監督生の故郷では、人魚は空想上の生き物である。
たとえば、掴まった人魚を食べた女性が八百年生きたり、健気に蝋燭を作っていた人魚が育ての親である人間に売られかけたり。海の向こうの絵本では、人魚のお姫様が陸の王子様と結ばれて幸せに暮らしたり。
このように、彼らは絵本やおとぎ話、伝承といった類に登場する実在しないものなのだ。
ところが、何の因果か連れてこられたこの世界では、想像もしていなかった種族の暮らしがあった。人魚は当たり前のように存在し、魔法の薬をつかって陸でも暮らしている。
となると、物語などでしか人魚を知らない監督生と、人魚が「存在する」世界で暮らしてきた友人たちとは、彼らに対する認識や知識が著しく異なるのは当然のことであった。
こんなお昼時の大食堂で言うんじゃなかった。
監督生は、自分の話をきいて顔をひきつらせた友人たちを見回し、居心地悪く身じろぎする。
「――そっちじゃ人魚食うの? ……マジで?」
ぞっとするわ、と言わんばかりの嫌そうな顔をしたエースが、自分の二の腕をさする。どうやらこっちの世界では、人魚は食用ではないらしい。そりゃそうか。
うっかり話をきいていたらしい他の生徒たちの視線が痛い。とくにオクタヴィネル寮に所属する生徒たちは目をかっぴらいて監督生をみている。狙われた非捕食者のような顔をしないでほしい。
「だから、それは物語だよ、おとぎ話だよ。そもそも人魚は私の故郷にはいないの!」
焦った監督生は事実ではないと強調する。このままでは、自分の世界に対する印象が悪くなってしまう。風評被害もいいとこである。
ああもう。物語の選択をミスった。失敗した。八百比丘尼じゃなくて別のものにしておけばよかった。そう思うが、もう遅い。
「でも、そういう話があるっていうことは、元になることがあったんじゃないのか?」
エースと同じように、ぎょっとしていたデュースが恐る恐るといった様子で確認してくる。
監督生はここでフォローしなければという思いで、脳内にある人魚知識を総動員した。
「ううーん、たぶん、クジラが浜辺にうちあがったのを人魚って言ってたんだと思うんだよね。だって、どこかの伝承だと147メートルあったとかいうし……」
「なんっだそれ、大きすぎだろ!」
非現実的な数字を出すと、さすがにおかしいということが理解できたのだろう。エースとデュースが声をあげて笑う。
「なあなあ、人魚って美味いのか?」
それまでツナサンドを貪っていたグリムが、ちゃんと話をきいていたのか疑わしいことを言いだした。
純粋な食欲まみれの大きな青い瞳を、監督生はじっとみつめる。
「グリム、それをオクタヴィネルとかモストロ・ラウンジで言うと絞めあげられちゃうと思うよ」
「ふなっ?!」
それは嫌なんだゾ、とグリムが毛を逆立てるのをみて、皆でまた笑った。
「こっちには、なんていうかそういう逸話はないの?」
「そういうってどういうの?」
カフェラテを飲みながら、エースがゆっくり瞬きをする。
「人魚が現れる前には嵐がくるとか、綺麗な歌声で船乗りさんを誘惑するとか?」
実際にそうであるか否かは問題ではない。子どもが他愛なく交わす噂話程度のものでいいのだ。とはいえ、現実に人魚のいる世界ではそういった噂はないのかもしれないけれど。
「ああ、それならあるぞ」
「どんなの?」
デュースの言葉に、監督生は身を乗り出した。ふ、とデュースが口元を緩める。
「なんでも、人魚のファーストキスには願いを叶える力があるらしい」
「へえ!」
それはなんてロマンチックなお話だろう。監督生は目を輝かせる。これこれ、こういうのを聞きたかったのだ。
「それなら俺もきいたことあるわ」
「有名なんだね」
そういえばそんなのあったな~と、エースが頷く。
「だから人魚の女の子たちは、ファーストキスをとても大事にするらしい」
「うわ、可愛いなあ」
微笑ましい話をしてくれたデュースに、素敵だね、と監督生は頷いて返す。
人生においてただ一度きりの魔法。それならば、大切な相手と大切な願い事のために使いたいだろう。
「はぁーん、監督生ちゃんはあ、そういうの好きなワケ? 夢見がちなお子ちゃまだねえ」
ニヤニヤと笑いながらからかってくるエースの手をぴしゃりと叩く。
「だまらっしゃい、彼女のいない男子高校生風情が!」
芝居がかった口調と仕草でつんとそっぽを向けば、ぐあああ、とエースがわざとらしく呻いて胸をおさえた。これは面白がっているやつ。
「やめろおぉ、それはここにいるヤツら全員に効く魔法の呪文……!」
恋愛なんてめんどくせとうそぶいていたエースと、不自然に身体を硬直させて目を泳がせるデュースに、「なんだかんだいってもファーストキスはまだなんだろうな」と、監督生は察するのだった。
「あ、もうこんな時間……?」
ふと視界に赤い色がよぎり、本の世界に没頭していた監督生が顔をあげると、図書室の数少ない窓の向こうは、夕暮れの色に染まっていた。
たくさんの色彩にあふれているのに、見事に調和していて美しい空だ。もとの世界と変わらない。きっとあちらも、こんな一日の終わりを迎えていることだろう。
ふう、と監督生は息をついた。そして、手にしている本のタイトルをノートに書き記す。次に来たときに読み始めるページのメモも忘れない。
ずしりと重い本は、ツイステッドワンダーラントの古い伝承をまとめたもので、貸出禁止の図書である。装丁が凝っていて、とても素敵なのだがいかんせん重い。
監督生は、「よいしょ」と小さく掛け声を出しつつ、本を抱えて歩き出す。
高い天井いっぱいまで伸びる本棚は高く、監督生にしてみればどうやって一番上の棚に本を置いているのか取り出すのか、最初は不思議でならなかった。魔法というものの存在を知った今ならば、空間の有効活用だと思う。ただ、魔法が使えない自分には、とても不便だった。
ならばどうして図書室にいるかというと、元の世界への手がかりをさがすためである。
公式な記録としては残っていなくても、もしかしたらどこかに自分と同じように異世界から紛れ込んだ人間のお話があるかもしれないのだ。
魔法に関することは、事情をつぶさに知っている学園長に任せるしかない。それはわかっているが、何もしないということはできなかった。
膨大な書籍で満たされたこの知識の海に、自分と同じような異世界からの来訪者の話は果たしてあるのだろうか。
「ごめんください」
そんなことを考えながら、監督生はひとつの棚の前でたちどまり、古びた本の分厚い背表紙を優しくノックした。
ちりりん、と涼やかなベルの音がして、背表紙がまるでドアのように内側から開く。そこからひょこりと顔を出したのは、痩せた老人に似た妖精である。
青い三角帽子に同色のローブを身にまとい、白い毛の眉と髭を長くのばしている。滝のように柔らかく流れる眉で目元がみえないが、まとう雰囲気は穏やかである。
監督生の手ほどの大きさである彼の向こうには、オレンジ色の灯りがともる廊下が奥へと延びていて、彼の住処へと続いている。噂では、人間にとっても妖精にとっても、貴重な本や資料があるのだとか。
「こんにちは。この本をもとあった場所にもどしてくださいませんか? 対価はこちらでいかがでしょう」
手に持った本を示し、上着のポケットから包装したクッキーを取り出す。昨晩作っておいたものだ。
この図書室に古くから住むという妖精は、ゆったりと頷いて、手にした長い杖をふるってくれた。
大きな本が浮き上がり、滑るように空を飛び、あるべき場所へと戻っていく。
「ありがとうございます。またよろしくお願いします」
妖精は頷いて対価を受け取ると、背表紙を閉じた。そうすると、ただの本にしかみえなくなる。
「ふう、これでよし」
監督生は緊張して強張った肩から力を抜く。クッキーは気に入ってくれたようである。
――いいですか、監督生さん
妖精たちは親切な隣人などではありません
気まぐれで我がままで、それでいて楽しいことが大好きな、
人とは相容れない存在です
彼らは彼らの理に従って存在し、その理は人間にとっては時として残酷なもの
ですから、彼らに物事を頼むときは、
礼義と対価を決して忘れてはいけませんよ――
図書室の利用方法と、妖精の住処を教えてくれた涼やかな声が、耳元で響いた気がして、監督生は頬を染めて自分の耳をそっとおさえた。
「……アズール先輩」
名を呼んだところで、彼が現れるわけではないのに。
熱に溶けて泡立つ飴のように、胸にこみ上げる感情のあしらい方がわからない。
そういえばあのときは、まだ日の入りが早い季節だった。今よりも、夜に浸食された世界の中、二人きりで図書室を歩いた。
差し込む月の明かりにその輪郭はほのかに輝き、夜を映した窓を背景に、アズールの白皙の美貌がひときわ映えていた。
ぽ、と頬に淡い熱がともる。
いけないいけない。こんなところで思い出に浸って赤面しているなんてとんだ変態だ。
でも、オーバーブロットの一件での借りを返すいい機会だといって、図書室で右往左往していた自分に声をかけてきてくれたアズールは、正直、頼もしくてとても恰好よかったのだ。
本の探し方、取り方、借り方、本の返し方、そういったことを丁寧にわかりやすく教えてくれた。
そして、弱音を吐いた自分へと「故郷への道がみつかるといいですね」と言ってくれた。
いつもと違う優しく穏やかな笑顔を向けられた瞬間、胸が高鳴った。
それまではオクタヴィネルの寮長で、モストロ・ラウンジの支配人で、タコの人魚で、オーバーブロットしちゃった、ひと癖もふた癖もある胡散臭さ全開の深海の商人だと思っていたのに。
あっけなく、恋に引きずり込まれてしまったのである。
そこからは、ちょっとしたアズールの仕草に見惚れ、何気ない会話に聞き惚れて、たまに学校の中で顔を合わせれば他愛のない会話をして、彼の並々ならぬ努力の一旦を垣間見るたびに――どんどん深みにはまっていった。
オンボロ寮を取り上げられそうになったというのに、我ながらちょろすぎると思うが、恋とはそんなものである。
「はあ~……」
そんなわけで、アズールに恋をしている監督生の目下の悩みは、学業もさることながら元の世界にいつ帰るのか、である。
帰れるか、ではない。急に帰ってしまうことが、怖いのだ。
だって、ナイトレイブンカレッジからの迎えの馬車に乗った記憶がないのに、監督生はいつの間にかこちらの世界にきていた。
ならば、いつの間にか帰っているのではないか? 最初からまるでなかったことのように、かつての日常に戻っているのではないか?
