悪意なきテロ行為に審神者と刀剣男士は奮いたつ

 とあるところ――検非違使仕事しろ、だの、レア刀剣は実装されていない! との嘆きが時折叫ばれる国の、とある本丸。
 ここを政府より預かる審神者は、まあ、そこそこ歳若かった。このような職業に就かなければ、それなりに遊び、恋愛のひとつもしていておかしくはない、そんな年頃である。
 だがこの審神者、そのあたりの若人はなかなか趣味としないところを趣味としていた。いわゆる『土いじり』という園芸や畑作が大好きなのである。
 カラオケ? 飲み会? 合コン? そんなことよりみろよこれ、某種苗会社が新たに出したビオラなんだぜ、すっげー可愛いだろ? こっちのは某園芸家が品種改良を重ねたオリジナルのバラなんだどうだすごい綺麗だろう? という具合だ。
 そんなわけで、基本的に和風で統一されている本丸の一部、彼女の個人的な空間である離れ周辺は、すっかり洋風の庭に作り変えられてしまっている。一歩踏み込めば異国の雰囲気漂うイングリッシュガーデンである。
 風流を愛する自称文系名刀の歌仙兼定をして、「へえ、僕の好みとは違うけれど、これもまた雅だね」と評されるほど美しく、色とりどりの花が咲き乱れ、蝶が舞うさまは見ているだけで心が和む。
 広い庭は、短刀たちがかくれんぼに興じたりするし、お茶好きの鶯丸は紅茶を楽しんでいたりする。
 雑木で人目にあまりつかない場所には、審神者お手製のベンチがあるし、小鳥たちの餌置き場なんてものも設置してある。
 本来の仕事もこなしつつ、このように趣味に没頭できるのだから、この本丸の主はなかなかそつがない。え、この本丸専属の庭師が片手間に歴史修正主義者と戦っているんじゃないかって? 否、あくまで審神者が本業である。一応。
 そんな彼女の影響を受けているのが、この本丸に集う刀剣男士の面々だ。
 付喪神は、顕現させた審神者の性質に多少左右される。本霊から分けられたときに審神者の霊力が混じるためだ、といわれている。
 現在のところは研究段階であり定かではないのだが、これが彼らの『個性』といわれる部分になるのだという。
 というわけで、この本丸の刀剣男士は、総じて土いじりが好きだった。子は親に似る。言いかえれば、親の背をみて子は育つ、である。
 短刀たちは可愛らしい花々を植え、本丸のあちこちに飾るのを楽しみにしているし、脇差たちはそんな短刀たちの力仕事を支えつつ、某脇差が率先して肥料作りにいそしんでいる。
 打刀の中には土にまみれるのはあまり好きでない者もいるが、審神者の許可を得て建築された茶室周辺の庭については、こまめに手入れしているし、他の打刀たちはおおむね自分の食べたいものを畑に植えて楽しんでいる。
 太刀勢も同様だ。なんだかんだといいつつも、瑞々しい野菜が採れれば歓声をあげて審神者にみせに駆け寄ってくるし、世話をした花木が応えるように見事に開花すれば、本丸にいる者全員を誘って花見に興じる。
 きっと、まだ見ぬ刀剣男士たちが、縁あってこの本丸に姿を現したなら、生命の力に溢れた畑と庭に目を奪われることだろう。
 ここは、そんな緑あふれる豊かさに満ちた本丸なのである。

 ところで。
 挿し木、挿し芽、という作業をご存知だろうか。
 草木の枝についた葉をある程度整理し、水や土に挿して根付かせ、新たな株を作るこという。
 この作業の利点は、気に入ったものを簡単に増やすことができるということだ。種を実らせそれを播種しても、親と同じ性質をもったものができるとは限らない。
 よい香りがするからとその種をまいても、香りが違うことだって多々あるのだ。そのあたりは遺伝というものが関係してくるので、ここでは割愛しよう。
 なんにせよ、素晴らしい性質をもつ株から、それを受け継がせた別の株を作りたいと思ったとき、この作業が力を発揮するのである。

 さらにところで。
 ミントテロ。この言葉を、ご存知だろうか。
 かの植物の爆発的な繁殖力を活用した嫌がらせのことである。
 伸びる地下茎!
 それによって枯れていく草花!
 刈っても刈っても生えてくる! きりがない!
 処理したはずなのに、ひょっこりと芽をだされる絶望!
 最終的にはその畑すべての草花を全滅させる勢いで除草しなければ駆逐できない!
 そんなわけで、悪意をもって丹精こめた己の庭にこのテロ行為を実行された場合、その持ち主は軽く発狂する。良い子の皆は絶対にやってはいけない。
 つまり、園芸を愛するものにとって、ミントは庭への侵入を避けるべき植物なのである。ただし、厳重な管理のもとに栽培するのはこの限りではない。
 だが、その清涼な香りに魅了され、お菓子作りや酒、ハーブティとして用いられることもあってか、ミントのこんな一面を知るものはなかなかいない。
 結果、ちょっと使いたいときに植えてあると便利だなあ、とか。ハーブ育てるとかなんかいいよね! という軽い気持ちで庭に植え、泣きをみることになるのである。そこに悪意はない。ただ純粋な気持ちだけがある。
 だが、それは立派なテロ行為だ。無知とは罪なのである。

 そして。
 なんとなく、本丸の畑の片隅で、それを実行したものがいた。
 まったくもってこれっぽっちも、ちりほどにも誰かを困らせようなんてつもりはない。
 ただ、使いたいときに使える範囲に生えていてくれたら助かるだろうという、親切心しかそこにはなかった。
 ぷす、とふかふかの土にさされる挿し穂。今日のデザートに飾りとして使ったとき、残しておいたミントの茎と葉の一部でつくられたものである。
「大きく育つといいなあ」
 彼は、ふふふ、と優しく微笑んで立ち上がりその場をあとにした。
 そよと吹く風にミントが嬉しげに揺れ、その背を見送っていた。

