都会の夜は明るい。
密集するビル。ひしめきあう住宅。それらを繋ぐため、地上を縦横無尽に走る道を彩るようにともされた街灯が、道行く人の足元を照らしだしている。
ごう、と風が吹く。
肌を刺すような冷たさに、家路を急いでいた爆豪勝己は、眉間にことさら皺を寄せ、空を睨みつけた。
そこは真っ暗で、深い色をした天幕に瞬くはずの星は、ひとつもみえない。冬の厚い雲に向こうに、じっと息を潜めている。
とはいえ、地上がこれだけ明るければ、人の目は星の姿を捕らえられないだろうが。
ああ、寒い。
鼻先まで隠すように巻いた柔らかなマフラーの中で、勝己は小さく舌打ちをする。歩む足が一層速くなる。
今日は夜勤もなく、定時であがれるはずだった。そのあとにも、とくに予定はなかったし、本当なら当の昔に帰宅しているはずだった。
しかし、勝己が所属するヒーロー事務所の管轄内で、敵が大暴れ。その捕獲と事後処理に追われて、気づけばこんな時間になってしまった。
食事もおざなりにしか済ませていないし、帰りは遅くなったし、外は寒いし、勝己の機嫌は急降下する一方である。唯一の救いは、明日が休みであることだろう。
ひさかたぶりの休日をいかに充実したものにするか。身体を動かすのもいいだろう。買ったままになっている本を読むのもいいだろう。そういえば、新しいコートが欲しいといっていたから、あいつの買い物に付き合ってやるのもいい。
そんなことをぼんやり考えているうちに、マンションが立ち並ぶ区画にはいっていた。その中でも一等新しいタワーマンションへと、勝己は迷うことなく突き進んでいく。
最新式の監視カメラと、穏やかに微笑む守衛に守られた自動ドアをこえる。風除室の先にあるもう一枚の自動ドアが、ゆるやかに左右に開く。
エントランスに一歩踏み込んだ勝己は、自然とほっとした息を漏らす。
勝己は、エレベーターへ向かいながら、フロントへと視線を向ける。
二十四時間常駐しているコンシェルジュが、にこりと笑って頭をさげた。勝己の顔を、覚えているのだ。
勝己はそのまま何を言うでもなく、エレベーターの前に立つ。カードキーと取り出して所定の位置にかざすと、すぐ扉が開いた。乗り込んでカードキーを差し込めば、あとは自分の部屋がある階まで一直線だ。
ヒーローという仕事をする以上、セキュリティは重要だ。
逆恨みした敵がこないとも限らないし、頭のネジが吹っ飛んだ熱狂的なファンが押しかけてくる懸念だってある。監視カメラがあれば、ヒーローのスキャンダルをつけ狙うマスコミに、私生活を脅かされる心配もない。
ほどなくしてエレベーターが静かに止まる。目的の階へと導くように、音なく開いた扉の合間をすり抜けた。
綺麗に清掃された廊下をゆけば、すぐに我が家に続く扉がみえてくる。
手慣れた仕草でロックを解除し、扉をあけて―勝己は、眉を顰めた。
室内を、煌々と明かりが照らし出していたからである。
「あ?」
思わず低い声がでる。だがこれは、家主の自分がいないのに、どうして家に明かりがついているんだ、という訝しんだ意味ではない。
「先に寝てろって散々いったのにこれかよ……」
そう吐き捨てながら、靴を脱ぐ。
なんで俺の言ったことが守れねえんだと暴言を吐きながら、廊下の奥にあるリビングへと突入してやりたい。だが、今は深夜である。
勝己の爆破という個性の関係上、防音対策もしっかりしているマンションではあるが、苦情があっても面倒だ。
勝己は、努めて心を冷静に保ちつつ、足音を押さえてリビングへと向かう。
わずかな音をたてながら扉をあける。見回した室内には誰の姿もない。テレビの電源もはいっておらず、静かなものだ。
ダイニングテーブルの上には、今日の夕食だったのであろう食事が、ラップをかけておいてあった。
明かりをつけたまま、ベッドにいくとは考えられない。
