炎の主と子悪魔

「う~ん……、どうしよう」
 むむむ、と可愛らしく眉間に皺を寄せ、ティアは唸っていた。
 すっかり忘れていたのだ。ハロウィンという日のことを。
 ここ最近は預言書の価値を高めるためにローアンを留守にすることが多く、街の様子にも気付けていなかった。
 久しぶりにゆっくりしようと帰ってきたら、街の風景はすっかり祭り一色となっていたのだ。そんな街角で出会った幼馴染は、ハロウィンをそれはそれは楽しみにしているようで「ティア、一緒にいってくれる?」と、柔和な笑顔つきで言われてしまったのだ。そんな彼女の期待を裏切るわけにもいかなくて、ついつい頷いてしまったのが今日の昼過ぎ。
 とはいえ、忘れていたのだから、準備なんてなにもしていない。
 いまから作るにはあまりにも時間が足りない。だって、ハロウィンは明日なのだから。
 なれば手持ちのもので、どうにかするしかない。
 そして、ティアはひたすらに、悩み続けているのである。
「どうしたのですか、ティア」
「うーん……今の私に準備できる仮装ってなにがあるかなぁって」
 腕を組み、深く思考を繰り返すティアの傍らに立ったウルが、細い顎に手を当てた。
「ふむ。祭りのための衣装のことで悩んでいるのですね? そうですね……」
「はーいはーい!」
 悩むティアとウルの間を横切るように、手をあげたミエリが飛んでくる。
「シーツを被ったらどうかな! なんかそんな感じのお化け、街にあったもの!」
 街を回っていたときにみかけた人形をいっているのだろう。確かにそれは悪くない。だがしかし、決定的な問題がある。
「この前、シーツ新しいもの買ったばっかりなの……」
「あ~、そうだったね。それじゃあ、だめだね~」
 ミエリと一緒に、ティアはかくりと肩をさげる。わかっていたなら、古いものをとっておいたのだが、もうすでに掃除用に再利用するために、小さく切ってしまっている。
「じゃあ……、どうする、の?」
 冷気にのって飛ぶネアキが、小さく首を傾げる。
「うん、ほんと……どうしよう」
 すい、と赤い人影がテーブルの上で組んだティアの手の側に、降り立った。
「あんまり悩むなよ、ティア。なんかそれっぽいの、ねぇのかよ?」
 あっけらかんとした口調でそういうレンポの姿を一目みて、ティアは閃いた。
「ああああ! そう、そうだよ、いいものあるじゃない!」
「ティ、ティア?」
 いきなり椅子から立ち上がり、満面の笑顔を浮かべたティアに、精霊全員が面食らう。
 だが、それはこの際気にしないことにして。ティアは、テーブルの隅に置いていた預言書を手に取った。ぱらぱらと乾いた音を響かせながら、ページをめくる。
 目指すのはアクセサリーのページ。とくに、頭と背の装備品が記されているところ。慣れた仕草でそこを開いて、ティアはにこりと笑った。
 何事かと覗き込んだ精霊たちが、思い思いに頷いたり声を漏らしたりしている。
「炎の角と」
 そういって、ティアは預言書からお目当てのものをひっぱりだす。どんな動物の角ともまた違う、捻れて天を指すそれ。そして、はらりと数ページ先を開いて、もうひとつ。
「この、悪魔の翼」
 蝙蝠の羽に似た、背につける装備品。
 順番に、その二つをテーブルの上へティアは丁寧に並べた。そして、ぽんと可愛らしく両手を胸の前で打ち鳴らす。
「これを一緒に装備すれば――悪魔っぽくみえると思うの!」
 瞳を輝かせ精霊たちを見回しながらティアが力強くそう言うと、「おおお~……」という歓声と拍手の音があがった。
「おー、それでいいじゃねぇか! しかも、オレ様とおそろいだぜ!」
「うん、そうなの! それもいいんだよね!」
 きゃっきゃと、ティアとレンポは顔を寄せて笑いあう。
「あとはどの服に合わせるか、だけどー……」
「とりあえず、タンスひっくりかえしてみるか?」
「そうだね」
 そういいながら、二人一緒に部屋の片隅においてあるタンスに向かう。黒っぽい服でまとめればいいかな……、そんなことを思うティアには、背後に残した精霊たちの会話は聞こえていなかった。

「なんというか、発想は素晴らしいですが……あれですよね」
「うん、あれだよね」
「……ある意味……レンポが、悪魔っぽいといっているような……もの」
 炎の角は、預言書の精霊たるレンポの頭に生えた角を模して作られている。それをもって悪魔っぽいと言い切るティアもすごいが、そこに気付かず、お揃いだと浮かれているレンポも凄い。
 ウル、ミエリ、ネアキは、あれこれと服を引っ張り出しながら、どれがいいかと検討を重ねるティアとレンポを見つめた。
「つくづくお似合いだよね~、あの二人って」
 くすくすっと笑ったミエリは、そんな二人の会話に混ざるべく、飛んでいく。
「本人たちが幸せなら、よいということなのでしょうが……いやはや」
「……」
 ウルの言葉にネアキは黙して語らず。そして、二人もティアとレンポの元へと行くために、空中を滑るように移動した。