 ――数日後

「う、うわああああああ?!」
 朝食を終え、各々が割り当てられた任務の準備に取り掛かるような、ゆるゆると昼に時計の針が向かい始める時刻。
 審神者の叫びが本丸の隅から隅へと木霊した。
 どうした、敵襲か!? と、本体を手に大慌てで母屋から飛び出してきた刀剣男士たちがみたものは、モッサリと茂ったなにかの群生を前に、跪いて頭を抱える人物であった。
 見慣れたジャージの上下、作業用の手袋。首に巻いたタオル。つばの広い麦藁帽子。いつもの作業服一式をこれ以上なく着こなした審神者である。
 ここ最近は連日の仕事詰めで、日課である畑いじりを控えていた。そのせいもあって、さきほど嬉しそうに畑へと向かっていったのに、これはどうしたことか。
 その彼女の小さな背が、ひっくえっくと嗚咽にあわせて揺れている。うぐえぇぇぇ、とまるでこの世のものではないかのような、可愛くない引きつった泣き声つきで。
「誰が、こんなことを……!?」
 ダン! ダン! と大地に拳を叩きつけながら、この世の終わりを迎えたかのように嘆いている。
「主! どうしたんだい!?
 審神者の初期刀である歌仙兼定が、慌てて駆け寄っていく。皆が軽くドン引きしている中、こうして近寄れるのだから審神者と初期刀というものは、深い信頼があるのだろう。
 歌仙の着物が土に汚れることを心配したのか、審神者が手を上げて歌仙を制した。おろおろと立ち止まり手をさ迷わせる歌仙に、審神者は潤んだ瞳を向けた。
「歌仙……! ミント……、ミントが、こんなに生えてる……!」
「み、みんと?」
 ぶるぶると震える審神者の手が、こんもりとした緑の塊を指し示す。
 一方の歌仙は、『みんと』ってなんだっけ、と軽く混乱しているせいか困ったように眉をさげている。それをみた堀川国広が、なにかを思い出したように、ぽんと手を打った。
「ああ、おやつの飾りに乗せたりしますよね? ほら、兼さん、あの清涼感のある香りがする葉っぱだよ」
「おー、ちょこみんと、とかいうあの冷えた菓子にもはいってるっつー……あれ、うまかったよなあ。また食べたいもんだ」
 いつも一緒の和泉守兼定と堀川国広の二人がそんなことをいうものだから、審神者が小さく首をかしげて思案げな顔をする。
「うーん……チョコミントのアイスバーのこと? じゃあ今度頼んでおこうか。そんなに気に入ってたのならいってくれればよかったのに。パリパリのチョコがまたおいしいよね。うん、そうだね、今度のおやつにだそう!」
「いいのか?!」
 わーい、と自分の好きなおやつがでて喜ぶ子供のように、きらきらと目を輝かせる和泉守の手を、堀川がとる。やった! と手を取り合って小躍りする様はほほえましい。
「よかったね、兼さん!」
「おう!」
 図体はでかいけれどその実、刀剣男士のなかで最も若い和泉守が嬉しそうに笑って頷く。それにつられて微笑む堀川を中心に、ほのぼのとした空気が流れた。
 が。
 はっと審神者が顔色を変えた。ぶんぶんと頭をふる。うっかりと兼&堀コンビの可愛らしさに、自分の嘆きを忘れかけていたらしい。
「そうじゃない!」
「うん、そうだね主。現実にもどってきてくれてよかったよ。で、その『みんと』とやらがいったいどうしたんだい?」
 思いっきり話の筋がずれたものの、見事に自分で戻ってきた審神者に歌仙が優しく訊ねる。
「そう言うってことは歌仙は違うんだね」
「?」
 なにをいっているのかさっぱりわからない、とばかりに歌仙が首を傾ける。その背後に集った刀剣男士たちも同様である。
 ゆらり、審神者が彼らに向き直る。その小さな身体からは、どこにそんなものを隠していたんだと問いたくなるような、威圧感が惜しげもなく溢れてくる。
 女だろうが戦の経験不足だろうが、どうみても田舎のおばちゃんスタイルであろうが、彼女は刀の付喪神を呼び起こし従えるだけの器がある審神者なのである。
「さあ……怒らないから名乗り出なさい」
 嵐の前の静けさとでもいうような凪いだ瞳で、ひとりひとり丁寧に刀剣男士の顔を見遣って、審神者は大きく息を吸い込んだ。そして叫んだ。
「誰だ! うちの畑にミントなんて植えたのは!」
 ガッデム! と、審神者が叫んだ。憤り感はんぱない。
「もう怒ってるじゃん」
 そう小さく呟いたのはおっとりと最後に駆けつけてきた蛍丸である。さすが演練の悪魔と恐れられるちびっこ大太刀。吠える審神者を前にしてそんなことがいえるなんて、怖いもの知らずだ。
 そこへ、あっけらかんとした大きな笑い声が響く。げらげらと笑っているのは、朝から酒を手にして若干できあがっている刀剣男士。ちなみに非番。
「いいじゃん、ミントぐらい! これでモヒートのみほうだーい!」
 いやっほおおおおう! と拳をふりあげ叫ぶのは、この本丸におけるもう一振りの大太刀、次郎太刀である。
 もともと酒を好む性質であったが、日本酒のほかに現代における酒を教えてしまったのがまずかった。
 自分の給金を酒につぎ込み、ワインを嗜み、カクテルを覚え、テキーラに大笑いし、ウォッカを一気飲み――あげくには酒を自作したいとまで言い出した。
 手始めにここからはじめなさいという審神者のアドバイスにより次郎が作ったのは果実酒。梅酒から始まったそれらは、ものすごくおいしいと他の本丸や政府職員の間でひそかに評判だったりする。材料はもちろん、この本丸の畑産なのだから当然の結果である。
 ちなみにそろそろ酒米が作りたいとかいいだしているので、そのうちこの本丸産の清酒がでまわることになるかもしれない。その前に酒蔵の建設だろうか。
 それはさておき。
「貴様か、じろおぉぉぉぉ!」
 まったくもって女子らしくない吠え方をして、審神者が次郎へと突っかかっていく。
 しかしながら体格が全く違う。次郎は審神者をひょいと容易く抱き上げ、ぽこぽこと肩を殴られながらも笑っている。
「違う、違うって~。アタシじゃないよ! 濡れ衣ってやつさ! ねえ、光忠~」
「えっ」
 次郎の言葉に、一斉に視線が集中する。集団の端っこ、なぜかじりじりと離れていたらしい燭台切光忠が、蜂蜜色の隻眼を見開き硬直する。それをみた審神者の目から、光が消えた。
「――嘘……嘘だよね、ママ……ママはこんなテロ行為なんてしないよね……?」
「僕は君のママじゃないよ。なんどいったらわかってくれるの?」
 ぷいっと拗ねた表情で顔を背ける光忠だが、その顔色は心なしか青い。
 そんな光忠とは正反対の赤味を帯びた顔で、次郎が手を振る。
「まーたまたぁ、これからはミントはすぐ用意できるようになるって何日か前にうれしそーにいってたでしょー?」
 光忠への容赦のない追撃である。びくり、と光忠の肩が震える。確定だ。
 審神者はするりと次郎の腕から抜け出し、光忠に向かって飛びかかった。
「みつただぁああああ!」
「うわっ、ちょ、やめ、やめてっ」
 光忠のお洒落ジャージの襟を掴んで、がっくんがっくんと審神者が揺さぶる。
 体格がよく、刀剣男士のうちでも高打撃力を誇る光忠を振り回せるあたり、農作業で日々腕力が鍛えられていることがうかがえる。たぶん、敵の短刀くらいならひねりつぶせる。
 そんな頼もしさをみせながらも、審神者は目を潤ませて、なお叫ぶ。
「なんでミントを地植えしちゃったのおおおおおお?!」
「だって、ミントをつかったお酒とかなんか格好いいし、美味しいし! スイーツにだって使うし!」
 モヒート好きという次郎との共通点を暴露しながら、光忠は格好悪く言い訳をする。それが審神者をヒートアップさせていく。自分でも感情が制御ができなくなっているようだ。
「酒に格好いいもくそもあるかー! でもいつもおいしいおやつありがとう!」
「女の子がくそとかいっちゃだめ! でもいつもおいしいっていってくれてすごく嬉しい!」
 がっしと抱き合う二人をみて、次郎がげらげらと指差して笑っている。朝からすでに何合飲んだのだろうと頭が痛くなるほどのテンションの高さである。いや、審神者と光忠もだが。
 ぎゅうっと抱きしめあって日頃の感謝を伝えていた審神者が、はっとした顔で身を離した。その顔には『しまった! やられた!』という言葉が書いてるようにみえるが、言動をブレブレにしているのは審神者自身である。そして、またもや頭を抱えながらふたたび叫んだ。
「っていうか、くそといいたくもなるわ! ミントなら使うときに必要な分だけ買ってねっていってたじゃん?! せめて鉢植えにしといてくれればああああ!」
 だってだって、と光忠がおろおろと視線をさ迷わせながら言い訳をする。
「ミントがそんな凶悪な植物とか知らなかったもん!」
「もん、とか可愛くいうなこの伊達男め! 知らなかったですめば世の中苦労しないよ!」
「さっき怒らないっていったじゃないか!」
「怒ってるっていうよりかはいろんな感情が爆発してるだけだから気にしないで! 思春期にはよくあることだよ!」
