「ウル、そっちの飾りとってくれる?」
「この星型のものですね」
青年の姿をした精霊が、色鮮やかな飾り物で溢れた箱のなかから、ティアが望んだものをひょいと取り上げる。星の飾りはいくつかあるのに、的確に欲しいものをあてるウルに感心しつつ、それが互いの心が通じ合っている証のような気もして、ティアはにこりと微笑んだ。
「うん、そうそう!」
「はい、ティア。どうぞ」
にこりと笑ったウルの長い指先が、可愛らしい星を運んでくれる。礼をいいながら、銀色の小さなそれを受け取る。と、赤く丸いガラス製のオーナメントをぶら下げたレンポが、目の前に横切り空中で停止する。ティアは、その煌きに引き寄せられるように顔をあげる。
「ティア、これはどこにつけるんだ?」
「あ、それは上のほうにお願いできる?」
「おう!」
了承の言葉を短く返し、レンポはそのまま上へと勢いよく飛んでいく。
「ティアー、モミの木の大きさ、このくらいで本当にいいの? もうちょっと大きくできるよ?」
少し離れたところから、その大きさを確かめていたミエリが小さく首を傾げながら言う。
「ふふ、これくらいで丁度いいよ。ありがとう」
これ以上大きくては、ティアの手が届かない。いまでさえ、先端付近はウルやレンポにお願いしているのだ。さらに枝葉を広げられては、行き来するのも大変になる。だから、これで充分。
だが、大きなほうがいいのではないだろうかというミエリの心遣いは、嬉しい。ティアは、笑い声を転がした。
「ティア……、これも、綺麗」
しゃらりと音を響かせながら、ネアキが青白い飾りがいくつも連なったものをティアに差し出す。どれどれと、その小さなひとつを手にとって、ティアは顔を輝かせた。
「あ、すごい。雪の結晶の形してるね! こんなのあったんだ……!」
「うん……。こっちにつける、ね」
見つけたことが嬉しいのか、ティアが嬉しそうな顔をしたのがよかったのか。ネアキがほんのり頬を染めて頷く。
「うん、お願いね」
わいわい、とそんな会話を交わしながら、ティアは家族である精霊たちと手分けをしながらモミの木を飾り付けていく。
いつもなら、こんなことはしないというか、金銭的にそんな余裕はなかったのだけれど、今回は違う。ミスティックジュエルの換金をしてくれる某双子の商人から、おまけとしてモミの苗木をもらえたのだ。ティアの膝ぐらいまでしかない大きさであったが、そこはそれ。森を司る精霊の力で、いまやティアよりも大きく成長している。
あとは、両親が健在であった頃に使っていたオーナメントを、好きなように飾り付ければいいだけ。古びた木箱にいれられたまま、ここ数年は出番がなかった。ティアが覚えているものも、そうでないものも。それらはまるで、今日のこの日を喜んでいるよう輝いている。
そして。
「できたー!」
諸手をあげて、ティアは終了の声をあげた。
「お疲れ様でした、ティア」
「みんなもお疲れ様、ありがとう!」
ウルの言葉に応え、精霊たちの顔を見回してティアは微笑む。
「うん、とっても可愛いらしくできたね!」
「……うん」
ミエリとネアキが、「ねー」と小首をかしげて笑いあう。
「えへへー。なんだか、これがあるだけですごくクリスマスらしくなったよ」
「そうですね」
皆での力作を見上げ、次いでウルに視線を移すと、美しいオッドアイが柔らかに細くなる。恋人のそんな穏やかな眼差しが、ティアの心を暖かくした。
「なあ、ティア。これは、使わねーのか?」
小箱の中を指差し、レンポがいう。
まだ何かあったかな? と、ティアは覗き込む。そして、一瞬だけ目を丸くする。こみ上げてくる懐かしさに淡く微笑み、首を振った。
「うん……。それは、いいの」
「なんでだよ」
そういいながらレンポが持ち上げたのは、大きな赤い靴下。古びているけれど、作った者の心が伝わるような、丁寧な編み目。受け取って、慈しむように撫でる。
「だって、サンタクロースは、こないから」
そんな言葉に、精霊たちが顔を見合わせる。四人が視線を絡ませて、そしてティアに向き直って一斉にしゃべりだす。
「なぜですか?」
世界に選ばれるほど清らかな心を持つティアの元に、こないはずないといわんばかりのウル。
「ティアなら、来てくれるよ!」
「……うん、絶対にくる」
ぐ、と胸元で拳を握り締めてミエリがそういえば、隣のネアキがこくこくと頷く。
「よくわかんねーけど、なんかもらえるんだろ? とりあえず下げとけばいいじゃねぇか」