自分は、この世界にとって異物である。目にはいったゴミが涙に洗い流されるように、この世界から放り出されてもおかしくはない。
帰りたい。優しい家族がいて、親しい友だちがいるところへ。
帰りたくない。だってそこには恋焦がれるアズールがいない。
ああ、と悲嘆交じりの吐息が漏れる。
せめて、帰ることになったとしても、アズールときちんと話をできる時間が欲しい。できることなら、繋ぎとめてほしい。帰る道がみつかったとしても、ここにいられるだけの理由が欲しい。
本当のことをいうなら、元の世界とこちらの世界を行き来できる方法がみつかればいい。そうなったら最高だ。
当初の図書館通いをはじめたときとは、目的が異なってきているなあと監督生は嘆息する。それもこれも全部アズールのせいだ。人を恋に落としたあの青年が、自分を欲深くさせた。
故郷に対する相反する気持ちを抱え、完全なる八つ当たりをしつつ歩いていけば、図書室の大きな扉がみえてくる。
と。
「おや、こんにちは監督生さん」
「こんにちは、ジェイド先輩」
「あー、小エビちゃんだあ」
「フロイド先輩もいらしてたんですね」
書棚の向こうから揃って現れた長身の兄弟へ、監督生は会釈する。
「お二人はレポート作成ですか?」
「いえ、フロイドが見当たらなかったので迎えに来たんです。今日のシフトをさぼろうとしているようでしたので」
「ちぇー、小エビちゃんがいたなら、寝てないで遊べばよかったー」
「あははは……」
フロイドはこう言うが、彼にみつかっていたら調べものどころではなかっただろうから、監督生にしてみれば幸運なことである。なので曖昧に笑って誤魔化しておく。
今日はラウンジが団体のお客さまで貸し切りなんですよ。それは大変ですね。などと当たり障りのない話を交わす。
三人そろって図書室をあとにすれば、赤く染まった廊下に三人の影が落ち伸びてゆく。長い長いそれに、珊瑚の海でみた彼らの姿を思い出す。
ああ、そうだ。せっかく本物の人魚が目の前にいるのだから、確かめてみるのも悪くない。
「あの、今日デュースたちにきいたんですが、人魚にはファーストキスの魔法っていうのがあるんですか?」
鏡舎の方向へ歩き出そうとしていた二人が、ぴたりと動きを止めた。
「ああ、あんね~。そういうの。それがどうかした?」
ガリゴリとポケットから取り出したキャンディを噛み砕きながら、興味なさそうにフロイドがいう。
「お二人は……あっと、……ううん、なんでもないです」
ふんわりと漂ってくるミントの香りを感じつつ、慌てて口をつぐむ。
興味はあれど、よくよく考えればそれはプライベートなものだ。あけすけに尋ねるのは失礼だったかもしれない。しまったな、と視線を泳がせる監督生に、ジェイドが笑う。
「フフフ、監督生さんは僕たちのファーストキスに興味がおありですか?」
「いやっ、いえ、その……そうですね、そうなりますかね」
正確にいうならば、そのときの魔法はどうなったのか、である。一瞬否定しかけたものの、見透かすようなジェイドの瞳の前では無力だろうとあきらめて、監督生は頷いた。
「あは、気になるんだぁ? でもねぇ、ヒミツ」
「僕もいまのところは内緒としておきましょう」
「そうですか」
じゃあなんで教えてくれるような素振りをしたの。監督生は、わずかに唇を尖らせた。
子どもっぽい仕草がおかしかったのか、ジェイドが眉をさげた。
「結果くらいならお教えしてもかまいませんよ」
「えっ」
監督生にしてみれば、そこが核心部分である。
前のめりになる監督生を見下ろす、色の違う瞳が細くなる。ちらり、とフロイドのほうをみたジェイドの笑みが、ひとつ深くなった気がした。
「僕の願い事は、叶っているといえるでしょうね」
「そうなんですか?!」
すごい、と監督生は思わず呟いていた。
てっきり、おまじないや気休め程度のものかと思っていたのに。
実際に人魚である彼らがいうなら間違いないのだろう。まあ、相手がリーチ兄弟なので、騙されているか、からかわれているという線も消えないが。
でも、ほんとうに、願いを叶えることができるなら。
監督生は、ふと黙り込んで考える。
「小エビちゃんはさあ、なにか叶えてほしいことあんの?」
「えっと、それは、まあ……」
歯切れ悪く、ごにょごにょと口の中で言葉を転がしていると、ジェイドが笑う。
「ではアズールに頼むとよろしいでしょう」
「え?!」
なぜそこにアズール先輩の名前が?
思考を占拠する恋しい人魚の名前に、監督生は肩を跳ねさせ、わずかに飛び退く。その様子に、フロイドが爆笑する。小エビちゃん、やっぱり小エビちゃんだねえ、とよくわからないツボのはいりかたをしている。
楽しそうなフロイドを、楽しそうに見遣ったジェイドが言う。
「なにせ彼、ファーストキスもまだの夢見る童貞人魚ですからね」
「ねー」
「……」
後半の情報はいらなかったのでは?
そんな疑問を言葉にできず真っ赤になる監督生を前に、たちの悪いウツボの兄弟は、けらけらクスクスと笑っている。
「で、でも! 先輩にそんなこと頼めません!」
「ええー、いいじゃん、小エビちゃんアズールのこと好きでしょ? チューできたら嬉しくない?」
「!」
なんで知ってるんですかね?
監督生は心の中で絶叫しながら、真顔になった。
誰にも言っていない、エースやデュース、グリムだって知らないことをなんで知ってるんですかね?
感情の抜け落ちた表情が面白かったのか、ジェイドが尖った歯を見せて嗤う。
「おやおや、僕たちの目が誤魔化せるとでもお思いでしたか?」
ヒッと情けない声を零し、監督生は俯いた。恥ずかしさや申し訳なさやらで、今すぐこの場から逃げ出したい。
肩を震わせる監督生を追い詰めるように、リーチ兄弟が左右からせまる。高い背を丸め、悪いことを教えるように顔を寄せてくる。
「ついでにさあ、告白しちゃえばいいじゃ~ん」
「アズールも年頃の健全なオスですからね、悪い気はしないでしょう。相手が監督生さんならなおのことです。フフフ、きっと面白いことに……おっと失礼、素敵な結末になるでしょうとも」
「そうでしょうか?」
不安だ。不安しかない。
むしろボロ雑巾をみるかのような瞳で、蔑まれるだけでは?
心底あきれ返った様子で細い眉をひそめ、かといって口元は余裕綽々に弧を描いているアズールの姿を想像してしまった。あれ、通常運転だな? そして格好いい。
自分の感覚はそうとういかれてしまっているようだ。監督生は、内心頭を抱えた。
煮え切らない態度の監督生に、珍しくキレることもなくフロイドが言う。
「じゃあさあ、とりあえずポイントあつめてえ、カードいっぱいになったらどうするか、もっかい考えればいんじゃね?」
「そうですね、それがよろしいでしょう。アズールとて、ポイントカードを集めた努力分くらいはお話をきいてくださいます」
「なるほど、ポイントカード」
フロイドの言葉に、悪くないかもと考える。
アズールは対価にうるさい商人である。逆に考えれば、対価がはっきりしているのなら、これほど頼りになる人もいない。ポイントカード一枚程度では相談のみとなるかもしれないが、みずからを追い込んで告白するのもよし、勇気が出なければ別のことに使ってもよい。
腕を組んで悩んでいた監督生は、はた、と気づいた。
もしかして、いやもしかしなくても私、まるめこまれようとしてるのでは?
そもそもジェイドが対価なしに自分のことを教えるのはおかしいし、ポイントカードを作ることを二人そろって勧めてくるなんて、おかしすぎる。
ぱっと顔をあげると、悪い顔をしてわらっているジェイドとフロイドの金の瞳が楽しそうに爛々と輝いていた。
「もう! 先輩たち、お店の売り上げをあげようって魂胆ですね?!」
素早く二人から距離をとると、まったくおんなじ顔できょとんとしたあと、お互いに顔をみあわせて、にやりとまた笑う。
「ふふふ、ばれてしまいましたか。ですが、悪いご提案をしたつもりはありません。それに僕のファーストキスの魔法の結果をお教えしたことですし、一度くらいモストロ・ラウンジにお越しくださってもよいのでは?」
「うっ」
やはりそうくるか。いやいや、それくらいで済むのならまだよいほうだろう。
「あは、じゃあね小エビちゃん。待ってるからね~」
「……」
長い足で廊下を歩いていく二人を見送りながら、監督生は下唇を噛む。
癪である。アズールへの恋心をうまく利用され、店の売り上げに貢献しようとするリーチ兄弟のいうことをきくなんて。
でも、でも――。
「うああん、もう!」
結局、リーチ兄弟の言うことをきくことになるだろう明日を思い描き、監督生は苦悩の声をあげる。
広く長い廊下にはそれを聞く者は、誰もいない。あるのはただ、夜を招く赤い色彩と長く伸びた彼女の影のみである。
翌日。
「……」
来ちゃった。
ごくり、と監督生は喉を鳴らした。
緊張した面持ちでみつめる先には、モストロ・ラウンジへと続くシックな扉がそびえたっている。
くそう。悔しい。まんまとリーチ兄弟に誘導されてしまった。
ええい、どうとでもなれ!
しばらくウロウロとしていた監督生は、意を決してノブに手をかけた。
大きな水槽、洗練された内装が素敵なモストロ・ラウンジは、いつか来たときよりは幾分か空いているように見えた。
監督生に気付いたオクタヴィネル寮生が近づいてくる。あまり人目につかないような位置の席をお願いしようと考えたとき、どこか甘さを含んだ声が響いた。
「あ~! 小エビちゃん! いらっしゃ~い」
来店することなどわかりきっていただろうフロイドが、ひょこりと現れ出迎えてくれた。それを確認した寮生が、すっと身を引いて去っていく。さすがに教育が行き届いている。
「こ、こんにちは」
「うんうん、ちゃーんと来られていい子だねえ。じゃあ、こっち!」
ぺこっと頭をさげると、フロイドは垂れた目をさらに優しく下げ、監督生を案内する。連れてこられたのは、カウンターの隅のほうだった。角度によっては、店内からは見えづらいところである。
ほっと監督生は胸をなでおろす。
「なんにする~? 今日はあ、これがおすすめ~。ちゃんとポイントもつくよ」
今日はジェイドが厨房にはいってるよ、だから絶対美味しいよ、とフロイドが無邪気にすすめてくる。
絶対これを食べろという強い意志を感じて、監督生は微笑む。だって、なんだかフロイドが可愛く見えたのだ。きっとジェイドの料理を自慢したいに違いない。
「カニの冷製パスタですか、とっても美味しそう。では、これをお願いします」
「はい、かしこまりましたあ~。あとこれ、小エビちゃんのポイントカードね」
そういってフロイドが手を振ると、手品のようにカードがその長い指先の間に現れた。いや、魔法なのだろうけどすごく格好いい。
「ありがとうございます。ふふ、可愛い」
グリムたちが持っているものと同じデザインであるが、カードの隅っこに小さなエビが描いてある。フロイドが描いてくれたのだろうか。
「今日から頑張ってね、小エビちゃん」
ぱちんと金色の瞳が茶目っ気たっぷりに閉じられる。まさかそんな応援をしてもらえるとは思っていなかった。
「う、は、はい! できる範囲で頑張ります!」
頬を一瞬で薔薇色に染めつつ、監督生は小さく拳を握ってみせる。むん、と表情に力をこめて決意のほどを伝えれば、フロイドはやはり楽しそうに笑う。
踊るような軽やかな足取りで厨房へとオーダーを伝えにいくフロイドを見送って、監督生は呼吸を整える。
まずは、ポイントをためる。そうしてアズールに告白する。うまくいくなら、ファーストキスの魔法をかけてもらう。帰るためではなく、繋ぎとめてもらうために。
ハードルは高く、道のりは遠い。でも、諦めなければきっとできるはず。アズールの努力に比べれば、たいしたことはない。
アズールが協力してくれるかどうかはまた別の話だが、なにはともあれ、今日はその記念すべき第一歩。
通うために生活費をきりつめることを考えれば、少しばかりせつないけれど、やってやれないことはない。否、やってみせる。
手の中のポイントカードをみつめる。ポイントカードをいっぱいにしたとき、アズールはどんな顔をするだろう。
想像して楽しくなった監督生は、小さく笑った。
おかしなこともあるものだ。
モストロラウンジを経営するアズール・アーシェングロットは、カウンターの片隅から店内に視線を泳がせる。
ひたりとそれを縫いとめるのは、同じクラスの友人たちと談笑しながらドリンクを飲む監督生である。どうやら今日は、友人たちと来店したらしい。
いつもなら、アズールがいるこの席の隣に座っているのに。いや別に、ここにいれば彼女に会えると思ったとかそういうことではない。断じてそんなやましい心はない。決して。
アズールは眼鏡のブリッジを押し上げる。
それにしても、である。
これまで、彼女はこの時間帯ならば図書室にいたはずだ。それなのに、ここ最近は、モストロ・ラウンジで彼女をみかけることのほうが圧倒的に多い。
さらにいうなら、先生方の資料整理を手伝ったり、サムさんの店で品だしの仕事をしている。今日は、大食堂でゴーストたちに交じり、明日の食事の下ごしらえをしていた。
つまり、アルバイトをしているのだ。魔法が使えない彼女にできる仕事は少ないだろう。きっと頼み込んで、彼女にできる範囲のことをさせてもらっているのだ。
学業だっておろそかにできないはずなのに、なんとか時間を作ってはアルバイトにいそしみ、そうして得たマドルを、このモストロ・ラウンジで使っている。
アズールからみれば それは悪いことではない。店の売り上げに貢献してくれるのなら、どんな客でも大歓迎だ。
しかし、熱心に調べていた各国各地方の伝承に目を通す作業は、もうよいのだろうか。わからないながらも懸命にできることをしている様子に、彼女の本気を垣間見たからこそ、図書室の妖精まで紹介したというのに。
故郷に帰りたいのだと、図書室で寂しげに微笑んでいた姿が、脳裏に鮮やかによみがえる。あの言葉に嘘はなかった。
何かがおかしい。何かが、アズールの心のやわらかなところに引っかかる。
「ジェイドぉ、今日も小エビちゃんきてるねえ」
「ええ。いつも一生懸命で感心します。ねえ、アズール」
まるでこちらの脳内を盗み見たように絶妙のタイミングで監督生のことを話題に出す兄弟に、アズールは細い眉をひそめた。
「そのようですね。めずらしいこともあるものです」
ジェイドが出した紅茶のカップに指を伸ばしながら、適当な反応をしてやれば、フロイトがカウンターの向こうから大きな身体で乗り出してきた。
「ね、ね、アズール知ってる?」
「なにをです?」
「小エビちゃんがラウンジにくるのってえ、もう珍しくともなんともねーってこと」
「……」
いわれなくても知っている。
フロイドもわかっていてそんなことを言うのだから、ほんとうにたちが悪いウツボである。
口を開けばまた余計なひと言を寄こされそうだ。アズールが沈黙を保っていると、今度はジェイドが身を乗り出してきた。なんなんだ。仲良しかよ。
「よほど、アズールに相談したいことがあるのでしょう。どんなお話か気になりますね」
「相談、ねえ……あの監督生さんが? にわかには信じがたい」
とはいえ、その可能性を考えていなかったわけではい。
これまでに折につけ「相談に乗りますよ」と囁いてきたが、彼女は遠慮するばかりでアズールに頼ることはほとんどなかった。
むしろ、ポイント集めのためにモストロ・ラウンジ通いをするグリムや友人たちを止めるようなそぶりをみせるくらいだ。
だから、可能性の高さからみて除外していただけのこと。
「アズールにしか叶えられないこともあるでしょう?」
「そうですね」
自信満々というよりは、なにを当たり前のことをいっているんだといわんばかりに笑い、アズールは頷いてみせる。
この学園内において、自分ほど相談ごとに長けた男はいないと自負している。血を吐くような思いで数多の魔法を覚え、錬金術を深く学び、人心を掌握する技術を身につけてきた自分に、叶えられないことはない。こちらに利益がないか、内容がよほどのことでもない限り。
とはいえ、監督生は自分なりの努力をする人間だ。どうあってもできないことは他者を頼るが、できることは自分で叶えようとする。だから、アズールに簡単になびかない。
では、彼女が僕に願うこととは一体なんだ?