耳を澄ます。すぅ、すぅ、と囁くような呼吸音。誘われるように、革張りのソファへと近づく。
背もたれ越しに、そうっと座面を覗き込む。
「クソが」
零れた言葉はいつものとおり。だが、口元が柔らかに孤を描いていくのを止められない。
そこにいたのは、勝己の幼馴染。腐れ縁、緑谷出久。そして、この家のもうひとりの家主でもある。
何の因果か、どういった奇跡の結果か、いまや恋人という位置におさまってしまった男。
一年ほど前、ここに共に住むことを決めたとき、家具とあわせて一緒に選んだクッションに、もさもさとした緑の髪に覆われた頭をあずけて眠っている。
腹の上には、ひろげられたヒーロー雑誌と、半纏から覗く力ない左手が乗せられている。柔らかな寝息とともに、スウェットに包まれた胸が上下する。
テーブルの上には、飲みかけのマグカップがひとつ。中身は子供味覚の抜けきらない出久らしいココア。残念だが、すっかり冷めていしまっているようだ。
どうやら勝己の帰宅を待っていたものの、眠気に勝てなかったらしい。
勝己はソファの周囲をぐるりと回り込み、ラグの上へと腰を下ろした。
安眠を貪る出久の顔を、間近で見つめることのできる場所である。
何の心配もなく憂いもなく、気持ち良さそうに眠っている出久の頬には、幼いころからそのままの雀斑。
丸い大きな瞳は瞼の下。それを縁どる睫は、長いわけでもない。
鼻筋だって、とおっているわけでもない。コシはあるが艶やかさが少々足りない癖の強い髪が、平凡な顔立ちを縁取っている。
薄く開いた口の端に、涎が光っている。その情けなさに、ため息がでる。
勝己は、プロのヒーローという仕事上、様々な人間と関わらなければならない。嫌なやつもいれば、好ましいやつもいる。
だが、出久ほど地味な者には、あまりお目にかかったことがない。いや、プロのヒーローとして活動している彼らは皆、いろんな意味で個性的なのだから当然か。
見た目だけではない。身も心も美しく魅力的な人物は、勝己の周囲にはたくさんいる。
勝己だって、傍から見ればそういったうちの一人だ。
同じ性質のものは惹かれやすく、集まりやすい。勝己の周囲には、幼い頃からそういったもので溢れていた。
「なんで、てめぇなんだか……」
それなのに、勝己が最終的に手元に置くことを選んだのは、道端の石ころという認識でいたこの男なのだ。
今でも疑問に思う。でも、後悔はしていない。ヒーローとして立つ出久の姿は、拗れた感情を抜きにしてみれば、なによりも輝いてみえるのだ。それは、勝己の目と心にひどく焼きついて、消えない痕ばかりを残していく。
「まあ、しゃあねえか」
何度も繰り返した言葉を独りごちながら、勝己は目を細めつつ出久の目蓋にそっと触れる。
出久は、ヒーローをしていなければ、ほんとうに地味な男だ。だが、いまとじられているこの瞳だけは、その中で唯一、認めてやってもいいと勝己は思っている。
その意思の強さで睨み付けられれば、形容しがたい何かが背筋を震わせる。一方、融け落ちてしまいそうだと思うくらいに泣かせれば、甘い飴のように煌くのだ。
さまざまな感情を緑の色に滲ませる様は、できるなら誰にもみせたくはないと思う。
まあひとまず、夜の色彩は勝己だけのものなので、満足はしているのだが。
前髪を撫でつけるようにして、十歳は若く見られる顔を、しげしげと眺める。
よく動く瞳が静かだと、やはり地味だ。手を離すと、癖のある髪が額を隠した。
次に、顔の横に落ちている右手が目に付いた。
ゆるくひらいたその手の隙間へと、勝己は指をすべりこませる。やんわりと握り締めるが、返ってくるものはない。
眠っているのだから当然だと思う反面、まるで無視をされたようで腹がたつ。鼻を鳴らして、手を離した。
その瞬間、ひどい寒さを感じた勝己は、すぐにまた、出久に触れた。
ごつごつしていて硬いのに、離し難いぬくもりをもつ、大きな手。