「そっか!」
「おい、なに納得してんだよ。つーか、おまえの年齢は「シャラアァァァップ、正国! それ以上言ってはいけない! 私は永遠の思春期!」
「そうだよ、女性に年齢のことをいうなんて格好悪いよ!」
「おまえら会話がおかしいことにそろそろ気づけ。ちったぁ落ち着けよ」
 同田貫正国の至極まっとうな突っ込みが、駄目な方向に盛り上がる二人を冷静にさせた。
 審神者が、大きく方を上下させながら深呼吸を繰り返す。瞼を下ろし、高鳴る胸に手を重ねてしばし、ゆっくりと長い息を吐き――そうして見開かれた瞳には、さきほどまでの混乱はもうない。切り替えのはやさが、この審神者のよいところだ。
「そうだね、正国のいうとおりだ。落ち着いていこう。過ぎたことは仕方がない。これからどうするのかが問題なんだ。と、いうわけで――」
 威風堂々と腕を組んだ審神者が、高らかに宣する。
「これよりミント掃討作戦を開始する! 今日の出陣、遠征は中止とし、全員参加! 内番は必要最低限の馬当番のみを行うように! 世話が終わったらこちらに合流のこと!」
 えー、と不満げに声をあげたのは同田貫を筆頭とした出陣組の第一部隊である。いくら土いじりを好んでいるとはいえ、そこは刀の付喪神。合戦ほどには燃え上がらないのだろう。
「んなもんほうっておけばいいじゃねーか。たかだか草だろ?」
 和泉守の言葉に、くわっと審神者が目を見開いた。その様子が怖かったのか、さっと堀川の背後に隠れるあたり、力関係が透けて見える。
「不満をいうな! このままだとミントに本丸全体が侵略される! これは危機的状態なんだ!」
「危機的っていわれてもよぉ……」
 こちらも、どうにもピンときていない同田貫が乱雑に頭を掻いてぼやいている。そんな彼に対し、審神者は真顔で詰め寄った。
「正国。おまえらが育てている芋な、あれごと駆逐してもいいんなら合戦いっておいで? あとで文句は受け付けんぞ? 残念だな、じゃがバター美味いよな? あれ好きだよな? せっかく部隊全員の誉れポイントと交換でとりよせた品種の種芋植えたのにな? 某ホテル特選発酵バター買おうかと思ってたのになぁ……残念だ」
「おっしゃ! 第一部隊! 動きやすい格好で畑に集合しろ!」
 いまにも合戦に出向こうとしていた第一部隊に対し、同田貫の命が飛ぶ。「おう!」と応じる声が複数あがる。それを確認した同田貫も、甲冑を脱ぐためだろうか本丸に向かって駆け出した。どうやら第一部隊全員で植えた芋は惜しいらしい。
 ちなみに、審神者のいった誉れポイントとは、合戦や遠征で活躍した際につけられるご褒美得点のことである。稼げば稼いだぶんだけ、豪華なものと交換できる仕組みだ。
 景品は物品でもいいし、畑の使用面積でもいい。なお現在のところ、各部隊での畑陣取り合戦になっていたりする。
 土煙をあげて去っていく芋好き第一部隊の面々を見送りながら、歌仙兼定が首を振る。
「僕は畑仕事はちょっとねえ……雅じゃない」
「歌仙」
 ずい、と審神者が一歩前にでると、歌仙がわずかに仰け反った。たかだか人間に付喪神が圧されるわけがないのだが、いまの審神者はそれを超えるなにかがあった。
「君が愛する茶室から見える景色がすべてこのミントに覆い尽くされてもいいのならば、君は参加しなくていい。ミントしかない庭はさぞ綺麗だろうな? ミントの香りに囲まれて茶をたてるといい。ああ、それから今日の馬当番は鯰尾と骨喰なんだか変わってあげてくれるか?」
「すまなかった。さあ、がんばろうか!」
 自分の庭の危機を悟ったのか、それとも純粋に馬当番が嫌だったのか。歌仙がさっときびすをかえして自室へと向かっていく。着替えるつもりなのだろう。手を打ち鳴らして、自分が預かる隊のメンバーに声をかけていく。
「第三部隊は茶室周辺の確認にはいるから、そっちに集合してくれ!」
「茶室が先かい!」
 審神者の突っ込みに、鬼気迫った顔で歌仙が応える。日々、敵を屠り、料理を奮う手を握り締めて言う。
「当たり前じゃないか! せっかく主が金子を惜しまず作ってくれた茶室と庭だよ!? まずはそこからに決まっている! 僕の要望を全面的にかなえてくれてありがとう!」
「ううん、こちらこそ歌仙にはいつもお世話になってるからね、ありがとう! じゃあ、茶室周辺に問題がなかったら、そのまま母屋の周囲も確認してきて!」
「了解した! いくぞ、皆!」
 歌仙の意気込みに飲まれたのか、第三部隊が応えるように素早く散っていく。第三部隊には、真面目で寡黙な刀剣男士が揃っているからだろうか。
 彼らも母屋へ消えていくのを見届けて、審神者は振り返った。
 その先には、大きな体躯を縮こまらせて、しゅんと俯く光忠がいる。審神者は、柔らかく微笑んで、ゆっくりと近寄った。心なしか、ふたつのつむじから伸びる毛も元気がないようにみえる。
「ごめんね、主……」
 心からの謝罪を受け止めつつ、審神者はそっと黒の手袋に包まれたその手をとった。
「光忠、私のほうこそすまなかった。悪意がないことなんてわかりきってるのに、動揺して声を荒げてしまった。こんな私は、主失格だよ」
「ううん、君が畑と庭を大事にしてるの、よく知ってるよ! これは、僕の無知が招いた悲劇なんだ……!」
 ぱっと顔をあげた光忠が、大きく頭を振る。そして、後悔しきりというようにその整った面を悩ましげに歪めた。うっすらと水の膜が張った蜂蜜色の瞳を、長い睫が覆う。
 ふ、と小さく笑った審神者が、ぎゅっと手に力をこめる。大丈夫だと、いわんばかりに。
「何言ってるの。私たちは仲間なんだから、苦しみは皆で背負い乗り越えていくのが当たり前だろう?」
「あ、あるじぃ……!」
 ぶわっと光忠の周りに桜の花弁が舞う。
 なんか芝居ががった様子で語り合っているが、現実はミントテロの話だし、二人の格好はジャージである。まったくもってさまになってはいない。それでいいのか。
「さあ、いこう光忠。君のズッキーニが危ない……!」
「えっ」
 気取った調子で片腕を大きく広げ、畑を示す審神者の言葉に、光忠が目に見えて慌てた。桜の花弁がぴたりとやむ。
「そ、それは困るよ! 夏野菜のカレーとかラタトゥイユ作るんだからね! 第二部隊も畑に参集してー! よろしく!」
 二人の三文芝居を律儀に見守ってくれていた部隊員に対して、光忠の指示が飛ぶ。これまでの流れから、除草作業から逃れることができないと判断していたのだろう隊員たちは、文句もなく駆け出して、母屋へと吸い込まれていった。
 そもそも、光忠の料理に胃を掴まれている面々がそろっているのだから当然といえば当然だ。というか、光忠のカレーが食べられないなんてとんでもない!
 彼らの勢いに煽られて落ちかけた麦藁帽子をかぶりなおす審神者の横へ、素早く寄り添う影がひとつ。
「第四部隊はいかがいたしましょう、主」
 侍ったのは、主命があれば生きていける系刀剣男士の、へし切り長谷部であった。すでにいつものジャージ姿である。少し前まであのカソック姿だったような気がするのだが。さすがの機動である。
「そうだね、長谷部と部隊員には除草用の道具を運んでもらおうかな。あとゴミ袋。肥やしにするにもミントはちょっとね……」
「承知いたしました。第四部隊! 着替えて納屋に集合だ! 怠慢は許さんぞ! それから、怪我をしないように軍手を忘れるな!」
「「「「「はーい!」」」」」
 対京都戦特化の刀剣を育成するため、長谷部には短刀たちを中心とした部隊の隊長を務めてもらっているが、なんだか保父さんのようであるなあ、と審神者は思った。そうしたのは自分なのにな。
 よい子のお返事をして、わらわらと散っていく短刀たちを見送る。機動おばけと名高い長谷部に鍛えられているからか、はやいはやい。いや、もともと短刀なのだから当然か。
 部隊構成に含まれていない刀剣たちにも準備をするように伝え、審神者は軽く手を二度打ち鳴らした。
 す、とその足元に白い式神があらわれる。密かな改造を受け、DIYやら農業・園芸、果てはサバイバルの『いつ使うんだ?』というような偏った知識を詰め込まれた、審神者の夢と希望と趣味が満載の、こんのすけである。
「こんのすけ、薬剤の注文したいんだけど」
「はい。どのようなものがご入用で?」
「グリホサート系のものを頼む。あと、小さな容器と筆もな」
「筆」
 ふんふんと聞いていたこんのすけが、真顔で鸚鵡返しに繰り返した。うむ、と審神者が重々しく頷いた。
「そう、筆」
「ああ! そうですね。筆も要りますね。わかりました。しばらくお待ちください」
 ようやくピンときたらしく、こんのすけが深く頷いた。どうやら知識が詰め込まれすぎて、思い当たるのにも時間がかかるようだ。
 少し情報の整理したほうがいいかな、と考える審神者の前で、ぴょんと跳び上がったこんのすけは、空中で一回転してその姿を消した。

