「「「「「「お誕生日、おめでとう!」」」」」
セルフィア城の竜の間に、祝いの言葉が幾重にも重なり、高い天井に響き渡る。
「ありがとう!」
今日の主役たる子供――フレイとディラスの子であるノエルが、まるい頬を赤くして笑う。芽吹いたばかりの大樹の芽のような瑞々しさは、未来ある子供特有のものだ。
見回せば、ネイティブドラゴンが座すにふさわしい荘厳な竜の間には、子供が好む可愛らしい飾りつけが溢れている。
高い位置にあるものは、この間の主たる竜が背を貸してくれたからつけられたのだと、さきほど聞いた。
用意された背の低い丸テーブルには、子供ならば誰しもが目を輝かせるだろう、マジパンやチョコーレトで飾られたケーキが置いてある。
その上には、ノエルの歳の数だけたてられた、可愛らしい細工がされた蝋燭。先端には、やわらかな明かりを灯す火が揺らめいている。
「ふー! ふー!」
ノエルが、それらを懸命に吹き消していく。
頑張るその様子を、子の成長を見守るすべてのものたちが、やわらかな表情で見守る。
最後のひとつが僅かな煙だけを残して消えた瞬間、わあっとまた歓声があがり、手が打ち鳴らされる。
応えるように零れるノエルの笑顔に、誰しもがつられて笑う。
そんな幸せな光景を、心の大切な場所にしまったフレイは、部屋の中央に座す友を感慨深くみあげた。
ルーンプラーナへと消えていくセルザウィードを、涙とともに見送ってから、はや数年の月日が流れた。
その間に、フレイはディラスと結ばれ、子をもうけた。
でもずっと気になっていた。忘れることはなかった。記憶を失い、この地に落ちてきたフレイの、はじめてのともだちのことを。
同じような想いを抱え、ひそかに調査をすすめていた守り人たちと力をあわせ、ルーンプラーナからセルザを取り戻すことができたのは、数ヶ月前のことだ。
そして、今日はセルザがセルフィアにもどってきてからはじめての、ノエルの誕生日。
ディラスとフレイの結婚も、ノエルの誕生も知らず、これまでなにひとつ祝いができなかったセルザの強い希望で、今年のお誕生日会は、この竜の間で盛大に開かれることとなった。
もう孤独ではない風の竜が、その瞳を優しく細めるさまをみて、フレイの目頭がじんわりと熱くなる。
よかったと、心から思う。
零れそうになるものを、気づかれないよう指先でぬぐったとき、そっと腰を引き寄せられた。
みれば、隣には愛しい夫がいた。周囲に冷たい顔しかみせていなかった頃からは、想像もできないくらいの穏やかなその表情に、フレイはまた心が満たされていのを感じる。
言葉を交わさずとも、伝わるものはたしかにある。そういったものをこえて、フレイとディラスは確固たる絆を結び合っている。
ディラスの胸に、フレイは無言のまま寄り添う。
さまざまな回想から意識をもどせば、蝋燭の火を吹き消すという一大イベントのあと、もうひとつのイベントが繰り広げられていた。
「はい、ノエル!」
「うわぁ! ありがとう!」
本好きのキールからは、とっても可愛らしい絵本。きっと彼がおすすめのものなのだろう。
「俺からは、これだ」
「あっ! この前いってやつだー!」
レオンからは釣り道具の浮きらしい。湖で二人そろって糸を垂らしているのをみて、ディラスが悔しがっていたっけ。
ふふふ、とフレイが笑っていると、愛用の楽器を携えたマーガレットがノエルの前で、その弦をかき鳴らした。澄んだ美しい音が、空気を震わせ広がっていく。
「ノエルのために、曲を作ったんだ! あとで演奏するからね!」
「うん! 楽しみ!」
マーガレットからは、音楽家らしくノエルをイメージした曲が贈られるようだ。
