Caution!!
簡単にいえば、アヴァロンコードの転生もの+現代ものです。
なんとなく妄想したら止まらなくなったので、思いつくまま書くシリーズです。
薄く雪の積もった夜の道を、ヒースは静かに歩いていた。遠くから、除夜の鐘が澄んだ夜風にのって、ヒースの耳へ届く。
ときおり、これから初詣に向かうのだろう人々とすれ違いながら、目的地までまっすぐに向かう。実家に帰ってきているせいもあって、そこまでさほど時間はかからない。
晴れた夜空の下は寒い。だが、しっかりと着込んできたおかげで、ヒースはとくに寒さを感じてはいない。寒稽古などで慣れていることもある。
しかし、これから迎えにいく彼女――ティアは、ちゃんと防寒の用意をしているのだろうか。
そんな心配するうちに、やわらかな明かりがカーテン越しに漏れる家へとつく。
とくに緊張することもなく、ヒースはなれた様子でインターホンを押す。小さなティアを送りがてらなんどもたずねたことがあるし、夏休みの宿題などをみるときなどに訪れたことは多々あるので、当たり前であった。
『はい。どちらさまです?』
すぐにつながり、やわらかな声が夜の世界にささやかに響いた。
「こんばんは、ヒースです。あけましておめでとうございます。きいておられるかと思いますが、今夜ティアと、や――『ヒース?! いまいくねっ』
約束をしているので迎えにきました、という言葉はインターホンの向こう側で響いた可愛らしい声に遮られた。どうやら、いまかいまかと待っていたようだ。
どたばたと慌ただしい音と、『ティア、おちついて。ほら、ちゃんとマフラーしてね』『はぁい。……あれっ? 帽子ない! どこおいたっけ!?』『ティア! またヒースくんと出かけるのか!』『うん! パパ、いってくるね!』『待ちなさいぃぃ!』などと、賑やか極まりない親子のやりとりが聞こえてくる。
のんびりとした母親、顔色をかえる父親、喜色満面で玄関へと向かうティア。そんな様子がありありと想像できて、ヒースは思わず苦笑いした。
『お待たせごめんなさい。ヒースくん。今、ティアがいきます。よろしくお願いしますね――あらやだ、忘れるところだったわ。あけましておめでとうございます』
「はい。おめでとうございます。ではここで待たせていただきます」
混乱しきった家庭内には慣れているらしいティアの母親の言葉に、ヒースは小さく笑いながら頷いた。
ふつり、と室内の音声が途切れる。母親が、インターホンのスイッチを切ったのだろう。
そうして、一分もたたないうちに、玄関扉の向こうで、がたがたばたばたと音がたつ。
ゆっくり準備をすればいいのにと思わないでもないが、いまさらそれを伝えるすべをヒースは持っていなかった。
「ヒース!」
すぐに玄関の扉がひらかれ、ティアが飛び出してきた。と思ったら、勢いそのままヒースに抱きついてくる。もう新しい年を迎えたというのに、なんとも子供っぽいものだと思いつつ、避けることなどできなくて、ヒースはその細い身体を受け入れる。
「あけましておめでとう!」
えへへ、と抱きついたまま上向いて、ティアが笑う。
「ああ、おめでとう」
慌てていたせいか、少しずれてしまっているやわらかな毛糸で編まれた帽子を、そっと直してやる。
父親がおいかけてこないところをみると、母親がおさえてくれているのかもしれない。だがせめて、大切な娘さんを少しだけ預かりますと一言挨拶を、と思ったところで、手をひかれた。
「はやくいこ!」
「ん、ああ。そうだな」
ぐいぐいと楽しそうに嬉しそうにヒースをひきずるティアに逆らえず、ヒースは足を前にだした。
あとできちんと年始のあいさつがてら、顔をみて話をしよう。そう思いながら、ヒースはティアの隣に並んだ。
そうして向かうのは、近所にある大きな神社である。いつも、二人で初詣にいくところ。
が。
「おい、ティア」
「なぁに」
ヒースはしみじみと、変に疑われない程度にティアをじっくりと眺めた。
チェック柄のスカート。白いダウンのコート。淡い紅色のマフラー。毛糸の帽子には雪の結晶を象ったモチーフがついている。きっと、あれこれ悩みながら選んだのだろうが――ヒースは、思わず眉間に皺を寄せた。