「子供体温……」
くくっと、勝己は喉の奥を震わせた。
しょうがないので、満足するまで勝手につき合わせてやろう。勝己は、出久の傷をひとつひとつ確かめるように指の腹でなぞっていく。
するすると辿るたび、思い出がひとつひとつ蘇るようだった。
一度撫でたところを確かめるようにもう一度撫でたり、やんわりと押してみたり。
夢中になるとまではいかないが、真剣に触っているうちに、むずむずと、出久の顔がわずかに動いた。
くすぐったいのを堪えているらしい。唇が、小刻みに動いている。ぴくぴくと、眉が連鎖反応を起こしている。
いくら深く眠っていたとしても、敏感な神経が集まる手に触れられれば、さすがに起きるようだ。
そのまま、目を覚ませばいいものを、頑なに目を瞑り続ける様子に悪戯心が沸いてくるのは、仕方がないことだろう。
ふぅん、と勝己は出久の視界が閉ざされたままであるのをいいことに、ひどくあくどい笑みを浮かべた。
背もたれに手をつく。出久を覆うように身をかぶせると、まずは戯れるように唇で鼻先に触れた。
続けて、頬に、目蓋に、そして額へ――それが正しい順序だといわんばかりに口づけていくと、ふ、と甘い息が出久の唇から漏れた。
視線を向ければ、誘うように赤い唇が開いている。
気をよくした勝己は、そこを塞ぐようなキスをした。
やわらかくあたたかなそこに触れていると、体に澱む疲れも、外の寒さも、仕事の苛立ちも。心のささくれさえも、包み込まれて消えていく気がする。
触れていただけの唇を、さらに強く押しつける。擦りあわせて、強引に開かせた隙間に舌先をさし入れた。
ひくっ、と出久の肩が震える。さすがにこれ以上は、狸寝入りで誤魔化せないだろう。諦めたか? と、出久の舌を探っていた勝己は顔をあげる。
そして、あやうく噴出しそうになるのをなんとか堪えた。
ぎゅっと顔に力を込めている出久の顔は、色気もなにもあったものではない。まるで、腹を空かせてむずがる赤子のようだ。
いい歳の成人男子がそんな顔をしても、不細工極まりないだけだ。
笑いを堪えて見つめていると、顔色が変わっていく。頬から伝染していくように、顔全体どころか、耳も首も赤くなっていく。
おそらく、深くキスをされるとは思っていなかったのだろう。
これくらいのこと、今まで数え切れないほどしてきたというのに、いつまでたっても初心である。
だが、それもまた―いとおしい。
勝己は、そんなことを思うくらい脳みそが沸いている自分を、腹を抱え指を指し、思う存分、笑ってやりたいと思った。実際、そんな間抜けなことはしないけれども。
自分に呆れつつ、しばらく出久を眺めていた勝己であったが、いっこうに目をあけないのでイライラしてきた。かといって、親切に起こすのも癪である。
出久がどうあっても、「僕は寝ています!」という姿勢を貫くのであれば、それもまたよし。
勝己はもう一度、出久へと覆いかぶさった。
出久の体が、大げさなほど震える。否、跳ねた。それでもまだ、目は閉じたままである。どれだけ頑張るのだろう。
根性みせてもらおうじゃねえか。勝己は内心で嘲笑いながら、出久の頭を抑えて唇を寄せていく。
なにをされるのか、わからないせいだろう。強く引き結ばれた出久の唇を、宥めるようにぺろりと舐める。
「ふ、ぅ……」
小さいけれど、ひどく甘ったるい鼻にかかった声が、勝己の下で鳴る。
もうギブアップか? と様子を伺うが、まだ、出久は起きようとしない。
ならば、と。勝己は、ぴったりと唇を重ねあわせる。さきほど足りなかった分を補うために、あらためて舌を差し入れ、出久の熱い口内を辿る。
くぐもった声に煽られながら、逃げようと引っ込む舌を追いかける。観念しろとばかりに、絡めて吸い上げた。
自然と、手が動く。与えられる快感に素直に反応して、スウェットの下でびくつく腹へと、手を突っ込む。