そして。
ずいっと大きな影が動いた。竜の爪先で器用に摘まんだものを、ノエルの小さな手に落とす。
「わらわからは、これじゃ!」
「うわあ、これ、ママのといっしょだ! おそろいだね!」
はためにもわかるくらい、うきうきわくわくとしたセルザウィードからは、母親であるフレイとおそろいの、己の羽で出来たお守りだった。
そのほかにも、親しい住民からの心のこもったプレゼントのひとつひとつにノエルは歓声をあげていく。
愛しい人がいて、可愛い子がいて、その誕生を祝ってくれる人たちがいる。
優しい住人たちに愛されるノエルが、健やかに成長してくれたことを、フレイは誰にともなく感謝する。同時に、これからも元気でいてくれるように、と祈った。
その横で、はあ、とセルザが溜息をつく。珍しい。
「どうしたの?」
「どうした、セルザ」
夫婦そろって声をかければ、表情豊かな竜は人間でいうところの眉間あたりに皺を寄せた。
「いやなに、ノエルが喜んでくれているのは嬉しいのじゃが……この身体がどうにか小さくなれば、と思ってのう……」
ぜひとも一度、ポコリーヌキッチンを訪れてみたいと折に触れて言葉にしていたセルザに、フレイは苦笑した。
「気持ちはわかるけど……」
どうやら、ポコリーヌの美味しそうな料理を前にして、ますますその想いが強くなったらしい。
ディラスに目配せして腰に置かれた手から離れると、フレイは手近なテーブルにある料理に近づいた。
白い皿を手にとって、セルザの大好物であるホットケーキを高くつんでいく。
これ以上は倒れるというところまで重ねたそれを差し出しながら、いう。
「セルザも前にいってたじゃない。はいったら壊れてしまうって」
「うむぅ……うほぉ、美味じゃ!」
思案しつつ、ぽいぽいと大きな口に小さなホットケーキを放り込み、一瞬、目を輝かせたセルザであったが、すぐにまた溜息をつく。
「たしかに、そうなのじゃがなあ……だがのう……ううーむ……」
ぶちぶちとネイティブドラゴンの威厳も遥か彼方にほうりだしているセルザが、まだなにか呟いていると。
ノエルが気づいたらしく、小さな歩幅で懸命に駆け寄ってきて、セルザに抱きついた。
「セルちゃんは今のままがいいの! ぼく、セルちゃんの背中だーいすき!」
どうやら、セルザの背に乗って空の散歩をしたことが、よほどの好印象になっているらしい。
「――! ……うううっ、ノエル、そなたはほんとうによい子じゃなあ!」
人とは違うドラゴンの手を器用に動かし、よしよしとセルザがノエルを撫でる。大きく長い尾が、嬉しさのあまりぶんぶんと動いているが、大丈夫だろうか。近くにいたダグが巻き込まれまいとのけぞって避けているが、いいのだろうか。
まあ、それはさておき、きゃっきゃ、とじゃれあう子供と竜の姿はとても微笑ましい。
「まるで祖父母と孫――いや、近所に住む仲がいい同世代の友達みたいだな」
「あはは……」
同じように感じているかと思ったが、羽扇をゆったりと動かしながら、レオンがまたそんなことをいう。
風幻竜と畏怖され、尊敬を一身に捧げられていたセルザに対し、子供だといってのけられるのはレオンくらいなものだろう。
とたん、セルザが目を見開いて食ってかかった。
「なんじゃ、レオン! わらわは子供ではないぞ!」
「そうだったか? 昔はこう……」
「ええい! やめよやめよ! いつの頃の話じゃ!」
ぎゃいぎゃいと、いつものように軽口の応酬はじめたセルザとレオンを尻目に、ビシュナルがノエルに近づいてくる。
「ノエル」
「なーに?」
セルザから離れたノエルが、控えめなビシュナルからの呼びかけに、小さく首を傾げる。
