がやがやと喧騒に包まれ、浮き足立つ街の中、ローアンの町長宅から我が家へ戻るティアの傍らを、レンポが首を傾げながら飛んでいく。
そんな様子を横目にみつつ、ティアは「ああ、もうそんな季節かぁ」と心の中で呟いた。
いつもより露店の数が増えた街。いつもより住人たちの顔が明るい街。せっせと準備に勤しむ彼らをみているだけで、ティアの心も躍りだすようだ。
「なあ、ティア」
「うん? どうしたの?」
不思議さが頂点に達したのか、レンポが目の前に回りこんでくる。ティアは大きな目を瞬かせながら、ゆっくりと足を止めた。
「なんか街の様子おかしくねぇか?」
ぐるりあたりを見回してそういうレンポに、同じようにあたりを見回したティアはいう。
「え? そう? いつもこんな感じだよ」
そう、この日はいつもこう。
一年のうちたった一度だけの、賑やかで華やかなる祭典のため、住人たちが力を合わせる。
なぜならば。
「だって、明日お祭りだもん」
ティアのその何気ない言葉に、ぴたりとレンポは固まる。
ぱちぱちと目を瞬かせたあと、ずいっとティアに迫る。
「祭りなのか!?」
ぱあっ、と輝いたレンポの顔を見返しながら、その勢いに押されるようにティアは頷いた。
「う、うん、毎年開催されるお祭りだよ」
「そうか! どおりでいつもと違うと思った!」
いやっほう、とあたりを飛び回るレンポに、しばらくぽかんとした後、ティアは笑った。
ティアはこの国に住んで長いから、とくに思うことはないけれど、預言書が現れてからこの街にいるレンポにとってはそうではない。
「そっか、レンポは初めてだもんね。それじゃ、様子が違うって思って当たり前だね」
くすくすと声を転がしながら、ティアはいう。
「明日はね、秋にむけて作物にたくさん実りがありますように、皆が病気になりませんように、皆で細工ロウソクを持ってお祈りするの」
ティアが子供の頃に大人から聞いた、その行事の意味を説明するも、レンポはそんなことはどうでもいいらしい。
「いやっほう、祭りだ祭りだー!」
まあ、住民たちも祈りは確かに捧げるけれど、それよりも騒ぎたい気持ちのほうが大きい。そして、満面の笑みではしゃぐそのさまは、街の片隅で明日を心待ちにしている子供たちと変わりない。
世界と契約を結んだ大精霊の無邪気さに、ティアは、口元を手で押さえた。噴出してしまったら、さすがにレンポに悪い。
それにしても。
「レンポ、お祭り好きなんだ?」
「おうよ! 賑やかでいいじゃねぇか!」
にぱ、と目を細め、口を大きく開けてレンポが笑いながら肯定する。
彼のもつ火の性質のせいか、もともと派手好きだからなのか。だが、とってもレンポらしいなとティアは思う。
「ふふ、じゃあ明日は一緒に回ろうね」
「おうっ!」
と、ティアはもうひとつ大切なことを思い出した。
「そうそう、花火もあるんだよ」
「ほんとか!」
これでもかというくらいに浮かれているレンポに、自然とティアも楽しくなってくる。やわらかに顔は自然と綻ぶ。
そういえば、去年もらったロウソク、どれくらい残ってたかなぁ。
「あ~! はやく明日になんねぇかな!」
「そうだね!」
祭り用の細工ロウソクのしまった場所を思い出しながら、ティアはレンポとともに、人々の活気に包まれたローアンの街を歩き出した。
「戦の憂いなき、平らかなる時のうち――カレイラの子たちよ、健やかにあれ。汝らに、大いなる実りあれ」
ぎらつく太陽もすでに落ち、夜の帳に星が瞬く時刻、厳かに城のテラスからゼノンバートの言葉が響く。その手の中にある、精緻な細工のロウソクが優しい光で揺らめく。
静寂に渡るその声とともに、住民たちは各々が手にしたロウソクの灯火に、ただ祈る。
街の中にある教会が、重ねるように深い鐘の音を風に乗せている。
ここにいないものたちも、それぞれの家や街角で同じように祈っているのだろう。
国の平和と、安寧と。そして、繁栄の礎たる作物の豊かさと。
実り豊かな畑の彫刻がなされた白いロウソクに、レンポの火をともしたティアもまた、そのことを心から願い、頭を垂れた。
そんな厳粛なひと時が過ぎれば、あとはもう、ただ人々が楽しむ祭りの時だ。
ロウソクの火を消して、城から公園へとやってくると、もうすでにそこは人々の熱気に溢れていた。
きらきらとした瞳であたりを見回し、レンポが両手を振り上げる。
「祭りだー!」
「もう、レンポってば……。大丈夫だよ、お祭りは逃げたりしないんだから」
「なあ、なあ! あれ何だ?」
ティアがそのあまりのはしゃぎっぷりに、眉を少し下げて笑っていると、レンポが指をさして問いかけてくる。
「んーと、あれはね」
