良い子のみんなは寝静まる夜。というか、良い子でなくても、たいていの人ならば自分のベッドで心地よい眠りに包まれていて然るべき時間帯である。
「よ、ノーラ」
「……ルッツ、なにしてんの……?」
すわ、物好きの泥棒でもやってきたかとも思ったというのに――と、ノーラはわずかに眉をひそめた。
護身用の激堅黒パンを片手に様子を伺いつつ開けた扉の向こうには、よく知った赤毛の冒険者が立っていたのだ。この反応は当然だろう。
ルッツの手にはカンテラがひとつ。芯が短くなっているのか、あまりいい油を使っていないからか、やや心もとないその明かりは、頼りなくあたりを照らしている。
ぼんやりと浮かび上がる光景が微妙に信じられなくて、ノーラは目をゆっくりと瞬かせる。
ルッツは、知り合った当初からずいぶんとたくましくなったその肩で、大きな男を支えている、ようだ。
見極めるように寝ぼけ眼を眇め、目を凝らす。
夜に溶け込んでいる黒い髪、黒いジャケット。
「……それ、ユカ?」
「おう」
己の恋人を「それ」呼ばわりするノーラに、ルッツが驚くこともなく頷く。普段からの扱いをみていれば、さして気にもならないのだろう。
「そういうことで、邪魔するぜー」
なにがそういうこと? と問いかける前に、ノーラを押しのけ、ルッツがユカを担いだまま工房へと押し入る。どうやら、家の中にはいるという意味で「お邪魔します」だったらしい。
そこに思い至らないあたり、どうやら自分はまだ夢と現を彷徨っていたようだ。この状態で激堅黒パンを投げつけなくてよかった。二人まとめて葬り去るところだった。はっとしつつ、寝巻きのポケットにパンを突っ込む。
「ちょ、ちょっと、いきなりなにっ……?! っていうか、お酒くさっ!」
風向きのせいでわからなかったが、近づけばわかるその強烈さに、ノーラは顔を歪めた。甘い果実酒程度なら嗜むが、ノーラは強い酒を好まない。
「さっきまで飲んでたからなー」
いきなりな展開に、ノーラが目を白黒させていることにかまうことなく、濃厚なアルコールの匂いを漂わせた男二人が、家兼工房へと侵入を果たした。
もうこうなっては仕方ない。肩にかけたショールを直しながら、ノーラは二人のあとに続いた。ケケやメロウが起き出してこないことを祈る。
玄関付近に常備してある自分のカンテラに、手早く明かりを灯す。光源が増えたことで、より一層、ルッツとユカ、そしてノーラの姿が鮮明に小さな家の中に浮かび上がる。
「飲んでたっていうわりには、ルッツは平気そうじゃない」
どうも意識のないらしいユカをあきれ混じりに見下ろして、ノーラは言う。
「まぁな、オレっていうよりユカの野郎がやたらと飲んでただけだし」
「だよね、ルッツってば、あたしと同じくらいしか飲めないもんね」
ふむ、とノーラが納得していると、ルッツが肩に回っていたユカの腕をはずしにかかる。
「ほっとけ! いまにビッグになったら、水みてえに飲んでやる!」
空いた手でぐっと拳を握りしめ、未来の己を思い描くルッツを、ノーラは覗き込む。
「それで、どうしてあたしのとこにきたのよ」
ああ、そういえば話してなかったな、という顔をしたルッツが言う。
「なんかよくわかんねーけど、ユカがやたらと上機嫌でさ。めずらしく誰かにおごってたりしててよー……んで、こんな時間まで飲んだくれたあげく、ノーラのとこに行くっていいだしてよ。ダビーさんが湖に落ちて溺れ死んだり、森で遭難されても面倒だから連れてけっていうもんだからさ」
「あ、あはは……」
そのときの酒場の光景が目に浮かぶようだ。
ユカと馬の合わないルッツは、最初は抵抗しただろう。だが、世話になっているダビーの頼みを断れるわけがない。結局、しぶしぶと男二人で夜道を歩いてきたに違いない。途中でユカが力尽きたので、肩に担いで引きずってきた――まあ、これまでの経緯はこんなところだろう。
だが、どうしてユカはこんな夜更けに自分のところへこようとしていたのだろう。さすがにそれはルッツにはわからないだろう。
むー、とノーラは口元に手をあてて考え込む。
ここ最近のユカは、ひじょうに付き合いが悪い。
採取の手伝いやイサルミィへの買出しに付き合ってほしいと頼んでも、すげなく断られ続けている。
そして、ユカからのふいうちに近いプロポーズを受けてから、いわゆる恋人と称される関係になっているものの、家にジャーキーをたかりにきたり、ダビーの頼みをこなしにきたりに――これまでと全くもって変わったところなどない。
まあ、たまには、その、いい雰囲気になって、キスのひとつやふたつ……いや、もう片手で足りないくらいはしているわけではあるけれど……。
それもここ数週間はご無沙汰である。 そこまで考えて、はっとする。
「……!」
ぷるぷると、ノーラはいつのまにか熱のあがった顔を冷ますように、頭を振る。
これじゃあまるで、あたしが甘えたいとか寂しいとか思ってるみたいじゃない……!