 こうして本丸一斉ミント駆除作戦が始まった。
「うおっ、なんっじゃあこりゃあ! どこまでも続いとるぜよ?!」
 何気に引き抜こうとしたミントの根が、あまりにも長いことに陸奥守吉行の驚きの声が響いた。
 顎に滴る汗を袖で拭いながら、審神者は陸奥守に言う。
「それが地下茎ねー。地中でその茎を伸ばして、地上へ芽を出すんだよ。残らないように、丁寧にとってもらえるとありがたい」
「まかせちょき!」
 文句も言わず元気いっぱいに手伝ってくれる吉行ほんといい子! と審神者が感謝していると、近くでその会話をきいていたらしい長谷部が声をかけてきた。
「なんだか竹と似ていますね」
「竹も植えると大変なことになるらしいから気をつけないとね。筍は美味しいのになあ……」
「いっそのこと、植えてはいけないものの一覧を作成のうえ、皆に配布してはいかがでしょうか」
 長谷部の提案に、眉間に皺を寄せていた審神者は、「おお」と目を輝かせる。
 そうだ、どうしてそうしなかったんだろうと、目から鱗である。そもそも、人のカタチをとったばかり刀剣男士たちに、自分と同じだけの知識を備えろというほうが無理なのだ。今気づいた!
「そうだね、やっておいたほうがいいかもね。あとで手伝って、長谷部」
「主命とあらば!」
 こちらもまた審神者に負けず劣らず目を輝かせる長谷部に、審神者は頷いた。
「うんうん、長谷部の大好物の『主命』だぞ! ところでこれ厨までもっていってもらえるかな」
「はいっ」
 農業用の竹製ふるいに、あとで使う予定のミントを山盛りに載せて差し出せば、長谷部がうやうやしく引き取った。そして、うきうきと本丸のほうへと駆け出していく。
 たったこれだけで桜の花弁が周囲に舞うのだから、やはり長谷部は主命だけで生きていけるのかもしれない。
「なんつーか、やっぱわんこっぽいよなあ……」
 あっという間にはるか彼方へと消え行く長谷部が、審神者の呟きを耳にしなかったのは、はたして幸運なのだろうか。

