この子どこの子可愛い子

 あふ、と小春日和の心地よさからくる眠気に、ディラスは小さなあくびを漏らした。
 少しずつ寒くなっていくこの季節に、こうした穏やかな日が続くとなんだかありがたい気持ちになる。
 さらさらと清らかな水の流れる水路に釣り糸をたらしているが、いつものように集中できない。
 これならどこか景色のよいところで、のんびりと寝転がっているほうがいいかもしれない。その傍らに、優しく笑う恋人がいてくれたらなおよい。
 思わず、湖のほとりあたりでフレイに膝枕をしてもらうところなどを想像してしまったディラスは、ぼっと顔を真っ赤に染めた。
 誰に咎められているわけでもないのに、ぶんぶんと頭を振る。ちょっとだけしてもらってみたいという願望が脳裏を掠めただけなのに、物凄く恥しい。
 フレイは膝枕を嫌だとは決していわないだろう。むしろ嬉々としてやってくれそうな気がする。が、しかし。膝枕をしてほしいなどとディラスには、口が裂けてもいえそうにない。

 まあ、なんだ……そ、そのうち、そのうち……!

 もっと時間を重ね、この心のうちを伝える勇気と自信が持てたときにはきっと、いおう。
 ささやかな未来の目標をたて、ディラスは竿をあやつる。水からあげた釣り針にひっかかった餌をかえるため、身を屈めようとしたとき。
「ディラスくん」
「!」
 真後ろから掛けられた声に、ディラスは毛を逆立てる勢いで飛び上がった。
 慌てて後ろを振り向けば、にこやかに笑うジョーンズがいた。町の子供やお年寄りにも大人気な彼がもつ、独特なその穏やかな空気に、こっそりと安堵の息をつく。
「な、なんだ、ジョーンズか……」
「驚かせてしまったようですね、すみません」
「いや……」
 ごにょ、とディラスは口ごもる。
 さっきの妄想がこっそり独り言として漏れ出していなかったことを確認するように、口元に手を当てて視線をさげる。
 と。
 綺麗に洗われた、今日の晴天によく映える白衣の陰――すなわちジョーンズの足元に隠れるように、なにかがいることに気づいた。
 いろいろと気が焦っていて、気配に気づけていなかったようだ。なんとなく、それは子供だろうとディラスの勘が告げる。
 とはいえ、皆に慕われるジョーンズのことだ。町を散歩しているときに、子供のひとりやふたり、くっついてきていても不思議ではない。
「これからもっと驚くことがありますが、どうぞ気を強く持ってくださいね」
「?」
 なんのことかと訊ねるまえに、ジョーンズがゆっくりとしゃがみこむ。
 ひょっこりと、その背の陰から現れた子供が、大きな目でディラスを見上げてくる。
 可愛いらしい女の子だ。フリルがあしらわれた品の良い服がよく似合っている。年のころは、ディラスには判別がつかないが、十歳にも満たないだろう。
 でもしかしなんというか――とても、フレイによく似ている、女の子だ。
「……」
「えへへ」
 じーっと無言のままみつめあうことになるかと思いきや、女の子はにっこりと笑った。ますます似ている。
 頭の左右でくくられた、やわらかな萌黄色の長い髪。ぱっちりとした大きな目の色も、よく知った緑色。自然に愛されたアースマイトらしい、春の芽吹きを思わせる色彩だ。
 この町で、この色をもつ存在を、ディラスは一人しか知らなかった。
 なんとなく、かつ、とてつもなく嫌な予感がして、ディラスはジョーンズへと視線をうつした。眼鏡の奥の瞳は、陽光が反射していてよくみえない。それが余計に不安を煽った。
 そっと小さな女の子の背を押し出したジョーンズが、言う。
「フレイさんです」
「んなわけあるか!」
 間髪いれず、ディラスは切り捨てた。
 フレイは自分からみれば小さな女の子だ。だがこんな幼女ではない。
 手も足もすんなりとして長い、自分と恋をしてもおかしくない年頃の少女である。
 断じて、こんな幼女ではない。
「それが、いろいろとありまして……とにかく、フレイさんです」
「からかってんのか?! いい加減に……!」
 しろ、と怒鳴る寸前。
「ディラス、ほんとだよ」
 二人のやりとりのあいまを通りぬけるように、凛とした意思のこもった声が名を呼んだ。
 えっ、と情けない声がディラスの口で微かに弾けて消える。
 だって、自分はまだこの子に名乗っていない。ジョーンズが教えたという可能性は否定できないが、それにしては呼びなれている感じがする。
 ディラスもまた、見知らぬものに名をを呼ばれた違和感がない。
 ぴたりと動きをとめたディラスのズボンを小さな手で掴み、くいくいと女の子がひっぱってくる。
「私、フレイなんだ。驚かせちゃってごめんね?」
 にっこりとした輝くような可憐な笑顔に、よく知るフレイのものが重なって見える。ぐ、とディラスは奥歯を噛みしめた。
「う、う、う……」
 ぶるぶるとディラスは全身を震わせる。
 だって、こんな現実、受け入れられるわけがない。本人がそうだといったところで、偽りを口にしている可能性がないわけではない。
 でもでも。混乱したディラスの中の、どこかが理解している。
 これは、フレイなのだ、と。
「う?」
 ディラスが意味のない言葉の続きを促すように、こてん、とフレイが首を傾ける。どうしようもなく愛らしい。そんな姿になっても、ディラスの胸を高鳴らせるのは、この世界中を探したってフレイしかいない。
「うそだろぉぉー!?!?!」
 それでも、どうしても、そういわずにはいられないディラス渾身の叫びが、セルフィアの片隅に轟いた。

