AVALONCODE3周年企画作品 梅花様よりのリクエスト
「――ということだ。あとはよろしく頼む」
「はい。おまかせください」
麗しい己の主に対し、ヒースは考える必要もなく頷く。ヴァルドの理想に共感し、仕えると決めたときから、どのようなことであっても自分にできうる限り、必要とあればそれ以上の力をもって成し遂げると誓っている。
それに、今日の内容は急ぎではあるが、さして難しいものではない。
本日、本国からきた使者が携えていた書簡には、帝国西部で大規模な魔物の発生が起こったため、カレイラ王国との国境近辺に展開している帝国軍を一部戻すようにと要請が記されてあったのだ。
王国との和平は、カレイラの英雄たるティアの助力もあってうまくいっている。即時、戦争になるような緊迫した状況ではないし、そうならないように皆が懸命に努力している。
多少兵を減らすことは、帝国の脅威が去ったのだとカレイラ王国民に知らしめる効果も見込める。
今日中に部隊編成を新たにする通達をだし、明日にでも出立できるように手はずを整える算段をヒースが脳内でたてていると。
「で」
手にしていた書類を音ひとつたてず机上へと置いたヴァルドが、赤い視線をヒースの足元へと送る。首を傾け、ヒースも同じ方向へと視線を落とす。
そこにはヒースの足元にくっついた小さな女の子。二人分の視線に、きょとんと大きな瞳を瞬かせ――ティアが愛らしく笑う。そのくせ、すぐに恥ずかしそうに、ヒースの足に顔を埋める。ヒースとしてはくすぐったいのだが、離れろというとまた泣かれそうで怖い。
「その子、ヒースとティアの子だろう? みずくさいね、どうして私に教えてくれなかったのかな?」
幼女の笑みに応えるように、にこり、と人形のように美しく微笑むヴァルドに、ヒースは顔を顰めた。
「……わかってて訊いてらっしゃいますね?」
前の世界での預言書の持ち主であった魔王に支配されていた経緯もあってか、ヴァルドはこの類のことに敏い。きっと、わかっていてそういっているに違いない。
案の定、ふ、とヴァルドがつまらなさそうな表情をする。気を許した相手にだけ、時折り垣間見せるそれに、ヒースは実のところあまりいい思い出がなかったりする。
「なんだ、もっと新鮮な反応をしてくれると思ったのに。面白くないな」
「ヴァルド皇子、あまりからかわないでください」
ヒースの言葉に、ティアが首をかしげた。
「ばる、ど? ば、バァ……??」
「こら、失礼なことをしてはいけない。皇子とお呼びするんだ」
「むぅ」
気さくな雰囲気をわずかに滲ませたとはいえ、ヴァルドは大国の皇子である。幼いからといって、無礼が許されるわけではない。
というヒースの躾に対する考えとは裏腹に、ヴァルドはまったく気にしたふうもなく、執務机の引き出しをあけながら言う。
「いいよ、かまわない。ほら、おいで、ティア。おいしいお菓子をあげよう」
「おかし!」
ヒースが予想したとおり、この幼子がティアであると理解しているヴァルドの言葉を深く読むことなく、『おいしいお菓子』という響きにつられたティアが、顔を輝かせながら転がるような勢いで駆けていく。
小さいティアはお菓子につられやすすぎやしないだろうか。放っておいたら、見も知らぬ人間にもついていってしまいそうだ。それはゆゆしき事態である。
「可愛いものだね。妹に欲しいくらいだよ」
「はあ……」
確かに、ヴァルドの手からお菓子を貰っている姿をみると、仲の良い兄と妹のようではある。
「だっこしてもいいかな?」
幸せそうにチョコレートを頬張るティアとヒースを交互にみつつ、ヴァルドがそわそわとした様子で尋ねてくる。
「……どうしてオレに訊くんですか」
なんだかぞんざいな口調になっているが、ヴァルドは咎めない。むしろなぜ気にしないのかという顔をする。
「だって、ティアは君の恋人じゃないか」
そういいながらも、了承を得たと判断したらしくティアを膝の上へと抱え上げる。
微笑ましい光景を眺めながら、ヒースは不意打ちを食らって頭を打ち叩かれたような気分に陥った。
そうだった。嵐のような怒涛の展開に巻き込まれ失念していたが、ティアは自分の恋人である。
さー、と血の気が引いた。
そうだ。どうして気付かなかったのだろう。
ティアがこのまま、ずっと幼女のままだったら――どうしよう。
急に絶望の淵にたたされたヒースであったが、ヴァルドの膝の上にいるティアに、にっこりと笑いかけられれば「まあ、いいか」と頬が緩んだ。
いやいや、よくない!