あれこれ考えを巡らせるアズールの前で、ウツボの笑顔が花開く。
「小エビちゃんはねえ、アズールのファーストキスの魔法が欲しいんだって」
さらっとフロイドの口から滑りだした監督生の目的に、アズールは目を大きく見開いた。
これまでの思考を台無しにする内容だ。しかもなんて言った? ファーストキスの魔法? 欲しい? 誰が? 誰の? え、僕のを? 監督生さんが?
「――はひ?」
ようやく絞り出された声は、今まで出したことがないくらい裏返っていて間が抜けていた。
いつもは澄ました完璧な表情を浮かべているアズールの様子に、フロイドが弾けたように笑いだす。
ひーひー、とカウンターを叩いて大笑い。品も何もありはしない。ひどいものだ。
一方、その片割れである一見すると物腰が丁寧で穏やかそうな男もまた、たいがいひどいものである。
諌めるように眉を下げているが、目は笑っているし、口元からは尖った歯がのぞいている。
「おやおやフロイド。勝手にそんなことを言ってよろしいのですか? 監督生さんに知られると、怒られてしまいますよ」
「でもお、しゃべっちゃいけないなんて契約、小エビちゃんとしてねーし」
「それもそうですね。僕たちに口止めを忘れるなんて、監督さんはなんてうっかり屋さんなんでしょう」
「ねー」
あはは、フフフ、と笑いあう兄弟を前に、アズールは細い顎に指先を当てて考え込む。
「……ああ、なるほど。そういうことですか」
図書室ではなくモストロ・ラウンジに熱心に通うようになった監督生。その理由。あるではないか、多少の犠牲はいとわないくらいの願いが。
故郷に帰りたいと静かに心の打ちを吐露していた監督生が、なりふりかまわぬ手段にでたのだ。あの図書室にある本の中から、故郷への手がかりをみつけることを諦めたのだ。そして、人魚のファーストキスの魔法だなんてものに縋ろうとしている。
ああ、愚かな。願いに目がくらみすぎて、自分の唇をさしだすことにも気づいていないのか。
では、努力の方向を変えた彼女の本気具合を、ひとつ確かめてやろう。
「おや、アズール。どちらへ?」
「わざわざ言う必要があるか?」
ジェイドの楽しげな問いかけを肩でいなし、アズールはカウンターのスツールから、重力を感じさせない上品な仕草で降りる。
革靴の音をわずかに響かせ、コートの裾を翻し、監督生のいる席へと近づく。
いちはやくアズールに気づいた友人たちが、「ゲ」とあからさまに警戒の色を露わにする。
「こんばんは、監督生さん。そして皆さん。ご来店いただきありがとうございます」
「アズール先輩?! こ、こんばんは……」
大仰なほどに驚いた監督生が、こそっと友人の影に隠れようとする。ああ、苛々する。まるで僕に会いたくなかったようではないか。
そんな思いをおくびにも出さす、アズールは商売用の笑顔を貼り付けたまま、胸に手を当てる。
「ここ最近、モストロ・ラウンジによくお越しくださるようで。以前はどれほどお誘いしてもつれない返事ばかりでしたのに、どのような心境の変化で?」
「あ、えっと、それは……ええ……たいしたことでは、なく……美味しいご飯とドリンクが素晴らしいっていうか……」
しどろもどろに誤魔化して、だんだんと声が小さくしていく監督生の瞳は、決してアズールを映そうとしない。よほど後ろめたいのか。それとも僕が怖いのか。嫌いなのか。あなたは、その嫌いな相手とキスができるのか。
ギ、と杖を持つ手に力をこめて、荒波のごとく狂いそうになる感情を抑え込む。
「――まあいいでしょう。モストロ・ラウンジはどのような事情がおありでも、お客様を歓迎いたしますよ。さあ、どうぞポイントカードをだしてください」
「え?!」
監督生が「小エビ」の渾名にふさわしく、びょんとソファの上で跳ねた。
いつもなら会計の際に店員が押しているものだから、そんなことを言われると思ってもいなかったのだろう。
「たまには、支配人である僕みずからが、スタンプを押してさしあげましょう。どうやら熱心に集めてくださっているようですし?」
「じゃあ、これオレ様のなんだゾ!」
「……グリムさんのことではないんですけどねえ。まあいいでしょう」
ふわっふわの黒い毛と、可愛らしい肉球によって差し出されたポイントカードに、アズールはマジカルペンをふるう。
ポン、と今日の注文分のポイントが枡目を埋めた。
やったーとまたポイントが貯まったんだゾと喜ぶグリムは、なんとも無邪気である。イソギンチャクをはやされたことなどもう忘れてしまったのだろうか。小さな頭は幸せなことである。
「じゃあ、お願いしまーす」
「これ、僕のです」
いそいそと次にカードをだしたのは、エースとデュースである。きらきらとした眼差しを受けて、アズールは呆れるしかない。さすがに人間ならこっちの意図を理解しろ。
「……はあ」
プププ、フフフ、と背後で笑う声が重なって聞こえる。まかないを抜くぞウツボ兄弟。
それでも、ここで拒めば監督生も「結構です」と言うのは目に見えている。アズールは黙って、二枚のポイントカードにスタンプを押した。
これで自分だけ出さないわけにはいかないだろうとばかりに、にっこりと監督生に笑いかける。
「あとは監督生さんだけですよ。遠慮せずに」
「……」
無言で差し出されたカードには小さなエビらしきものが落書きされていて、もうすでに半分ほどスタンプで埋まっていた。いつの間に、こんなに来ていたのだろう。
そんなに故郷に帰りたいのか。僕を利用してまで。自分の身を差し出してまで。
思わず力がはいりそうになる指先をなんとか制御し、アズールはポイントをつけてやる。
「はい、どうぞ。よくここまで頑張りましたね」
「ありがとうございます」
監督生が、はにかむように笑った。ようやくアズールをその大きな瞳に映し、それはそれは幸せそうに与えられた言葉を噛みしめている。
そして、繊細な宝物に対するような手つきで、カードをしまう。
その姿がいじらしくて、ぐう、と胸の奥で何かが呻いたような気がする。
「では、僕はこれで。どうぞごゆっくり」
自分の変化を悟られぬよう、アズールはいつものように微笑むと監督生たちのいる席をあとにした。
書類の確認をするので何かあれば呼ぶようにとジェイドに告げ、VIPルームにやってきたアズールは、防音魔法を張り巡らせた次の瞬間、手近にあった椅子を蹴りつけた。
精緻な細工の施された椅子が衝撃で倒れ、大きな音がたつ。
はあ、と肩で息をついて、片手で顔を覆う。品のない自分の行為を自分で戒め、魔法を使って元に戻す。
ソファに身を投げ出すように座り込むと、眼鏡をはずして痛むこめかみに指をあてた。
アズールの一挙手一投足に過剰なまでの反応をするくせに、ほんの少し誉めただけで、あんなにふうに笑うなんて。
さきほどの監督生を思い出しただけで、ぶわりと頬に熱がともる。
あの監督生が、自分のファーストキスを求めている。正確にいうなら魔法なのだが、結局とのころ唇を触れさせあうことには変わりない。そのくせ願う内容は、ここから離れたいという、アズールにとっては無慈悲なもの。
「ぐ、う、ううううっ……あああもう、くそっ……!」
ああ、ほんとうに腹が立つ! こちらの気持ちも知らないで!