 

 

「わー、おいしそう! いただきます!」
 本日、定休日であるはずのポコリーヌキッチンにとっても元気のよい幼い声が響いた。しかし口調はとてもしっかりしていて、なんだか不思議な感じがする。
「……」
 テーブルの上に、手ずから作ったオムライスを置いてはみたものの、料理をするために腕まくりをした上着を戻す気にもなれず。
 ディラスはよろよろと、喜色満面で遅い昼食を食べるフレイの向かい側の席に腰を下ろした。
 幸せそうな顔でオムライスをほおばるフレイは、何度みても小さな女の子だ。前、横、後ろ、斜め、上。ありとあらゆる角度からみても、小さな女の子だ。
 どうしてこうなった。
 思わずテーブルの上に突っ伏す。
 あのあと水路の傍らで説明を受けたところによると、ジョーンズの師匠が変わった薬を作ったからと、勝手に送りつけてきたので困っていたところに、フレイがやってきた。そこで、これをどうしたものかと相談していたところ、うっかり手が滑ってフレイが頭からその薬を被ってしまった。
 すると、みるみるうちにフレイの姿が小さくなり――幼い姿になってしまったというのである。ちなみに、服は現場を目撃していたドルチェがあつらえてくれたらしい。
 とても信じられるような内容ではない。だが、前にも似たようなことがあったらしく、ジョーンズとフレイは落ち着き払っていた。さすがに身体が小さくなった、というようなものではなかったらしいが。
 あげく、フレイが自分が確かにフレイであることを証明するため、ディラスに耳打ちしてきた内容が――ぼふ、とディラスは顔を真っ赤にした。
 内容を思い出しただけでも恥ずかしい。小さく幼い唇から、あんな、自分たちしか知らない二人だけのやりとりを聞かされたことは、ものすごい衝撃だった。
 ということはつまり、どうあってもディラスの目の前にいるのは、フレイなのである。
 ちらり、と顔をあげると、満足気に一息ついてお水を飲んでいたフレイが、ディラスの視線に気付いた。
「ありがとう、ディラス。とってもおいしいよ」
「そうか」
 ほにゃ、と無垢に笑われて、ついついディラスの頬も緩む。
「それにしても信じてくれてよかったよ」
 安堵が滲むその言葉に、うぐ、と押し黙る。忘れようと努めていたのに、また思い出してしまった。なんだか耳まで熱い。くしゃり、とディラスは自分の髪をかきまぜながら目をそらした。
「……そりゃ、あんなこと、いわれたらよ……」
「私も恥ずかしかったけど、わかってもらうにはてっとりばやいと思って」
「だー、もうその話はすんな! ……で、ちゃんと、もとに戻るんだよな?」
 これ以上話しているとどうになかってしまいそうで、話題を変えつつ肝心なところを確かめる。
 フレイは、困っているような、そうでもないような顔をして、首を捻る。
「うーん、この前の薬の効果はそんなに長くなかったし。今度もたぶん大丈夫じゃないかな?」
「お前、のんきだな」
 こんなに大騒ぎしている自分のほうがおかしいのかとさえ思ってしまう。否、おかしいのはこの現状、その落着きのほうだ。
 じっとりとした目を向けると、フレイが笑った。
「あはは、体に害があったわけじゃないしね」
「まあな」
 それは確かにと、ディラスは思わず頷いた。ジョーンズの師匠というだけあって、医者なのだろうから、毒など送りつけてくるはずもないだろうが、これがもっと別のなにかで、これ以上の事態になっていたと考えたら怖すぎる。
 そういえば。
「なあ、前の薬ってなんのことだ?」
 以前にも唐突に送りつけられてきたというが、その時の騒ぎは記憶にない。ということは、さほど問題になるようなものではなかったのだろう。