ぶんぶんと頭を振って、そんな考えを追い払うヒースをみて、ヴァルドが楽しげに笑う。
「そんなに心配しなくても、大丈夫だろう。おおかた、預言書の力でこうなったんだろう? 預言書におさめられた品が、預言書の主に害をなすことはないはずだよ。そのうちもとにもどるだろう」
他者の心を動かすだけの魅力がある、人の上にたつことを運命付けられた者の品のよい笑みを向けられ、ヒースは小さく息を吐く。
どうしてだか、ヴァルドにそういわれると、安堵を覚える。さすが、帝国の皇子を務めるだけの器をお持ちだ、と我が主への尊敬を改めていると。
ヴァルドが悪戯っぽく笑った、
「まあ、それが十年後とかかもしれないけれどね」
「皇子っ!」
前言撤回。
ははは、と爽やかに笑うヴァルドに、ちょっとだけ抱いた感謝の気持ちが吹き飛んだ。
「せっかくだ。練習だと思って、いいパパ役を務めるように。これも命令だ」
「……は」
なんかすっきりしないものを抱えつつ、ヒースは渋々と頷く。それを一瞥したあと、ヴァルドは口元をチョコーレートで汚しているティアの顔を覗き込む。
「ところでティアは、将来なりたいものはあるのかい? よければ、ヴァイゼン帝国にきてみないかな? 皇妃というのも悪くはないよ?」
「何をいってらっしゃるのですか?!」
ヒースの悲鳴じみた叫びに、ヴァルドが笑う。
「はははっ、冗談だよ。いやだな、ヒース。本気にしてはいけないよ」
目が笑っていません、皇子。
「で、どうかな」
本音としては本気半分、冗談半分といったところなのだろう。促されたティアは、僅かに考えるそぶりをみせる。
「んーと、ティアはね、およめさんになるの!」
女の子であれば一度は口にするだろう返答に、ふむふむとヴァルドが頷く。
「へえ。誰のかな?」
問いかけに、にぱ、と笑顔が応える。
「パパと、ひーしゅ!」
ぶ、とヒースは噴出した。
その数秒後、ヴァルドもまた噴出した。小刻みに肩を震わせて――とうとう堪えきれなくなったのか、口をあけて笑い出す。
「ははは! 小さくてもティアはティアだね! あ、あいかわらず……ヒースのこと、大好き、な、ようだ……――ははははっ!」
一大帝国の皇子とは思えぬ様子で、ヴァルドが笑い転げている。最初、よくわからないといった顔をしていたティアも、つられて笑いだす始末。
完全に面白がられている。頭が痛い。
ティアがもとに戻ったとしても、当分はこのネタでからかわれるのだろう自分の未来を、ヒースは泣きたい気分で予想した。
「……いくぞ、ティア」
「あーい」
つかつかと二人に近寄ったヒースは、笑いおさまらぬヴァルドからティアを取り上げ降ろすと、退室の挨拶もそこそこに、連れ立って執務室を後にした。
後ろ手にしめた重厚な扉は防音の役目をしっかりと果たしており、廊下にまでヴァルドの笑い声は漏れていない。よかった、帝国の威厳は守られた。
足元にいるティアは、自分の足首までうまりそうなふかふかとした絨毯がおもしろいらしく、小さな手で押しては戻し、戻しては押してを繰り返している。
手を繋いで歩いてもいいかと思ったが、体格差がありすぎてティアをぶら下げる形になると考えたヒースは、ひょいとティアを抱き上げる。
「とりあえず、オレは仕事をしないといけないんだが……おとなしくできるか?」
「あい! しごとは、おやくにたつこと!」
うんうんと頷いたティアが、ファナの言葉を覚えていたらしく、そんなことを言う。
「ほう、よく覚えていたな。えらいぞ」
「えへへ~」
やはりティアは幼い頃から利発な子供だったようだ。
きゃっきゃとはしゃぐティアを連れ、ヒースは納得したように頷きながら、己の執務室へと向かった。
「――ふむ」
さらさらと動かしていた手をとめて、ヒースは間違ったところがないか念のために視線を走らせる。問題ないことを確認し、席を立つ。
そういえば、随分と静かだ。ティアを座らせたソファへ向かう。
ひょいと覗き込むと、すやすやと寝息をたてティアが眠っていた。その傍らにはひろげられた預言書。
読んだり精霊と話をしているうちに眠くなったのかもしれない。というか、考えてみれば昼寝の時間だったのでは?