ありえないと心の中で繰り返しつつ、頬を両手で包み、はあ……と息を深くこぼす。
そうして考え込んでいたわずかな時間が命取り。
ノーラの真横を、何者かが駆け抜ける。
驚いて身を竦める。視界の端を、夕焼け色が掠めていった。
「え、ええ?!」
それは、ユカを置いて身軽になったルッツ。
これでもう用はないといわんばかりの笑顔で、手を振って家の扉から外へと飛び出していく。
「じゃーな、ノーラ! あとは頼んだぜ!」
「ちょっと、ルッツー!」
逃げた!
ぴゅう、とまさに風のようにノーラの家を飛び出していったルッツの背中に叫ぶものの、カンテラの灯りはすぐに木々の陰に紛れて消えた。
さすが冒険者。足が速い。自分もそれなりに実力があるとは思っているが、ふいをつかれたせいで対応できなかった。
「もー……」
かっくりと肩を落として、ノーラは夜風吹き込む扉をしめる。
そして、振り返ればそこに、床に無造作に転がされた大きな男が一人。
「これをあたしにどうしろっていうのよ」
そーっと近づく。
明かりを受けて、影の濃いユカの顔は、赤らんでいるうえに緩んでいる。どこからどうみても百歩どころか千歩譲っても、完璧な酔っ払い状態で、できれば近づきたくないくらいである。
だがしかし、家のどまんなかにこれは、ちょっと……。
朝起きたら、ケケがひっかかって転ぶかもしれない。おっちょこちょいなところがあるメロウもまた然り。
「しょうがないか……よいしょっと」
あたりを見回し、解決とはいかなくともそれなりに対処する方法を思いついたノーラは、カンテラをテーブルの上に置くと、腕まくりをしてユカに近づいた。
「ふんぬぅぅぅぅ……!」
そして、大きな身体の男を引きずるのも面倒なので。
ごろん。ごろん。
どうにかこうに、床の上を転がして、そのまま家の片隅で絶賛乾燥中の牧草の山へと向かう。
その道のりは果てしなく遠いように思えたが、どうにかこうにか、たどり着く。
なんとかユカの上半身をそこへと寄せ、ようやく息をついたノーラはうっすらと汗をかいていた。
ドラゴン相手に大立ち回りも余裕ではあるが、これとそれとは別なようだ。意識のない人間を運ぶのは難しいときいていたが、確かに。
「もう~、やれやれだよ……」
寒い季節でもないし、このまま放置しておいても死にはしまい。
もう知らないとばかりに背を向けたものの――
「……貸し一つなんだからね」
目が覚めたら、今度こそ採集に付き合ってもらおう。
ここしばらく、ぜんぜんこれっぽっちも一緒に行ってくれなかったのが、腹立たしいとか、悲しかったとか全然そんなんじゃないけれど、こき使ってやるんだから。
そう思いながら、ノーラは自分の寝床用のシーツを一枚タンスから引っ張りだすと、眠るユカにそっとかけてやる。
ユカは、なんだか幸せそうな顔をしている。
「いい夢でもみてるのかな」
ノーラだってわかっている。
すげなく誘いを断られたのも、最近まともに会話もなかったのも、彼なりに忙しかったからだ。鉱山跡などに頻繁にでかけているという噂はきいていたし。
つまり、理解はしているけれど、不満に思う部分があるということは、つまり。やはりちょっとだけ――自分は寂しかったのだろう。
少年のようにあどけなく、気持ちよさそうに眠るユカに、ノーラは眉をさげて小さく笑う。
「ほんともう、しょうがないんだから。……おやすみ、ユカ」
まるで母親のように囁いて、そっとユカの頬にかかった黒髪を払い、柔らかに唇を落として――ほんのりと頬を染めたノーラは、ケケが眠る自分のベッドへと足早に向かった。
霧の森で住んでいて、よかったなぁと思う瞬間はいくつもある。
採取に行きやすい立地であったり、森を駆け抜ける風が気持ちよかったり。そして、朝には小鳥たちの囀りで目覚めることができる。
そんなこんなで、昨晩は一騒動あったものの、気持ちよく朝を迎えたノーラは朝食を作っている。
ケケとメロウもすっかり起きだしており、今は湖に水を汲みに行っている。バケツをぶら下げ、童謡を歌いながら出かけていった彼らが帰ってくる前には、食卓をととのえなければ。今日はもう一人分必要なのだから。