 そうして、むせかえるようなミントの香りに包まれながら作業に没頭していると、遠くから「おーい」という呼びかける声が響いた。
 ふと顔をあげて、腕時計を確認する。気づけばもう正午すぎである。ということは第二部隊に少し前に任せた昼食が出来たのだろう。
 審神者は気を付けて立ち上がったが、ずっと作業をしていたせいか立ち眩みは免れない。やや白んだ視界が、徐々に周囲をはっきりと捕える。
 本丸方向に目をやれば光忠を筆頭に、それぞれに大きな皿やらお盆に載せた小鉢やらを持ち、第二部隊が近づいてきていた。
「みんなー、お昼にしよう!」
「わあ、おにぎりですね!」
 きゃあ、と歓声をあげた今剣を筆頭に、作業にあたっていた刀剣男士たちがそれぞれの手をとめて集まってきた。
「じゃあ、きゅうけいー! 日のあたらないとこで、ゆっくりたべて、水分補給ー!」
 審神者が声をあげると、第二部隊を中心にして柔らかな木陰での昼食がはじまった。
 やはり腹が減っていたのか、豪快に食べ始める刀剣たちを横目に眺めつつ、審神者もおにぎりをほおばる。
 やはり光忠と堀川率いる第二部隊作のおにぎりである。絶妙な塩加減、握り加減。生きててよかったありがとう日本人。ビバ、お米。なんだかそんな意味のわからないことを考えるくらいに美味い。
「はい、主、お茶どうぞ」
「ん、ありがとう。みんなのおにぎり、すごくおいしい」
「よかったです! 簡単なものばかりでわるいなぁって思ってて」
 光忠からお茶を受け取りながら第二部隊の面々をねぎらうと、眉をさげながら堀川が笑った。
「いやいや、梅におかかに鮭、塩昆布! あとは漬物に麦茶があれば最高だよ! このほどよい塩っけに身体が喜ぶんだよ! 労働は尊い!」
「主、食事のときに叫ぶなんて雅じゃない」
 握りこぶしを振りますような勢いで審神者が力説すると、懐から懐紙を取り出し頬についた米粒を取り除きながら歌仙がぼやいた。
「そうだね。美味しいものは味わってたべないとね。さすが歌仙」
「主、たくさんあるから、ゆっくり食べてね」
 そういいながら光忠が出してきた浅漬けに、審神者は促されるまま箸を伸ばす。
 と。
「ぶふっ?!」
 おにぎりにがっついていた和泉守が、喉に詰まったのか、そばにあったコップに手を伸ばしてお茶を飲んだと同時に噴出した。
 晴れた空に茶色のしぶきが舞う。ぶっちゃけ汚い。審神者の愛用ジャージに、ちょっとかかった。
「うわぁ?! 兼さんどうしたの?! あっ、これ麦茶じゃない?! 兼さんほら、お茶、こっちは大丈夫だから飲んで!」
「うえぇぇぇ、くにひろぉぉぉ……!」
 涙目になっている和泉守の背をさすりながら、堀川が自分のお茶を飲ませている。
 なにが起きたのかわからず呆然とする者、いきなりのことに飛び上がって驚く者、そして身体を折って大笑いするもの――和泉守からコップをとりあげ中身を改めた長谷部の頬がひきつった。
 鋭い紫色の視線が、とうとう涙目になって笑い転げる鶴丸国永をとらえた。
「鶴丸、貴様か! めんつゆと麦茶をすりかえるなと何度いったらわかるんだ! 主のお召し物にかかっただろうが! へし切るぞ!」
「あ、いや大丈夫だよ? つーか、たかだかジャージだし。えっ、長谷部ちょっときいてる?」
 めんつゆが作業用のジャージにひひっかかったところで、この審神者は特に気に留めない。多少汚いとは思うが。
 だが、長谷部は審神者の言葉など聞こえていないかのようにヒートアップしていく。長谷部は割と沸点低いと審神者は思っている。
「あっはっはっはっは! 毎度こうもひっかかってくれると正直期待されていると思うだろう! なあ!」
 思ったとおりの結果に手を打ち鳴らして鶴丸が同意を求めてくるが、審神者はそっと頭を振った。だって、ごう、と怒気を燃え上がらせた堀川が怖いんだから仕方ない。それに、さすがに和泉守が可哀想である。
 審神者とて、実家で同じような目にあったことがあるのだ。あの衝撃は同じ経験をしたものにしかわかるまい。何度もひっかかるのは、いささか不注意だと思うけれども。
「また兼さんの純粋さを弄んで……! 今回こそは許さない!」
「おっと!」
 和泉守の世話をしていた堀川が立ち上がる。その青い瞳にみなぎる不退転の決意。さすが和泉守兼定の自称・助手。
 それをみた瞬間、鶴丸は一目散に逃げ出した。脇差と太刀。全体的な能力からみて鶴丸に分がある。しかし、助っ人がいるとなると話は別なのだ。
「待て! 鶴丸! 主に詫びろ!」
 ちゃっかりと刀装で機動をあげているらしい鶴丸の速度に追いすがるものがいる。長谷部だ。二対一では、あきらかに鶴丸の分が悪いというもの。とっさに逃げだした判断は正しい。逃げ切れるかどうかは知らないが。
「長谷部さん僕はこっちからいきますね! 鶴丸さん、兼さんに謝ってください!」
「頼んだぞ堀川! 鶴丸ー! 主に謝罪しろ!」
 そうしてはじまった追いかけっこに、やんややんやと外野からの声援があがる。つかの間の休憩の、娯楽になってしまっているがいいのだろうか。
 そもそも別に大きな被害をこうむったつもりもない審神者は、いまだ涙ぐんでいる和泉守へ美味しいおにぎりと、間違いなく麦茶を手渡しつつ、皆元気だなぁと呑気に呟いた。