そういえば昼食をとらせていない。慣れている自分はまだしも、育ち盛りの子供にそれはどうなんだ。お菓子が与えられていたせいか、空腹を訴えられはしなかったが……。
うーむ、とヒースは腕を組んで眉を潜めた。
子育てというのは、さまざまなことに気を配らねばならないのだと意識を改める。
とはいえ、もう夕刻間近である。これから昼食というわけにもいかないので、夕食をどうにかするしかない。
ヒースは、今しがた書いた書類のインクが乾いたことを確認し、それを手にしてそーっと部屋をあとにする。
本国から派遣された部下のもとへと赴きそれを国境へと届けるよう頼み、その足でフランネル城のとあるところへ、ヒースは向かった。
時間が時間であったため、そこは大変な賑やかさだった。というかむしろ戦場に近い。
ここは、城で供される食事の一切を任される厨房である。
ヒースは周囲へと的確に指示を出している、この場の責任者とおぼしき小間使いに近づいた。
「すまないが、オレの部屋に夕食を頼めるだろうか」
「まあ、ヒース将軍! わざわざこのようなところにおいでにならずとも、こちらかお伺いしましたのに」
にっこりと、城の客分でもあるヒースに対し、女は愛想よい姿をみせる。
「いや、かまわない。あー……それで、だ」
「はい。なにかご要望があればなんなりとお申し付けください」
若干口ごもるヒースに対し、女は居住まいを正して次の言葉を待つ。
「こ、子供が……」
こほん、とヒースはわざとらしくせきばらいをひとつする。
「子供が好むような食事も、あわせて持ってきてはもらえないだろうか……」
わずかな沈黙のあと、女が一瞬「ああ!」という表情を浮かべた。が、すぐに顔を引き締め一礼する。
「かしこまりました」
その『間』に、ヒースが幼子を連れているということはすでに城中にひろまっているのだと直感した。ヴァルドの執務室に行く間も、自分の部屋へ行く間も、何人もの人間とすれ違っているのだ。噂話が好きな小間使いたちの口に、そのことがのぼらぬわけがない。
「では夜の鐘ひとつには、将軍の部屋へとお持ちいたします」
「それでは頼む」
もう一度、深く腰を折る女にこれ以上の噂の種をばら撒く気がないヒースは、言葉少なく、逃げるように厨房を出た。
このぶんだと確実に、ローアンの街に続き、フランネル城内でもヒースの子として認定されていることだろう。
どうしたものかと思案に暮れつつ部屋に戻ったとたん、ティアが駆け寄ってきた。
「ひーしゅ! どこいってたの?」
「ああ、すまん。ちょっと出ていた。目が覚めたのか」
抱き上げて、よしよしと背を撫でる。
「さて、食事まではまだ少しあるな……」
子供の気を紛らわせる――すなわち遊ぶというとき、なにをすればよいのだろう。
むー……、とヒースは眉根を寄せる。
あいにくと、気付けば徒手流派の修行にはいっていた身であるので、あまり子供らしい遊びというものをした記憶がない。
かといって、城内探険でもしたら、余計に噂に拍車をかける。
「ティア、なにをしたい。できれば、この部屋でできることがいいんだが……」
結局、子供に選択を委ねるあたり、ヒースもまだまだである。
「んー、かくれんぼ!」
「かくれんぼか、それならできるな。よし、やるか」
「わぁい!」
ぴょんと飛び出すティアを笑いながら見送って、ヒースは瞳を閉じた。この執務室と、続きの寝室くらいしかない味気ない部屋だが、ティアにしてみれば楽しい場所になるらしい。
子供は遊びの天才だと、誰かがいっていたような気がすると思いながら、ヒースは数を大きくかぞえる。そして、部屋内のどこかに隠れたティアを探すべくソファをたつ。
ティアは、カーテンの後ろに隠れていたり、寝台の下にもぐりこんでいたり、クローゼットの中で膝を抱えていたり。