なぜしようとしないのか不思議だといわんばかりの顔で、あっけらかんとレンポがいう。
「あはは……」
ティアは、ほんの少し眉をさげた。
昨夜、飾りつけの手伝いをお願いしたとき、クリスマスの由来や行事等を話したのだが、そういえばサンタクロースについては「いい子のところに、お菓子をもってきてくれる」と、大雑把に伝えただけで詳しくはしていなかった。
「えっとね、そういうプレゼントって、ほんとうはお父さんが入れてくれるんだよ」
「え……。そう、なのですか? ですが、書物で読んだ限りでは、サンタクロースなる聖人が、ソリに乗ってやってくると……」
ティアも、そういっていたはずでは? と、ウルが首を傾げる。ティアは、申し訳ない気持ちを抱えながら、小さく笑った。
「うん。昔はそうだったのかもしれないけど……。だってほら、お父さんとかお母さんが一番よくわかっているでしょう? その子がどんなにいい子だったかって」
だからきっと、一年間のご褒美とたくさんの愛を込めて、親たちはクリスマスプレゼントを用意する。そしてサンタクロースの名を借りて、夢を添えて贈るのだ。いつか、その正体がわかるときがきても、それが素敵な思い出となるように、願いながら。
でも、ティアはもう、そんなことをしてくれる人はいない。
「ティア……」
ウルが、そっと瞳を伏せる。そのことにようやく思い当たったのか、はっとした他の精霊たちが、なんともいえない顔で沈黙する。
心優しい精霊たちだと、ティアはつくづく思う。だからティアは、そんな空気を吹き飛ばすように、にこりと笑う。
「うん、でも……そうだね。やっぱり、ここにさげておくことにするね! せっかくだもん!」
そういいながら、ティアは暖炉へと、それをひっかけた。
だってこれは、お母さんが小さい私のお願いで、作ってくれたもの。お父さんが、お菓子をいれてくれたもの。そんな優しい思い出が、詰まっているもの。
そこに、こんなにも素敵な家族と恋しい人ができたのだという記憶を、そんな彼らとクリスマスを過ごしたという事実を、新たにティアが加えればいい。
振り返ってティアはいう。
「さて、と……。じゃあ、ご馳走作ろうか! 皆、手伝ってくれる?」
美味しいご飯を食べて、皆で楽しんで。そして教会の礼拝にも参加して――暖かなクリスマスを、共に過ごそう。
「ええ、もちろんです」
ティアの明るい声と台詞に応え、ウルが微笑を浮かべながら近づいてくる。そのままティアの肩を抱いて、ウルは仲間たちに振り返る。ティアもそれにあわせて視線を送ると、他の精霊たちも当然だというように、満面の笑みで頷いてくれた。
「ありがとう!」
そして、ウルに肩を抱かれたまま、ティアは台所に向かう。料理の材料は揃え済み。あとは、美味しく作り上げるだけ。
ぎゅっと握りこぶしを作って、気合をいれて。ティアは近くにあったジャガイモへと手を伸ばした。
そして、大切な家族とのクリスマスの夜は更けて――翌朝――
珍しく夜更かしをしたティアは、くるまった毛布に頬をすりよせた。
「う、さむぃ……ねむぃ……」
いつもならすっきり目覚めるところだが、ぐずぐずとしてしまう。それでもなんとか、ティアは重いまぶたを持ち上げつつ、寝床から抜け出した。んー、とひとつ伸びをする。
それもこれも、レンポがカードゲームに熱中しすぎるからだ。ポーカーフェイスとは無縁なレンポに、駆け引きのゲームは向かないというのに。負けず嫌いなものだから、延々とプレイし続けることになってしまった。
結局最後はティアが眠気に勝てず、お開きとなった。横抱きでベッドへつれてきてくれたウルが、額に口付けてくれた感覚を覚えている。
ああ、とっても、とっても楽しいクリスマスだった。
思い出し笑いをしながら、ティアは身支度をするべく動き出す。まずは顔を洗って、まだ纏わりついている眠気を吹き飛ばそう。それから着替えて――そんなことを考えながら、足を踏み出そうとした次の瞬間。
視界の端で、もぞりと何かが動いた。びくり、ティアは肩を震わせる。
家で、今動いているのは自分だけのはず。わかっているからこそ、何がいるのかと慌ててしまう。視線を、それにあわせる。
暖炉近辺で確かに何かが動いた。じっとみつめてみるが、景色になんら変わりはないように思える。
が。
ぶら下げられた、赤い毛糸で編まれた大きな靴下。それが、少しだけ膨らんでいる……ような?