 思った以上にあっさりと捕まった鶴丸による軽い謝罪を受けたあと、皆に熱中症対策のため塩飴を配っていた審神者は、ふと気づいた。
 寡黙であるが仕事はきちんとこなす系孤高の刀剣男士を、そういえばみていない。
「ね、五虎退。大倶利伽羅がどこにいるか知ってる?」
「あ、あっち、です……」
 たまたま近くにいた五虎退に飴を渡しながら尋ねると、小さな手が畑の向こうを示した。
 視線をやれば、一心不乱にミントを駆除している大倶利伽羅の姿がみえた。鬼気迫るそんな彼の後ろには、花開いたばかりのひまわりが一坪分ほど広がっている。
「は、畑が危ないってきいて、一番に走っていかれましたよ?」
「そうなんだ?! 大倶利伽羅は無口だけど、こういうときの行動力すごいよね。不言実行格好いいわーありがたいわー」
 ミントテロ発覚の大騒ぎで気づいていなかったが、どうやら大倶利伽羅はあの中でも冷静に対応し、即座に駆除作業にあたってくれていたらしい。
 あとでお礼しないとなあ、とぼんやり考える。そんな審神者のジャージの裾を、くい、と五虎退がひっぱる。どうしたのかな、と少し背を屈める。
「さっきもごはん食べてからすぐ作業にもどられて……僕、大丈夫かなって思ったから、きいてみたんです。そしたら、」
 ふんふんと頷く審神者へと、五虎退が天使のような笑顔を浮かべて言う。
「ひまわりの種がとれなくなったら、キンクマちゃん可哀想だから……、って。大倶利伽羅さんって優しいですよね!」
「ものすごく納得した」
 審神者は真顔で言い切った。なるほどなるほど、である。
 つい先日、刀剣男士たちに情操教育が必要だと突然思い立った審神者が飼うことを決めたのが、キンクマハムスターことキンクマちゃんである。
 審神者会議の後にひらかれた親睦会で、したたかに酔った勢いで買っちゃったとかそういう駄目な経緯ではあるのだが、連れ帰ったときには大歓迎を受けたのだから結果よしである。
 あのときは、特に短刀たちが喜ぶだろうと思っていたのだが……なぜか大倶利伽羅がどはまりした。
 手のひらのうえにちょこんと乗り、まっすぐにそのつぶらな黒い瞳をむけながら、ひくひくと鼻先を動かしているキンクマちゃんと、彼を前にして微動だにしなくなった大倶利伽羅。一匹と一振は、無言のままずっとみつめあっていた。
 その光景をみていたものたちは口々にいう。『大倶利伽羅の周囲に、誉の桜が大量に舞っていた』と。
 結果、短刀の子たちが遠慮して、大倶利伽羅がキンクマちゃんの飼育係となったのである。
 見た目小さい子たちに気遣われるとかどうなんだ伊達の刀。それでいいのか。
 そんなこんなで一躍本丸のアイドルとなったキンクマちゃんではあるが、目下のところ悩みもあったりする。
「そういえば、名前決まったのかな?」
「ものすごく悩んでるみたいで……まだ、です」
 あー、と審神者は腕を組み、眉根を寄せて唸った。
 刀剣たちからいくつも名前候補が寄せられていて、飼育係の大倶利伽羅が決めあぐねているとは聞いていたが、まだ決定していないとは。
「このままだともう『キンクマちゃん』が名前になるなあ。わかりやすいから、別にそれでもいいけどね」
「ですね」
 ふふ、と審神者が苦笑い気味に笑えば、五虎退も眉をさげて笑った。
「とりあえず、キンクマちゃんにはひまわりの種あげすぎちゃだめだよって、あとでいっておかないと……」
「えっ、だめなんですか?」
 審神者の何気ない一言に、五虎退がびっくりしたようで目を見開く。
「うん。食べさせ過ぎは厳禁。太るからね。まあ、一日一個までかな。もっと少なくてもいいぐらい。あげすぎるとペレット食べなくなるとかいうし。ハムスター界でも贅沢は敵だってことだね」
 脂肪分による肥満が云々といろいろ理由はあるのだが、今ここで話すことではないだろう。あくまで今日は、ミント駆除が目的なのだ。
 簡単な飼育本しか大倶利伽羅に手渡してはいないが、もう少し詳細なものを手配しようと考えたところで、ぱっと五虎退が駆けだした。
「ぼ、僕、大倶利伽羅さんに伝えてきます……!」
「あっ、いやべつにあとでもいい……あ、いっちゃった……」
 手を伸ばすが、人間である審神者が素早い短刀を捕まえられるわけがない。するり、と白い残像を残して五虎退はまっすぐに大倶利伽羅へと向かっていく。
 急いで駆け寄ってくる五虎退に、大倶利伽羅が気づいて手を止めた。話が聞きやすいようにするためか、五虎退が話しかけやすくするためかはわからないが、目線をあわせるようにしゃがむあたり、大倶利伽羅は孤高を望んでいても周囲がそれを許してはくれないだろうな、と思う。性根が優しく、まっすぐなのだ。
 そして、なにやら必死な五虎退の話を無表情に聞いていた大倶利伽羅だったが、やがてゆっくりと地面に膝をついた。
 崩れ落ちた大倶利伽羅を前にして、おろおろと五虎退が手を彷徨わせている。
 それを見届けた審神者は、なにかを悟ったような顔をして、塩飴配りを再開したのだった。