それは去年もあったもの。今年もまた来たのかと思いつつ、あれは機械仕掛けの影絵の見世物だよ、と答えようとしたところで、レンポがティアの傍らから飛び出していく。
「おっ、あそこにも面白そうなもんがあるぜ!」
「ちょ、ちょっとレンポ!」
ころころと、次から次へと目新しいものに興味を示すレンポを、ティアは慌てて追いかけた。
ティアよりも、街の住民たちよりなお楽しげに、レンポがあっちこっちを覗き込む。
その度ごとに繰り出される質問に、わかれば答え、わからなければ一緒に首を捻り、二人はローアンの街を巡っていく。
異国の珍しい品などは、こっそりスキャンすることも忘れない。
と、人々のどよめきが聞こえてきて、ティアとレンポは顔を見合わせ、そちらへと近寄っていった。
半円状の人垣の奥が、その中心のようだ。
「なんだろうね、全然見えないよ」
「あー、なんかゲームしてるみてぇだが……けっ、アイツかよ」
人々の頭上へと浮かび、その先を見て苦虫を噛み潰したような顔をするレンポに、ますます何があるのか興味が湧く。
だが、ぴょこぴょこと飛び跳ねたところで、ティアには見えず。
仕方がないので、小柄なことを最大限生かして、人の中へと突っ込んでいった。
「すみません……、すみませーん、っとと……! あ、」
そうしてなんとかたどり着いたところにいたのは。
「お、ティアじゃねーか」
「レクス!」
ティアの親友であるレクスであった。
「やあ、ティア。こんばんは。お祭り楽しんでいるかい?」
「こんばんは、デュラン! うん、とっても楽しいよ」
その隣にいる道場の息子であるデュランへと、ティアは頷いた。
「えーっと……これ、ダーツ?」
少年二人と店を見比べて、ティアはそう零した。なぜか、店主はすでにどこか諦めたような顔をしているようだが。
「おう。まあ、見てろって」
そういって、にやりと笑ったレクスが、手にしたダーツをすっと構える。
一拍の後、その指先から放たれたダーツは、吸い込まれるようにして、的の中央に突き刺さった。
「ふわぁ……」
「お、なかなかやるじゃねえか」
ティアとレンポが感心している間に、五本のダーツすべてを素晴らしいコントールをみせて円形の的中央に突き刺したレクスが、ふふんと笑った。
観客たちから、歓声があがる。
「すごーい!」
「まあな。これくらい朝飯前ってもんだ」
得意げなレクスとは対照的に、店主はがっくりと肩を落とした。
「あー、もう、お客さんにはまいったよ! これじゃあ商売上がったりだ! もう勘弁してくれ!」
レクスが一度も外さずに高得点をたたき出し、今日の目玉である景品を片っ端からかっさらっていったのが不満らしい。
「はっはー、相手が悪かったな、おっさん。おい、ティアこれ持ってくれよ」
「うん」
デュランとティアにひとつずつ袋をもたせ、自分でもひとつ袋を抱えたレクスが、店から離れていく。
その後をレンポとともに追いかけながら、ティアは言う。
「すごいね、レクス!」
「うん、本当に。……ちょっと店のおじさんには申し訳ない感じがするけど」
「まーな!」
親友と幼馴染に褒められて悪い気はしないのか、レクスが得意げに笑った。
そして、あたりに目をやったあと、ティアから紙袋を受け取りながら口を開く。
「ところでティア、お前一人か?」
「オレ様がいるってーの!」
レクスの言葉に対し、間髪いれずに、くあっとレンポが吼える。
そのとおりだ。一人ではない。恋人であるレンポがいる。
だが、霊感の乏しい彼らには精霊であるレンポの姿はみえていない。だからそんなことを尋ねてきたのだろう。
ティアは、にこっと笑った。
「ううん、大好きな人と一緒だよ!」
その笑顔と言葉に、レクスとデュランが呆気にとられたように目を開いて、顔を見合わせた。
この二人だけじゃない、ローアンの人の誰にもわかってもらえなくとも、ティアの側にはレンポがいる。
人ではないがゆえに、人に知られることもないけれど、それでもこの心を通わせた存在は確かにここにいるのだから、ティアは迷うことなく答えられる。
「へっへー!」
す、と肩に降り立ち笑うレンポの、その柔らかな熱を愛おしむように頬を寄せる。
ちらり、その瞬間に走った火花に、レクスは何かを察したらしく、笑った。預言書の精霊の存在を、レクスは知っているからだろう。
「そうか、そいつはよかったな」
「え、でも……?」
だが、やはりデュランにはよくわからないらしく、ひたすら疑問符を頭に生やすような感じで首を捻っている。
そのとき。
ごぉん、とひとつ大きく鐘の音が響いた。それはとあるものの開始を知らせる合図。
「あ、もうこんな時間!」
慌てて顔をあげたティアは、身を翻す。
「え、ティア、どこにいくんだい? もうすぐ……」
