「できた!」
「できたー!」
「でき……た……」
甘い香り漂う小さな家に、可愛らしい声が響く。
すっかり蚊帳の外に放り出されて、窓辺に追いやられていたレンポとウルは、ようやく終わったかと振り返った。
必要なものは最低揃えられ、家主が日々自炊していることもあって、使いやすくかつ小奇麗にされている台所に、互いの手を打ち合わせているティア、ミエリ、ネアキがいる。
そして、出来上がったものを並べた皿を、意気揚々とテーブルへ運んでくる。
「じゃーん! 二人とも、きてきて!」
ミエリに呼ばれ、ウルとレンポはそちらへと向かう。
飾り気も何もない二つの白い皿の上には、丸くまとめられたこげ茶色の物体がたくさん。
きゃいきゃいと女同士の会話に花開かせながら、三人が作り上げたトリュフチョコレートである。
大きさが不揃いで形にも差があるが、それは各自の個性ゆえ。ご愛嬌というものだ。
「こっちがね、私たちからウルにだよ」
ミエリとネアキがウルへと同じ皿を差し出した。大と小といった大きさで、中がない。誰がどっちを作ったのか、なんとなく予想がつくような品である。
「これはこれは……。ありがとうございます」
初めてバレンタインデーというものに参加するウルは、ふ、と口元を緩ませた。そんなウルに対して、ミエリはにっこりと笑う。
「いつもありがとう! ウル」
ネアキは、小さく頷いただけだったが、その目元は優しい。
「ティアと一緒に作ったから味に問題はないと思うよ。まあ、ティアのほうが綺麗にできてるけど……そっちはレンポのだもんねー」
「ねー……」
くすくすと笑いながら顔を見合わせて、ミエリとネアキは意味ありげに微笑んだ。
「も、もう。からかわないでってば」
「なにいってるの、ティアったら。恋人のためだけに作るっていうのがいいんじゃない!」
照れくさくてわずかに頬を染めたティアがそう言えば、ミエリはこぶしを握り締めて力説して返した。
その様子に、ティアは困ったように苦笑する。
一方、ティアの愛情を一身に受ける炎の大精霊ことレンポは、ウルのものとは違う皿に盛られたチョコレートをひとつ手に取ってしげしげと眺めた。こちらは、どれも同じような大きさで、綺麗に丸められている。
そして、レンポはへらりと笑う。それはもう、緩みきった笑顔である。
「ティア、あんがとなっ。へへへっ」
嬉しそうなその顔に、ティアは胸元で手を握り締めてはにかんだ。
やはり、大好きなひとに喜んでもらえるのは、嬉しいもの。
そんなティアに対し、レンポは言う。
「なあ、ティアも一緒にコレ食べようぜ」
「え、でも。これはレンポのだし……」
誘いの言葉に、ティアは目を瞬かせた。
「そのオレがいいって言ってんだからいいんだよ。だってよ、そのほうが絶対美味いって」
この幸せを分かち合う――否。二人ならば倍にもそれ以上にもなると、レンポはいってくれているのだ。
「うん!」
そんな恋人の言葉に、ティアは嬉しそうに頷いた。そして、いそいそと椅子に腰掛ける。
「じゃあ、私もいただくことにしましょうか。ミエリもネアキも、一緒に食べませんか。私一人ではもったいない」
「わーい!」
「……!」
結局、自分たちで作ったくせに、食べたくもあったらしいミエリとネアキは、ウルの誘いに諸手をあげて飛びついた。
その様子にくすくすと笑いながら、ティアは隣にいるレンポに顔を向ける。一足先に口を動かしているレンポの感想が聞きたかったのだ。
「どう? レンポ。おいしい?」
が、そんなティアの思いとは裏腹に、レンポはじーっと指先をみつめていた。
「なあ、ティア。チョコレートって、ずいぶん食いづらいモンなんだな」
手をチョコレート塗れにしてそう言うレンポに、ティアは「あっ」と口元に手を当てた。
「そっか……! レンポ、体温高いから……」
炎の精霊らしく指先さえ人間より高い温度をもつレンポの手に摘み上げられたチョコレートは、触れた部分からその形を崩してしまったらしい。
ぺったりと、レンポの指先にはチョコレートが張り付いてしまっていた。
「ご、ごめんね。そこまで考えてなかったよ……!」
「いや、別にかまわねーぜ。甘くてうまいしな! それに腹に入れば一緒じゃねーか」
ぺろり、と嬉しそうにその指先を舐めるレンポをみて、ティアはピンとひらめいた。
「そうだ、こうすればいいんだよ!」
そして。
「はい、あーん」
レンポ用の皿からチョコレートトリュフをつまみあげ、ティアは満面の笑みでそう言った。
残りの三人の精霊たちが、ぎしりと音をたてて固まる。
対するレンポはといえば、ティアの行動に顔を輝かせた。
「おおお、そうか !ティアに食べさせてもらえば溶けないな!」
「でしょ!?」
さもいい案を思いついただろうと胸を張るティアと、やたらいい笑顔でそれを褒め称えるレンポに。精霊達はなんともいえない顔をした。
この、素でいちゃいちゃする二人には、もう慣れたつもりだったのに。目の前にあるチョコレートよりもなお甘い光景に、胸焼けがしてきそうだ。
「ほんと、仲いいよねー……」
「仲良きことは美しきかな、ですよ」
「……ふう」
ぽそぽそと囁きあうミエリとウルの隣で、暑さに弱いネアキが小さくため息をついた。わざとやられるほうが、まだいいような気がする。
そんな精霊たちの状態など、どこ吹く風。
寄り添いあって、恋人の手ずからチョコレートを食べさせてもらっているレンポは機嫌よく笑っている。そんな様子に、ティアも嬉しくて微笑む。
「おいしい?」
「ああ、すっげぇうまい!」
大きく頷くレンポへ、もうひとつチョコレートを摘んでみせる。
「じゃあ、もう一個たべる?」
「おう!」
その提案を断る理由が、レンポにあるはずもない。
「じゃあ、はい。あーん」
「あーん」
ぽっかりと開いたレンポの口へと、ティアはそっとチョコレートをいれてやる。
ちゃんと舌の上に乗ったそれが、奥へと引っ込んでいくのを確認して、ティアは指を引こうとした。
が、それが捕まれる。もちろん、そんなことをしたのは目の前にいるレンポだ。
そして、わずかにティアの爪の先に引っかかって残っていたチョコレートを、ぺろりと舐め取った。
「レ、レンポ!」
「ほんと、すっげーうまいぜ? ありがとな!」
その行動に、真っ赤になって焦るティアを楽しそうに上目で見遣ったレンポが、無邪気に笑う。
「もう……」
しょうがないなぁ、とティアは眉を下げて笑った。
レンポの口に入れたチョコレートは、あっという間に蕩けていっていることだろう。
それは、レンポを前にしたティアの心と、きっと同じ。
とろとろと、どこまでも融けて相手に染み渡っていけばいい。この、想いとともに。
そんなことを思いつつ、ティアはもうひとつレンポに食べさせてやる。
どこまでも甘く繰り返される光景に、げんなりとした仲間たちに気付くことなく。
チョコレートを溶かし焦がしてしまうような熱に包まれて、ティアとレンポは幸せそうにいつまでも笑いあっていた。