「はい! デュラン!」
きらきらと輝く笑顔に、デュランはあからさまに頬を染めた。
差し出された綺麗な小包は、可愛らしいリボンがかけられている。
それは今日がなんの日であるか知っているならば、すぐに予想がつく品で間違いない。
女の子から、男の子へ。好きという気持ちをこめて贈られる、チョコレート。
そう、今日は年に一度だけのバレンタインデーなのである。
ティアが自分へ、それをプレゼントしようとしてくれている。デュランの意識が、雲を突き抜けていくように舞い上がっていく。
「いいのかい?! き、君から貰えるなんて……嬉しいよ! ありがとう!」
「えへへ、そんなに喜んでもらえるなんて私も嬉しいな。がんばって作ったんだよ」
「君の手作りなのかい?」
「うん!」
「そ、そうか……本当にありがとう!」
そんな会話を交す二人を、じっとりとした目で眺める弟子と道場主のグスタフ。
「この軟弱者め……!」
「うう、どうしてデュランなんだ……」
「ティアちゃーん……」
微妙に羨ましそうな、不機嫌そうな空気が、滲むように広い道場内に漂っていく。
やがて、ひととおりデュランと会話を終えたティアが、それら複数の視線に気づいた。
ティアは、そんな彼らに視線を送りつつにっこりと笑う。
そして、てくてくと近づいていく。
「はい、これはグスタフ師匠にです! あと、これは皆さんに」
手に提げた鞄から、次々と現れる同じ箱。グスタフを筆頭に、今この道場にいるものたちへと、次々に手渡していくティアの後ろ姿に、デュランは頬を引きつらせた。
あっれー?!!!
デュランは心の中で盛大に叫ぶ。
僕だけにくれるんじゃないの!?
まるで奈落の底へと落とされていくような気分を味わいながら、デュランは思う。
そう、彼女はいい子だ。いつもお世話になっている人たちへの感謝は欠かさない、いい子だ。
仲はかなりいい方だとは思うけれど、自分だって彼女にとってはその中の一人に過ぎないのだろう。突きつけられた現実が、痛すぎる。
暗い影を背負いつつ、悲壮感漂わせるデュランをよそに、チョコレートを配布し終わったティアは、帰り際に道場の大きな扉の前でもう一度笑った。
「じゃあ、私はこれで失礼します。皆さん鍛錬頑張ってくださいね!」
可憐な少女からの応援に、弟子たちは色めき立つ。
そして、ぺこりと礼儀正しく頭を下げたその姿が、扉の向こうへと消えた瞬間、全員が手にした包みを開き始めた。そして、次々とあがる野太い歓声。
「おおお、オレ、クマだ!」
「俺はウサギ!」
包みをそれぞれ開けて中身を確かめては、嬉しそうに顔を緩ませている。
どうやら、動物をかたどったシリーズの型抜きチョコがはいっているらしい。一手間かけて可愛らしく、目や鼻まで細かく描かれているようだ。
じゃあ自分の動物はなんだろうと落胆した気持ちのまま、デュランは包みを開いた。
出てきた箱の蓋をあけ――デュランは固まった。
「あれ……?」
中は、溢れんばかりに詰め込まれたハート型のチョコレート。どうみても動物ではない。
ぎゃあぎゃあと言い合いながら、自分が手にしたチョコレートを見せあう門下生たちの手元に、デュランは素早く視線を送る。
が、誰も自分と同じものをもっているものは、いない。
それを確認した瞬間に、湧き上がる気持ちがデュランの頬を染め上げた。
これは、もしかして――!
そんな感情に押されるように、よろよろとデュランは道場入り口へと走り出す。
「デュラン、どこにいく!」
その行動に気付いた雷のような厳しい父親の声も、デュランの足を止めるには、いまは力不足だ。
「帰ってきたらちゃんとするから!」
「素振り千回だぞっ!」
その言葉を背に受けながら、デュランは道場の扉を開けて外へと飛び出した。
そして、舗装されてない道を走りだす。
ティアをみつけたあと、どうするかなんて考えてはいない。
でも、追いつかなければ。
それだけの想いで、デュランは走る。
そして陽光に満たされて明るい道の上、のんびりと歩いていく小柄な後姿がみえてくる。
「ティアー!」
彼女を振り向かせるために、デュランは声をあげる。
そうして、振り返ったティアが、ちょっとだけ驚いた顔をして振り返る。しかし、デュランが手に持った己の贈り物をみて、わずかに睫を伏せて微笑んだ。
追いついたデュランは、そんなティアを前にして真っ赤な顔ではにかむ。
チョコレートの入った小箱を、ぎゅっと両手で握り締める。
「もう、気付いちゃったんだね……えへへ」
ティアの柔らかでどこかくすぐったそうな表情に、自分の考えに間違いはないとデュランは確信した。
自分だけに用意されたハートは、きっとティアの気持ちそのもの。
どきどきと、恋する少年は胸を高鳴らせて少女と視線をあわせる。
「あ、えっと、その……」
だけれど。言葉が、でてこない。
ほんとうはありがとう、と。そして、君の気持ちが嬉しいと伝えたい。
この想いを告げる勇気を、どうか。
その時、そんな祈りに応えるように帽子に飾られたユウシャノハナを、優しく吹いた風が揺らした。ふわりと包み込んでくる清清しい香りは、まるでデュランを応援するかのようで。
瞳を閉じてデュランはその香気を胸に収め、幾度も深呼吸を繰り返す。そして、耳元でうるさく鳴り響く鼓動を感じながら、目を開ける。
視線の先には恋しい少女。
今、この機会を逃すのは勇者としてではなく、男として情けない。
いつになく真剣なまなざしに、ティアが微笑んだまま小さく首をかしげる。
じっと少年からの言葉を待っていてくれているその優しさが、最後の後押しとなる。
デュランは腹に力を入れた。
「ティア……ありがとう。僕も、君のことが――」
少年の人生において、これ以上ない勇気を持って言葉にした告白に、少女は嬉しそうに頬を染める。
そして、これからどんな遠い未来に辿り着こうとも、決して忘れることなどできないような満面の笑みが浮かぶのを。
その可愛らしい唇から、その言葉に応える清らかな声が零れるのを。
デュランは奇跡でもみるかのような気持ちで、陶然と見つめたのだった。