手のひらで撫で回したあと、そのまま下腹部へと指先を下げていく。その途中、ちょっとした好奇心で、臍をくるりと撫でてみた。
「うわっ!」
すると、出久が飛び起きた。我慢の限界だったらしい。
ちっ、と勝己は舌打ちをする。ここまで頑張ったなら、大人しく最後まで食われちまえばいいのにと思ったのだ。
「な、なにす、なにするんだよ!」
真っ赤な顔で、出久がどもりながら抗議してくる。
出久の手が、この不埒者めといわんばかりに、勝己の手をはたいた。生意気な。
「なにしようが俺の勝手だろうが」
ぐ、と再び体を近づける。しかし、出久は器用にソファの座面をずりあがって逃げていく。
「いいわけないだろ?! せめて僕の許可はいるだろ?!」
ぎゃんぎゃんと煩い出久の胸倉を、逃がさねえわ、とばかりに掴む。
そして、力任せに引き寄せる。態勢を崩した出久へと空いている手を伸ばして両頬を摘む。
「いひゃい!」
ぎゅっと顔の中央に力をこめて、むにゅっと唇を突き出す不細工な表情をみせる出久に、勝己は哂う。
「てめぇの許可なんざいるかよ、バーカ」
「!」
そうして、音をたて軽く唇に口付けてやれば、出久はますます赤くなり押し黙ってしまった。
何か言いたげにしながらも言葉にできず、浮かぶ涙で瞳を溺れさせながら、懸命に羞恥に耐えている。
こいつは馬鹿なのだろうかと、勝己は真顔で思う。
それが、勝己の中にあって出久にしか向かない嗜虐心を刺激するのだと、どうして学習しないのだろうか。
無意識のうちに、まるい頬から首へと下りかけた指を、寸でのところで押し留めた勝己は、出久を解放する。
これ以上やったら、本気で怒り出すかもしれないと思ったのだ。
それでもいいが、休日を有意義に使うためには、無用な争いは避けておくほうが大人というもの。
勝己は、出久の顔を覗き込む。
「遅くなるときには先に寝てろって、前にもいっただろうが。てめえは何しとんだ」
室内は暖かく保たれているとはいえ、季節は冬。半纏だけで掛布もなく、うたたねをしていれば、風邪をひく恐れもある。
その言葉に思うところがあったのか、出久が「あっ」と声を漏らして、肩を落とした。
「そ、それは、ごめん……。ちょっとだけ、待つつもりだったんだけど」
「寝落ちしてんじゃねーよ。疲れてるんなら大人しくベッドで寝ろ」
軽く握った拳で、出久の頭を軽く小突く。
「かっちゃん、痛いよ」
そう、わざとらしく訴える出久は、叩かれたところを手で抑えながらくすぐったそうに笑っている。
「つーことで、さっきのは俺のいうこときかなかった罰ってことでいいな」
これでチャラにしてやるわ、と、鼻を鳴らしてニヤリと笑えば、出久が顔色を変えた。
「いやでも、僕が途中で起きたの、かっちゃん気づいてたでしょ?! そ、それなのに、なんであんな……!」
許可なく好き勝手したことへの怒りが戻ってきたらしい。再び勢いを取り戻した出久へと、勝己は舌を出した。
「知るか」
「もおぉぉぉ!」
しれっと嘯けば、出久の右手が勝己の胸を何度も叩く。
怒りの波が引くまで好きにさせてようと黙っていれば、出久の手が力なく勝己の上着を掴んだ。
ぽそぽそと何かいっているが、よく聞き取れない。
「ンだよ、はっきり言いやがれ」
「だ、だから……! ね、寝ているときじゃなくて……」
勝己は眉をひそめながら、出久へと顔を近づける。
急に距離が縮まったせいか、出久が体を震わせ、目を見開く。そして、一度、深く息を吸い、ゆっくりと吐き出してから、いう。
「……起きてるときに、甘やかしてほしい、です……」
思わぬ言葉に、一瞬、勝己の呼吸が止まる。しかし、唾を飲み込み、喉を鳴らして意識をなんとか整えた。
「……何で敬語なんだよ」
思わずツッコミを入れた勝己の全身から、力が抜けていく。なんだ、その恥ずかしいお願いは。自分はそんなに、普段甘やかしていなかっただろうか?
