勇者とかぼちゃのおばけ

「ありがとう、勇者のおにいちゃん!」
「わっ……!」
 あらあら、と周囲からの微笑ましい視線が、少年と小さな女の子に突き刺さる。
 その傍らに立ち尽くしたティアは、目の前で繰り広げられたその可愛らしいキスシーンに、ひくっと頬を引きつらせた。
 柔らかな唇が、デュランの頬から離れる。
「ばいばい、おにいちゃん、おねえちゃん」
「じゃあ、帰りましょうね。ほんとうに、ありがとうございました」
「あ……いえ、お気になさらず! これも勇者としてのつとめですから!」
 はっと気を取り直し、デュランが朗らかに笑う。迷子の親子を自分の手で引き合わせることができたという事実は、やはり嬉しいのだろう。
 では、と女の子をつれて、母親が去っていく。それを見送ったところで、ティアはゆっくりと息をついた。
「――デュランって、もてるんだね」
「ええっ!? いや、そんなことないと思うけど……」
 本人にそういった自覚はないらしい。ティアは、もうひとつ息をついた。
 ローアンの街で住民たちが主体となって執り行われるパレードに参加したのはよかった。ティアの恋人であるデュランは、仮装ではなく警備のほうに回ってしまっていたが、それも特に問題があったわけではない。だって、人の役に立ちたいと思う彼なら、それが当然だったから。ティアも、パレートに加わりつつ、そんなデュランの手伝いをしていた。
 だが。
 その間に、デュランにかけられる声の多いこと、多いこと。商店街のおばちゃんからは日頃の手伝いのお礼を厚く述べられ、おばあちゃんたちからは寄ってたかってお菓子を押し付けられた。年端もいかぬ子どもたちに集団でじゃれつかれ、そしてさきほどの迷子にはえらく気に入られて、頬にキスまでもらってしまった。
 これをもてるといわず、なんという。
 穏やかな気性とその懸命さが、うけているのだろうか。
 ぼんやりと、女の子の唇がデュランの頬に触れた瞬間を思い出す。
 ――羨ましい。
「どうしたんだい、ティア」
 恋人がそんなことを思っているなど、考えもしていないだろう朗らかなデュランの笑顔に、ティアは眉を下げた。
「ええっとね、その……」
 正直に、いえるわけもない。あんな小さな子に嫉妬したなんて。ぎゅ、外套の裾を握り締め、ティアが口ごもっていると。
「あー! デュランだー!」
 幼い少年の声が響いて、二人が同時にそちらを向いた次の瞬間。
「あ、ほんとだっ! えーい!」
「痛っ!」
 どーん、と勢いよく駆け寄ってきた少年が、デュランにとび蹴りをした。よろけてふみ出したその足に、次々と子どもが張り付く。
「うわぁっ! ちょ、君たち……!」
「デュラン、遊ぼっ!」
 そして、あっという間に、また違う子どもたちの集団に取り囲まれてしまった。可愛らしいお化けたちの真ん中で、もみくちゃになっているデュランを見て。
 ティアは、三度目のため息をついた。

 