鼻歌交じりにベーコンを焼き、次に卵の調理を――と思ったところで、家の片隅にある牧草の山が動いた。がさがさもさもさと音をたて、黒い塊が起き上がる。
「……じゃーきー?」
ぷ、とノーラは噴出した。起き掛け一番の言葉がそれとは、ユカらしい。
壁にかけてある塩漬け肉の匂いでもかぎつけたのか、それともベーコンの匂いにつられたのだろうか。
「おはよ、ユカ。気分はどう?」
フライパンを火からおろしたノーラは、傍らにあるコップに手を伸ばし、水差しから水を注ぐ。
「あー……のーら?」
近づくと、幼子のような口調でユカがノーラを呼ぶ。
「ユカ、牧草だらけだよ」
自分でそこへと放置したことは棚に上げ、ころころとノーラは笑った。
「んー……」
だが、ユカの反応は薄い。どうやら寝ぼけているらしい。肩まである髪のあちこちから、草がぴょこぴょこと飛び出しているのだが、いいのだろうか。
「ゆめ……じゃ、ねえのか……」
ぶつぶつと何か呟いているユカに近づく。
「はい、お水」
「おー……」
ユカが、差し出されたコップを受け取り、あおる。喉を上下させ、あっという間に飲み干し一息つくと、ユカの瞳にはいつもの光が戻ってきていた。
お酒に強いってうらやましい。
「とりあえず顔でも洗ってきたら?」
夜の頃より幾分かましになってはいるが、お酒の匂いはまだ漂ってくるし、髭も伸びてきている。さすがに髭剃りなどはないけれど、水で洗い、森の風にでもあたれば、すっきりするだろう。
「あー、あとでな」
そんなノーラの希望とは裏腹に、ユカは自分の上着のポケットを漁り始める。
これはだめだ。
ノーラは瞳を中ほどまで閉じて、唇を尖らせた。
こっちだったか……あれ、こっちか? などと、ぶつぶつ呟きながら何かを探すユカを見下ろし、空になったコップを手にとる。
ユカには、夜中に訪問して迷惑かけたという自覚がないようだ。
それに、何かを探したり調べ始めたりしたユカをとめることは、なかなかに難しい。
まともに相手をしていると埒が明かない。ひとまず朝食の用意を再開させようと、キッチンに戻った瞬間。
「お、あったあった!」
ユカの、楽しそうな嬉しそうな声が響いた。
「ノーラ! ちょっとこっちこいよ!」
「え~……」
「そう嫌そうな声だすなって!」
渋々と振り返れば、相変わらず干草の束に埋もれたまま、ユカが満面の笑みで手招きしている。
なにかたくらんでいる。
これはそういう顔である。
ノーラは警戒しつつ、ユカに近づいた。とはいっても、ユカの手が届かない位置である。
「もっとこっちこいって」
「……何にもしない?」
「いや、する」
「……」
きっぱりと言い切るユカに、ノーラは眩暈を覚えた。
その答えで、近づこうと思う者がいると考えているのだろうか。
だが、ユカの笑顔からは嫌な感じはしないし――それになにより、こうして二人きりで向き合って言葉を交わすのが久しぶりで、それがちょっと嬉しくて。ノーラは数歩前にでると、ユカの真正面に立った。
と。
するり、左手を何かが覆う。トレジャーハンターなんてやっているせいか、剣を振るうために厚くなったユカの皮膚が、ノーラの肌を押し包んでいる。
手を握られるなんて、珍しい。ちょうどいい位置にあるとかなんとかいって、人の頭を肘掛がわりにしたりすることはあるけれど、手を繋ぐというのはあまりない。どちらかというと抱きしめられた記憶しかない。
ぱちぱちと、思ってもみなかった状況に、ノーラは目を瞬かせる。
そして、おもむろにポケットからなにかとりだしたユカが、持ち上げたノーラ左手の薬指に触れる。冷たいものが、ノーラの指の上をすべり、その根元に収まる。
ゆっくりとユカの手が離れていく。瞬きをやめたノーラは、眼下の光景に見入った。
「なにこれ」
近くの窓から差し込む朝の光を浴びて、星よりも輝く銀色の物体。それ自体が、ほのかに白い光をはなっている。
それがなにかくらい、ノーラだって知っているが、どうしてそれが自分の指にはめられたのか、その理由がわからなかった。
