ひゅう、と風が吹く。ばたばたと落ちてくる屋根雪を避けながら、ソフィはザヴェートの街を歩いていた。出掛けにパスカルが貸してくれたマフラーの裾がはためく。
アンマルチアの里にある宿で依頼を受けて、氷山洞窟を探索にいったのは今日の昼ごろのこと。
依頼の品をみつけたのはよかったが、そこにあった墓標をみてから――もっと正確にいうなら、そこで「一人にしてほしい」といったマリクをしばらくそこに残してから、彼の様子がおかしくなったように思う。
大紅蓮石のところで待っていたソフィたちのところにもどってきたとき、マリクの口調も仕草も態度も、いつもの通りだった。だから、最初は心配していたアスベルやシェリアも、大丈夫だと一安心しているみたいだった。だけど、どこか違うとソフィは感じていた。どこが、といわれるとうまく言葉にはできないけれど。
だから、皆にザヴェートで休みたいと申し出た。それにララのお家にも、いきたかった。そのことを伝えたら、困惑気味な顔をしながらも、皆はふたつ返事で了承してくれた。
そして、今。
ソフィは、ララの家の前に立った。
風に乗る雪が、ソフィの髪や頬にくっつくけれど、それを払うこともなく、扉を見つめる。
この家で出会い、ぬいぐるみプレゼントし、たくさんお話をしたソフィの友達はもうここにはいないけれど。会うことは、もうないけれど。
あの出来事が決してまぼろしなどではなかったと確かめるように、ララから貰ったメダルをそっと握り締める。
心の中で、ララと別れてから過ごした日々のことを思い出す。言葉にして伝えることはできないけれど、ララには届いているとソフィは信じている。
「また、くるね」
やがて、ソフィはそういって、身を翻した。
ララからもらったメダルを手に、てくてくと歩いていく。もしかしたら、ひょっこりと街角に、路地裏に、ララの姿があるのではないかと、淡い期待を胸に抱いて。
だけれど、実際に出会ったのは違う人だった。
とある路地に入ったところに、灰色の曇天を見上げる細い影がひとつ。思わず足をとめると、その人がソフィに気付いた。
「こんにちは」
涼やかな声が、挨拶をしてくる。ぺこり、とソフィは頭を下げた。挨拶をされたら、ちゃんと挨拶を返しなさいとアスベルとシェリアに習ったからだ。
「こんにちは」
そう言ってから顔をあげると、ふわりと微笑まれた。
さらさらと、金の糸のような髪が揺れる。とても綺麗な女の人だとソフィは思った。
ゆっくりと近づいてくるその人を、じっとみつめる。身に付けているものは、フェンデル軍に所属する女の人が着ているものと同じ。この人も軍の人なんだろうかと、ソフィは考える。はじめてザヴェートにきたとき、街中を追い掛け回された記憶が蘇る。
でも、何か違う。
雪みたいに白い肌、知的な光を宿した切れ長の瞳、凛とした立ち姿。街の中にいる軍人の誰とも違い、どうやっても隠し切れない、滲み出るような品のよさが彼女にはあった。
そう、たとえるなら――変わってしまう前の、リチャードのような。
あとは、なんだろう……もうひとつ、何かを感じはするけれど、はっきりとはわからなくてソフィは首をかしげた。
ソフィの間近に立った女の人の手が、髪や肩に積もった雪を払ってくれる。少し屈んだまま、ソフィを覗き込んでくる。
「まあ。あなた、素敵なメダルをもっているのね」
「うん。お友達にね、もらったの」
褒めてもらえたことが嬉しくて、ソフィは大きく頷いた。
「ララっていう、とっても大事な、お友達」
「そう。きっと、ララもあなたのこと大事に想っているのね。見ただけなのに、私にもわかるわ」
「うん」
このメダルを貰ったときのことを思い出し、笑う。ララの想いがこめられていると、どうしてわかったのか不思議だけれど、嫌な感じはしなかった。
「あなたは、どこからきたの?」
女の人の問いに、ソフィはちょっと考える。フェンデルにきたとき、ストラタやウインドルの者だと知られれば、生きては帰れないと聞かされていたからだ。しかし、今は情勢が違う。それになにより、この人なら大丈夫だとソフィは感じていた。
「ラントだよ」
だから、素直に答える。女の人が、ほうと息をついた。
「フェンデルとウインドルの国境地帯ね。とても綺麗なところだと、きいているわ」
ソフィは力いっぱい頷いた。
「うん。お花もね、たくさん咲くよ」
アスベルたちとはじめて出会った花畑だけでなく、アスベルの家の前にも、シェリアの家の前にも、ソフィの大好きな花たちが咲き乱れるラントのことを、知っていてくれたことが嬉しい。