 ミントは、日向よりも半日蔭で風通しのよいところを好む植物である。その性質のおかげで、畑の中心部にはさほど魔の手が及んでいなかったことは、幸いであろう。
 茶室や母屋のほうも大丈夫だったと報告を受けている。つまり、豪快にむしりとっても問題のないところはほぼ終わった。あとの処理は刀剣たちにまかせても大丈夫だろう。
 となると、残されたのは――
「ここだけだ……!」
 目の前に広がるのは短刀たちの花壇である。彼らがカタログから選び、配置も考えた花々が、愛らしく咲いている。
 だが、その合間に、ミントがひょこりと芽吹いているのである。いくつも。いくつもだ。
 これは手間がかかるなと頭を掻いていたところ、す、と近寄ってくる影ひとつ。気配を察して振り返った審神者は、びくっと肩を揺らした。
「主殿……」
 そんな絶望的な顔でこちらをみないでほしい一期一振。
「弟たちの花壇が……。ここも、畑と同じようになさるのですか……?」
「いやいや、しないから。しないから!」
 上品な王子フェイスをどんよりと曇らせて、恨み言を囁くように問いかけられたら普通に怖い。審神者は引きつりまくった顔で叫んだ。
 どうやら、畑と同じ対応をされては花壇がだめになると心配しているようである。
 ちら、と一期の背後をみれば短刀たちがそろいもそろって泣きそうな顔をしてこちらをみている。おう、君たちもか。審神者は天を仰ぎたくなった。
「あるじさま……!」
「主君……!」
 今剣と前田藤四郎の頭を慌てて撫でながら、審神者は安心するようにと笑ってみせた。
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと対処方法考えてるからさ!」
 とりあえずとれるところからやってしまおうと彼らを説得し、花壇の周辺のミントにとりかかる。すでに植わっている花の根を傷つけないように注意をしながら、草むしりに励んでいると。
「審神者さま、ご注文の品が届きましてございます」
 足元にふいに現れたこんのすけが、淡々とした口調で天の助けを通達してきた。
「お、きたきた! 思ったよりもはやかったね!」
 審神者は満面の笑みで作業手袋を外すと、わざわざ連絡のために姿を現したこんのすけの小さな頭を撫でた。
「畑を脅かすミント駆除のため、と担当殿に申し上げましたら、いつも以上の速さでご用意くださいました」
 心地よさそうに目を細めながらそういったこんのすけが白い尾をひとふりすると、どういう仕組みなのかは知らないが、頼んでいたグリホサート系の除草剤の容器が空中に出現し、ごとりごとりと地面に落ちた。器と筆も同様である。
 物品に間違いないか確認しつつ、審神者は乾いた笑いを浮かべた。
「ああ、あの人、うちの野菜に餌付けされてるからなあ。畑の危機と聞いて驚いたのかもしれん。今度お野菜セットおくっとこう」
「それがよろしゅうございましょう。担当殿が喜びます」
 だよね、とこんのすけと頷きあいつつ、審神者は容器を手にして立ち上がる。
「おーい、集合ー」
 せっせと作業をしていた花壇周辺にいる刀剣男士たちが、審神者の声にぞろぞろと集まってくる。
「主殿、これはなんでございましょうか?」
 粟田口の実質代表者となっている一期が、頭の上に疑問符を浮かべているような不思議そうな顔をして、審神者の手の中にあるものをみつめてくる。
 ふふんと鼻を鳴らした審神者は、天に向かってそれを突き上げた。
「これぞ我らが救世主! 除草剤だー!」
「そ、それではこの花たちも枯れてしまいますぞ?!」
 声高らかに見せつけてくる審神者に対し、一期は真っ青な顔で大慌てしている。
 そんな生真面目な一期の肩を豪快に叩いた審神者は、大笑いしながら言う。
「大丈夫だって、このまま散布するつもりなんてないからね! とりあえず誰か水汲んできてー」
 お願いすると、鯰尾と骨喰が率先して水をバケツに汲んできてくれた。それを使って、まずは除草剤を取扱注意書きに従い希釈する。できあがったものを零さないように気を付けて、複数の器にわける。そして筆を添えて準備完了だ。
 こほん、と審神者はいくつもの視線を受け止めながら、かしこまったように咳払いをひとつ。そして「みていてね」と一声かけて、おもむろにしゃがみこむ。
「えー、まずこちらの薬剤ですが、これは植物を枯らす成分が含まれています。これを……このように……筆につけて、」
 器を半分ほど満たしている薬剤を筆に含ませて、縁で扱いて余分を落とす。そして、審神者は花と花の合間に顔をのぞかせる小さなミントの葉にそれを塗った。
「ちいさなミントは、葉っぱに撫でるようにして塗ります。大きいミントは茎を切ってその切り口に塗りましょう。これで、今ある花を荒らさず枯らさず、ミントだけを駆除することができるという寸法なわけです!」
 どやっと周囲を見回すと、どこか不安げな顔をしていた面々が、顔を輝かせていた。
「なるほど……! これならば地下茎を掘り起こす必要もないということですな!」
「そのとおり! ただ、花にくっつくと枯れるのでそこだけ注意すること!」
 はーい、と説明を聞いていた短刀たちが、満面の笑顔で手をあげて了解したと返事をしてくる。
 審神者は全員の顔を見回して、にかっと笑った。
「ちょーっと手間はかかるけど、この花壇はそんなに大きくないし、みんなでやればすぐ終わるよ。さ、あともう少しだけ頑張ろう!」
 一期には花壇周辺のミントを集めてもらい、花壇の合間は体の小さな短刀たちに任せることにして、審神者はもうひといきだと皆を励まし、自分も作業を開始した。