 しかし、小さなフレイの肩が、びくりと跳ねた。いつもは真っ直ぐに前をみつめる瞳が、右往左往している。
「えっ?! え、ええっとー……、その、ちょっとだけ、性格がなんていうか……、開放的? になるっていうか……解き放たれちゃうっていうか……」
「?」
 しどろもどろに説明してくれるが、ちょっと意味がわからない。眉を寄せたディラスに、フレイが小さな手を振った。
「いいの、いいの! あれは誰にも迷惑かけなかったから! 気にしないで! ちゃんと処理してもらったし!」
「あ、ああ、そうか」
 それ以上訊かれたくないのか、フレイが一心不乱にオムライスを食べ始める。その勢いに押され、ディラスはなにもいえなくなった。
 口いっぱいにオムライスをほおばる姿は、小動物の食事を眺めているようで、なんだか微笑ましい。
 はいりきらなかったのか、急に小さくなったせいでスプーンが扱いづらいのか、フレイの口元に米が一粒くっついている。
 くす、とディラスは笑うと、椅子から腰を浮かせ、指を伸ばした。
「なに?」
「ついてるぞ」
 不思議そうな顔をするフレイの口もとから、米粒をひとつ摘み上げる。その前に、ほんの少しだけ触れた白く丸い頬は、ひどく滑らかで弾力があった。
 大きなフレイだってそうだけれど、子供はもっと、なんというか瑞々しい。この世に生まれたことを全身で表現しているような、喜びに満ちている。
 子供っていうのは、すごいな――ぼんやりとそんなことを考えながら、ディラスは己の指先についた米粒を、何も考えずに口へと運んだ。
 すると、ぽっとフレイの丸い頬が色づいた。あ? と思ったら、恥ずかしそうに瞳を伏せられる。
 再び頭の上に疑問符を浮かべたディラスであったが、どうしてフレイがそんな仕草をしているのか、ようやく理解する。
「あ、いや……! これは、なんていうか、ついてたからであって……その、なんだ……」
 無意識でやってしまったとはいえ、口元にあった食べ物をとったあげく、自分の口に放り込むとか配慮が足りなかった――というか、なんだかとっても恥ずかしい。
 かああ、とディラスもフレイに負けず劣らず顔を真っ赤に染め上げた。すとん、と椅子に力なく座りなおす。
 そんなに暑い季節でないはずなのに、上着を脱ぎだしてしまいたいくらいに、身体が火照ってきた。
 肩を落とすように顔を伏せる。
 なんだこれ。
 小さな女の子と向かい合って座ったあげく、お互い顔を真っ赤にして俯きあっているとか、はたから見たら訝しく思われるに違いない。いや、相手は自分の恋人なんだけれども。それを知っているのはいまこの世界には数人だけだ。
 ああ、よかった、この食堂に誰もいなくて――それだけが救いであると胸を撫で下ろした瞬間。
「ほう、ディラスお前、幼女を愛でる趣味があったのか」
「ディラス、お前ってそんなヤツだったのカ……」
「!?!?」
 いつになく楽しげな声と、苦み走った声がきこえてきて、ディラスは椅子が後ろに倒れるような勢いで立ち上がった。
 顔を青くして振り返ったのは、食堂となりに位置するアーサーの貿易業の執務室へとつながる廊下だ。
 そこには、腕組みをして笑うレオンと、じっとりとした目を向けてくるダグがいた。こういってはなんだが、ディラスにしてみれば最悪な組み合わせである。まだ、アーサーとか、マーガレットとかのほうがマシだった。
「なん、なんだおまえら、いつから……?!」
「そうだな。お前がそこの子供の口元に手を伸ばして、米をとってやる少し前くらいからか?」