ふと、目の前の人からいい匂いがして、ソフィは目を瞬かせた。その香の源を探すと、すぐに青い花が目に付いた。軍服の胸ポケットに挿された、可憐な花。
「でも、そのお花はみたことない」
指でそれを示すと、口元に手をあててその人は笑った。
「まだ季節ではないのかもしれないわね。でもきっと、ラントなら咲くわ」
「うん。とっても綺麗なお花。それに、いい香り」
頷きながら、ソフィは小さく鼻を蠢かせた。爽やかでいて、どこか甘い。この女の人にふさわしい香りだ。
女の人が、長い睫を伏せながら、そっと手袋に包まれた指先で触れる。一際、花の香りが強くなったような気がした。
「ええ、私も大好きな香りなのよ。あの人も……そういってくれたことがあったわ」
「あの人?」
「ええ」
くす、と微笑まれ、誰のことだろうと思っていると。女の人は、何か言いづらいことをいうように幾度か瞬きをして、視線を下げたまま艶やかな唇を開いた。
「……今ね、あなたの仲間で、落ち込んでいる人が、いるでしょう?」
アスベルも、シェリアも、ヒューバートだってパスカルだって、いつもどおりだ。だから、ソフィに思い当たる人は一人しかいない。
「……マリク教官のこと?」
女の人は、静かに頷いた。
「そのことであなたに、お願いがあるの。あの人に、伝えてほしいことがあって……」
「うん、なあに?」
きゅ、と女の人は胸に手を当てて握り締めた。泣きそうな、幸せそうな、そんな笑顔が浮かぶ。どうしてか、ソフィの胸の内が苦しくなった。どうして見ているだけの自分が、そんな気持ちを抱くのだろう。
この人に出会ってから、不思議に思うことばかりだ。
視線をそらすことなく、ソフィは待つ。冷たい風が、二人の間を駆け抜けた。空に舞った髪が、頬にもどってくる。
ふいに、風が止んだ。しんとした空間に響く声。
「待っているって、」
ずっとずっとあなただけを想って、待っているから。だから、安心して――
身体の内に秘めたもの全てを吐き出すように、女の人はそういった。
「……そう、伝えてくれる?」
紡がれたものは、決して難しい言葉ではない。だけれど、そこに込められた色までを、全て伝えるのはできそうになかった。それはせつなく。そして、愛おしさに満ちていた。
マリクならば汲み取ってくれるだろうか。ソフィは首をかしげた。
「そう言えば、わかる?」
「ええ。あの人なら、わかるわ」
確認をすれば、静かに、しなやかな強さをもってして肯定された。ならば大丈夫。
「わかった。ちゃんと、教官に伝えるね」
間違いなく覚えたことを知らせるように、ソフィも胸の前で手を組んだ。
「ふふふ」
くすくすと無邪気な少女のように、女の人が笑う。
「どうかしたの?」
いいえ、と首を振りながらも、まだ笑いはおさまらない。
「あの人がね、教官っていわれているのが、なんだかおかしくて」
「?」
マリクは教官だ。アスベルが尊敬していて、ソフィにもたくさんのことを教えてくれる教官だ。出会ったときから、今までずっとそうだった。だから、おかしいと感じたことはない。もし、そう思うのならば、マリクが教官でなかったときのことを、知っているということに他ならない。
「誰かを、導くことができる人に。誰かに、目標とされる人に――あの人が、そうなったことが、嬉しいの。私……ずっと、心配していたから」
するり、頬を撫で、頭を撫でられる。マリクの大きな手に撫でられたときとはまた違う、安心感を与える手だった。
その手が離れ、胸ポケットに向かう。
「これを、あなたに。お礼になれば、いいのだけれど」
「ありがとう」
そこから、するりと抜き出される、青い花。差し出されたものを、ソフィはそっと受け取った。冷たいザヴェートの空気に、芳香がやわらかに広がる。
「お願いね」
「うん」
もうひとつソフィの頭を撫で、微笑みを浮かべたまま、女の人は制服の裾を翻した。
ソフィがやってきた方向とは逆の方へ、背を向けて歩き出す女の人を見送りながら、ソフィは「あ」と声を漏らした。
「待って、お名前教えて」
マリクにさきほどの言葉を伝えるにしても、誰からのものだったかわからなければ困るかもしれない。
女の人が、振り返る。
儚い姿が、雪風の向こうで揺らめいた。
「私の、名前は――」
聞き漏らさぬように、ソフィは耳を澄ませた。が。
「っ、」
ひゅ、ごう、と強い風が吹く。辺りに降り積もっていた乾いた雪が、空へと舞い上がる。視界と聴覚が塞がれる。