「そうくるとおもったぜ」
はは、とユカが笑う。お見通しだ、といわんばかりに。
「ノーラがオレのもんっていう証明みてーなもんだ」
「……」
それはつまり。
「これって、婚約指輪?」
「そう堅苦しく考えるなよ。ま、似たようなモンかもしれねーがな」
ノーラは、ゆっくりと手を持ち上げる。
「集めた蒼輝岩から精錬したカウニス銀で作ってもらったんだぜ。デザインしたのはオレ様な。なかなかいいだろ」
よく見れば、指輪の表面に細かな模様が彫られている。星を図案化してあるようだ。導刻術師である自分をイメージしたのだろうか。
集めた銀で作ってもらったと、とユカは言った。つまり、これを作るだけの銀を、いずこかで調達してきたということだ。
「……ここ最近、採集に一緒にいってくれなかったのって、これのせい?」
「まあな。ノーラと違って、石探すのも一苦労だったぜ」
ノーラの問いへの応えは、へらりとしたユカの笑顔だ。
ふ、とため息をつく。
「バカじゃないの? うちにだって材料いっぱいあるのに」
様々なものを扱うノーラの工房には、それこそ日用品・食料品・雑貨のたぐいから鉱物・鉱石、それからつくられる金属だって豊富にある。
ノーラの現実的すぎる言葉に、さすがのユカも顔を歪めた。
「うわ、そういうこというか? 男心のわかんねーおこちゃまめ」
むう、と唇を尖らせる。
わからないわけじゃない。こうして、ノーラがユカのものであると主張したがるとは思ってなかったから、ちょっと驚いて――嬉しくて。ついつい憎まれ口を叩いただけだ。
そっちこそ、この女心をわかっていない。
じっとりとユカを見下ろし、ノーラは腕を組む。
「……酔い、さめてるんだよね?」
「おう」
そりゃもう、完璧にな。と付け加え、おどけたように肩をすくめるユカに、あきれるしかない。
正気で、本気で、この指輪を作り、渡したのだと、断言して憚らない。恥ずかしがってない。
そして、ノーラが「いや」と言わないとわかりきっている。不安がっているところなんてこれっぽっちもないのがその証拠。
「そんなに、あたしがいいの?」
傲岸不遜かと思うが、訊ねてみる。
「ノーラ以外は考えられねーな。そうじゃなきゃ、あんなこといわねぇよ」
その言葉に、結婚してくれと何気なくいわれたあの日のことを思い出す。
くしゃり、ノーラは意図して硬くしていた表情を崩した。もう限界だ。衝動が抑えられない。
「仕方ないわねー」
本当に仕方ない、仕方ない。けたけたと笑いながら、ノーラは頷く。
「ユカってば、あたしがいないとダメ人間に戻っちゃいそうだもんね」
ノーラは腕を組み、ふふん、と鼻を鳴らした。
「いいよ、見張っててあげる」
そんな恋人を眩しげに見つめる男が、口元を静かに緩める。
「一生か?」
「一生じゃなくてもいいの?」
間髪いれずに問い返せば、ユカが子供のように笑った。かなわねえな、と小さく聞こえたのは、観念したからだろうか。
するり、またノーラの手に、ユカの手が触れる。
「いんや、一生で。――できれば、その先も」
いつもと変わらない家の片隅、牧草を積み上げた場所、そこに座り込む男は酒の匂いを漂わせ、伸びた髭と髪に絡まる草をとろうともない。
遠い未来に思い出せば、きっと笑い話にしかならないようなこの状況。
でも、ノーラの胸はいっぱいだ。
材料を自ら集めてくれたことも、意匠を考えてくれたことも、出来上がったのが嬉しくて酒を飲んだことも、それでも自分の家へと来てくれたことも。
ぜんぶ、うれしい。
「無茶いうんだから」
ユカの言葉に、死んでからもという意味が含まれていることに、小さく笑う。なんだかたまらなくなって、子供じみた願いを口にした男の胸へ、ノーラは飛び込む。
広くて、体温と陽の光があいまって、とてもあたたかい。お酒の匂いもまだ残っているけれど、ユカのにおいがした。
「えへへ。これありがとね、ユカ! 大事にする!」
顔を傾けユカを見上げ、ノーラは銀の指輪を撫でながら、ようやく礼をいう。そして、満足そうな顔をしているユカの肩に、手を置く。