 一番みられたくなかったとこじゃねーか! と、ディラスの顔から血の気が引いた。
「つーか、なんでここにいるんだよ?!」
「俺はアーサーに翻訳した原稿を届けにきたんだが、あいにくと留守だった」
「オレはお前が頼んでた釣りの本がきたから、ばあさんに届けてやれっていわれたかラ」
 ああああ、と頭を抱えたい気分でディラスは二人を睨み付けるしかできない。
 しかし、二人ともディラスのそんな顔など見慣れているのか、怯えることもなくこちらへと向かってくる。
「可愛い子じゃないか、どこでナンパしてきたんだ、ん?」
「ナンパなんてしてねぇ!」
 にやにやにやにやと、これはいいネタを掴んだといわんばかりに笑うレオンに、ディラスは声を荒げて否定した。
「おー、美味そうなオムライスじゃねーカ。ディラスが作ってやるなんてナー」
「ひ、昼飯くってねぇっていうから!」
 それ以上の他意はないと主張したつもりであったが、二人は別な意味にとらえたらしい。
「ああ、やはり町のどこかでナンパして連れ込んだのか。なんてやつだ。フレイにいってやらないとな」
「おまえ、ロリコンってやつなのカ? 大丈夫だ、別にオレはなんとも思わねえから、気にするナ」
「その盛大な勘違いをやめろ!」
 両側に立った二人から、左右の肩に同時に手を置かれ、ディラスは拳を握りしめる。そのにやけた顔に苛立ちばかりが募っていく。
 絶対にわかっててやっていやがる!
 ふたりとも、からいたくてからいたくて仕方がないのだろうことがありありとわかる。ディラスが、何か言い返そうと口を開いたとき。
「もう、やめてください、二人とも!」
「「「!」」」
 ばしん、とテーブルを打ち鳴らす小気味いい音が、男三人の空気を打ち破った。
 みれば、小さな両手をテーブルについた格好のフレイが、きりりと表情をひきしめこちらを厳しい目つきでみつめていた。とはいえ、幼子の表情などたかがしれたものだ。むしろ可愛い。
 一瞬で三人の毒気をぬいたフレイは、椅子から降りると、ててて、と小走りに近寄ってきて、ディラスの足にぎゅっと抱きついた。
「ディラスはなんにも悪くないんです! 私がお腹すいたっていったら、ご飯作ってくれるっていってくれて……!」
 いやおいまて。
 ディラスは、ぎしり、と身体を硬直させた。
 その言い方ではまるで、ほんとうに自分が幼女を昼食でつってきたようではないか。
「それに、ディラスが好きなのは私なんですから! だから、そんな趣味――もぐぅ」
「やめろおおおおお!」
 ディラスは、思わずフレイの上半身をかがめて、フレイがこれ以上なにか口走らないようにと、口を手で覆った。
 もごもごと、まだなにか言いたいらしく、フレイはディラスに目で訴えかけているが、離せるわけがない。
 ぎぎぎ、と錆び切った蝶番がゆっくりと動くように、ディラスは顔をあげる。
 視線の先には押し黙ったレオンとダグがいる。
 その目が、なんというかとてつもなく泳いでいる。
 嘘からでた誠というか、からかっていたら実は本当だったというか、秘されるべきものを暴いてしまったことの後ろめたさというか、なにかそういうものを感じさせる。
 ぶるぶると、ディラスは震えだした。
 違うんだ誤解だといわなければならない。なのに、唇はわななくばかりで役に立たない。
 ごくり、と乾いた喉を濡らしたディラスの頭の中は、もう真っ白だった。汚れを知らない地上に降り積もったばかりの雪原のように真っ白だった。
「う、う……うわぁぁぁぁ!」
「!」
 ディラスは、フレイを抱き上げると一目散に駈け出した。
 逃げタ、というダグの呆然とした呟きを背に受けながら。