 そして当日。

「よっしゃ、いくぜー! ハロウィン!」
 ぐ、とレンポが拳を突き上げるようにして叫ぶ。
 いまや夜の帳はするすると下ろされて、すでに闇が世界を支配している。ティアは、自分の姿がおかしくないか、最終確認をするように、鏡の前にたっていた。
 いつものコートとは違う黒い上着、白いブラウス、赤いチェックのスカート。タイツと靴はいつものままだが、二つの装備品を身につけるだけで、随分と印象は違って見える。頭には炎の角、背には悪魔の翼。そしてハロウィンという意識があれば、ちゃんとティアは小悪魔に見えた。できれば尻尾も欲しいところだが、それは難しいので却下した。
「よしっ、大丈夫! 準備できたよ、レンポ」
 そういったティアは、テーブルの上に置いた小さなカボチャを手に取った。今日の朝から、「これだけはなんとか作ろう!」と頑張った、ジャック・オー・ランタンである。ぶら下げられるように、丈夫な紐もつけてある。
「あとはこれだけだよ。お願いね」
「おう!」
 応えてレンポが指先に炎を灯す。それは、すっと意思在るように離れて、ティアが差し出したかぼちゃ中へと入り込んでいく。すぐに、ほわりと暖かな光が漏れ出しくる。ティアは、その中を覗くように顔を近づける。己が一生懸命に彫った目と鼻と口の奥、ちらちらと消えぬ炎が踊っている。
 自分が作って、レンポが火を灯してくれた、共同の作品がこれで完成した。なんだか、とても嬉しい。普段は人にわからぬレンポも、その存在を主張できているかのようだから。
「うん、可愛い! ありがとう、レンポ!」
「オレ様にかかれば、これくらいちょろいもんだぜ」
 ふふんと自慢げに笑うレンポに笑い返して、ティアは我が家を後にした。空を見上げると、雲の合間から、ほぼ円に近い曲線を描いた月が顔を覗かせている。
 そこから吹く風が冷たくて、思わずぶるりと身体を震わせると、暖めるようにレンポが肩に降り立ち寄り添う。じんわりと頬に感じる熱に、柔らかな息をついてティアは言う。
「じゃあ、ファナを迎えにいこっか」
「わかった」
 てくてくと、ティアはファナの家を目指す。今日の月は明るくて、夜道を照らすには充分だ――と思っていたら。
「あ」
 家からほんの少しのところで、その月光は途切れてしまった。振り仰いだ方向に、雲に覆われた月の痕がうっすらと見えた。真っ暗とはいわないが、夜道は暗く沈んでしまった。
 だが、ティアにとっては問題ない。ぶら下げたかぼちゃのランタンが、ごうと輝きを増したからだ。それは、己の進みたい道を明るく照らし出してくれる、自分だけの光明。
「えへへ」
「なんだよ、やけに嬉しそうだな。そんなにハロウィンって楽しいのか?」
 足を止め、緩む頬に左手をあてたティアに、レンポが不思議そうな顔をする。
「ううん、そうじゃなくて。レンポがいてくれて幸せだなぁって思ったから」
 ティアは、小さく笑みを零しながら踊るように歩き出す。
「知ってる? ジャック・オー・ランタンってね、昔々に悪いことばかりしていた男の人が、最後には天国にも地獄にもいけなくなったとき、悪魔が哀れに思ってその男の人にくれた、地獄で燃えていた石炭なんだよ。それが、赤々とした明かりになったんだって」
 子守唄のような優しい語りに、レンポが長く尖った耳を傾ける。ティアは笑った。
「レンポは悪魔からもらったものとかじゃないのは、もちろんわかってるけど……」
 左手を、そっと恋の鼓動を重ねる心臓に当てて、ティアは静かに続ける。
「どこでもない、どこにもいけない闇に包まれた場所を彷徨うその人にとって、その炎はきっととっても大事なものだろうから……。私も同じだなぁって」
 滅びゆく世界から、価値在るものを選ぶ途方もない使命を背負ったとき、己の下に舞い降りた火は、まごうことなくティアにとっての希望であった。
「だから、レンポが一緒にいてくれて、とっても幸せだよ……私」
 へにゃりと笑うと、黙って訊いていたレンポが、照れくさそうな顔をする。
「オレにとってティアだって、同じようなもんだぜ?」
「そうなの?」
 きょとん、とティアは瞳を瞬かせた。レンポが、きゅうと目を吊り上げて笑う。
「ああ、ティアはわかってねぇみたいだけどな! ティアって、じつは物凄いんだぜ?」
「ん~……、そういわれてもよくわかんないや」
 あはは、とティアは笑った。しょうがねぇけどティアらしいや、とレンポも笑う。
 つん、と頬を熱い爪先で突かれて、ティアがそちらへ顔を向けると、ふわり暖かなものが触れてきた。それはレンポからの、ふいの口付け。
「オレ様が好きになったんだ。ティアは、最高の女の子だぜ」
「ん……ありがと。レンポも、最高の精霊だよ」
 微笑みあって、小さな音と共にもうひとつ唇を重ね。
 炎の主と子悪魔は、お互いに軽やかに笑い声を響かせあいながら、祭りに賑わうローアンの中心街へと駆け出した。