大家族で弟妹の多いビシュナルにとっては、ノエルも可愛い弟のようなものらしく、情のこもった柔和な笑みを浮かべている。
「来年に、なにかほしいものありますか?」
「ほしいもの?」
いままさに、たくさんの大切な贈物をもらったノエルには、いまいちピンとこないらしい。大きな瞳をせわしなく瞬かせる。
「プレゼントの参考にきかせてもらえれば、と思って。僕、料理は苦手ですけど、きっと練習すれば……!」
両の拳を握りしめ、瞳を熱く燃やしながら、ビシュナルがいう。その背には、あるはずのない炎が、幻として揺らいでいるようだ。
ポコリーヌが用意してくれた料理の山に目を輝かせ、口いっぱいにケーキを頬張っていたノエルをみて、もっと喜んで欲しいとでも思ったのだろうか。
だが、ビシュナルの料理の腕前はお世辞にも素晴らしいとはいえないので――フレイは、料理上手な夫であるディラスと顔を見合わせ苦笑した。
「おお、それはいい! なにか欲しいものがあれば、遠慮なくいうといいが。誰かがプレゼントしてくれるかもしれないぞ?」
片目を愛嬌たっぷりに閉じながら、シャオパイも乗ってくる。
「うーん……」
そのやりとりを聞きながら、フレイは考え込む。
今年、ノエルのために武器防具アクセサリーなどの装備一式を手ずから新調したのだが、もっと子供らしいものを求めていたかもしれない、と。
幼いながら、アースマイトとしての片鱗がみえかくれするノエルは、シアレンスの迷宮探索に同行することもあるので、今年のプレゼントを実用的なものにしてしまった。
しかし、ノエルも大きくなったのだ。子供なりの希望は、きっとあるだろう。
フレイは、視線をあわせるように身をかがめた。
「そうだね。ノエル、来年になにかほしいものあったら、ママに教えてくれる?」
「うーん……」
しばらく、子供らしいぽよんとした眉を下げて、一生懸命考えていたノエルだったが――すぐに、ぱあっと顔を輝かせた。
どうやらなにかあるらしい。
「えっと、えっとね……」
だが、もじもじとしているばかりで、それが何かをなかなか教えてくれない。
フレイと同じように、ノエルと視線をあわせるためにしゃがみこんだディラスが、その顔を覗き込む。
「ほら、遠慮せずにいってみろ」
くしゃり、とノエルの頭を撫でたディラスが、穏やかな声でやわらかに言う。
「……うん! あのね!」
大好きなパパにうながされて、ノエルが笑う。
さて、どんなお願いをしてくるのか。できることなら、すべて叶えてあげたいとフレイが思った瞬間。
「ぼく、赤ちゃんが欲しい!」
まったくもって予想だにしていなかった斜め上の言葉が、ノエルの口から飛び出した。
子供の声というのは、小さいようでいてなかなか響き渡るものである。
賑やかだった竜の間が、一瞬にして静まり返った。だが、ノエルはとまらない。
「あのね、かわいい妹がいい! ぼく、ちゃんとおにいちゃんするから! ね、いいでしょ?!」
固まってしまった大人たちのことには気づかず、ノエルが無邪気にいいながら、フレイへと飛びついてくる。
それを揺らぐことなく受け止めたフレイは、腰あたりにあるノエルの顔を凝視する。
えへー、と照れたように笑う様子はとっても可愛い。可愛いけれども!
「う、あ……え、ええっと~……」
こういうときにはなんていえばいいのか、新米ママであるフレイにはまったく見当がつかない。
ひとりじゃ赤ちゃん産めないんだよ、と伝えたところで、『どうして?』と訊かれたら薮蛇というもの。
それはパパにお願いしてみてくれる? と、いうのもおかしいだろう。『なんで?』と訊かれたらどうしたらいい?