見つけるたび、歓声をあげて飛びついてくるさまが可愛くて、ティアほどではないがヒースも時間を忘れかけた頃。
控えめなノックが響いた。と、同時に、夜一つの鐘が鳴る。
「ヒース将軍、失礼いたします」
「ああ、はいってくれ」
もうそんな時間かと思いつつ、ヒースは髪を撫でつけ入室の許可を出す。
小間使い二人が運んできた食事からは、食欲をそそる香りがする。
あっという間に、窓際にあるテーブルへとそれらを配置し、小間使いたちは静かに部屋をあとにした。
「ひーしゅ?」
「ティア、食事だぞ」
匂いにつられたのか、ティアが隠れていた場所から顔をだす。今度は開け放っていた寝室へと続く扉の後ろ。なかなか考えている。だが、かくれんぼをしていたことも、食事には勝てない。
喜色満面でティアがテーブルへ駆け寄っていく。高い椅子に四苦八苦しているティアを抱え、椅子に座らせる。
じ、と自分の前にある料理を、ティアはよだれを垂らしそうな勢いで見つめている。
「食べていいんだぞ? それはティアのぶんだからな」
こくこくと頷いたあと、ティアは手近にあるスプーンに手を伸ばした。
「ん、ん」
おぼつかない手つきで、それでも懸命にティアは食事をしようとする。なんだか、このままではスープ皿に顔面を突っ込みそうだなと、そんな恐れをヒースは抱いた。
自分の椅子を引き寄せ、ティアの隣に陣取る。小さな手から小さなスプーンをそっと取り上げ、ヒースはスープをひとすくいすると、ティアの口元へ寄せた。
「ほら」
ティアが頬を赤くして笑う。あー、と開かれた小さな口が、スプーンを包む。
「おいしー!」
「はは、よかったな」
雛に餌付けをしている親鳥の気分を味わいながら、パンを小さくちぎって手渡す。
世の母親というのは、これを毎食毎に繰り返しているのだろうと思うと、大変なものだなとしみじみ思う。
だが。
目が合えば、絶対の信頼を根拠にした蕩ける笑みを向けてもらえるのなら、そんな苦労は苦労でもなんでもないのかもしれない。
今の、自分のように。
甘く煮付けられた小さなニンジンをティアの口に放り込みながら、ヒースは小さく苦笑した。
そうして手間をかけつつ食事を終え、その後少し話をしただけで、すっかりも夜も更けていた。といってもヒースにしてみれば、宵の口である。が、今のティアにとってはそうではない。
遊んで食べて、ひといきついて。気付けば睡魔はすぐそこに忍び寄っていて当然だ。
夢と現をさ迷いながら、頭を大きく揺らしているティアに気付き、ヒースは寝かしつけようと考えたが――そういえば寝巻きがない、と気づく。
ファナにそのあたりの用意まで頼めばよかったと思っても、後の祭りである。
仕方がないので、ヒースは己のシャツを寝巻き代わりに着せることにした。
下着一枚になりつつ、瞼が落ちかける目をこすりつつ、ティアが言う。
「……パパとママ……おきたら、かえってきてる?」
ティアの体をシャツで包むように着せていたヒースは、思わず手を止めた。
とろんとした瞳は、ただヒースの応えを待っている。その無垢な様子に胸の奥が、痛んだ。そういえば、帰ってくるからいい子にするように言い聞かせたのは、自分だった。帰ってくるべきティアの両親は、世界のどこにもいないというのに。
「……そう、だな」
あいまいな答えを心苦しく思いながら優しく頭を撫でると、もう限界だというように、瞳が閉じられた。抱き上げて、自分の寝台へと寝かせる。ふわり、肌触りよい毛織の掛け布団をかける。
「おやすみ、ティア」
「……ぁぃ」
むにゅ、と口を動かして、ティアは眠りの世界に落ちていく。
「このままだったらどうするかな……」
薬の効果が切れてしまえば、これまでどおりだ。だが、それとは逆にこのままだったら?