ソフィが思わず目を閉じて、風がおさまったとき。ゆっくりと瞳を開くと、そこに女の人の姿はなかった。
「あれ……?」
きょろ、とあたりを見回す。でも、今の風でかき乱されてしまったのか、雪の上にその足跡さえも見つけられなかった。
残されたのは、手の中の青い花と。胸に宿る、万感の想いをのせた言葉だけ。
「……」
ソフィは、くるりとその場に背を向けて宿へと走り出した。
「ただいまっ」
「きゃっ」
ばん、と音を立てて部屋に駆け込む。お茶をいれていたシェリアが、小さな悲鳴をあげて飛び上がった。
「もう、びっくりした! どうしたの、ソフィ? ララのお家にはいってきたの?」
「うん」
それに答えながら、ソフィは窓辺の椅子に腰かけているパスカルへと近づく。
「ソフィ、そのようにいきなり扉をあけるのはよくありません。いいですか、女の子たるものそのようなことでは……」
テーブルを挟み、その反対側に座っているヒューバートが、眼鏡を押し上げながらいう。
「これありがとう、パスカル」
「ううん、どういたしまして~」
くどくどとはじまりだしたヒューバートの説教を聞きながら、パスカルのマフラーを返しつつ、あたりを見回す。この部屋のどこにも、マリクの姿はない。
「教官は?」
「教官なら、部屋にいると思うけど……どうしたんだ?」
ソフィの問いかけに、ベッドに腰掛けて地図をみていたアスベルが答える。不思議そうに首を傾げるアスベルに、頷く。
「私、ちょっといってくるね」
「おい、ソフィ?」
アスベルの少し焦ったような声を引き摺りながら、た、と部屋を飛び出した。
後ろ手に扉を閉めて、冷えた廊下を左に進む。ソフィたち女性陣が使用する部屋の隣は、アスベルとヒューバートの部屋で、そのさらに向こうが教官の一人部屋だ。 なんなくたどり着いた扉を、躊躇することなく小さくノックする。だが、応えはない。
「……?」
いないのだろうかと思いながら、ドアノブを回してみる。鍵は掛かっていなかった。そのまま開いていく。
そして、わずかな隙間から部屋の中に視線を走らせる。すぐに、設えてある調度品のテーブルセットに腰掛けて、こちらに背を向けている人物をみつけることができた。
静かに、ゆっくりと部屋の中に体を滑り込ませて、ソフィはその大きな背に近づいた。
横から回り込んで覗き込んだマリクは、ひどく遠い目をしながら――物憂げに手元に、視線を下ろしていた。
そこにあるのは、今日、マリクが見つけてきたペンダントだ。
なぜだか、その姿がひどく辛そうにみえて。ソフィは、思わず手を伸ばした。しかし、ちらりとマリクの瞳が向けられて、その動きは封じられてしまう。
「どうした、ソフィ?」
ひどく静かに、マリクが問いかけてくる。そこには、さきほどまでまとっていた空気はない。
「うん、あのね、」
しかし、近寄りがたい雰囲気を一度浴びてしまったことで、ソフィの足は動かなかった。ソフィは、手を胸元へと引き戻して握り締めた。
「あのね、教官」
マリクも、それをわかっているのか、いつものように手招いてはくれない。
だが、ソフィは伝えなければならなかった。
あの人と、約束をしたのだから。
「教官にね、女の人から伝言だよ」
「ほう?」
マリクの表情は、ぴくりとも揺るがない。しかし、あの人の言葉は、きっとこの殻を破ってくれると、なぜだかソフィはそんなことを思った。
口を開く。できれば、あのときのあの女の人のように言えたらいい。
「あのね、――『ずっとずっとあなただけを想って、待っているから。だから、安心してちょうだい』――だって」
そうして、一言一句違えることなく伝えた言葉に、マリクが大きく目を見開いていく。余裕があって、常に自分たちを見守ってくれているマリクらしからぬ表情だ。
その瞳に、様々な感情が流れ過ぎるのを、ソフィはみつめた。
期待、不安、疑惑、願望。相反するものばかりが、複雑に混在しながらどこかへ消えていく。それは、流れ星のようだった。
部屋に落ちた沈黙を分かつように、ソフィは、手にしていた花を差し出した。
そうするべきだと、思ったから。
「これ、その人がくれたお花なの」
「――どんな、女だった?」
腹の底から、気力を振り絞って出したような低い声が、部屋に広がる。
「金髪の、とっても綺麗な女の人だったよ。笑うとね、なんだかそこがあったかくなるような感じがしたの。まるで、ラントのお花畑にいるみたいだった」
ソフィが思い出しながらそう言うと、マリクの肩から力が抜けていくのがわかった。