なにより、話を振ったらディラスが困るに違いない。きっと真っ赤になって何も言えなくなる。
夫の性格を知り尽くしているフレイは、それでも一応、ゆっくりと隣にいるディラスに視線を流してみる。
「そ、それはだな、ノエル……その、なんていうか……」
ほんのりと頬を染めて、しどろもどろになにか言おうとしているディラスが、フレイと同じように顔を動かす。
そうして、顔を見合わせた瞬間、ディラスとフレイは同時に顔を真っ赤に染めた。
「~~~っ、」
口元をおさえて、素早く視線を逸らすディラスにつられたわけではないが、フレイもなんだか居た堪れなくて、ノエルの小さな肩に顔を埋めるように深く俯く。
それをみた住人たちが、どっと笑い出した。
ノエルだけが、どうしてみんなが笑い出したのかわかっていないようで、きょろきょろとあたりを見回している。
「いいねえ、わかいねえ」
顔にある皺をさらに深くしながら、ブロッサムがころころと少女のように笑う。
「あーあー、いつまでも熱いねエ!」
「ノエルもこういっていることですし、もう一人、いいんじゃないですか?」
ダグが苦笑しながらはやしたて、アーサーは上品に笑いながらそんなことをいう。
ひとごとだとおもって!
うううっ、とフレイは呻いた。
「だめなの……? どうして? ねえ、ママってば!」
「えと、あのね、ノエル。あ、赤ちゃんてそんな簡単には、あの、その……」
誰か助けて~! と、救いを求めるように周囲を見回す。
最初にフォルテと目があったが、音速もかくやというはやさで視線を切られた。彼女は耳まで赤くしてそっぽを向いている。真面目なフォルテには苦手な話題なのだろう。
とにかく誰でもいい。この場をうまくおさめ、ノエルを納得させてくれることを言ってくれる人は――!
軽く混乱状態に陥ったフレイに、小さな影がかかる。
「あのですね~」
縋るような気持ちでみあげれば、そこにいたのはリンファだった。
ノエルの頭を優しくなでながら、リンファが可憐に微笑む。さすが、シャオパイをほぼ女手ひとつで育てただけはある、慈愛と貫禄が滲むその姿に、フレイは感動した。
ありがとうございます、リンファさん! と心の中で感謝した瞬間。
「ノエルちゃんがいい子にしてて、パパとママが仲良くしてたら、妹ちゃんが産まれてきますよ~」
前言撤回である。フレイは、燃え尽きたように真っ白な意識で、そう思った。
ノエルがいい子にしていれば、の部分はまだしも、なぜフレイとディラスのことまで口にしてしまうのか!
そういえばリンファさんは、うっかりさんだった。
「ちょ、ちょっと……! リンファさん?!」
「そうなの?!」
フレイの叫びをかき消すような大きな声をあげ、やったぁ! という顔をしたノエルだったが、あれ? と首を傾ける。
「でもパパとママはいつもなかよしだよ? なんで赤ちゃんきてくれないの?」
「あらまあ」
うふふ、と頬に手をあてたリンファが、あてられちゃいそうですね~、と呑気に笑っている。
いやいや、そうじゃないです。
脱力して眩暈を覚えるフレイの横を、すすす、といつの間にか近寄ってきたレオンが通り過ぎていく。
そのまま、にやりと笑いながらノエルの頭に手を乗せる。
「そうかそうか。パパとママは仲良しか。で、どう仲良しなのかそこのところを詳しくきかせてくれ」
「「!?!!」」
とんでもないことを聞き出そうとするレオンに対して、ひっとディラスとフレイは同時に息を飲んだ。
「ええっとねー。朝もだけど、よく、ちゅーしてる……むぐっ」
いろいろと思い当たる節がありすぎなフレイは、家庭の事情を素直にしゃべろうとするノエルの小さな口を、慌てて覆った。