「そんなスカートで、寒くないのか」
「大丈夫だよ。ちゃんとあったかいタイツはいてるし! ブーツだし!」
「……いや、わかった。わかったから裾をめくるな」
ぴら、とスカートを軽くめくるティアをヒースは制した。年頃の女の子がすることじゃない。
「ふふっ」
その少し慌てた様子が楽しいのか、ティアが小悪魔じみた色をにじませながら顔を綻ばせた。大人をからかうもんじゃないといってやろうかと思ったが、なんだかやりこめられそうな予感がして、ヒースは口をつぐんだ。新年早々、そんな目にあいたくはない。
というか、いまさらながらに、もうひとつ重要なことに気付く。
「手袋はどうした」
スカートにさきほどまで添えられていた小さな手は、剥き出しだった。きめの細かい白い肌が、よけいに白くみえた。寒々しい。
「えっと……」
ぱ、と悪戯をみつかったように、ティアが手をひく。そのまま歩みをとめて、アスファルトを見つめるように俯いてしまったせいで、その顔はよくみえなくなる。が、わずかにのぞく小さな耳が、ほんのりと色づいている。
「お、おいてきちゃった……」
震える小さな声で紡がれたことを聞きながら、ヒースはわずかに肩を落とした。
わざとだな、とヒースはすぐに理解した。忘れてきた、という言い方でなく、置いてきたということからも確定的に明らかである。
もじもじとしている様になんとなく期待されているというか、少女の淡く可愛らしい願いがこめられているのがわかる。
だが。
「……ほら、大きすぎるとは思うが、これをはめておけ」
ヒースはそれに気づかないふりをして、自分が身に着けていた柔らかな皮の手袋をはずすとティアに押し付けた。
「……!」
驚いたように顔をあげたティアが、しようのないやつだという呆れた顔を意識的につくっているヒースをみて、むう、とあからさまに眉を寄せた。その大きな瞳が、不機嫌そうに眇められる。
そうじゃないのに、と顔にありありと書いてある。わかりやすいやつだと思いながら、さらに手袋を前にだす。
「ほら、女の子は身体を冷やすものじゃないぞ」
「……」
むむむ、と眉間に皺を寄せながらティアが渋々といった様子で手袋をはめる。さすがに身体を気遣われれば、いうことに従うしかないというところだろう。
「……おっきい……!」
だが、思っていた以上にあわないことがなんだか楽しいらしく、わずかに表情を緩めると、ぷらぷらとあまりきった指先部分を揺らして遊び始めた。
「ほら、いくぞ」
「あ、待って!」
いつまでも遊んでいるわけにはいかないと、ティアの背をぽんとひとつ叩いてヒースは歩き出した。ティアが慌てて追いかけてくる。
追いついたところを見計らい、ティアの歩幅にあわせてゆっくりとした速度へと落としていく。
上下に幅がありすぎるものの、二人は肩を並べて神社へと向かう。少しずつ、人が多くなってくる。ざわざわとした人々の喧騒が遠くから聞こえる。神社の境内がにぎわっていることは、容易に想像できた。
「あのね、ヒース」
「なんだ」
隣をみおろせば、まだ手袋をぷらぷらさせたままのティアがいる。
「私、今年もヒースと初詣にこれて、とってもうれしいよ」
「前からきこうと思っていたが……友達とかと、行こうと思わないのか? ティアなら誘われることだってあるだろう」
すっかり恒例行事になっているせいか、今年もついついティアと初詣にきたが、よくよく考えてみればティアには友人がたくさんいる。彼女たちや、もしくはティアに淡い恋心を抱く少年に誘われたところでおかしくもない。
それなのに、年の離れた幼馴染というだけで、自分ばかりと初詣にきていいのだろうか。
理由はわからないでもない。恋をしているからと、なんどもなんどもいわれている。が、自分はそれに対して応えたことはないというのに。
「いいの! みんなもちゃんとわかってくれてるもん」
ほにゃ、とティアが笑う。寒さのせいか、それとも違う理由のせいか、ティアの丸い頬は赤らんでいた。どうやら、諦めるという選択肢は、新しい年を迎えても、ティアのなかに浮かぶことすらないようだ。