「まさか……?」
ティアは目を逸らさぬまま、そーっと近づく。ごくりと喉を鳴らして、恐る恐る靴下の中を覗き込む。
そして、ティアは固まった。
暖そこに、赤いリボンをつけたウルがはいっているように見えるのは――気のせい、だろうか?
「え……っとぉ……」
見間違えかと、思わず目をこする。しかし、もう一度あけた視界にうつるのは、やはり赤いリボンに巻かれたウルだった。
「おはようございます、ティア」
「おはよう……」
いつものように礼儀正しく、いつものように挨拶されて。ティアはついついそう返した。
思わず頭を抱えたい衝動に駆られたティアの目の前で、ウルが靴下から這い出してくる。
やはり、リボンがそのしなやかな体全体に巻かれている。なんかだかとってもシュール。
「……」
二の句が告げないまま、ティアは呆然とウルをみつめた。
「ええっと、その……」
のろのろと視線を彷徨わせる。どこをみたらいいのかわからない。
「どうかしましたか、ティア?」
どうかしたのはそっちのほうだと思う。
そんな言葉は、ごくりと飲み込み、ティアはもう一度それをみつめる。
綺麗な淡い金色の髪に、きゅっと結ばれたもの。
「……リボン」
思わず、ティアは目視したものを言葉にした。
預言書に取り込んで以来、作りっぱなしになっていた、頭用の装備品のようだ。
「ああ、これですか。ミエリに結んでもらったのです。髪が短くてやりづらいといわれましたが、なんとかなりました」
そこまでして何がしたいのだろう。にこにこと、とてもいい笑顔を浮かべるウルに、ティアは本気で頭を抱えたくなった。
預言書の精霊らしく膨大な知識を蓄え、思慮深く、見目も人間離れした美しさ。ほぼ完璧といっていい存在であるけれど、たまにティアの考えの及ばぬ行為をウルはしでかす。しかも、先ほどの発言をかんがみるに、今回は他の精霊も一枚噛んでいるようだ。
靴下に入り込み、そんな風にリボンを身につけて。それに一体どんな意味があるのか。
いきなりおしゃれに目覚めたとか、そういう類のものではないはず。それとも女装願望でもあったのだろうか。いやいや。ティアは混乱のきわみに陥った。
うーんうーん、とティアが小さく唸っていると、ウルが顔を覗き込んでくる。呼ばれたような気がして、ティアはウルと視線をあわせた。
しゅん、と意気消沈したようにウルが肩を落とした。
「やはり、プレゼントは私などでは駄目でしたでしょうか?」
ああー……、プレゼントのつもり、だったんだ。
「そ、そんなことないよ!?」
ティアは、滅多にみることのないそんなウルの様子に慌てて、大きく手を振った。
ただちょっとびっくりしただけで。まだ夢の中にいるのかと思っただけで。
喉元まででかかった言葉を、ティアは飲み込む。
「えっとー……とりあえず、どうしてこうなったの……?」
ティアのもっともな問い掛けに、ウルは小さく頷いた。
「サンタクロースのお菓子がわりに、というのもありますが。もともとクリスマスには、親しいものや家族、そして恋人たちが、互いに愛をこめて贈り物をするのでしょう?」
それは確かにそのとおり。だから、ティアは昨日、みんなの好きな料理のために腕を振るったのだ。
「ですが、私はティアに差し上げられるものが――何も、ありませんから」
寂しそうな、悲しそうな色が声に滲む。抑えているのか、それはほんの僅かだけれど、ティアには充分に伝わる。
そもそも、人間であるティアとは違い、精霊たちは何かを所有する、ということがない。世界の礎たる預言書と繋がっているせいか、そういう意識も薄い。その必要もないのだから、当然といえば当然だ。
だがそれを、いまのウルはとても口惜しいと思っているらしい。
「物品に思いを込めて渡す、ということができないならば、せめて気持ちを行動で示そうと。そう、思ったのです」
ですから。昨晩、ティアが寝静まってからミエリたちに相談して、こうなりました――そう、ウルは悪戯っぽく笑った。