「わあああ、ノエル、いいから! いいから!」
きょとんとしているノエルと、慌てきったフレイの目の前で、ディラスが顔色を変えてレオンに突っかかっていく。
「お前も、子供に余計なことをきくな!」
「はっはっは、仲がいいのは良いことだろう。何をそんなに怒る必要がある」
どうやらその夫婦の姿はレオンにとって満足のいく反応であったらしく、やたらと爽やかに笑いながら、羽扇でディラスの突撃を防いでいる。レオンの悪戯好き、からかい好きにも困ったものだ。
も~、と眉を下げながら、フレイの手を叩くノエルの口から、手を離す。
ぷはっと息をついたノエルが、まっすぐにフレイをみた。
「ね、ママ! リンおばちゃんのいうとおりなら、パパとママは仲がいいから、いつか赤ちゃんきてくれるね! はやく会いたいなぁ、いつになるかなぁ」
「……ううっ」
星が飛び散るようなキラキラとした純粋無垢な視線に、フレイはたじろいだ。
いまこれだけの親しい住民達がいる場で肯定すれば、翌日からのからかいのネタにされることは間違いない。
しかもここで、そうだよといってしまうことは、「二人目をつくります!」と宣言するようなものだ。それはなんとも恥ずかしい。
フレイの反応が鈍いことに、ノエルが表情を曇らせる。小さな手が、ぎゅっと握り締められる。
「パパとママ……なかよしじゃ……ないの?」
ぽつん、と零された声が震えている。眉をさげ、いまにも泣き出しそうに口を曲げるその姿。
ぎゅうっと胸の奥をつかまれるようなせつなさに突き動かされ、フレイが思わず否定しようとしたとき。
「そんなことはない! パパとママは仲がいいぞ!」
「!?」
間髪いれずにディラスが叫び、ぎゅうっと抱きしめてきた。息子を愛する父親としては、当然の言葉であった。
だが。
「やったぁ! 来年のお誕生日、楽しみ!」
「「……」」
ぱあああっと、今日一番の輝く笑顔をみせるノエルに。
いっそうにやにやとした住民達の笑顔に。
二人は揃って顔を赤らめ、黙り込むしかなかった。
自業自得、いや墓穴を掘ったというのか、はてさて自らを追い込んでしまったといえばいいのか。ディラスの後先考えずに行動するところが、こういうところで発揮されるとは。
「……あ、ああ」
「……うん。そ、そうだね」
そうして、頬がさらに熱くなっていくのを自覚しながら、フレイはディラスと一緒に頷いた。だって、それ以外に、もうできることがない。
ああ、絶対に、夫婦そろって頭のてっぺんから蒸気がでている気がする。
「ね、ね、ぼくに妹ができるんだよ! いいでしょー!」
「よかったわね」
ノエルに飛びつかれたドルチェが、ふふっと笑いながらその頭を撫でるかたわらで、ピコが『でも』と思案気な顔をする。
『こればかりは二人が頑張ってはげんだ結果として、弟くんになる場合もないわけでは――ふぐっ』
「黙りなさい」
べちっと、余計なこというなといわんばかりに、ドルチェお手製の札がピコの口を塞ぐように貼りついた。
むぐー、ふぐぐ、となんだか幸せそうに蠢くピコと、冷静にお札を追加していくドルチェに、突っ込む気力も最早ない。
やった! やった! と竜の間のすべてを使う勢いで、飛び跳ねて喜ぶノエルと、住民達の温かな眼差しに、ディラスの腕に抱かれたままのフレイは、この恥ずかしさで溶けて消えてしまいたいと思った。
「よく眠ってるね」
大きな背にぴったりとくっついて、すやすやと眠るノエルを覗き込み、フレイは微笑む。
「ああ、嬉しかったんだろ」
危なげなく子を背負い、竜の間から自分達の住居へと移動しているディラスが、く、と小さく笑った。
あれだけはしゃいで、あれだけおしゃべりして、あれだけ食べれば、こうなるのは当然だ。