「ねえユカ、一緒にセイナケロいこう?」
「セイナケロ?」
あまり聞きなれない地名のためか、ユカが問い返してくる。うん、とノーラは頷くと同時に、そういえば言ったことがなかったかも、と思う。
「あたしの故郷。そこに住んでるおばあちゃんに会ってほしいの」
端的に、目的を口にすると、ユカがわずかに目を見開いた。
「おー、それって、娘さんを嫁にくださいとかいう、あれか。古来からの伝統儀式しにいけっつーことか?」
伝統儀式といえばそうかもしれないが、それは父にいう台詞だろう。それに、なんとユカには似合わない言葉か。
ノーラは、たはは、と眉を下げて笑った。
「儀式じゃないよ、それ……。そんなことしなくていいから、おばあちゃんにユカを紹介させて」
「へぇ。なんて紹介するんだ?」
つい気になったのか訊ねるユカに、ノーラは胸を張ってみせる。
「ええっとー、お酒が好きでジャーキーがそれよりもっと好きで、仕事はめったにしなくて、酒場に入り浸ってて店主に迷惑かけても気にしてなくて、見た目どおりに口が悪くて、態度も悪い人ですって」
「いいところがちっともねぇ!」
自信満々にユカを評したところ、どうやらお気に召さなかったようだ。突っかかってきそうなユカの頬に指先を滑らせ、文句を遮りながら微笑む。
「でもね、採取とか付き合ってくれるし、あたしにはできない鑑定ができる目利きで、なによりあたしのことが大好きだし、あたしも大好きだから――」
そうして、じっとユカの瞳をみつめる。
「この人と一緒に生きていきますって、いいたい、かな」
とはにかみながらも、自分の気持ちを言葉にすると、くすぐったくてたまらない。
でも、こちらから視線を外すのも癪だし、そうしたら負けたような気になりそうだし。恥ずかしさを堪え、ノーラは小さく首を傾げてみせる。こちらには余裕があると、思わせたかった。
しばらく表情を固めていたユカが、自分の頬にあるノーラの手をつかんだ。引きはがしながら、ゆっくりと息を吐く。
「……ノーラ。前から思ってたけど、おまえずるいわ」
「なっ……、わわっ……!」
一瞬、そのいいように抗議してやろうと思ったが、ユカがあまりにも切羽詰ったような、感極まったような顔をしているので――そして、どこかあまく切ない瞳をみせつけるように、顔を寄せてくるので。
ノーラは、頬を染めて慌てて目を閉じた。これくらいの空気は読めるようになった。それはユカの、おかげだ。
次の瞬間、覆いかぶさるように唇に触れた温かさのせいで、胸の甘い鼓動が一気に加速する。心臓が、まるで耳の近くに移動してきたようだ。
求められることに眩暈を感じつつ、うっすらと瞳を開いたら。視界が回転した。
「!?!??!」
「よっと」
ころり。ユカと入れ替わるように牧草に押し込められて、目を白黒させる。そして、ユカが当たり前のように圧し掛かってきて、ノーラは顔を真っ赤にした。
「ちょ、ちょっと……!」
「そうまでいわれて何もしねぇってのは男がすたるよなー。ってことで、遠慮なくいただくぜ」
へらへらとやにさがった顔でそういったユカが、ノーラの首へと顔をうずめた。
「うわわっ――きゃあっ?!」
いままでにない近さに反射的に首を竦めたところを、熱く湿ったものがかすめる。それがユカの舌先で、舐められたのだと理解した瞬間、ノーラの肌が粟立った。ぞわ、と何かが肌を這いずり回るような不思議な感じに、きゅっと瞳を閉じる。
「なにするのよー!」
「いでででっ! 髪ひっぱるな、ハゲるだろうが!」
無我夢中で掴んだのは、ユカの長い髪。情け容赦なく、力いっぱい引き上げると、ユカの悲鳴が家の中に響いた。しかし、それでもノーラを離さないあたりユカも必死なようだ。
「ばかばかっ! このままはげちゃえー!」
「つーか、いつまでおあずけなんだよ! いててて! ふざけんな!」
互いに譲らずじたばたと暴れているうちに、遠くからケケとメロウの、のんびりとした歌声が聞こえてきて――追い詰められたノーラ渾身の平手打ちとユカの悲鳴が、何も知らぬ二人を出迎えることとなるのであった。