「むー……」
 月光に照らされながら、ティアは不満げな声を出しつつ、のろのろとした足取りで家路を辿っていた。
 あれからも、デュランはあちこちから声をかけられ、ついには警備の人たちに連れられてどこかにいってしまった。
 ティアもその後は、ファナやシルフィと合流して、知り合いの家を回ったりしてハロウィンを楽しんだのだが。やはり、デュランと一緒にいたかったと思う。
「せっかく頑張ってつくったのになぁ」
 ティアは、自分の身体を夜風から守る外套を摘みあげた。それはハロウィンらしい、かぼちゃ色をして、ところどころに蝙蝠のモチーフがついている。頭には、それを同じ布で作った、かぼちゃの形をした帽子。ふかふかとしたそれは、ティアの髪の色ともあいまって、やけにしっくりと収まっている。吊り上った黒く物言わぬ瞳がちょこんとついているが、作った本人の性格を反映してか、怖さよりもどこか優しさが宿っている。今宵、ティアが扮しているのは、そんな可愛らしい、かぼちゃのお化けであった。
 この日をひたすら楽しみにして、せっせと準備をしていたのに、最後までデュランからの感想はもらえなかった。まともに話そうとしても、あれこれと声をかけられてゆっくりと話すような暇もなかったのだ。
「まあ、仕方ないよね」
 ティアは、自分自身を納得させるように頷いた。あれは、勇者を目指すデュランの、日々の活動が認められている結果だ。恋人としては、喜ぶべきことなのだから。
 下町へ続く道を、左手に曲がって自分の家に近づくにつれて見えてきた明かりに、ティアは首を傾げた。家の前に、誰かがいる。
「やあ、ティア」
 家のドアに寄りかかり、月と星を眺めていた少年が、ティアに気付いてこちらを向いた。
「デュラン……!」
 慌てて、ティアは駆け寄った。一体、いつから待っていてくれたのだろう。恋人の笑顔に出迎えられながら、そんなことを思う。
「途中で別行動になっちゃったからね。だけどもう一度、ティアに会いたくて」
「そ、そっか……」
 他意のない、ほんわりと優しい笑顔が、カンテラの明かりにふわりと浮かび上がっている。それは、子どもたちへと向けていたものより、すこし甘い。
 来てくれて嬉しいのか、待っていてくれて申し訳ないのか、注がれる視線が気恥ずかしいのか――次々と押し寄せる感情がよくわからなくなって、ティアは睫を伏せた。ただ、ぽかぽかと身体の芯があったかくなってくるのだけは、理解できた。
「ティアに、伝え忘れていたことがあったから」
「?」
 ティアはゆっくりと顔をあげる。にこにこ、デュランが微笑んでいる。
「とっても可愛い仮装だよ、ティア。よく似合ってる」
「!」
 ぼっと、熱が身体全体に広がった。急に顔色が変わったことは、小さなカンテラの明かりでは伝わることはないだろうが、ティアは礼を言いながらも、恥ずかしくて顔を背けた。
「ティアは、器用なんだね」
「えっと……そ、そんな、た、たいしたものじゃないよ」
 ティアの謙遜に、デュランはとんでもないといわんばかりに、頭を振った。
「頑張って作ったんだよね? どうしてそんなことをいうんだい?」
 うっ、とティアは言葉に詰まった。帽子の形とか、目鼻の位置とか、外套の広がり方とか……確かに、何度も何度も作り直していた。
「ど、どうして知ってるの……!?」
「それくらい、みればわかるよ」
 ぎゃあと悲鳴をあげるような勢いのティアとは正反対に、デュランは柔和な笑みを崩さない。君のことならばちゃんとわかるから、というような台詞と笑顔に、ティアは耳まで真っ赤になった。
 何もいってもらえなくて、残念。ついさっきまで、そんなことを考えた自分が、情けなかった。
「はい、あとこれ」
 差し出された小さな包みを、ティアは素直に受け取った。ハロウィンらしい派手な包みを開くと、蝙蝠やおばけ、かぼちゃの形などをしたクッキーがはいっていた。ティアのために、用意してくれていたのだろう。
 だけど、ちょっとだけ気がはやい――ティアは、くすくすと声を漏らしながら、それをそっと手に提げていた籠の中へと丁寧にいれた。
「私、まだなにもいってないのに、くれるんだ?」
 デュランが首を傾げる。そして、「ああ」と声をだした。
「そっか、お菓子は『Trick or Treat』っていわれてから、渡すものだったね」
 あははは、とデュランが笑う。ティアもつられて笑みを深くした。なんだかとても、デュランらしいと、そう思った。
 ティアは一歩デュランに近づく。恥ずかしさを押し込めて、その瞳を覗き込む。言う。
「――Trick or Treat」
「え」
 少年らしい面差しの中、いつも前を向いて輝いている瞳が大きく見開く。
「あ、でも、お菓子は今渡したよね……ええっと、あれ、でもいわれる前だったから……」
 おろおろと手を彷徨わせるデュランに、ティアはわざとらしいほどに大きく頷いた。
「じゃあ、いたずらだね」
「え、ちょ、痛かったりするのは困るんだけど……」
 何をされるのだろうという不安からか、デュランの口元が引きつった。眉が下がる。
 そんなことはしないと、ティアは頭を振る。足元に籠を下ろし、ぐいとデュランの胸倉を掴んで引き寄せる。
「……あの子ばっかり、ずるいもん」
 そして、思い切って背伸びをして。ティアは、ちゅ、とデュランの唇に口付けた。
 夜風に冷たくなっていたその場所が、一瞬のうちにぬくもりを帯びる。ゆっくりと顔を離したティアのすぐそこに、デュランの真っ赤な顔がある。驚き、固まり、息をすることすら忘れている。
 自分のしたことの恥ずかしさを、その表情に思い知って、ティアは思わず掴んでいた服を離して半歩後退した。すると、デュランがぺたんと地面に座り込んでしまった。
「デュ、デュラン!? だいじょうぶ?」
 慌ててしゃがみこみ、ティアはその顔を覗き込む。デュランは口元に手を当てて、呆然としている。心配になって視線をあわせると、それを避けるように、勇者の帽子の鍔をデュランがひきおろした。季節が終わり、森で咲くことがなくなってから、毎朝ティアが届けているユウシャノハナが、闇の中で白く揺れる。
 それが照れからくる行動だと、ティアはすぐに理解した。ぎゅ、と胸元で手を握り締め、デュランの次の反応を待ってみる。
「……お化けにこんなに驚かされるようじゃ、勇者失格だよ……」
 やがて、少し落ち着いたらしい。デュランが大きく肩で息をした。
「だって……今日はハロウィンだから。お化けが人を驚かせても、いいでしょう?」
 悪戯っぽく目を細めながら視線を向けると、デュランが小さく微笑んだ。
「そうだね、ティアのいうとおりかもしれない」
「わ、きゃっ」
 明るく笑うデュランが、ぐいとティアを引き寄せる。地面に座り込んだデュランに思わずもたれかかるティアを、ぎゅうとデュランが抱きしめる。
「絶対、いつか倍にしてお返しするよ」
 どくどくと、壊れそうな心臓の音を聴きながら、同じように胸を高鳴らせてティアは無言のまま、小さく頷く。愛を囁く少年の小さな声を聴きながら、そっと目を閉じる。
 甘いお菓子と、爽やかな花の香りに包まれて、月明かりの下、二人は離れることを知らないようにずっと寄り添っていた。