ぼすん、とソファに顔を伏せて横になったアズールは、じたばたと足をばたつかせる。
しばらくそうしたあと、力尽きたように動きを止めて息を吐く。
「はあ……好きだ……」
アズール・アーシェングロット17歳。
彼は監督生に、恋をしている。
この想いを、誰にも告げたことはない。
ジェイドとフロイドは、きっともうわかっているのだろう。
だが、彼らにも一度たりともこの心を甘く占有する人の名を感情を口にしたことはない。
だってこれはアズールにとって最初で最後の恋になる。
自分は人魚だ。タコの人魚だ。
タコという生き物の生涯は、なかなか壮絶である。
生殖活動はただ一度きり。たった一匹のメスにすべてをささげ、そうして自分は海に消え逝く。悲しいとは思わない。ただ、そういう運命の生物であるというだけだ。
人魚である以上、そういった性質に縛られるわけではない。性交渉をしただけで、死ぬようにはできていない。ただ、恋をするなら、タコのようにひとりだけでよいと思ってきた。自分が手掛ける事業のこともあり、心動かすことは少ないほうが都合がいいからだ。
そんな自分が、まさかこの男子校でその相手に出会うことになるとは考えてもいなかった。
監督生は、ここではないどこかから来た人間。魔力がなく、魔法が使えず、容姿も能力も平凡で、これといって特筆するべきことはない人物。
そして、なんだかんだと友人や自分が監督する魔物を助けようとする、馬鹿がつくくらいのお人よし。
格好の獲物である。そう判断したからこそ、モストロ・ラウンジ2号店の開店に向けて、オンボロ寮を手にするための契約をもちかけた。
こちらに有利なものだった。勝てるはずだった。すべては自分の思うがままになるはずだった。
しかしそれを覆したのは、誰でもない監督生であった。
まさか、振り切れたときの行動力と発想力が、あそこまでとんでもないとは。誰が予想しただろうか。
アズールは惨敗し、すべてを失った恐怖と屈辱、そして絶望にオーバーブロットした。
それをおさめてくれたのもまた、監督生だった。
目を覚ませばジェイドとフロイドがいて、生徒たちも集まっていた。
あんな醜態をさらしたというのに、監督生はアズールになんてことなかったというような態度で話しかけてきた。
アズール先輩はすごいと、なんのてらいもなく誉めてくれた。認めてくれた。消し去りたい過去を、決して馬鹿にしなかった。
かといってこれまでの自分の在り方を改めることなんできるわけもない。自分は、アズール・アーシェングロット。無価値なものに価値を見出し、願いには対価をもって応える深海の商人。
ただ、今回のことで学園長からは、それまで以上に目をつけられてしまったし、やり方を変える必要はあった。
あれこれ考えつつ、商売の参考にするための本を借りようと訪れたとき、図書室で彼女をみかけたのだ。
目的はあるようなのに、そこへとたどり着けていない、探す方法もよくわかっていない、そんな様子であった。その時は心にひっかかりながらも、無視をした。
だが、用事を済ませたあとも右往左往としていたので、アズールはしばし考えてから、呼吸と身なりを整えて彼女に近づいた。
そうさせたのは、アズールの内にわずかに存在する、対価を求めぬ慈悲の心だった。不要だと思うものに突き動かされたなんて、誰にも言えやしない。
最初は驚いていて警戒していた監督生は、ご迷惑をおかけした礼だと理由をつければ不可解そうな顔をしながらも、困りごとを教えてくれた。
故郷へ帰るため、なんでもいいから手掛かりを探していること。
魔法を用いる分野は、魔力のない自分にはどうにもならないと理解しているので、せめて似たような話がないか調べていること。
ただ、読みたい本がどこにあるのか、みつけたとしても高所すぎてとれないこと、また本棚が生きているように自分で動いていくから元の場所に戻すのも一苦労していること。などなど。
そのとき手にしていたのは古い言語で書かれたもので、この学校の優秀な上級生でも読めるかどうかわからない本であった。
つい好奇心で言語についてはわかるのかと尋ねれば、学園長から特別に誂えてもらった監督生のマジカルペンは言語理解の手助けをしてくる魔法道具なのだと渋々教えてくれた。秘密にするように、とでも言われていたのだろう。
普通に欲しいと思って、じっと見つめていると、胸ポケットへ隠されてしまった。残念だった。よい商品になりそうだったのだが。
監督生の悩みは理解できたので、ひとつひとつ解決策を提示していく。慌ててメモをとる彼女はきっと、故郷でも勉強熱心だったのだろう。
本を探しているなら、まずは司書に尋ねるのがよいこと。ただし、この図書室で最も頼りになる司書は恥ずかしがり屋のゴーストであるため、めったに姿をみせない。そのため、まずは手紙をしたためること。気付けば同じ場所に返事が返ってきているから、それをみて書棚を探すこと。馴染みになれば姿をみせてくれるという情報も添えておく。
本棚の最上部から目当ての本を取り出したいのなら、該当の書棚についている魔法道具を操作するとよいこと。魔力がなければ使えないが、学園長に交渉して持っている魔法道具に魔力をこめてもらえばよい。
持ち出し禁止ではない本を借りたければ、図書室に入ってすぐの絵画にいる女性がが手続きをしてくれるが、その美しさを讃えてからお願いすること。
時間内に読めなかった本を戻すのなら、図書室に古くから住む妖精の力を借りること。ただし礼儀と対価を忘れずに。
これだけ教えておけばよいだろうと振り返り、アズールは息をのんだ。
夜の帳が落ち宝石のように星が煌めく時刻、窓から差し込む月の明かりに包まれて監督生が笑っていた。
これまでに見たことがない笑顔だった。寂しさと不安が複雑に混ざり合って苦しいくせに笑っている。綺麗でも、可愛くもない。だが、監督生のありのままの感情がそこにはあって、それを自分にみせれてくれたことが嬉しいと思ってしまった。
ありがとうございます、と心からの感謝を伝えてくる言葉が、鼓膜を優しく震わせる。
――私、帰りたいです
ぽつりと落ちた望郷の声は静かに、アズールの胸に美しくたゆたう。まるで、水中洞窟を抜けた先で、誰にも教えたくない自分だけの景色をみつけたような気分だった。遠い水面から一筋の光が射して、孤独に揺れている。頼りなくて儚い、でも確かにそこにある。
気付けば、「はやく故郷への道がみつかるといいですね」と柄にもないことを口にしていた。
意識せずに飛び出した言葉は、アズールのもとへと戻ってはこない。しまった、と思ったが内容的には問題ないはず。
ちら、と視線を送れば、監督生は笑顔をひっこめてわずかに唇をうごめかせたあと、ほんのりと頬を染めて頷いてくれた。なんだか監督生が、存外可愛らしくみえた。
翌日から、監督生をみかければ目で追うようになった。
彼女はいつもどこでも笑っていた。ときおり、友人や魔獣相手に怒っていた。授業のときは眉を寄せて悩んでいた。
常に明るく、少しばかり要領が悪くて、いつも懸命で。アズールが図書室でみたあの姿は、どこにもなかった。上手く隠していた。
ぞくぞくと背筋が震えた。この学園にきたときから傍らにいた魔物にも、いつも周囲にいてくれる友人たちにも、あの顔をみせたことはきっとないのだろう。
じっくりと時間をかけて彼女を観察していたアズールは、薄く微笑んだ。
自分だけ。自分だけだ。あの監督生を知っているのは!
ああ、またあの顔で、自分を頼ってほしい。助けを乞わせたい。そうして、側において、いろんな彼女をずっとみていることができたならどんなにか胸躍るだろう。
そう強く思う自分に気付いたと同時に、少々根の曲がった恋をしていると自覚したアズールは、びっくりして椅子から転げ落ちた。
同じ部屋にいたジェイドとフロイドが、ずいぶんと驚いた顔をしているのを、茫然と床に倒れたまま見上げたことを覚えている。
決別の日がきた。
数日前に監督生のカードにスタンプを押したアズールは、重く短い溜息をついた。ちらちらと脳裏に過るカードの幻影は、あとひとつのマスしか残っていない。
あいかわらず、監督生はせっせとモストロ・ラウンジに通ってきている。
そのたびごとにアズールは彼女を出迎え、苛立つ気持ちを抑えつけてポイントカードにスタンプを押している。
自分で自分の首を絞めているというか、死へのカウントダウンを刻んでいるようなものである。
かといって、自分以外の者が知らぬうちにスタンプを押すのも腹ただしい。
悩み苦しむアズールに「では、やめればよろしいのでは?」とニッコリ笑顔で告げてきたジェイドの顔は思い出すだに憎らしい。わかっているくせに。
予定調和を嫌うジェイドにはわからないだろうが、予定と準備と脳内想定を台無しにされることが、アズールはとても苦手だ。
だからこそ、監督生のポイントカードの状況を把握したかった。急に「相談を受けてください!」といわれ、慌てふためくなんて無様なことになりたくなかった。
そして、今日はきっと、監督生がやってくる。アルバイト代がはいったのだと、昼の食堂で友人たちと話していたという情報を得たのだ。その友人たちは、放課後は補習という情報もある。
これまでの傾向からみて、監督生はおそらく一人でやってくる。残り1ポイントでカードが埋まるから、頼むのはスペシャルドリンクであろう。ちょうどスペシャルドリンクの内容を変更したので、美味しいといってくれればよいのだが。
そこまで考えつつ、アズールは額に指先をあてた。むしろ頭を掻きむしって中折れ帽を明後日の方向へと投げ捨てラウンジでの仕事をすべて放り出し珊瑚の海に帰りたい。
だが、深海の商人として、アズール・アーシェングロットは商売しなければならない。
ポイントカードが一枚たまるごとに無料で相談に乗ると取り決めて、それを大々的に宣伝している以上、それを反故にすることはできない。そんなことをしたら信用問題になる。自分の個人的感情で、商売に泥かぶせることはできない。
だからアズールは恋しい少女の望みのまま、彼女を故郷へと導くため、生涯ただ一度の魔法を使わねばならない。そして、この心を散らすのだ。次代へと命を繋いだオスのタコがそうであるように、海に還るのだ。
ああああああやりたくないいいいいい! ぜったいにいやだ! 監督生さんとキスしたいけど帰って欲しくない! っていうかそんなに帰りたいのか?! 僕がいるこの学園にどういった不満があるというんだ?! ――いや、そんなものたくさんあるにきまってるだろ。逃げられないように追い詰めて契約を結びオンボロ寮をとりあげようとしたあげく、駄々をこねてオーバーブロットするようなやつのいるところなんて怖いに決まっている。
せわしなく脳内会議で自分と自分と争わせていると、ぽん、と肩が叩かれた。
「アズール」
「なんですかジェイド」
いま忙しいんだよと、声をかけてきたジェイドをねめつける。
「お考えの最中すみません。幾度も声をかけたのですが気づいていただけなかったので」
「なにかあったのか」
よほどのことがあったのだろうかと慌てて表情を引き締める。ジェイドは胸に手を置いて、ぺかぺかと輝くような笑顔で頷いた。
「はい、監督生さんがお呼びです。ポイントがたまったとのことでアズールに相談があるとか」
「はやく言え!!」
あわててVIPルームを飛び出す。
廊下ですれ違った寮生があり得ないものをみたように驚いた顔をしているのをみて、わずかに理性を取り戻す。アズールは深呼吸を数回繰り返したあと、監督生がいつも一人のときに座っているカウンターへと優雅に歩み寄った。
「こんばんは、監督生さん」
「アズール先輩!」
慌ててなどいませんけど? といわんばかりに営業用のスマイルで武装して声をかければ、ぱっと監督生が振り返った。
カウンターの向こうには、ジェイドと同じくらいに、ぺかぺかの笑顔を浮かべたフロイドがいる。
視線だけで去るように指示をすれば、あの大きな身体でするりと音もたてずに消えていく。ひらひらと振られた手が、どういう意味なのかはわかりかねた。
「ジェイドから聞きましたよ。ポイントが貯まったそうで」
「はい、そうなんです! ありがとうございます!」
ぱあっと華やぐような監督生の嬉しそうな顔を前にして、アズールの心は深海の底へと落ちていく。
「あの、それで、さっそくで申し訳ないのですが、ご相談がありまして……」
一転して笑顔を押し込めた監督生が、そっとポイントカードを差し出してくる。
アズールがスタンプを押すはずだった箇所には、スタンプと花丸がしてある。こんなことをするのはフロイドくらいなものだ。最初から最後までリーチ兄弟の手の上のような気がしてきた。
とはいえ、相談事を持ち込まれたなら応えねばならない。
そっと受け取ったアズールは、奥歯を噛みしめたあと薄い唇を開いた。客を安心させるための笑顔を浮かべる。
「――ええ、わかりました。では閉店後はかがですか?」
「っ、あ、は、はい、よろしくお願いします」
まさか今日を指定されるとは思っていなかったのか、一瞬だけ監督生が驚いた。だがすぐに思い直したのか、了承してくれた。
こちらとしても、いささか急すぎるかとは思うが、なるべくはやく済ませてしまいたい。ここで躊躇ってしまったら、ずるずると日取りを伸ばしてしまいそうな気がした。
「ではまた、のちほど」
緊張に表情をやや硬くしている監督生を置いて、アズールは立ち去る。