ゆっくりと起こさないように気をつけながら、辿りついた我が家の片隅にあるベッドに、そうっとノエルを降ろす。
起こさないよう、服を慎重に脱がせて、寝間着を着せたフレイは、やわらかに掛け布をひっぱりあげた。ぽん、とひとつその胸を優しくたたく。
おだやかな呼吸を繰り返すわが子に、たまらない愛しさがこみあげる。
ふと横をみれば同じように、ノエルの寝顔を眺めているディラスがいる。その瞳が、とても優しい。
「ん? どうした?」
視線に気づいたディラスに問いかけられて、なんでもないとフレイは頭を振る。
「ただ……、幸せだなぁって、そう思って」
「俺もだ」
ディラスの腕が躊躇いもなく伸びてきて、フレイを抱く。寄り添い、安心できるディラスの胸にそっと身を預ければ、自然と身体から力が抜けていく。
なんだか、愛しい人に触れたくなって、もっと近づきたくなって、フレイはそうっとディラスを見上げる。
結婚しても、ずっとずっとフレイはディラスに恋をしつづけている。甘い鼓動に心臓が張り裂けそうだと、熱い吐息を零せば、おろ、と琥珀色の瞳が揺らいだ。
「その、なんだ」
「うん」
ディラスが口ごもるのは、いつものことである。そして、それは言いにくいけれど、どうしても伝えたいことがあるときの、ディラスの癖だ。
だからフレイはじっと待つ。
ディラスの口から、ディラスの想いが言葉という形となるまで。
あー、だの、うー、だのいっていたディラスであったが、やがて視線に甘やかな光を灯しながら、ぐっと顔を近づけてきた。
「ノエルにいわれたからってわけじゃないが……その、仲良く、しないか? も、もう一人、その……」
遠回しだけれど、その意図は伝わった。
「うん……!」
とろけるような笑みを浮かべ、フレイはその提案にすぐさま頷いた。フレイも、そうしたいと思っていたから。
「私、ディラスの子供がほしい」
その広い背に腕を回して、しなやかにディラスを抱きしめながらいう。愛しいあなたの子がほしいと、なんのてらいもなく素直に、ただまっすぐに。
「俺も、フレイの子がほしい。ノエルみたいに、きっと可愛いぞ」
「ふふっ」
可愛い兄と、可愛い妹。そしてディラスがいてくれるなんて、考えただけで胸の奥にあたたかな光が生まれてくる。
「――愛している、フレイ」
いつまでたっても照れ屋な夫からの、真摯で誠実な響きを持つ愛の囁きに、フレイは頬を薔薇色に染め、はい、と返す。
目を細めて、ゆっくりと背伸びをする。ディラスが、さらに顔を寄せてくれる。
「……私も、ディラスのこと愛してる」
想いを交わし、言葉を交わし――ほほえみあって、唇を重ねる。
私、ほんとうに幸せだよ。
心に浮かぶ言葉を、ぬくもりにのせて贈る。
そっと顔を離せば、ディラスがひどく真剣な顔をしていた。どうしたのかな、と思ったら。
「女の子か……ぜったい、嫁にださないぞ」
ほんとうに女の子ができるかどうかもわからないのに、なんて気の早いことだろう。
ぷっとフレイは噴出した。どこまで親馬鹿さ加減を発揮するのか。いまのところは、おもしろいからいいのだけれど。
「もー、またそんなこといって」
「だけどよ……!」
すでに花嫁の父の心境に陥っているらしいディラスが可愛くて、フレイの笑みは止まらない。
そういえば、生まれたばかりのノエルをあやしながら、そんなことをいっていたっけ――大切な思い出をよみがえらせながら、フレイは険しい顔をしているディラスを宥めるように、慰めるように、もう一度口づけたのだった。
秋の畑近くの別荘で、セルフィアで有名な万年新婚夫婦がよくみかけられるようになってから数ヵ月後――新たな命が芽吹いた知らせが、街を駆け巡ったという。