ヒースは、ティアのことが好きである。愛している。
かといって、こんな幼子をどうこうする気なんて沸くわけがない。護りたいとは強く思うが。
第一、もしこのままで、もう一度成長の過程を経るのなら、ティアにとってヒースなど恋愛対象になりえないだろう。
しかしながら、ティアの両親はすでに他界しており、身内はいない。引き取る者は、誰もいない。
ヒースは、ううむ、と唸りながら顎に手をあてる。
人生をともにする伴侶として、ティアを幸せにすることはできないかもしれない。しかし、別の意味で幸せにすることはできるだろう。健やかな成長を見守ることもまた、愛のひとつの形だ。
そこまで考えて、ヒースは小さく笑う。
それは最悪の事態かもしれない。だが、養女を迎えるのも悪くはないと思った自分がおかしかった。そうなったらそうなったで、いま以上に子連れ将軍だと噂されるだろうが、ティアのためなら耐えられる。
だが、もしもそうなったら。
この小さなティアが結婚するとなったら。
父として相手の男に容赦はしまいと、ありえるかわからぬ未来に、ヒースは僅かに目を潤ませた。
この考えをきいたなら誰しもが、呆れた顔で言っただろう。
気が早い、と。
は、とヒースは目覚めた。
どうやら眠る小さなティアをみているうちに、自分も眠ってしまったらしい。
記憶が、すっかり成長したティアに「お父様、いままでお世話になりました」と涙ながらに言われるというあたりで途切れているので、自分の妄想に疲れ果ててしまったのかもしれない。
視線を巡らせれば、世界が目覚めはじめる時刻特有の色が、ぼんやりとカーテン越しに部屋を染めようとしているのに気付く。
まだ起きずともよいだろう。とりあえず、隣にいるはずの存在の様子を確かめようと手を伸ばす。
と。
とらえたその質量が、思ったよりも大きいことに気付く。
いまいち巡りのよくない思考回路に「?」をのんびりと歩かせながら、ヒースはゆっくりと掛け布団をめくる。
まず見えたのは、シーツに散らばる茶色の髪。続いて細い首と小さな肩。力なく落ちた小さな手。シャツの裾からのびる、すらりとした足。華奢ではあるが、子供のそれではない体。
覗き込めば、あどけない顔をして眠る――ヒースの恋人である、『いつものティア』がいた。
思考をとめ、息をとめ。愛しいティアをみつめること数秒。
はあああ……とヒースは安堵のため息をついて、寝台に身を沈めた。
どうやら、一日でもとにもどることができたらしい。
背後から抱きかかえるようにして、眠ったままのティアに腕を回す。逃がさないように、どこかへいってしまわぬように。
よかった。ほんとーによかった。
起こさぬように気を付けながら、抱く手に力を込める。
小さなティアは可愛かった。心から可愛かったと言える。だが、父親にならずに済んだこと、恋人で居続けられることが、何より嬉しい。
もう少しして、ティアが目覚めたならば、頼もう。
二度と、預言書のものとはいえ、あやしいものは使わないように。
そして――オレの子を産んで欲しいと。
できれば女の子を!
うむ、とヒースは再びまどろみながら、自分の考えは素晴らしいと頷いた。ティアの首筋に唇を触れされたヒースは頬を緩ませ、ゆっくりと瞼を閉じる。
疲れた脳が寝起きで考えることはたいていろくでもないことなのだが、ヒースはそれに気づいていない。
そして、目覚めて早々、自分の現状が把握できず真っ赤になって混乱するティアへ、真っ正直に「オレの子を産んでくれ」と発言し、勢いよくひっぱたかれることになる未来など――幸せにまどろむ今のヒースに、予想できるわけもなかった。