フレイが鍛えてくれた槍を携え、ディラスは準備ができたと伝えようと振り向いて、ん? と首を捻った。
今まさに、フレイが装備しようとしているもの――なんだか妙な光沢の緑色をしたブーツは、昨日まで持っていなかったように思う。
見慣れぬそれを指差して、ディラスは問う。
「なんだその靴? また作ったのか?」
鍛冶も装飾も、料理だって調合だって、なんでもござれのフレイのことだ。また新しいレシピでも覚えたのかと思ったが、フレイは頭を振った。
「ううん、昨日いった畑ダンジョンで拾ったんだよ」
「そんなのあったか?」
それにも同行していたが、見覚えがない。
「あったぞ。覚えがないか?」
「……ああ」
もう一人の同行者であったレオンにそんなことをいわれるが、ディラスにはやはり心当たりがなかった。
「よいしょ、っと」
戦闘用の装備に着替え、フレイがぴょんとひとつ飛ぶ。
どうやら靴の具合を確かめているらしい。ふわりとふたつに括った長い髪が揺れる。
あどけない仕草をみせるフレイの顔が、なんだか複雑そうなものになっていく。
「うう~ん……なにか、変な感じがする……」
「じゃあ、脱げばいいだろ。足にあわないものを履いてると、あとできつくなるぞ」
あはは、と僅かに眉を下げ、靴の感想を苦笑いまじりに口にしたフレイに、ディラスはいう。
シアレンスの迷宮は、そこいらのダンジョンに比べて長い。今回はどこまで潜るつもりなのかは知らないが、のちのちの危険は排除しておくべきである。
でも、とフレイが愛用の斧を携えながら答える。
「これ、クリティカルがよくでるみたいなんだ」
「なるほど。迷宮はやっかいなのが多いからな。それでダメージを通らせようってことか」
「レオンさん、正解です!」
ぴんぽーん、と自分で言いながら笑うフレイが可愛いくて、自分に向けられた笑顔でもないくせに、ディラスがほんのりと頬を染めると、それをみてレオンが笑った。
なんか悔しい。
む、と眉間に皺を寄せたところで、原因であるフレイが迷宮の入り口を指差した。
「では、シアレンスの迷宮へ!」
「おう」
「わかった」
勇ましくも可愛らしいフレイの出発の声に、ディラスとレオンはそれぞれ頷く。
こうしてダンジョン探索に付き合うようになって、ディラスの腕も随分と上がった。おかげで、たいていのモンスターならひとりで相手ができる。
今日も精一杯にフレイを守ろうと、ディラスは口にはせず、心秘かに誓う。
別にはりあっているつもりはないが、なにかと一緒になることが多いレオンには負けたくはない。
そして、三人揃って城の地下からシアレンスの迷宮へと移動する。
ディラスには、これがどういう仕組みなのかさっぱりわからないが、一瞬の後には、木々生い茂る迷宮へと三人は降り立っていた。
さあ、いこうかと一歩踏み出したとき、「あっ」と声をもらしたフレイが、申し訳なさそうに振り返っていう。
「宝箱は全部開けたいから、できれば……ちょっと気をつけてもらえると……」
「「……」」
槍を振り回し、ときには範囲魔法を使うディラスとレオンは、フレイの言いたいことがわかって、思わず黙り込んだ。
宝箱に擬態しているモンスターをみつけ、我さきにと攻撃した結果、まわりの宝箱を中身もろとも消滅させるのは日常茶飯事なのだ。
そのたびごとに、フレイががっくりと肩を落としているので、申し訳ないとは思っているのだが――フレイの身に危険が及ぶくらいなら、宝箱が消えたほうがマシである。
ちらり、とレオンのほうをみれば、あちらもちょうどディラスをみたところだったようで、視線が絡んだ。
きっと思っていることは同じだろう。