その後、どのように店を運営したのか覚えていない。
気付けばモストロ・ラウンジは閉店していて、ジェイドとフロイドに押し込められたVIPルームのソファに腰かけたアズールは、心をざわつかせて監督生を待っていた。
刻一刻と迫る処刑を待たされ、精神を削り取られていく死刑囚のような気分である。
寮にこのまま帰ったらまずいのはわかっているけれど、切実に帰りたい。引きこもりたい。
考えすぎて爆発しそうな頭を抱えたとき、控え目なノックの音が響いた。アズールは、顔をあげて立ち上がる。
軽く服装を整えて、瞳を閉じて深呼吸をひとつする。
僕は、アズール・アーシェングロット。助けを求める者へ、慈悲深き深海の魔女のように手を差し伸べるのだ。
そうして目をあけて、薄い笑顔を形作る。
「どうぞ」
やわらかな声で誘い招けば、重厚な扉がゆっくりと開き、監督生が不安そうな顔をしながら入室してきた。
「こんばんは、アズール先輩」
「そう緊張せずともよろしいのですよ」
さきほどまで自分も同じような状態であったことを棚に上げ、アズールは監督生をソファへと座るよう促した。
素直に腰かけた監督生の隣へと座ると、まさかそこにくるとは思っていなかったのか、細身の体が跳ねた。
どうせこの後のことを考えればこのほうが都合がいいだろう。にこっと「どうかしましたか?」とばかりに微笑んでみせれば、それ以上は何も言えないのか顔を背けられた。
「相談前に紅茶でもいかがです?」
「い、いえ、だいじょうぶ、です」
震える声で話を進めようとする監督生は、ぎゅっと膝の上で拳を握りしめた。
「あの、それで、私の相談なんですけど、」
「わかっていますよ。ジェイドとフロイドから聞いています」
勢い込む監督生を奈落の底へと落とすように、すでに知っていることを教えてやれば、おもしろいくらいに狼狽する。
「ええっ!? な、なに、知って?! は?!」
「僕のファーストキスの魔法が目的なのでしょう?」
ぽかんとした顔をみせたあと、監督生は真っ赤になった。
「あ、あああああのウツボ兄弟……! ゆるさないっ……!」
羞恥と怨嗟に塗れた恨み言も、彼らにとっては踊りだしたくなるような楽しい音楽程度のものだろう。
許さないといってもどうにかする術を監督生が持っているとは思えない。ゆっくりと頭を振り、馬鹿な考えを持たないように諭す。
「恨むなら、彼らに口止めをしなかったご自身を恨みなさい」
「はい……おっしゃるとおりです……」
しょぼしょぼとまるで水分が抜かれたような表情で監督生は縮こまり、頭を小さく上下に振っている。反省なさい、という言葉にも、かくかくと頷いた。結構なことである。
「あの、ポイントカード一枚しかないんですが大丈夫ですか……?」
「かまいませんよ。対価は、願いを叶えると同時に貰えるものでかまいません」
「?」
はっきりと言わないとわからないのかもしれないが、ここで怖気づかれても面倒だ。それ以上なにも言わないアズールに監督生は首を傾けている。
「それで、とくにご希望に変更はありませんか?」
「ああああ、相談内容まで知ってるんですかあああああ?!!?!」
嘘でしょさすがにそこは言っちゃダメでしょ? なんで知ってるんですか?! と監督生は両の手で顔を覆った。「ウツボどもほんとうに許さない」とブツブツ呟いた後、やがて覚悟を決めたように手を離してアズールを見つめる。
「ご、ご存じということなんですけれど……あらためて私から話をさせてくださいませんか?」
顔色を赤くしたり青くしたり忙しない人間である。そんなところも面白くて可愛くて腹ただしくて、アズールは皮肉気に笑った。
「そんな必要あります?」
「え?」
まさかそういわれるとは思っていなかったのか、不安げな顔をして監督生がアズールをみつめる。
「でも、私、アズール先輩に伝えたいことが、」
「ああ、うるさいですねえ」
熱のこもった瞳が、潤んだ視線が、アズールをざわつかせる。見ていると、ぐらりと意識が揺さぶられる。もうみていることができなくて、眼鏡を外す。
「!」
手を伸ばし、監督生の腕をとる。アズールの手でも容易く折れそうな細さだ。引き寄せて近づいた監督生の首の後ろにもう一方の手を添える。
覆いかぶさるようにして身体を寄せて、唇を重ねた。
監督生が身を固くする。ようやく理解したのだろうか。ファーストキスの魔法を使わせるということは、自分もまた唇を差し出さなければいけないことを。それが対価であることを。
浅はかな監督生を心の中で嘲笑う。同時に、こんなことでもなければ触れることができなかっただろう自分を嗤う。
きっと、これが最初で最後の、恋しい人との口づけ。
触れたぬくもりと柔らかさに泣きそうだ。ずっとこうしていたいけれど、アズールは願いを叶えなくてはならない。
名残惜しく思いながら離れる。目を限界まで見開いて、真っ赤になっている監督生を鼻で笑って、その小さな耳に唇を寄せて囁く。
「あなたの故郷への道が、いますぐにも開かれますように――さっさと、帰ってしまえ」
ああ、こんな願いなど叶わないほうがいいのに。未練がましく、心の中で呪いに似た自分の願望を重ねて、アズールは眼鏡をかけなおした。
「え、あ……どう、して……」
アズールの言葉をようやく理解したのか、監督生が細い喉を震わせる。震える手で制服の胸元を握りしめ、真っ青な顔で浅い呼吸を繰り返す。
「ごめ、ごめんなさい……わた、私っ、……」
「監督生さん?」
様子がおかしい。なぜ、そんな顔をする。ここはあなたが喜ぶべきところのはずだ。ありがとうございますと、いつものような穏やかであたたかな笑顔を僕に向けるべきところのはずだ。だって自分は、彼女があの日図書室で吐露した願いを知っている。帰りたいと切実に願っていた彼女の姿を知っている。僕が、僕だけが。
それなのに、どうしてそんな悲しそうな顔をする!
混乱するアズールを細い両手で押しのけて、監督生はよろよろと立ち上がる。ぎこちなく会釈をして、扉へとおぼつかない足取りで向かう。
「そんなに帰ってほしかったなんて知らなくて……これまでずっと、ごめいわく、おかけしました……さようなら」
「は?」
聞き捨てならない台詞を残し、監督生は扉の向こうに消えていく。
言われたことが理解できなかったアズールは茫然自失のまま、ジェイドがくるまでずっと身動き一つとれないでいた。
監督生は、表記するなら濁点混じりになるだろう汚い泣き声をあげ、母を探す迷子のようにオンボロ寮への道を歩いていた。
悲しい、恥ずかしい、寂しい、みっともない。
心のどこかでアズールも憎からず思っていてくれるのではないかと、そんな浮かれていたことを思っていた自分を消し去ってしまいたい。
告白をするつもりだった心は、恋しい人の手でぼろぼろにされてしまった。
――アズール先輩が好きです
もし、もしも、私の気持ちを受け入れてくれるなら
ファーストキスの魔法で、私を繋ぎとめてくださいませんか――
何度も何度も考えた、伝えることさえ許されなかった精一杯の言葉が、涙と一緒に落ちていく。ぽたぽたと学園の道を濡らして、とぼとぼとした足取りの跡となる。
思いだすのは、憎々しげな青い瞳と、氷のように冷たい声ばかりだ。いままで、あんなアズールをみたことがない。
さっさと帰ってしまえ、だなんて。
そんなことを言われる可能性をまったく思っていなかった。
ああ、私はなんて馬鹿なんだろう。少しばかり気にかけてくれてただけで、勝手に舞い上がって、好きになって。さっさといなくなればいいと思われているなんて、気づきもしなかった。
こんな無価値で愚かな人間の女など、あの人魚の王子様が拾い上げてくれるわけがなかったのだ。海の底の砂に埋もれたゴミなんて、あの美しいひとが一顧だにするわけがなかったのだ。
だって、私の話すら、聞いてくれようとしなかった!
ジェイド先輩とフロイド先輩の、うそつき。素敵な結末なんて、どこにもなかった。最初からありえなかった。わかっていたくせに、おもしろいからって私を焚きつけたんだ。
消えてしまいたいと小さくなりながら寮に帰ると、グリムとゴーストが出迎えてくれた。
おろおろと足元を行き来するグリムと、慰めようとするゴーストたちの前で散々泣いた後、心配する彼らにしゃくりあげながら礼を述べ、監督生は勧められるままにシャワーを浴びた。
温水とともに苦い失恋は流れ去ってはくれなかったけれど、少しばかりすっきりした。
食事をとる気持ちにもなれず、泣きはらした瞳もそのままに、早々にベッドにはいれば、いつも少し離れたところで眠るグリムが何も言わずに寄り添ってくれた。
さりり、と頬を舐め、すぐそばで丸くなってくれる言葉にしない思いやりが、冷えた胸をあたためてくれた。
ふわふわと、寝室を漂っていたゴーストたちが「ゆっくりおやすみ」とかわるがわるに優しいキスを額に落として消えていく。
寝よう。眠ってしまえ。そうして、今は逃げてしまおう。それくらいならば、恋に破れた今の私には許されるだろう。
泣き疲れていた監督生は、グリムの体温と寝息に誘われるようにして意識を手放した。
「……おまえ、オスの趣味悪過ぎなんだゾ」
片目を開き、なにもかもわかっているような言葉を漏らしたグリムは、もう一度涙のあとが残る監督生の頬に触れ、夢の世界へと旅立つ彼女の供をするように目を閉じた。
私、夢をみている。
そう意識できたまま、波間をたゆたうクラゲになったように、上下左右なにもわからぬ空間を漂っていく。
明るくもなく、暗くもない。暑さも、寒さも感じない。ここはやはり夢の中なのだろう。
そうである意識したとき、夢ならば覚めるものとばかり思っていたが、そんなことはないようだ。
何をすることもない監督生は、ゆっくりと身体を丸めてみた。抱えた膝に頬を乗せ、じっと身動きせずにいる。
「ばあ」
薄く開いていた視界に、鮮やかな青が翻った。左右で色の違う瞳が、にんまりと笑っている。
監督生は目を瞬かせながら、ゆっくりと顔をあげた。
「フロイドせんぱい?」
目の前に現れたのは、よく知っている人物だった。
ただし、普段見ている姿ではない。青緑の鱗に白い肌をもち、長い尾と鋭い鰭、水かきのついた手――と、彼の本当の姿である人魚として目の前にいる。すいすいと当たり前のように泳いでいる。
「どうして?」
今、夢をみるのならきっと、彼のほうだと思っていたのに。儚く散らされた私の恋のお相手。会いたくないけれど、それと同じくらい会いたいと恋うひと。
「ん~、小エビちゃんもう眠ってるかなーって思って」
「そう、ですね?」
「夢の中にお邪魔してみましたあ」
オレすごーい、と上機嫌に無邪気に笑うフロイドに面食らう。優秀な魔法士はそんなこともできるのか。
アズールに自分の目的を話していたこと、アズールから振られるとわかっていて相談をすすめたこと、今度顔をあわせたら怒ってやろうと思っていたのに、フロイドの自由な様子をみているとどうでもよくなってくる。そも、リーチ兄弟はそういう生き物なのだ。
監督生は、小さく笑って首を傾ける。
「魔法ってなんでもありなんですね」
「ううん、今が特別」
さしのばされたフロイドの手に、監督生はおそるおそる指先を乗せる。さあ、どうぞ、と言わんばかりに長い尾の上に腰掛けさせられる。ふわふわとわずかに上下するフロイドの尾びれの上は、身を預けるにはちょっと不安定な気もしたが、座り心地は悪くない。
監督生は首を傾ける。
「とくべつ? ってどういうことですか?」
「だってえ、今の小エビちゃんはただでさえよわっちいのに、さらによわっちくなってるからあ、これぐらいは簡単!」
オンボロ寮に直接きてもよかったけど、アザラシちゃんとゴーストたちがいるから面倒じゃん? とフロイドが笑う。
夢渡りの魔法は、かける相手が心身ともに弱っていると成功しやすいらしい。ううーん、なるほど、自分の今の状態ならさもありなん。
「で、アズールになにいわれたの?」
ひく、と監督生は喉を震わせた。おろ、と視線をさ迷わせ、両手をみぞおちの当たりでぎゅっと握りしめる。
「さっさと、帰ってしまえって……」
「なにそれウケる、ひどくね?」
そういいながら、けらけら笑うあたりフロイドだ。その彼らしさにまた笑う。
「はい、ひどいです」
そう。ひどい。アズールに、お前はどうでもいい存在だと言われたようなものなのだ。
「告白する前に、ふられちゃったんです」
アズール先輩が、私にそんなに帰ってほしがってたなんて知らなかった。たった一度きりの魔法を使ってまで、帰らせたかったなんて知らなかった。
自分で言葉にすると、涙が自然と零れた。ぽろぽろと溢れるそれは、丸い玉となって辺りに漂う。
存外優しい仕草で、フロイドが涙を払う。垂れた瞳が、やんわりと細くなる。
「そっかあ。とりあえずジェイドに絞めるようにいっとくね」
「え?」
腕を組み、むむむ、と眉間に皺を寄せて、何事か念じるフロイドに目を瞬かせる。ひらひらと揺れる深海色をした髪が、まるでアンテナのようなだなんて少しばかり思ってしまった。まさか、ジェイド先輩に電波でも送っているのだろうか。そんな馬鹿な。
「オンナノコを泣かせるようじゃオスとしてだめだよねえ」
ぐす、と監督生は鼻を鳴らす。夢の中だというのに、鼻の奥がつんと痛い。目頭にまた熱がともる。
「フロイド先輩……私、ここからいなくなるんでしょうか」
明日? それとも明後日? もしかしたら今この瞬間にも、ファーストキスの魔法で私は消えてしまう?