 戦いが、ようやく終わった。
 審神者は清々しい気持ちと顔つきで、畑を見回した。着任した当初よりもずいぶんと開墾されて広がった、大事な大事な畑である。
 夕方になる前にすべて終わってよかった。皆のおかげだ。自分はよい刀剣男士に恵まれたなあと幸運に感謝しながら、振り返る。
 勢揃いしている彼らに向かって、審神者は声をあげる。
「よーっし、皆ありがとう! これにて作戦終了だ!」
 おおおお、と大地を揺るがすような、野太い男どもの歓声が幾重にも重なる。
「風呂の用意はもうできてるから汗を流して、大広間に集合! 今日は私のおごりで現世からいろいろ料理をとりよせた! 酒もだ! がっつり食べて飲むといい! では解散!」
 風呂という単語に顔を綻ばせるもの、酒という響きに歓声をあげるもの、食事の用意をしなくていいと心なしかほっとしているもの。
 さまざまな反応を見せながら、母屋に引き上げる彼らの中をゆく黒い影へと駆け寄って、審神者はその広い背を軽く叩いた。
「光忠はちょっとこっちきて」
「どうしたんだい?」
 今回の騒動の責任を感じていたのか、率先して作業にあたっていた光忠の顔には、さすがに疲労がうかがえる。さっさと風呂にはいらせてあげたいのだが、こちらが先である。
 審神者はにこりと笑って、その手をひき、母屋の外から厨のほうへと向かう。
 厨には勝手口が設えられている。そこの御影石でできた沓脱石の上――素焼き鉢に植えられたミントが、そよと揺れている。
 それを見て、驚いて足をとめた光忠の手を放して、審神者はミントに近づくとそれを取り上げた。くるりと振り返って、光忠へと差し出す。
「はい」
「これって……」
 ぱちぱちと蜂蜜色の瞳を瞬かせながら光忠がそれを受け取り、審神者とミントを交互にみやる。
「みての通りミントの鉢植えだよ。元気なやつを分けておいたんだ」
「……主……」
 どこか呆然としていた光忠が、次の瞬間、くしゃりと顔を歪めた。
 いつも格好よさを追及している男は、いまにも泣き出しそうな顔をしても格好いい。付喪神とは実にずるい存在である。
「これをモヒートとか、おやつに使いなよ。これなら地下茎が伸びていく心配もない」
「うん、うん……ごめんね、僕、迷惑かけちゃったのに……」
「もういいんだって! それに頑張ってくれたのは皆だからなぁ。明日また美味しいご飯作ってくれればそれでいいんじゃない?」
 審神者は笑いながら、涙ぐむ光忠の項垂れた頭を、その手で遠慮会釈なく撫でまわした。
「主、ありがとう……でも髪がくずれるからやめてやめて!」
「もうどうしようもない状態です!」
 光忠にあるまじき髪型になったところで手を放す。
 あはははと審神者が大きく笑うと、光忠も「しょうがないなあ」と、くすぐったそうに笑った。
「さ、風呂はいって格好よくなってきなよ。私も一風呂浴びてさっぱりするわー」
 おつかれさーん、と手を振りながら勝手口を後にする。
「主! それちょっとおじさんくさいよ!」
「やかまし!」
 審神者が手を振り上げて笑いながらそういってやれば、光忠の笑い声が午後のまろやかになりはじめた日差しの中で明るく響いた。

 刀剣男士と審神者対ミントの大戦から一週間後――

 畑を飲み込まんばかりのミントの群生が、またもや出現していた。
 今度は半日蔭になっているところからの襲撃である。
 その前で、審神者が両手と両膝を大地にくっつけて項垂れている。
 あ、これ見たことあるやつ。と、誰かが呟いたような呟かなかったような。
 ダァン! と審神者がいつぞやのように拳で大地を叩いた。
「くそ……! 地下茎がどこかに残っていたんだ……!」
 血が滲むような苦渋の声に、集まった刀剣たちがざわめく。あれですべてが片付いたと思っていたのに、なんということだ、と青褪めた顔が雄弁に物語っている。
「なんて繁殖力なんだ……!」
「ミントテロ……なんという恐ろしさか……!」
「う、うわぁああ、なんか虫いっぱいついてるよ?! きもちわるっ!」
「なんか、ミントの香りも心なしか薄くなってるきがする……」
「ごめん……僕が軽率すぎたよ……植物って、ミントっておそろしいんだね……」
 さしもの光忠も、遠い目をしている。もはやトラウマになる勢い。
 だが、ここで諦めることはできない。自分たちの本丸を守るのは、自分たちだけなのだ。
 瞳に強い意思みなぎらせ、傍に控える長谷部からすばやく作業用手袋を受け取った審神者は、立ち上がる。
「さあ、いこう、みんな……!」
 奮い立つ彼女の背後で、刀剣男士たちが静かに頷いた。

「「「「「「俺たちの戦いはこれからだ!」」」」」

 この壮大な戦いに勝利するのは、人かミントか。
 それは、この地に呼び起こされた付喪神にすら、わかりえない。

「いや、皆様。歴史修正主義者と戦いましょうよ」
 こんのすけの至極まっとうな言葉をきいているものは、誰もいなかった。

 教訓:ミントを地植えしてはいけません