬉しく、幸せになるのだと、ティアは思った。
ご飯も食べて、たくさんのお話をして――夜は更けていく。
ティアが笑えば、アンワールも笑ってくれて。いままでたくさん話をしてきたはずなのに、まだ伝えたいことが尽きる事はなくて。そして、アンワールの言葉なかに、彼への新しい発見を重ねていく。
そして、いつも就寝するよりはいくばくか遅いくらいの、さすがにそろそろ寝ようかな、という頃合。
「よいしょっと……アンワール、いいよー」
ベッドを整えていたティアは、まだテーブルについているアンワールに振り返り、声をかけた。普段から、アンワールが泊まるときは、一緒にベッドでごろごろと横になり、話をしているうちに眠りに落ちるのが常。
今日もそうだろうとティアは思っていたのだが。
「いや、オレはここでいい」
ティアの言葉を受けたアンワールが、暖炉の前にある敷物の上に陣取る。
「さんたくろすは、ここから侵入してくる可能性が高いのだろう? 暖炉に火があれば、それも難しいかもしれないが、用心するにこしたことはない。オレは、ここで見張る。ティアは、眠るといい」
そういわれても。
うーん、とティアは人差し指を細い顎に当てる。アンワールの横顔をみつめる。
暖炉の明かりに照らされたアンワールは、真剣そのものだ。心から、ティアを守りたいとその瞳が語っている。
くす、とティアは笑った。
だったら、やることはひとつだ。
ティアは、寝台の毛布やらなんやらを、えいや、と抱えあげた。
「ティア?」
「私も一緒に見張る!」
笑いながらそう宣し、ふわりと毛布を二人に掛かるように広げる。不思議そうな顔をするアンワールを、包み込む。
「こうすればあったかいし。それにこうしてれば、どこからサンタさんがきても、一緒に捕まえられるでしょう? ね?」
悪戯っぽく微笑むと、一瞬だけきょとんとした顔をしたあと、小さく笑ったアンワールが、ぐいとティアを抱き寄せた。
それに応えるようにティアは寄り添う。
「ね、もうちょっとお話しよう?」
「ああ」
「私ね、もっともっとアンワールのこと、知りたいの」
「……オレも、ティアのことを誰よりも知っていたい」
ふわり、こめかみに落ちる口付け。そのくすぐったさに、ティアは首をすくめて笑った。お返しを、滑らかな褐色の肌に覆われた頬に返して、ティアは目を細めた。
「そういえば、この前ね」
「ああ」
そうして、赤々とした火を二人でみつめながら、他愛のない話に花を咲かせる。
自分の言葉にこたえてくれるものがいる幸せを。
それが、世界で一番大好きなひとであることを、ティアは心から感謝した。
さらに夜の深さが増した頃、ティア宅の扉が音もなく開いた。
「もう、アンワールってば、こんな時間まで頑張らなくてもいいのに……」
夜更かしはお肌によくないのよねぇ……、そんなことをぶつぶつといいながら姿を現したのは、赤い豊かな髪を背に流した麗しい美貌の魔女。
「ふふふ……それにしても、我ながらよく効いてるわ」
靴音を小さく響かせながら近づいた少年少女を覗き込み、ナナイは笑った。
つい先ほどまで、さきに眠りに落ちたティアを守るようにアンワールは起きていた。しかし、今はナナイの眠りの魔術の効果で、すっかり夢の世界に引きずり込まれている。家の外から様子を伺いながらやったというのに、この威力である。
ティアに自分の魔術が効かないのは、先刻承知済みだ。アンワールだけが残っていて、本当によかった。助かった。
「まったく、可愛い顔しちゃってまあ……」
横目で、二人の穏やかな表情をみつめつつ、ナナイは火の踊る暖炉へと近づく。その傍らには、ぶら下げられた靴下がふたつ。
ナナイは、マントの下からおもむろに何かを取り出し、そこへと押し込んだ。
「これでよし、と」
靴下が、お菓子を入れた箱の形をあらわすように、いびつに歪んで揺れている。だが仕方ない。
赤い炎に照らされながら、敷物の上で二人仲良く支えあうようにもたれて眠るアンワールとティアに、微笑みかける。
美しい爪に彩られた手を、静かに伸ばす。柔らかな髪に覆われた二人の頭をそっと撫でる。
「おやすみなさい――ふたりとも」
そう優しく優しく言い残して。
今宵だけ、二人のサンタクロースとなった魔女は、すっと姿を消した。
きらきらと。
星瞬かせるツリーだけが、そんな今宵の幸福すべてを見届けるように、輝いていた。