だがまあ、それもまた、勝己の知ったことではない。勝己は、勝己のやりたいようにするだけだ。
するり、と出久の熟れ落ちそうな頬に手を滑らせる。ぎゅっと顔に力をいれて、出久が首をすくめた。
そのまま、おねだりに応えるよう顔を寄せたが、ふい、と出久が避けた。なんだこの野郎、と思ったが、彷徨う緑の視線に出久の限界にまで達した羞恥がみえた。
「お、お風呂の準備しよっか……あ、それとも何か軽く食べる?」
わたわたと話題を強引に変えた出久が、勝己の手から逃れてソファから降りようとする。
なに勝手なことしようとしてんだと、勝己は眉を潜め、腕を伸ばす。ソファの背もたれと自分の身体を使って、出久を囲い込んだ。
「デク、こっちにしろ」
勝己は、出久に向かって「あ」と口をあけた。
風呂でもなく、飯でもない。てめえを寄越せと視線をもって命じる。
そして、催促するように舌先をちらつかせれば、一向に熱のひかない赤ら顔の出久が、なんともいえない呻き声を漏らした。
僅かな間をおき、えいや、と顔を寄せてくる。
勢いありすぎだろと思ったキスは、それでもちゃんと、勝己に優しく触れてきた。及第点だ。しかし、その愛撫は相変わらずの下手くそさ。
こういうこところで、学習能力と細部にこだわる勤勉さを発揮すればいいのに。だが、自ら積極的に性的接触をするなど、出久にはハードルが高すぎるのだろう。
でも、その拙い動きに煽られるのだから、ほんとうにしょうがない。
もうこれ以上は無理なのか、艶っぽい息を吐いて出久が離れていく。
「で?」
「……?」
息を整える出久の濡れた唇を指先で拭いながら、勝己は首を傾けて笑う。それを見て、まだ何かあるだろうか、と出久が不思議そうな顔をする。
うーん、と悩んだのも一瞬のこと。出久は、「あっ」と声をあげて顔をあげる。
に、と勝己は口の端を持ち上げた。
ふわり、春の日溜りを思わせるように、出久が笑う。何の憂いを感じる隙も与えない、魅力的な笑顔だ。
地味だの不細工だの思うことはままあれど、この笑みに敵うものはない。
「おかえりなさい、かっちゃん」
そう言ってもらえることの尊さと喜びを、どういえば伝えられるだろう。
才能マンだのといわれてきたが、ひとつも言葉にならない。なんて無様なのだろうか。
だが、出久の前で、取り繕うようなことをする意味はない。そんなもの、当の昔にやめてしまった。
「……ただいま、俺のクソナード」
朴訥とした響きに勝己の万感の想いを感じ取ったのか、出久が微笑みながら身体の力を抜き、腕を広げた。
それをみていると、たまらなくなる。泣きたくなる。
勝己は、神に願ったことなどない。願いとは、自分の力で叶えるものだと思っているからだ。
でも、もしも、この世界のどこかに、ほんとうに人の願いにこたえるなにかがいるのなら。
どこまでいくのかわからない、この命の果て。死の先までも、どうかこいつと在れますように。
抱き寄せた出久と、こつりと額を触れ合わせ、勝己は柄にもなくそう願った。