「うん、花火あがるんでしょう? 特等席でみるつもりだから、もういくね。じゃあ、また!」
そういってティアは二人に微笑を残して駆け出した。ほんの少し振り返り、ひらひらと手を振る。
それに答えて手を上げたレクスとデュランを人ごみの向こうに紛れさせ、ティアは人のいない路地裏に滑り込むと、預言書を取り出した。
「おい、花火みるんじゃねーのかよ」
肩口からティアがページをめくっていくのを見下ろしながら、レンポがいう。
「うん、だから、一番よくみえるところにいこうと思って」
そう答え、ティアは目的のページをようやく開く。栞でも挟んでおけばよかったなぁと思っていると、そこを覗きこんだレンポが笑った。
「なるほどな、ここに飛ぶのか?」
「うん!」
「じゃあ、いくか!」
レンポがそういった瞬間。ティアの全身が、僅かな浮遊感に包まれ、あたりが一瞬暗くなる。
そして。
靴越しに、路地裏の石畳よりも滑らかに整えられた硬い感触が伝わる。さあっと吹いた冷たい風を頬に受け止めながら、ティアはゆっくりと目を開く。
「わぁ……!」
このローアンの街で一番高い建物――すなわち天空塔へとやってきたティアは、眼下に広がる、祭りの明かりに浮かび上がるローアンを見下ろして、歓声をあげた。
夜の闇を払いのけるように、あちこちに灯りが輝き。その中を、人々がまるでおもちゃの人形のように行き交い、祭りを楽しんでいるのが見える。
そして彼らも、いまやいまやと空を見上げている。
「おー、確かにここなら丁度いいな!」
「でしょう?」
レンポの言葉に、自分の考えもあながち悪くないものだと思いながら、ティアは視線を走らせる。
たとえカレイラの王族であっても、くることはかなわない場所。預言書をもつティアとレンポだからこそくることの可能な、特等席。
隕石の衝突で折れた部分もあるけれど、地上に一番近い階であっても高さは充分だった。
「えっと、花火があがるのは、あっちの方向だね」
打ち上げがされるのは、ジャッジメントリンクも開催されるこの街の競技場だ。
そうしてティアが東南を指差すと同時に、するすると天へと生き物のように光が上がった。
「お」
「あ」
その様子に、二人が思わず零した声を打ち消すように、お腹の底まで震わせる大きな音があたりに響き。
大輪の赤い花が、夜空に咲いた。
「おお、すっげぇ!」
視線を上げることも、下ろすこともなく観賞できる、夜空を次々と彩る花たちは、一瞬だけ開いては消えていく。星も月も霞むようなその光の宴は、儚いからこそ美しい。
ティアは、きゅうと目を細め、となりにいるレンポに笑いかけた。
「綺麗だねー!」
「おう!」
低く鈍く重なり合う打ち上げの音に負けないように、声を張り上げる。
「ちょっと、しゃべりづらいけどねー!」
「そうだなー!」
そういって、視線を絡ませ笑いあったあと、二人は視線を前に戻した。
「なー、ティアー!」
「なーにー!」
花火を見ながら、レンポが叫ぶ。同じように叫び返して、ティアはその続きを促す。
「さっきなー!」
「うん!」
さっき、というのはレクスたちとの会話のことだと、ティアはすぐに思い当たった。そのことを反芻すれば、かなり恥ずかしいことをいったような気がしないでもない。
「すっげえ嬉しかったぜー!」
「うんー!」
でも、こんな風にレンポは喜んでくれるとわかっていた。そして自分も、晴れ晴れとした気持ちだ。だから、あれでよかったのだ。悔いる気持ちは微塵も無い。
「好きだぜー! ティアー!」
「私も、レンポのこと大好きー!」
遠くまで響く深い音と光の洪水に包まれながら、二人はそんなことを競い合うように言い合う。
なんだか、とっても楽しい。こんなに楽しいお祭りは、はじめてだ。
そんな風に思うティアの肩を、いつの間にか大きく姿を変じたレンポが引き寄せる。
こっちをみろと、ぐいと顔を横へと向かせられ、ティアは思わず目を見開き。
そして微笑む。
視線の先にある、吊り上ったレンポ美しい瞳に、ちらちらと火花の光が落ちていく。その中央には、幸せそうに笑う自分の顔がある。
湧き上がるものを堪えることなど知らぬように、嬉しそうなその表情を隠さぬ炎の精霊に、ティアは微笑を絶やすことなく唇を寄せた。
夜空を震わせ咲く花は、はらりはらりと消えてしまうけれど。
だがここに大きく咲くものは、きっと。
いつまでも、色鮮やかに二人の心で揺れ続ける。
遙かなる未来の果て、あらゆるものの終わりがきても。
そんなことを考えながら、ティアはレンポと夏よりもなお熱い口付けを交わして、その腕を伸ばす。
そして、世界で一番大好きな存在を、決して離さぬように。
舞い踊る火花に照らされ包まれながら、レンポを強く抱きしめて――ティアは、もう一度「好き」と精一杯に声をあげた。