ほかほかと湯気をくゆらせる飲み物を二つ手にして、ティアはそーっと廊下を歩く。零さないように、零さないように、気をつける。
いましがた抜け出してきた背後の食堂からは、いくつもの明るい歓声が聞こえてくる。手作りの飾りの彩りと、はしゃぐ子供たちを思い出しつつ、ティアは外へと続く大きな扉に近づいていく。ほんの少し開いた隙間から、そっと様子を伺う。
そこには、しずしずと風のない夜に降る雪を背景に、伸びをしている赤い後姿。
やっぱりここだった。にこ、とティアは笑った。
「デュラン、お疲れ様」
「ああ、ティア。そっちも、お疲れ様」
身体で扉を押し開けながら声をかけると、デュランが振り返って微笑んだ。両手がふさがっているティアをみて、さっと手を貸してくれる。 そんなデュランは、赤い服、赤い帽子の、いわゆるサンタクロースの格好に扮している。手にしたカップを差し出す。ありがとう、という言葉とともにそれは受け取られた。
冷めないうちにどうぞ、というティアの言葉に従うように、デュランがそれを口にする。ティアも同じように胃へと熱いココアを流して、一息ついた。
肩を並べてたつデュランに、ふふ、と笑う
「デュラン、とっても似合ってるよ。そのサンタクロースの格好」
「そうかなー……」
デュランは、さきほどこの格好で登場したとき、子供たちにいっせいに襲い掛かられたことを思い出したのか、なんともいえない顔をした。 その表情が、またティアの笑いを誘う。
最初はつけられていた髭も、子供たちにむしりとられて「やっぱりデュランだ!」を連呼されたのだから、仕方ないかもしれない。
ひょい、と肩をすくめてデュラン小さく頭を振った。
「僕に父さんみたいな迫力があれば、また違ったんだろうけど……」
ふと、ティアはグスタフがサンタクロースの格好をしているところを想像してみた。
子どもがイメージする恰幅の良いサンタクロースとはまた別な意味で、がっしりとした身体のサンタクロース。ふははは、と豪快に笑うサンタクロース。
みたいようなみたくないような。
「ええっとー……グ、グスタフ師匠のサンタクロースだと、子供たち泣いちゃうんじゃないかなぁ……」
そんな自分の考えを払いつつ、デュランにそういうと。同じことを考えたのか、デュランも微妙な微笑みを浮かべて頷いた。
「それもそうだね」
あはは、と乾いた笑いがあたりに響いた。
「でも、ホワイトクリスマスにもなったし、子供たちも楽しそうだし……よかったねぇ」
ココアを飲みつつ、しみじみとティアはいう。
「うん。きっと神様からの贈り物だね」
「うん」
「ティア、今日は一緒に参加してくれて、ほんとうにありがとう」
「ううん、こっちこそ連れてきてくれてありがとう」
そういいあって、二人は微笑む。
ここは、ローアンの下町階層にある教会。それほど大きくはないが、神父の人柄を慕うものたちが多く、いつもやわらかな空気に包まれている場所。
そしてクリスマスには、近所の子供たちを招いてのクリスマスパーティが開かれるのが、毎年の恒例行事になっている。
デュランは、その手伝いをすることを前々から約束していたらしく、クリスマスは一緒に過ごせないと申し訳なさそうに告げてきたので。今年は、ティアも手伝うことにしたのだ。
「ほ、ほんとうはティアと……その……二人っきりがいいな、と思ったんだけど」
ほんのりと頬を染めたデュランが、照れたようにそんなことをいいだすものだから、ティアもつられて赤くなる。
だが、ティアは律儀で正直で、ちょっとドジを踏むこともあるけれど、真っ直ぐで懸命なデュランが好きだ。
だから、ちゃんと約束を守ろうとする姿が、とっても格好いいと思っている。
「ううん。これでいいの」
考えたことは、言葉にはせずに飲み込む。素直に言ったほうがデュランは安心するかもしれないが、恥ずかしいからいえやしない。
冬の寒い空気さえ侵食するような甘い空気に包まれながら、もじもじとしあう。デュランは手のカップをいじったり。ティアは、髪を無意味に撫で付けてみたり。
沈黙になんだか耐え切れなくなったティアは、ぐいとカップの中身を飲み干す。
「だ、だってね、皆でわいわい楽しむのってやっぱりいいよ! 子供たち可愛いし!」
顔をあげて、大きく声をあげた。
「そ、そう?」
「うん! それに、いつか子供できたときの予行演習にもなるでしょ? こんなに楽しいクリスマスをデュランと一緒にやってあげられたらいいなぁって、ずっと考えてて……って――あ、」
ほ、とデュランが微笑んでくれたので、ティアはついつい調子に乗って、余計なことまで言葉にした。はっとして、慌てて口を押える。だが遅い。もう、言ってしまった。聞き逃すはずもない、静寂と二人の距離に、ますますティアの頬が火照っていく。
ぽかんとしたデュランがみていられなくて、しおれていく花のように、細い体を縮こまらせてティアは俯く。穴があったらはいりたい。いや、むしろ春まで雪に埋もれていたい。
「……そ、そっか」
そんなティアの様子に、静々とカップを空にしたデュランもまた俯いた。ぐいぐいと、つばのないサンタクロース帽子を引き下ろそうとしている。
もじもじもじもじもじもじ。
いいたいことがあるような、でも伝えることは恥ずかしいような。そんな微妙な二人の心の機微を、冷たい風が撫でていく。それに連れられて舞った雪が、二人を包むように落ちてくる。その白い色彩が、目の前を通り過ぎたことがきっかけとなったように、デュランがティアに向き直った。