同時にフレイへと目を向け直すと、うんうん、とわかったような顔をして、二人一緒に頷いた。
「まあ、善処しよう」
「そうだな。気をつける」
男二人の心配と心遣いを知らぬまま、ぱあっとフレイが嬉しそうに笑う。
「ありがとう!」
これで何の憂いもなくなったといわんばかりのフレイが、機嫌よさげに走り出す。
そのあとについて足を踏み出しながら、ディラスは考える。
言いつけを守れなかったらそれはそれ、ケーキでも差し入れるとするか、と。それでなんとか機嫌をなおしてもらおう。自分は甘いものが苦手だが、甘いものをフレイのために作るのは苦ではない。
もくもくと嬉しそうに美味しそうにケーキをほおばるフレイの姿を想像し、ふ、と思わず笑みを浮かべる。が、レオンがこちらを興味深そうに見ていることに気付き、あわててその表情を消して前を向く。
そうこうしながら、三人でエリアをひとつひとつ攻略していく。
全員の実力もあがっているおかげで、とくに危険な状況に陥ることなく、奥へと進んでいく。
「よし。じゃあ、次いこっか」
モンスターをすべて倒したことを確認し、疲労の色を微塵もみせぬフレイが、元気よく先へ先へといこうとする。
どうやら、最初にいっていたとおり、靴がもつ不思議な効果のせいか、クリティカルがよくでているらしい。
このぶんなら、あまり危険なことにならないうちに帰還できそうだな――そう、安心しかけたディラスの視界から、ふいにフレイが消えた。
「?!」
否、フレイは消えたのではなかった。
ひどくゆっくりと、ディラスの目の前でフレイが前のめりに倒れていく。
しかし、それがわかっているのに体が動かない。助けようと伸ばした手は、焦りとは裏腹にまったく前へと出ない。
一秒が永遠にも感じる、とはこのことか。
そうして、ディラスの目の前で、ひらり、めくれあがるフレイのスカート。
「!!?!」
白さが眩しいぱんつをさらし――フレイは、べしゃりと某宿屋の看板娘よろしく転んだ。そのまま、ずるずると隣のエリアまでものの見事に流れていく。
その音と衝撃と光景に、ディラスの時間が正常どおりに動き出す。
が。
突然の出来事に、言葉がでない。
それはレオンも同じだったようで、ディラスのとなりで、誰も知らぬ遺跡の奥深くに眠る美しい彫像にでもなったように、目を見開いて固まってしまっている。
三者ともに声を一言も発することができず――おとずれたのは、当然ながら静寂であった。
いまだになにもできぬまま、ディラスはごくりと喉を鳴らした。
白い肌に覆われたすらりとした足が、地面に無防備に投げ出されている。
そして、これまた恐ろしいくらいの無用心さであらわになっている、男にはないまろやかな曲線を描く尻。
そこを覆う下着は繊細なレースに縁取られて、思った以上にいろっぽい……――と、思わずつぶさに観察し、感想までを思い浮かべた瞬間、ディラスの頭が沸騰した。
どかん、という音とともに蒸気が爆発でもしたような心地で、動きをとめていた手を、今度こそ前へと伸ばす。
「うわぁぁぁ!?」
「きゃああっ?!」
慌てて駆け寄ったディラスは、ばさーっとフレイのスカートをもとに戻して、その魅惑的すぎる尻を覆い隠した。
まだ起き上がれなかったフレイが、いきなりのことに悲鳴をあげるが、それはこっちがそうしたいところである。
おそるおそるといった様子で、フレイが振り返る。その大きな瞳は、すでに涙に覆われていた。それは、痛みのせいか、恥ずかしさのせいか、ディラスには判別できない。
「み、みた……?」
「……」
みたとも。ばっちりと。
うんともはいともいえず、ディラスは黙りこんで、目を逸らした。
口下手な俺にどうしろってんだ?!
