雪をも融かして

 カレイラの首都、ローアンに雪が降る。

「ふわぁ、すごい……」
「うげ」
 あれこれと買い物をして紙袋を抱えたティアが店の外に出ると、そこは町を静かに覆いつくそうとするように、雪が舞っていた。道の片隅には、すでにうっすらと積もり始めている。
 つい先ほどまで、降ってはいなかったというのに。重く垂れ込めるような濃い灰色の雲は、本格的な冬を運んできたようだ。
 空を見上げるティア頭上に浮かび上がっているレンポが、同じように天を仰いであからさまに嫌な顔をする。
「なんっだよ、これ! さみぃ!」
「レンポは寒がりだもんね。そうだ。預言書にもどったら、ちょっとは寒くないかもしれないよ?」
 そういって、預言書のはいっている鞄に視線を移したティアに対して、レンポはちょっと黙ったあと、ふいと横を向いた。
「いーや! オレは本には戻らねぇ。さっさと家に帰ろうぜ。ティアだって寒いだろ」
「――うん、そうだね」
 きょとんと目を瞬かせた後、ゆっくりと片手で乱れたマフラーをなおすティアの顔が、なんだかとても嬉しそうで。レンポはこんな最悪の天気にでくわしたくせに、といわんばかりの不思議そうな表情でティアを覗き込んだ。
「なに笑ってんだ?」
「えへへ、レンポって優しいなぁと思って」
 唐突なティアの言葉に、レンポはうっと呻いた。じんわりとその頬に赤みがさす。
「だって、今日は私たちのデートだから……だから、ずっと傍にいてくれるつもりなんでしょう? 本当は、とっても寒いのに」
 ティアの言葉に、かっとレンポは身を火照らせた。それにあわせたかのように、彼の周囲の気温があがる。枷がはずれて本来の力を発揮できるようになったせいか、舞っていた雪がその余波を受けて一瞬で雫へと姿を変えた。
「ばっ……! そっ……!」
 馬鹿と言おうとしたのか、そんなことはないと言おうとしたのか。
「…………おう」
 だけれど最後には、ティアの言葉が真実であると認めるように、レンポは小さく頷いた。
 その態度に、ティアはふわりと微笑む。
 家にたどり着くそのときまで、何が何でも傍にいるという彼の心遣いが、嬉しかった。
 レンポはその属性のとおり、とても真っ直ぐだ。そのくせ、ティアに対する彼の優しい行動や仕草を褒めるととたんに照れる。そんなところが、ティアにとっては可愛いくみえる。
 レンポの両手にあった枷が外れて、恋人になってくれといわれたのがつい昨日のことのように思い起こされる。ちょっとだけ押し黙って、そのあとにレンポが言ってくれた言葉を、きっと忘れることはない。
「いつもありがとう。今日も楽しかったよ?」
「へへへっ」
 レンポは得意げに目を細め、くるりと宙で一回転し、すいっとティアの傍によってくる。
 人間同士のように手をつないでデートしたりはできないけれど、恋人と一緒に買い物にいったりする時間はとても楽しい。こんな幸せを教えてくれたレンポに、ティアは愛しさが募っていく。
 きっと、すべてがはじまった陽だまりの丘で、一番最初に出会ったあのときに、ティアの心へレンポは火をつけていったのだ。本人も気付かぬようなそんな小さな恋の火種は、気付けばあっというまに心に燃え広がっていた。
 人が暖炉や焚き火の炎に安堵し、その存在と姿を尊く美しく思うように、ティアはこの恋を大切に抱いている。手放すことなど考えられない。
 ティアだけの炎の精霊は、あの頃よりもずっと熱く燃えるような眼差しで、開き直った顔で見上げてくる。さきほどの照れはもう昇華してしまったようだ。立ち直りがはやいのも、彼らしい。
「オレ様はティアの恋人だからな、当然だ! まあ、いいからいこうぜ! ほら、すっげぇ冷えてんじゃんか!」
 マフラーに添えたままであった指先に、レンポが指を重ねてくる。感覚が失われれつつあったティアの指先が痺れる。じんわりと伝わってくる熱に、ティアはほっと息をついた。
「レンポは、あったかいね」
 しみじみとそう呟くと、レンポは小さな手の平でいたわるようにティアの指先をなぞった。
「オレは炎の大精霊様だぞ? いつだって、ティアならあっためてやる。だから、オレの傍から離れるなよ」
「うん」
 マフラーに半ば顔をうずめ、鼻の頭を赤くしてティアは頷いた。その言葉と笑顔に満足したようにレンポが笑う。
 よいしょ、と荷物を抱えなおしてティアは歩き出す。
 レンポがティアの肩に腰掛ける。ぴったりと寄り添うようにして、ティアの肌を決して焼かない、うっとりするような柔らかさのぬくもりを与えてくれる。
 ティアは笑う。幸せのままに、彼女の恋人に語りかける。
「ねえ、レンポ」
「なんだ?」
「大好きだよ」
「おう! オレもティアが大好きだぞっ!」
 今度はきっぱりはっきりと、炎の精霊の気質そのままにレンポは声高に言った。

 そうして、きゃらきゃらと笑いあって、雪をも融かすほどの熱を撒き散らしつつ、二人は家路を急ぐのだった。