怖い。怖くてたまらない。帰りたいとは思う心はあるけれど、せめてもう一目だけでも、アズールに会いたい。あの人の姿を記憶から消えないように、焼き付けたい。
考えれば考えるほど、顔から血の気が引いていく。わっと顔を手で覆えば、フロイドが笑った。
「なんでそんなこと思うわけ?」
「だって、人魚のファーストキスの魔法は、願いを叶えるんでしょう?」
あの夕暮れが美しかった日の図書室からの帰り道で、ジェイドと二人で言っていたはずだ。「ファーストキスの魔法は、叶っているといえる」と。
「え~、オレそんなこといってねーし」
当事者の片割れは、そんなこといってないとばかりに顔を顰めた。
ぽかん、と監督生はフロイドをみつめる。
あれ? そういえば、ジェイドの言葉をフロイドは否定も肯定もしていない。
ぐるぐると目をまわす監督生が面白かったのか、にぱーっと花ひらくように、フロイドが笑う。
「あんね、俺のファーストキスの魔法がどうなったか、教えてあげる~」
教えてくれるのならばありがたい。ひとつでも、参考になる事例は知りたかった。でも、と監督生は戸惑う。
「大切な思い出なんでしょう?」
「いまはねえ、しゃべりたい気分」
気分屋のフロイドらしいと、監督生は小さく笑う。くるくると変わる感情が、彼が何にもとらわれない自由な存在であることを示している気がした。
「あんね、オレのファーストキスの魔法の相手は、ジェイドだよ」
「えっ」
監督生は目を丸くした。フロイドのファーストキスの魔法の相手がジェイドということは、ジェイドのファーストキスの相手はフロイドということ……? いやいや、お互いにはじめてというということも限らない……。え、あれ? まって、兄弟でキスしたの?
言葉を失くした監督生を綺麗に無視して、フロイドは歌うように続ける。
「こーんなちっちゃい稚魚のときにさあ、近所の人魚が話してるのをきいてやってみたんだよねえ」
あ、なるほど子供の頃の話か。監督生はちょっとほっとした。きっとこの兄弟のことだから、楽しそうだからという理由で実行したのだろう。
そのときことを思い出しているのか、フロイドはどこか遠いところをみるように目を細め、過去を懐かしむ優しい顔をして囁く。
「オレは、二人でたくさん楽しいことができますように」
紡がれた願いの内容は、子供らしく無邪気で、未来への希望が詰め込まれていて。
「ジェイドは、オレたちがずっと相棒でいられますようにって」
きらきらと輝く星のように、尊くて手伸ばして抱きしめたくなるような愛しさがあった。
「たいしたことない願いでしょ?」
あっけらかんと、フロイドは言う。
でも、それは、彼が言うほど軽いものではないような気がする。たいしたことないといいながらも大事に想っていることが、伝わってくるから。
「でも、じゃあ、ファーストキスの魔法は、やっぱり願いを叶えるってことじゃ……?」
そうでもないよお、とフロイドは頭を振る。
「ファーストキスの魔法はさ、誓いみたいなもんだから。願いを叶える力なんて、あるかもしれないしないかもしれない、そんな程度のもんなの」
「そうなんですか……?」
「オレとジェイドは、自分たちがそうしたいからそうしてきたの。だから結果的にみれば、願いは叶ってるといえる」
なるほど、と監督生は頷いた。
ジェイドの言っていた言葉は、嘘ではないのだ。彼らは、監督生には想像もできない時間を生きてきたはずだ。海の環境はきっと厳しくて、だから、相棒に選んだフロイドとずっと一緒にいたいと願った。
「オレたちはさ、二人で願ったことを本当にするために生きてる」
ゆらゆらと、不思議な空間に漂いながら語るフロイドの言葉が、心地よく耳朶に染み込んでいく。
「願いは叶えるために動かなきゃ、ただの言葉でしかない」
左右で色の違う瞳が、じっと監督生をみつめている。幼い子供に言い聞かせるように、じっと静かに。
「だからね、小エビちゃん。あんまり気にしなくてもいいよ」
一転して、フロイドがはしゃぐように長い両の腕を広げる。
「アズールのファーストキスの魔法なんてたいしたことないって。本気でそう思ってるわけじゃねえし、あてになんないって~」
あはははっと軽やかに笑い飛ばすフロイドをみていると、悩む自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。
「……ふ、ふふっ、あはははっ!」
ああ、あの努力を重ねるアズール・アーシェングロットの魔法をそんなふうにいえるのは、このフロイドとジェイドくらいのものだろう。
「先輩、ありがとうございます」
監督生は笑う。心はまだ痛いし、あの瞬間を思い出せばつらいけど、眠る前よりずっと気持ちは清々しい。
フロイドのいうとおりだ。自分の願いと自分の恋は、叶えるために私自身が努力しなければ意味はない。ファーストキスの魔法に頼らずとも「きっといつか」と希望を抱いて、そうしたいからそうしなければいけない。
きゅっと瞳に力をこめる。そうだ、自分はまだちゃんと言えてすらいない。まず「好き」っていってやって、それからどうするか考えたっていいだろう。
「あは、ちょっと元気でた~?」
「はい。とっても!」
なんの温度もなかったこの夢の世界が、ほんのりと温かくなったような気がする。
すると、ふいにフロイドの輪郭がぼんやりとしてきた。本人もそのことに気付いたらしく、「ちぇー」と呟く。
「ここまでかあ、もっと小エビちゃんといたかった~」
「ふろいど、せんぱい……?」
どうしたんですかと、呼びかける自分の口がおぼつかない。あれ、あれ、と疑問符ばかりが浮かぶ中、何かを考えようにも考えられなくなっていく。
「自意識の強い人間の夢の中なんて、夢魔でもないと長くはいられねーの。じゃあね、小エビちゃん」
するり、と長い尾を優雅に動かし、フロイドが離れていく。まって、と言葉にすることももうできない。
ねえ、と優しい声がする。
夢の中のはずなのに、眠くてたまらない。監督生は、かくりと頭を揺らす。とろりと瞼が落ちてくる。意識が遠のく。そのまま、自分の身体さえもおちていくよう。
「なぁんにも知らない、お馬鹿な小エビちゃん」
幾重にもフロイドの声が重なって聞こえる。
「もっと、アズールのことを知ってあげて」
でもそれもだんだんと聞こえなくなっていく。
「今のままじゃぜんぜん足りねーからさあ、もっともっと、深海の底に落ちてくみたいにアズールのことをわかってやって」
わからなくなっていく。
「そんでもっとオレたちを楽しませて」
なにをいっているのかわからないけど。
「あは」
楽しいのだということは伝わった。
「二人ともこーんなおもしろいんだからさあ、ぜってぇ逃がさねえよ」
意識が完全に途切れる瞬間、深い底で金色の目がふたつ、細い月のように光った気がした。
アズールは、VIPルームに特注の蛸壺を召喚し、その奥底で蹲っていた。
セカンドオーバーブロットも辞さないくらい気分が落ち込んでいた。
監督生が去ったあと、急ぎ足で現れたジェイドに回し蹴りをくらって昏倒するまで、彫像のように固まっていたのは、もうどれくらい前のことだろう。
これまでにみたことがない悲しそうな表情をした監督生の姿が、ずきずきと痛む頭から離れない。
「ああ、なんて可哀そうな監督生さん」
クスクスと含み笑いをしながらそんなことを言われても、まったく心に響かない。そのくせこちら側に罪悪感を抱かせようとしてくるところに腹が立つ。
アズールは、ギッとジェイドを睨みつけた。
「その芝居がかったしゃべり方をやめろ!」
「いいえいいえ、これが言わずにいられましょうか。恋する少女のこの結末、きっと誰しもが涙するでしょうとも」
胸に手を当て、片方の手は指先までも優雅に伸ばし、ジェイドは笑う。
「う、ううっ」
ぐ、とアズールは唇をかみしめた。
恋する少女とは監督生のことだろう。それぐらいわかる。だがいつの間にそんな相手ができていた? そんな情報はどこにもなかった。ということはつまり、アズールの情報網にひっかからないところ――彼女の故郷に、想う相手がいるのだ。
ハッ、とアズールは鼻を鳴らしてその言葉を撥ねつける。
「だとしたら間の抜けた話だ。その恋を叶えるために取引しようとするなんて、ええ、ええ、浅はかな人間の考えそうなことだ!」
そう、人間は浅はかだ。そして愚かだ。自分たちの願いを欲望を叶えることばかりで、そのために消費するモノの気持ちなんて考えない。
願いを叶えるために触れた存在が、どんな感情をもち、どんなに恋焦がれているかなんて思いもしない。
悔しい。妬ましい。
彼女の恋の相手が自分でないことが。彼女が恋をしている相手が。
必死に文献の文字を追う、真剣な横顔を思い出し、アズールはまた泣いた。図書室の利用方法を教えた自分が恨めしい。その結果として、アズールを利用することを思いついた監督生も恨めしい。
悪いことばかりが頭に浮かんで胸が苦しくてたまらない。
こういうときは、ひとりきりで思いっきり泣くに限る。
ジェイドもフロイドも、今はただ鬱陶しかった。
人魚の姿でも人間の姿でも、問題なく入りこめるよう造られた蛸壺の中で、アズールはさらに膝を抱えて縮こまる。
小さな出入り口から、ジェイドがこちらを伺っている気配がするが、綺麗に無視をする。
「む?」
それまでアズールを煽るような物言いばかりをしていたジェイドが、何かに気付いたような声を漏らす。
沈黙し、目を閉じて何事か考えるそぶりをみせているジェイドを、アズールは胡乱な目でみつめた。はやくどこかにいってほしい。一人にしてほしい。
「なんです? なにもないなら、さっさとでていけ」
「いえ、たいしたことではありません。アズール、とりあえず少しばかり絞めさせていただいても?」
にこにこと笑いながら長い腕と大きな手を伸ばしてくるジェイドが、一瞬なにを言っているのかわからない。ただ、身体を走る嫌な予感にしたがってアズールは叫ぶ。
「嫌にきまっているだろう!」
壺の中に侵入してきた手を、問答無用で叩き落とす。
「困りましたね。フロイドからアズールを絞めてしまえ、といわれたのですが」
「……は? おまえたち、なん、はあ……?」
スマホを使っているわけでもない。魔法を使っている気配もない。なのに、なんでかは知らないがお互いに意思疎通ができているらしい。
アズールは底知れないこの兄弟に、今まで抱いていなかった種類の恐怖を感じた。
「こわすぎでは?」
素直な言葉に、心外極まりないとばかりにジェイドが憂いに満ちた表情で息を吐く。
「失礼な墨吐き坊やですねえ。さて、絞めるために邪魔ですから、この蛸壺は処分しましょうね」
ガン、と蛸壺全体に衝撃が走る。ガン、ガン、と常人ならば耳をふさぎたくなるような音とともに、何度も繰り返される強烈な足蹴りに、アズールは慌てた。
下手をするとこのまま壺が倒れて割れてしまう。いや、ジェイドはそのつもりなのだろう。
「やめ、やめろばかっ! どうしておまえは人の話をきいているようできいていないんだ?!」
「聞いてはいますが、それに従うつもりがないだけです。ああ、それにしても丈夫な蛸壺ですねえ」
「余計に悪い! やめろ! 壊れるだろうが!」
フフフ、と笑いながら長い足を振りかざして執拗に蹴りをいれてくるウツボの人魚は、至極楽しそうである。正気のようでいて狂気に全振りしているときのジェイドは、なるべく相手にしたくない。
魔力を大量に使うが転移魔法で脱出を図ろうと、アズールがマジカルペンを握りしめたとき。
「だってアズール、あなたオンナノコである監督生さんを泣かせたのですよ? 今も泣いておられるのですよ? ならばそれ相応の罰を受けてしかるべきでしょう」
「は?」
聞き捨てならない言葉だった。たしかに、部屋を出ていくとき今にも泣きそうな顔をしていた。どうしてかと尋ねることはできなかったけれど。
反射的に、アズールは蛸壺から上半身を出して叫んだ。
「監督生さんが泣いている?! なぜ?!」
「おや。普段は冷静沈着なあなたが……判断力が鈍っているのでは?」
「!」
にやり、と笑うジェイドに腕をひっつかまれた。
まずい、と思ったときには、蛸壺から引きずり出されて床の上。したたかに身体を打ちつけたアズールは、恨めしげにジェイドをみあげた。
するり、と長い手足がアズールに絡みつく。流れるように腕をとられ、長い脚がアズールの上半身を抑えつける。腕挫十字固をかけられたアズールは、ぎゃっと悲鳴をあげた。
というか、これは絞めるというより、極められているのでは?