「あ、あの、ティア……!」
「ふぁ、はいぃっ」
どうしようどうしよう、何かいわなきゃ……と、考えていたティアは、びくっと身体全体を跳ねさせて、デュランをみた。
当然のことだがふたつの視線が絡みあう。それはいつものことなのに、妙に恥ずかしくて。二人同時に、首筋まで真っ赤になる。
ぱくぱくと、開け閉めだけされていたデュランの唇が震える。
「そ、その……そんな家庭は、僕と、その……築いてくれると……う、嬉しいな」
「う、うん……わ、わたし、も……デュランがいいなぁって、思ってる……から」
そう言葉を交わし、いつのまにか緊張していた肩の力を抜くように、ほうと息をつく。
そうして、えへへ、と互いに笑いあう。
「……ティア」
「……デュラン」
一歩前にふみ出したデュランを迎え入れるように、ティアはほんの少し背伸びをする。見た目よりずっとしっかりしたデュランの胸に、ティアは小さな手を預ける。顔を傾け、どちらかともなくそっと顔を寄せ合う。
と。
「あー、デュランがティアお姉ちゃんといちゃいちゃしてるー!」
「「っ!」」
突如として横手から響いてきた甲高い声に、二人は弾かれたように距離をとる。同時に、扉の向こうから弾かれたように飛び出してきた子供が三人、二人の足元に飛びついてきた。
「ちゅーするの、ねえ、ちゅーするの?!」
「ふたりってコイビトなの!?」
「ケッコンするのー?!」
きらきらと、好奇心だけで構成された悪意もなにもない純粋な瞳にみあげられて、二人は言葉に詰まった。ティアは、かあああっと全身を朱に染め上げる。冬の寒波も退けるくらいに熱い。
「みんなー! デュランがねー!」
「うわぁ、あああぁぁぁっ!?」
元気いっぱいの声をあげながら、そのうちの一人が身を翻す。屋内の食堂に集う人たちに報告されるのを阻止するべく、デュランが回れ右して駆け出そうとした子供を慌てて捕まえた。
きゃーきゃーと、抱き上げられた子供が、楽しそうに声をあげる。
「ち、ちちち、ちが、ちが、ぼ、ぼぼぼくは、そ、そそそ、そんなぁぁぁ!?」
ぶんぶんと、激しく頭を振りながら、何を訴えたいのかわからない言葉を、デュランがうわごとのように繰り返す。
「デュラン、どもりすぎだよ……」
ティアも一瞬頭の中が真っ白になるくらいに焦ったことは確かだが、デュランのその取り乱しっぷりに少しずつ冷静さを取り戻していく。
くすくす、とティアは頬を赤らめたまま笑った。
なんでもないんだよ、と子供たちに微笑みかける。
「ほら、お外にでると寒いよ? 風邪引いちゃうと大変だから、なかにはいろうねー」
戻って戻って、と子供たちをティアは押し返す。デュランから解放された子も同じように、教会内部へと押し込む。
邪魔されたのは残念だけれど、仕方ない。子供たちにはそんなつもりはないのだろうし。
「じゃあ、二人ともはやくいこー!」
「あのね、ケーキ切るんだって!」
「ケーキ、ケーキ!」
「うん、じゃあいこうねー」
どうやらそれを知らせるために、この三人は来てくれたらしい。ティアは、手を引かれながらついていく。
そんなティアと子供の後ろを、とぼとぼとデュランが追いかけてくる。どうにかこうにか、平静を取り戻しつつあるらしい。
くすくすと、笑う。
食堂の手前で、子供たちは興奮気味に走り出す。どうやら、楽しみが堪えられなくなったらしい。
子供たちにあわせて屈めていた背を、ティアは伸ばそうとして。
「ティア」
「え?」
影が落ちてくる。
そう思った次の瞬間には、暖かいものが唇にあたった。
ふわ、と香るのはココアの香り。感じたものは、ココアの甘さ。
瞬きさえも忘れて、口付けを落としたデュランをティアは凝視した。
真っ赤な顔をして、デュランが前を向く。
「さっきの話だけど。絶対かなえたいって、僕は思っているから――忘れないでほしい」
そう早口に告げて。 きゃあきゃあと歓声をあげる子供たちの中に飛び込むように、デュランは食堂の中へと入っていった。それを、ティアは固まったまま見送る。
ゆるゆると背筋をのばす。口元を手で覆う。
まだ、デュランの少しだけかさついた唇の感触が、残っている。それが妙に思い出されてしまう。
どきん、どきんと鼓動の音が耳元で鳴り響く。
不意打ちだ。
勇者のくせに、正義の味方のくせに――いきなりこんな嬉しい思いをさせて……卑怯すぎる。
恋に煽られて走り出す鼓動を感じながら、ティアはぎゅっと目を閉じた。
ああ、もうほんとうに。
「――デュラン、だいすき……」
ちいさくぽつんと呟く。
だけど、あとで絶対やり返してあげるんだから。やられっぱなしでは、いられない。こちらの大好きという気持ちを思い知らせなければ。
そんなことを思いながら目を開けると、扉の向こうから心配そうに見上げてくる女の子と視線があった。
ひう、とティアは息を飲む。聞かれていたか、と内心焦る。
「お姉ちゃんどうしたの? どこかいたいの?」
泣き出しそうな顔でいわれたことに、慌てて首を振る。
「え、ううん!? だいじょうぶ、だいじょうぶ。なんでもないからっ」
さ、ケーキみんなで食べようねー、といいながらぎくしゃくと一歩ふみ出す。にこ、と笑った女の子が、背を向ける。
そのあとに続いて部屋にはいったら、どんな顔をすればいいのだろう。
きっとデュランも同じように真っ赤であるに違いないと想像しながら、ティアはゆっくりと扉をくぐった。