その真っ直ぐな想いが、ヒースの胸を突く。む、と思わず眉をひそめた。
「みんなのことも大好きだけど……。私、ヒースのことがもっと好きだから」
またそんなことを、と思う。
だが、じっと見つめてくるティアの目は笑っていても、真剣な光を宿して揺れていた。茶化すことも否定することも、できやしないほどに。
「ヒースは? ヒースは私とくるの、もう嫌になっちゃった……?」
せつなく、悲しそうに、寂しそうに――寒さのせいではなく震える声を、必死な想いを、突き放すことはヒースにはどうしてもできない。
そんなこと、オレが許さないと、自分ではない自分がどこかで囁く。その声にすべて従うことができたなら、どんなにか楽だろう。
でも、そうする思い切りも持てぬまま、ヒースは白い息を吐き出した。
「――俺と初詣にいきたいというのは、君くらいだ。それに、大丈夫だろうかと心配するくらいなら、一緒にいたほうが気が楽だろう」
ヒースの言葉を額面通りに受け取ったらしく、ティアの表情が曇っていく。
「……うん、そうだよね。私、ヒースに迷惑ばっかりかけてるから……でもね、――――あっ」
ヒースは無言のまま、ひょいとティアの左手を掴んだ。余った手袋の指先を部分を摘み、するりとティアの手から外す。それを、本来あるべき場所である己の左手にはめながら、ヒースはゆるりと頭を振った。
「そうじゃない。俺は、君とこうしてここにくることを、毎年楽しみにしている」
「――!」
ぱあぁっと、ティアの表情が輝く。
外気に晒されたティアの手を、ヒースは何かから守るように、そっと握りしめる。
気を付けなければ、握りつぶしてしまいそうな華奢さ。それを、ヒースは己のコートの右ポケットの中へ、恭しくエスコートするように導いた。
二人分の体温が重なって、ポケットの内側が春の日溜りのように温かくなる。
「ヒ、ヒース……!」
「なんだ、こうしてほしかったんじゃないのか」
なんだかとんでもなく恥ずかしいことをしていることをじわじわ自覚しつつ、ヒースはぶっきらぼうにいう。ここで、そうじゃないといわれたら恥ずかしすぎる。もしそうだったら、しばらく顔をあわせられないと思った。
だが、それは杞憂だった。ぶんぶんと、そのままでは頭が落ちるぞといいたくなるような強さで、ティアが頷く。
「うん……! うん……、あり、ありがとう、ヒース……!」
勢いのせいで、ずれた帽子を右手だけで直しながら、ティアが感極まったような、なんともいえない表情を浮かべる。
嬉しくて死んじゃいそう、と――聞こえるか聞こえないかくらいの声で囁かれて、たまらなくなる。きゅう、とヒースの胸の奥がしめつけられる。
――ああ、なんて……『いとおしい』
さきほど自分を否定していた声と、自分の心が重なって、ヒースは余計に苦しくなる。
この気持ちを、遠い昔にも『彼女』に抱いていた、そんな気がするのだ。確かな記憶などありはしない。だけれども、それは間違いないとも思う。どうして。どうして。いくら考えても、思いだそうとしても、遠い靄の向こうは見通せない。
戸惑うヒースの状態を見透かしたように、ぎゅっとポケットの中でティアが手を握り返してくる。
「私、ずっとヒースと初詣にきたいなぁ……」
ほんとうに、ほんとうに幸せそうに夢見るように、ティアがそんなことをいうものだから。
「……そうか」
ヒースは、小さく笑って頷いた。
そうしようと、いまのヒースに約束はできない。ティアの隣を、自分でない誰かが占めることだって、あるだろう。ティアの未来は輝かしく、さまざまな可能性に満ち溢れているのだから。
でも、ティアがそう願ってくれているうちは、そうしてやりたい。
そうして、くるべきときがきて、もし、それでもティアが自分を選んでくれるというのなら――この人生の精一杯の時間で、ティアとともにこうして新年を迎えるのも悪くはない。
人ごみに紛れ、大きな鳥居をくぐりながら、ヒースは「迷子になるなよ」と囁きながら、もう一度、ティアの手を握りしめた。