「い、痛い! いだだっだ……!!」
「まったく、せっかく僕とフロイトが楽しく遊んで……いえいえ、優しくあたたかく見守っていたというのに、どうしてこんなさらに楽しい……いえいえ、困ったことになるんです?」
「わざとらしく本音を漏らすな! あだだだ、やめ、やめろっ! 関節がおかしくなるっ、~~~っ、ううっ!」
「フフフ、すみません。では次いきましょうか」
「ああああ?!」
無慈悲な続行宣言とともに滑らかな仕草で足を極められて、アズールは悲鳴をあげる。思わず床を強く叩く。
どうして人間の足はこう不便なんだ?! 人魚の姿であれば何の効果もない関節技に、アズールは悶絶した。
「まったく、せっかく監督生さんが勇気をだしてアズールに告白したのに、どうしたことですか? きちんと話してください」
「はあ?! 監督生さんはそんなことひとことも……!」
どうしてそんな話になる?! そもそも彼女は故郷に帰りたがっていてそのために、その、ために……?
「え?」
「え?」
びっくりした様子で、ジェイドが手を離す。同じように驚いたアズールは、へたりと床に伏せた。
致命的な何かがあると、直感した。
立ち上がり乱れた服を軽く直したジェイドが、腹の前で静かに手を重ね合わせる。
「監督生さん、アズールに告白したでしょう?」
「……いいえ」
ものすごく嫌な予感が、ひしひしと波のように押し寄せてくる。指先が冷えて、心臓がうるさいほどに跳ね上がる。そのくせ胸の奥は冷たく奈落の底に落ちていくように、ぎゅうぎゅうと締まって呼吸がしづらい。
「……ファーストキスの魔法で、アズールのそばにいられるようにしてくださいと、いいませんでしたか?」
「……イイエ」
「アズールは、監督生さんのことがお好きなのでは?」
「……ハイ」
「あなたもしかして、監督生さんの話をちゃんと聞かなかったんじゃないでしょうね?」
静かな問いかけの中に、まさかね? そんな馬鹿な真似してませんよね? というジェイドの心情が透けて見える。
いや実際、そのまさかなわけだが。
アズールはその場に蹲った。
「……だって! だってえええ! 監督生さんはずっと帰りたがっていたじゃないか! まさか僕のことが好きだなんて思うわけないだろ!!」
うわああぁぁん、と聞き分けのない子供のように床の上で泣きわめくアズールを見下ろし、ジェイドは眉根を寄せて頭を振る。
「そもそもおまえはなんで監督生さんの気持ちを知っているんだ?!」
「僕たち、監督生さんの恋を応援しているので」
にこっ、と光り輝くように笑うジェイドの胡散臭さったらない。
絶対面白いことになるからと、フロイドと一緒になって関わってきただけだ。蜂の巣をつついて周囲に被害を及ぼしながら、その様子を安全なところから眺めて笑っているような感じだ。たちが悪い。
「もうやだあああぁぁ!」
なんてことだ。
勘違いをしていたとはいえ、自分は彼女を傷つけた。
いやだって、重ねていうが、まさか彼女が自分を好いているだなんて思いもしなかった。周囲には知られないように手助けはしたが、それだけだ。無理難題な契約条件を突きつけたし、寮から寒空に放り出したし、見下すような言葉も投げかけたことだってある。
それでどうして好かれていると思う? こちとら恋愛初心者なんですけど?!
脳内で逆ギレをかましつつも、わずかに動く思考を懸命に巡らせる。
だがジェイドの話をきいた今ならわかる。
さっさと帰ってしまえ、なんて――なんてひどいことを言ってしまったのだろう。取り返しがつかない。どんなことを言って、どんなことをすれば許してもらえるのか思いつかない。
「あなた、とんだ恋愛ポンコツ野郎だったんですね。童貞だとは知っていましたが」
「ううううっ!」
余計な一言に言いかえすこともできない。蹲ってしまったアズールの頭上で、ジェイドが心底呆れたといわんばかりの溜息をつく。
「僕、監督生さんがほんとうに可哀想になってきました」
それは長い付き合いで初めて聞く、ジェイドの本気の同情だった。
アズールは床に向かって頭をふるう。
ゴン、という鈍い音が、どうしようもない空気に満ちたVIPルームに響き渡った。
ふと目をひらけば、カーテンの向こうはすでに明るくなっていた。
監督生は目元をこすり、ふわふわと息を吐く。
ああ、不思議な夢をみた。フロイドに慰めてもらう夢だ。最後のほうは、よく聞き取れなかった。彼は、なんて言っていたのだろう。
考えてもわからない。あれが現実のことかどうか、何を言っていたのかは、フロイドに尋ねてみるしかないだろう。
「う~ん……」
ベッドの上で身を起こし、大きくひとつ伸びをする。
ちらりと視線を投げた先では、グリムがやわらかなお腹をみせて眠っている。ツナ、ツナ……と言いながら、ひくひくと前足を動かしている。どんな幸せな夢をみているのやら。
くす、と笑った監督生は、己の胸に手を当てた。
眠る前に感じていた不安や焦りが、幾分か和らいでいる。これならきっと大丈夫。
なんだかんだと気にかけてれくれたフロイドは、優しいひとである。たぶん。うん、たぶん、きっと。
釈然としない部分には目をそむけて、監督生は寝室を出た。
「おはよう、もういいのかい?」
「おやおや、少し目が腫れているよ」
「冷やしたほうがいい。ほら」
「みんなおはよう。ありがとう、だいじょうぶだよ」
朝はいつも挨拶だけをして去っていくゴーストたちが、口々に心配してくれて嬉しくなる。
ゴーストたちに礼を言い、日が高くなる前に休むように伝えれば、無理はしないようにと言い含めて彼らは消えていった。
監督生はいつものように、身支度を整え朝食を用意する。グリムを起こして顔を洗わせ、ブラッシングをして食事を一緒にとる。いつもどおり、普段どおりの生活を過ごし心と体を整えていく。
そして、少しばかり早いけれど、グリムを促して登校することにした。
「よし、今日も頑張ろうねグリム」
「無理すんじゃねえゾ」
ふん、と達観したような顔でそんなことをいうグリムに思わず頬をすり寄せる。
「うわ~! やっさしいぃ~!」
「子分のことを思いやれるのがいい親分なんだゾ」
胸を張って自画自賛するグリムの顎の下をくすぐって、監督生は笑った。
「その調子で勉強頑張ってね。明日小テストだよ」
「それとこれとは話が別なんだゾ……」
「あはは」
笑いながら玄関を出ると、朝の風が爽やかに髪を揺らした。青空は高く澄んでいて、小鳥たちが近くの木々で囀っている。
よし、と監督生は気合を入れなおす。
今日も昨日と変わらないような一日を過ごそう。何かあったかなんて周りにはわからないように。
そして、心の奥底でざわめく恋が少しばかり落ち着いたなら、考えよう。どうやってこの気持ちを伝えればよいのか。時間はあるはずだ。まだ帰りたくないと願って行動すれば、きっと、きっと大丈夫。
そんなことを考えつつオンボロ寮を出てしばらく歩いていると、アズールと出くわした。
「……は?」
思わず低い声が出た。
彼は監督生が進む道の先で、校舎のほうを向いているからまだこちらには気づいていない。
一瞬、幻かと思って目を瞬かせる。だけど、細身の長身、銀の髪、学生服をすっきりと着こなした後ろ姿は、間違いなくそこにあった。
うそでしょ。昨日の今日でまさか会うとか思わないじゃん。
足を止めて別の道を模索する監督生が一歩足を後退させると、道と靴底が擦れ合って音が立った。
それが聞こえたのか、それとも気配に気づいたのか、監督生の「振り返らないで」という念もむなしく、アズールが動いた。
あちらも、まさかここで監督生と顔をあわせるとは考えていなかったのだろう。目を見開いて硬直している。
ひくっと喉がひきつった。顔もひきつっているのがわかる。すう、と血の気まで引いていく。膝が笑いだしそうだ。
あ、やっぱだめだめ。せめてこの気持ちを伝えてやらねばと意気込んでいたけど、さすがに昨日の今日は無理。
たかだか客の相手をしていたことをいつまでもひきずっては商人ではない。でも、さすがに嫌な気分にはなるだろう。アズールの心境を考えれば、その足元に土下座したくなる。でも彼の前に素直に立つなんてできるわけがない。
監督生は、グリムを抱え直しカバンを持つ手に力をこめ――何も考えずに走り出した。
「センパイオハヨウゴザイマス!」
挨拶をしないのは、人としても後輩としてもダメだからとせめて力いっぱいアズールの横を駆け抜けながら大きな声をだしておく。
「かんと、――!」
流れていく景色と風を切る音に混じって、アズールの声が聞こえた気がしたが、気のせいということにしておく。
だって、立ち止まってしまったら、きっと昨日のことを言われる。なんであんな愚かな真似を? なんて、眼鏡の位置を直しながら、口元に弧を描いて、目を細めて言われるのだ。
それはもう、オーバーキルである。殺されてしまう。ちょっぴり回復した心が完全に死ぬ。今も自分の妄想で死にかけた。
「おい、おい!」
「なに?! 今ちょっと忙しくて!」
「あの野郎、追ってきてるゾ?!」
「えええ、あ、ああああ?! なんで?!」
監督生の肩越しに後ろみていたグリムからの報告に、ちょっとだけ振り返った監督生は目を見開く。
鬼気迫る表情で追いかけてくるアズールが怖い。慌てて前に向き直り、地面を蹴る足に力をこめた。
がんばれ私のなけなしの筋肉! こんなことなら体力育成のメニューをもっとこなしておくんだった! 先生のいうとおりでしたごめんなさい!