そう叫びたくなるくらいに、ディラスは混乱していた。
頭の中には、さきほどの光景が明滅している。これは当分忘れられそうにない。というか……忘れたく、ない。自分の素直すぎる欲望に、半ば絶望しながら、ディラスは長い睫を伏せる。フレイ、すまん。
ディラスの沈黙は肯定であると理解したのだろうフレイの瞳が、ますます潤む。頬を赤らめ、今度はレオンのほうを向く。
「レオンさんも……?」
「……」
ふい、とレオンが無言で視線を逸らす。やや褐色を帯びた肌が、遠目からでもわかるくらいに赤らんでいく。
フレイが悲鳴のような、呻きのような声をあげる。
男二人の目の前で転んだ挙句、下着までみられるとか、年頃の女の子にしてみれば辱め以外のなにものでもない。
おい、なにかいってやれよ! と、自分のことは棚に上げ、ディラスはレオンを心の中で責めた。
ディラスとレオンの反応に、余計に羞恥が煽られるのか、スカートの裾をぎゅっと抑えてフレイが顔を真っ赤にする。
「とりあえず、立てるか?」
「うん……」
ううう、と泣きそうな表情を浮かべるフレイの頬は、まるでリンゴのようだ。
ディラスが手を差し伸べ、フレイがそこにつかまる。ひきあげるようにして立たせようとしたところで。
「わわっ!」
今度はずるりと、フレイが後ろに向かって倒れかける。
「おい!」
「おっと」
ゆっくりと近づいてきていたレオンとともに、フレイを支える。
「ご、ごめんなさい~」
「ああ、いや、別に……」
いつもは男勝りなところがあるくせに、こういうときには妙にしおらしいフレイに、ディラスは胸を高鳴らせる。
支える体の細さや柔らかさ、ぬくもりが、余計にディラスの血潮をはやくする。
「き、気をつけろよ」
「うん……」
いろんなことに衝撃を受けているフレイから、そっと手を離す。名残惜しいが、あまり触れているとどうにかなりそうだった。
じーっと、フレイの足元を見つめながら、レオンが言う。
「なあ、その靴……なにか問題があるんじゃないのか?」
「え」
ぱち、とフレイが目を瞬かせる。
「アンタをみていたが、何もないところで転んでいたぞ。いままでそんなことなっただろう? シャオパイでもあるまいし、そうなるとそれに原因がありそうだ、と思ってな」
むむむ、とフレイが考え込む。
「そういわれれば……いきなり滑ったような気がしました。歩いているだけでも、なんだかふわふわした変な感じがしますし」
そうか、とレオンが頷く。
「い、いくらクリティカルがでやすくなるといっても、さっきみたいなことになるなら……や、やめておいたほうがいいんじゃないか?」
強烈な光景を脳裏によみがえらせながら、ディラスがひっくり返りそうになる声をなんとか抑えて忠告すると、フレイがしゅんとなった。
「そうだよね……。ごめんね、びっくりさせちゃって」
「あ、いや、そ、そんなこと、は」
むしろこういう場合、いい思いをしたというのではなかろうか。
しどろもどろになるディラスの横で、いつもの調子を取り戻したらしいレオンが、扇をひらめかせて口元を隠した。に、と目が細くなる。
「まあ、こちらとしては目の保養になったがな」
目線だけで同意を求められ、ディラスは心を見透かされたような気がして、肩を跳ねさせた。
「おまえと一緒にするな!」
「もう、レオンさん!」
ディラスが慌てて否定するのと同時に、フレイが真っ赤になってレオンを可愛らしく睨みつける。
フレイの抗議もどこふく風、レオンが「おや」とわざとらしく眉を動かす。
「穴が開くほどみつめていたじゃないか」
「そんなにみてねえよ!」
確かに、ついついまじまじとみてしまったが、別にいやらしい気持ちがあったわけでは――と、自分自身に言い訳をしていると、フレイがスカートの裾を抑えて一歩後退する。
「ディ、ディラス……」
うるり、とまたフレイが大きな瞳を潤ませる。
ディラスは気づいた。
そんなにみていないといってはみたものの、『そんなに』とまではいかずとも、ばっちり目撃したことを肯定してしまったことに。
「お、おい、誤解するな!」
ぷるぷると震えるフレイに一歩近づくが、同じ距離分下がられて、ディラスは激しく動揺した。
「だ、だって……!」
「まて、逃げんな!」
「やだ、もう~!」
じりじりと相対して追いかけ、逃げるという珍妙な攻防を繰り広げているのをみて、くつくつとレオンが笑う。
はめられた。
そう気づいたディラスであったが、責める時間があるのなら、フレイを宥めたい。
「話をきけー!」
悲痛なディラスの叫びが、深い迷宮に響き渡った。
その後、フレイがスカートの下にスパッツを穿くようになり、安心したと同時に、ちょっぴり残念に思う男が二人いたとかいないとか――。
足本には、注意しましょう。