 

 

「もう、ディラスってばそんなに落ち込まないで。あとで私がちゃんと話しをして、二人の誤解を解くから、ね?」
「……」
 竜の湖まで、一陣の風となってセルフィアの町を駆け抜けてきたディラスは、柔らかな枯葉が積もったところで仰向けになっていた。ここしばらく晴天が続いていたおかげか、彼はふかふかとして優しくディラスを受け止めてくれている。
 しばらくはここから動けそうにもない。いくらフレイが小さくなっているとはいえ、人ひとりを抱え、ここまで全力疾走すれば体力を使い果たして当然だ。
 大きく上下する胸の奥にある心臓が、大きく速い鼓動を繰り返している。ひゅう、と喉の奥が呼吸に鳴いた。
「……っ、くっそ……! フレイ、はやく……もとに、もどってくれ……!」
 ロリコン呼ばわりされてはたまらない。思わず逃げ出してしまったものの、いろいろと対応を失敗した気がしてならないが、いまさら食堂に戻ることもできない。
「そうはいっても、こればかりは私がどうにも頑張れることじゃないよ」
 あははは、とフレイはディラスの横に座り込んで、笑う。
 小さな手が、すぐそこにある真っ赤に色づいて綺麗な葉を摘まむ。
 くるくると軸を回して弄びながら、幼い姿に似合わぬ悪戯っぽい表情で言う。
「でも、もしも元に戻れなかったら、レオンさんとダグがいってたとおりになるのかな?」
「勘弁、してくれ……」
 ぷう、とフレイが愛らしく頬を膨らませた。
「ディラスは、小さい私じゃ、いや? 嫌いになるの?」
「……」
 からかうようにいわれて、むう、とディラスは眉根を寄せた。
 ゆっくりと上半身を起こす。
 柔らかな陽の光なか、微笑みながらこちらをみているフレイは、やはりどこからどうみても幼い少女である。
 でも、この胸のせつなさや愛しさは、変わらない。
 片手をついて、空いたもう一方をのばす。ゆっくりと頬を撫で、顎まで指を滑らせる。
 ほんの少し力を込めただけで持ち上がる小さな顔。
 覆いかぶさるようにして傾けた顔を近づける。
「わ、ちょ……でぃら、す……!」
 何をされるのか予想できたのか、フレイがぎゅっと瞳を閉じた。
 長い睫が期待と不安に揺れている。
 ディラスはそのまま重ねたいと無意識に思っていた唇を真一文字に引き締めて、ゆっくりと身を退いた。
 ぺちり、と額をはたく。
「ひゃっ?!」
 フレイが小さな悲鳴をあげて身を竦めた。ゆっくりと呼吸を整えながら、額に手を当てたフレイの目を覗き込む。
「どんな姿だろうが、フレイはフレイだ。俺の気持ちは変わらない。だが――さすがに、ロリコン呼ばわりされたくない、から、その……」
 そっとフレイの頬に手を添える、ふっくらとした花びらのような唇を親指で撫でる。
 どこかぽうっとしたフレイに、囁く。
「はやく、もとにもどってくれ。はやく……フレイに触れたい」
「……うん。きっと大丈夫だから、少しだけ待っててね」
 今はこれで、というようにフレイがちゅとディラスの指に小さなキスを贈ってくれる。
 それがくすぐったくて、二人で顔を見合わせて笑う。
「えへへ、ディーラス」
 すると頬を薔薇色に染めたフレイが、ころりとディラスの横に転がった。
 そのまま甘えるように寄り添われて、ディラスはしょうがないなと、その小さな頭の枕になるように腕を伸ばした。
 ひらひらと風に揺れて落ちてくる紅葉の向こう、高く青い空が見える。ふわりふわり、流れていく鱗雲たちを眺めながら、とんでもないことになったけれど、まあこれはこれでいいか、とディラスは思う。
 フレイは小さかろうが大きかろうが変わらず可愛いし、自分も気持ちはフレイがどうなっても変わることがないとわかったし。
 フレイだってどんな事態になっても自分を慕ってくれてることに間違いないとわかったのだから。
 だから、まあ、少しぐらいの誤解ならいいだろう。どうせ、ジョーンズも加わればすぐにとけるようなものだ。
 ディラスは小さく笑いながら、フレイの肩を抱いて、ゆっくりと瞳を閉じた。
 そんな気持ち、明日には吹き飛ぶことになるなんて、思いもせずに。

 

 

 フレイが翌日、もとの姿に戻った頃には、セルフィアにディラスがロリコンであるという噂が隅々まで広まっていた。
 それはもう、事情を知っているジョーンズとフレイが懸命に説明しても、容易にはほどけないくらい固く雁字搦めな誤解となっていて――ディラスは、ひっそりと泣いた。