バルガス先生に詫びながら、グレートセブンの像が立ち並ぶメインストリートを爆走していく。早めに登校している生徒たちが、驚いて道を開けてくれるのがありがたかった。
ここではさすがに見通しがよくて隠れるところがない。校舎にはいったら角をいくつか曲がって、アズールの視界から逃れ、授業が始まるギリギリまで身を隠そう。
酸欠になりそうな脳をなんとか回転させてこれからのことを考える。
と。
「子分!」
アズールの動きをみていたグリムが、びゃっと体を跳ねさせた。
「先輩あきらめた?!」
「違う! アズールのやつ足がもつれて転びやがった!」
「えっ?!」
それはさすがに予想外。まさかこの程度の距離を走っただけで?
「アズール先輩?!」
足の動きをゆるめ、なんとか止まった監督生が振り返ると、メインストリートのど真ん中に倒れ伏した人影がみえた。
周囲の生徒たちが遠巻きに眺めている。その気持ちわからなくもないけれど、そうしている人物がそうなってしまった原因は自分である。さすがに放っておけない。
ぜぇ、はぁと、息を切らせて、よろよろと近寄っていく。グリムを下ろした監督生は、倒れ伏したアズールに縋るように寄り添った。
「死んじゃだめです先輩!」
「だっ……、だ、誰が死ぬかっ……!」
よかった生きてたと安堵する間もなく、アズールの手が監督生の手首をつかんだ。
「ひっ?!」
「や……やっと、げほ、ごほっ……つ、つかまえ、ました、よ……!」
ヒュー、ヒューと冬の風のような音をさせながら呼吸をするアズールに、逃げられないほど強い力をこめられた監督生は身体を震わせた。
「こ、ごふっ、けほっ……はあ、はあ……こちとら身体が痛いんですから、逃げ回らないでくれませんかねえ?!」
「ごめんなさい! とりあえず休みましょう!」
そうして、二人揃って近くのベンチに向かう。横に並んで座り、ぜは、ぜは、と互いに呼吸を整える。
ちら、と横をみればまだまだ呼吸の荒いアズールがいる。辛そうだが、手は放してくれないようだ。
なんだろうこの状況。まるで恋人のように手を繋いでベンチに座っている。どちらも朝から走って体力を消耗し、整えたはずの恰好も乱れてしまっている。
あ~~~~いい天気だな~~~~。
アズールより早く回復した監督生は、現実逃避をすることにした。
二人鬼ごっこをしていたときも、そしてこうしている間も、生徒たちがちらほらと通りすがっては不思議そうな顔をして去っていく。誰もなにも言わないところからみて、かかわると面倒だと思っているのだろう。いつの間にかグリムも姿を消している。どこにいってしまったのだろう。
朝からいろんな疲れが押し寄せて、もう寮に帰りたい。
ほわほわと精神をどこかに飛び立たせているうちに、アズールもようやく落ち着いたらしい。
もたれさせていた背を伸ばし、監督生の手首を掴んでいた手を離す。いまさら逃げる気持ちにもなれず、ぼうっとその様子を眺める。
「監督生さん」
「ひえ……」
今度は両手で包み込むように手を握られて、さすがに慌てる。
遠巻きにしている生徒たちが、なんだなんだとこちらの様子を窺っている。
え、これは何? 公開処刑? 私、処される? 処されるの?
アズール先輩に身の程知らずにも恋をしたことで、これからの学園生活の息の根すら止められるのか。
迷惑をかけた代償があまりにも重くて、監督生は死んだ目で己の足元に視線を落とした。
「まずは、謝罪をさせてください」
「いえ、いえ……私がご迷惑をかけていたのに、身の程知らずな願いをもったことが悪いので、あの……とりあえず、ここでは勘弁してくれませんか」
喉の奥をひきつらせながら、監督生は距離をとろうとベンチの上をずりずりと動く。
だがその努力も虚しく、アズールは手を離してくれないし、むしろとった距離の分を詰めてくる。
やがてベンチの隅まで追い詰められた監督生は、とうとう強硬突破するべきかと悩み始める。
「いえ、僕が悪いんです」
「はあ……」
自分の非であると伝えてくるこの人は、本当にアズール・アーシェングロットなのだろうか。だって、自分から弱みを晒してくるなんて彼らしくない。
なんでもしますといいかねない雰囲気を察して、監督生はそろりとアズールに瞳を向ける。
「あなたの願いを自分で確かめようとしなかった。ずっと勘違いしていたんです。故郷に帰るという願いのために、僕を利用しようとしているものとばかり」
「え、え?! いやだって、ジェイド先輩とフロイド先輩にきいてるって!」
あとの時の会話を思い出しながら問い詰めれば、アズールが顔を赤くしてぎゅっと目をつぶった。なにそれ可愛い。
「そこからもう勘違いしていたんです!」
「はい?!」
そこってどこから? と思ったがVIPルームでの会話を思い出せば、なにもかも最初から掛け違っていたことがわかる。
「えっと、その……じゃあ、じゃあ」
こくり、と監督生は喉を鳴らす。恐る恐るアズールの瞳をのぞき込む。
「私の気持ちも相談内容も、実はご存じでなかった……、ということでしょうか」
「……はい。昨晩、あの後ジェイドからしっかり聞きました」
いつの間にか強張っていた身体から力が抜ける。
アズールはこの気持ちを知らなかった。ファーストキスの魔法で叶えてほしい願いの内容も勘違いしていた。
なら、もしかして、もしかして。
自分の浅はかな考えに、体が熱を持つ。ほわほわと胸があたたかくなって、何も考えられなくなる。
「本当に申し訳ありませんでした」
「いえ、謝っていただくようなこと、では……?」
いや、百万回謝ってもらっても足りないな。と少しばかり思ってしまったのは内緒である。
「ですので、僕は誠心誠意お詫びをしたいと思っています」
眼鏡の奥の青い瞳が、しっかと視線を絡ませてくる。目をそらさないでと乞われているようで、胸が高鳴る。
「これから、キスをするたびに願います。あなたがずっとこの世界にいられるように――僕が、死ぬまで」
ぎゅう、とアズールの手に力がこもる。痛いくらいなのに、それ以上に嬉しい気持ちが沸き上がって気にならない。目の前の人のことしか、考えられない。
今にも泣きだしそうに瞳を揺らしている恋しい人しか、もうみえない。
「だから……どうか僕のそばにいてください……あなたが、好きです」
訥々と、己の心を伝えるなんの飾り気もない声に導かれ、監督生はアズールの手に己の手を重ねる。
「今の言葉は、本当ですか?」
きゅっと彼ほどではないけれど、力をこめる。お互いの手を逃がさないとばかりに握りしめれば、アズールの白い頬に赤味が増した。
言葉にならないのか、こくこくと幼子のように頭を上下させるアズールの、海のような青い瞳がとても綺麗だ。
不安と期待が入り混じったその表情がたまらなく愛しくて、監督生は頬を緩ませる。どうしようもなく、笑顔があふれる。
「離さないで、いてくれますか?」
「!」
はくり、と息をひとつ吸い込んで、アズールが蕩けるように微笑んだ。
「はい、ずっと」
それは慈愛に満ちた声だった。じん、と耳を震わせ胸に落ちた言葉に、監督生は涙した。
「私、アズール先輩が好きです。ずっと前から伝えたかった。昨日、言葉にしたかった」
「それは、ほんとうに、その、すみませんでした……」
「ふふふ」
もう一度謝って欲しいわけではなかったが、素直に謝罪するアズールは貴重だからそのままにしておくことにする。だって、可愛いじゃない。
くすくすと笑っていると、少しばかりむくれた顔をした後、アズールがふっと鼻を鳴らす。
「監督生さん、覚悟してくださいね。人魚の恋と愛は、あなたが思っているよりずっと重いのですから」
一転していつもの不敵な笑みを浮かべたアズールが、恰好よくてどうにかなってしまいそうだ。
「最高です!」
どんとこいとばかりに大きな声をあげて笑う。綺麗なアズールの顔が近づいてきて、こつりと額が触れた。
ああ、このひとが好き。
そのまま近づいてくる唇を、瞳を伏せながら受け入れる。
音もなく与えられたキスは昨日とは全く違っていた。幸せで幸せで、おかしくなりそうだ。
「あなたがずっと僕のそばにいられますように、いてくれますように」
「はい、はいっ……」
約束通りに願ってくれる、私だけの王子様。好きです、と小さく伝えれば、幸せそうに笑ってくれた。
そんなこんなで、すっかり二人だけの世界に浸っていたのだけれど――わっ、と周囲が湧き立って、監督生とアズールは二人そろって飛び上がった。
「えっ、あっ……!」
みれば、人垣ができている。その最前線に、グリムとエースとデュースがいる。手を挙げて喜んでいる彼らをみて、「ああ、友人たちを呼びに行ってくれたのか」と察したが、それどころではない。
かーっと足の先から頭の先まで血が勢いよくめぐり始めた。ぱくぱくと声にならないまま口を動かす。
ぎこちなくアズールを見遣れば、彼もほとんど同じような状態だった。
身動き一つとれないうちに、どこからともなく音楽が流れ始める。
リーチ兄弟が先頭にたって歌い出し、妖精に属するものが花を呼び、獣人たちが踊りだす。人間たちがその輪に加わっていく。事情を知る者、知らない者が、よくわからないけれどハッピーエンドを祝福している。
ことここに至り、動いたのはアズールだった。
真っ赤な顔をしてアズールが結んだ手を引く。そうして、二人は一緒に駆けだした。
「あは、あはははっ」
朝一番から全力疾走の鬼ごっこをしたせいで、体力のない自分たちの走りはおぼつかなくて格好悪いけれど。楽しくて楽しくてたまらない。
あ、逃げた! という声を、ゆったりと置き去りにして笑いながら走る。
「どこにいくんですか?」
「あいつらのこないところです! ひとの恋路を娯楽のように扱いやがって!」
口が悪く罵るアズールは耳まで真っ赤だ。それすらも楽しくて、楽しくて。
「ふ、ふふふ、はい、はい! 先輩とならどこへでも、どこまでも一緒にいきます!」
先をゆくアズールが振り返る。まだ赤いけれど、その顔は晴れやかでそして自信に満ちている。
「そこの言葉、忘れないでください。なにせいつかは、あなたの故郷にも一緒にいくのですから」
「!」
びっくりして声を失くした。彼の言ってくれた言葉を、じわじわと理解して、監督生は泣いて笑った。
「すべて僕におまかせを。いつか必ず、ご両親にごあいさつにいきましょう。二人揃って、ね?」
次の瞬間。
大好き! という監督生の感極まった叫びが、生徒たちの歌い踊るメインストリートまで響いていった。