「どうですか、少しは驚いていただけましたか? こういうときには意外性が大切だと、ミエリに力説されたので、こうしてみたのですが」
確かに、充分に驚いた。
「うん、びっくりした……」
御伽噺のサンタクロースが、もしかしたら本当に来てくれたのかと、思った。
だが、どうやらもっと素敵なサンタクロースが三人、日々の行いを見守ってくれていたらしい。
ふふ、とティアは笑う。顔が綻んでいく。とまらない。
だって、おかしくて、うれしくて、たのしくて――伝わる心が、あたたかくて。
「ティア」
精一杯の思いを込めたような優しい声で、ウルが名を呼ぶ。
「もうすでに、私は貴女のものですが――改めて、私とこの想いを、受け取って下さいませんか?」
す、とウルは手を胸に押しあてる。ちょうど人間でいうところの、心臓の上に添えられたその手首には、ご丁寧に赤いリボンがもうひとつ。
ティアは、さらに口元に手を当てて軽やかに笑った。
ウルの瞳を覗き込む。自分への愛情に溢れた、その色の美しさといったら。この世で一番きれいだ。
むずむずと、くすぐったさが足元から這い上がる。胸の奥、心臓の鼓動がひとつなるたび、愛おしさが込み上げる。
「ウル」
ティアは小さなその手に、ウルを招きよせる。ふわり、そこに降り立ったウルに微笑みかける。
そっと小さな恋人に、唇を寄せる。
ウルが、そっとティアの頬に手をついて、それに応えようとする。
「ありがとう。ずーっとずっと……大切にするからね」
あなたも、この想いも。こうしてくれた日のこと。与えてくれた精霊たちのこと――素敵な思い出として、大切にしていこう。
そうして次の世界でも。こんな日が、価値あるものとして生まれてくれますよう。
触れるだけの口付けを交わし、閉じた瞼がつくる闇の中、そんなことを願う。
そしてゆっくりと、滲む涙に潤んだ視界をティアは開く。
そこに、端整な顔がある。小さな精霊ではなく。青年の姿をとった、ウルがいた。
「っ、」
その近さに思わず、手を引っ込めながら息を飲む。恋人同士とはいえ、やはり至近距離で見つめられるのは、恥ずかしい。
蕩けそうなほどの甘さと、火照るような熱さをもつ瞳に射竦められたと思った瞬間、体全体を浮遊感が襲った。
「さ、ということで今日は二人だけで過ごしましょうね、ティア」
「へ?」
ひょい、と抱き上げられて、ティアは目を瞬かせた。
「大丈夫です。絶対に邪魔は入りませんから」
「え、え?」
うきうきと、上機嫌さが如実に滲む口調でそういいながら、ウルが寝台へと向かう。
どうやら、それも三人のサンタクロースからの贈り物。ということらしい。
いつの間にか大きくなっていたウルを見上げ、ティアは事態を察した。
「ちょ、ちょっとウルってば!」
身を捩ってみるももの、ティアは知っている。がっちりとまわされた腕が、少女の細腕でどうにかなったことは一度もないということを。それはつまり、逃げられないということだ。
幸せに微笑めばいいのか、冷や汗をかいて焦ればいいのか。
「昨夜は遅かったのですから、まだ眠いのではありませんか? だからもうすこし、ゆっくりしましょう。ね、ティア?」
まだ一人分の熱が残る寝台へと押し倒すようにして戻したウルが、そんなことをいう。いつもの折り目正しく、規律を守ろうとする雷の大精霊はそこにはいない。
リボンに彩られた、ティアのためだけのプレゼントが、そこにあるだけ。
だが、目を白黒させることしかできないティアにも、ひとつだけわかる。
この衝撃的な一日の始まりも、こうして二人で二度寝に耽るのも。きっと遠い時間の向こうでは、尊い思い出となるだろうということだ。
「もう、しょうがないんだから……」
ティアは、笑いだしそうな、泣きだしそうな、そんな不思議な表情を真っ赤に色づいた顔に浮かべた。
そんなティアを満足げに見下ろして、愛情を一つ残さず表すように微笑んだウルが、そっと身を寄せてくる。
「大好きですよ、ティア」
その言葉と、おやすみのキスよりもっと熱の篭った額への口付けに応えるように。
ティアは愛しい精霊へと、縋りついた。