「そう、か」
黒い手袋に包まれた、震える指が花弁に触れる。
「瑠璃蝶々……ロベリア……か」
「それが、このお花の名前?」
そういえば女の人の名前を訊き損ねたが、この花の名も、ソフィは知らなかったと気付く。ちゃんと、尋ねておけばよかった。でも、マリクが知っていてくれてよかった。
「ああ。いい名前だろう?」
「うん」
するり、ソフィから花を受け取ったマリクの手が、ゆっくりと胸元へともどっていく。左手にペンダント。右手には青い花。
ぎゅうと、その花が、そのペンダントが、大きな手に握り締められる。強く、強く。
ほんとうなら、お花にそんなことはしないで、と言っただろう。
でも、そうされることを、このお花は望んでいるような気がした。だから、ソフィは黙っていた。
眉根に力をこめ、強く目を閉じるマリクの姿は、まるで祈るようだった。そして同時に、悔い改めるようでもあった。
つ、とそんなマリクの頬に伝うもの。それを、ソフィは知っていた。
いつか、ラントをアスベルと一緒に出たときに、彼もこうしていた。大地に膝をついて、大きな声をあげて、雨に打たれながら――泣いていた。そのときとは違って、マリクの涙はずいぶんと静かだ。
涙、というものを、正直なところソフィはまだよくわかっていない。
こういうときにどうすればいいのかも、よく知らない。
あのとき、アスベルに対してしたことが最善の方法だったのかも、あやしい。
だが、そうしたかったから、ソフィはさきほど伸ばして、でもやめてしまった手を、もう一度マリクへと向けた。
そっと、鈍い色を帯びた金の髪に触れる。上から下にぎこちなく撫でると、もうひとつマリクの頬に涙が流れた。
それを、とても綺麗だと思った。
どのくらいそうしていたのか。
無言で撫で続けていると、やがてマリクの震える睫が、雫を絡ませたまま持ち上がった。ソフィは、手を止めた。
マリクが、目頭を押さえて残った水を払う。そして、少し赤い目で、ソフィをみた。
「みっともないところをみせたな」
ほんの少しだけ、困ったようなマリクの顔。
「涙は、みっともないものなの?」
それを見てしまったのは、よくなかっただろうかと、ソフィは思った。マリクが、く、と喉の奥を鳴らした。
「男にとってはあまり褒められたものではないな。あとは、時と場合による」
「じゃあどうして、教官は泣いたの?」
ソフィが素直に思ったことを口にすれば、マリクは曖昧に笑った。
「いろいろとな……一言ではいいあらわせそうにない。すまんな」
「ううん」
歯切れの悪い回答だ。マリクにしては珍しいことだけれど、仕方のないことなのだろうと、ソフィは首を振った。
「ただな、彼女がオレには会いにきてはくれないのが――少々、寂しくてな」
自重気味に、マリクが笑う。
「でも、あの人は、待ってるっていってたよ。だから、」
ソフィは、雪の向こうで微笑んでいた、あの人を思い浮かべた。
「教官が、会いに行かなきゃ」
そう告げた瞬間、息を呑んで固まったマリクを、じっとみつめる。あまりにも動かないので、首を傾げる。
自分は、おかしいことをいっただろうか?
待っている――それは、どこか教官の知っている場所にその人がいるということだ。そこに、会いにきてほしいと願っているということだ。そう思ったのだが、間違っていたのだろうか?
ゆるゆると、マリクが息をつく。椅子の背もたれに身を預け、左手の甲で目元を覆う。また、泣いているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「……そう、だな。オレが、いかないといけないのだろうな」
「うん」
その通りだと頷くと、マリクが笑った。口元が、楽しげに弧を画く。
「では、ちゃんと胸を張って会いに行けるように、頑張るとするか」
カーツと一緒に怒られるのは、ごめんだからな――そういいながら、身体を起こしたマリクがソフィを手招く。近づくと、マリクがソフィの髪に花を挿してくれた。
ふわりと、そこから漂う香りが心地よくて、ソフィは目を細めた。
「伝言ありがとうな。ソフィ」
「ううん、どういたしまして」
ちゃんと役目を果たせてよかった。頭を撫でられつつ、ソフィはほっとして頷いた。
「なんだか腹が減ったな。ソフィはどうだ? 何か食うか?」
「カニタマがたべたい」
「……ほんとうにカニタマが好きだな」
ソフィが即答すると、マリクが呆れたように、でも楽しそうに小さく噴出した。椅子をわずかに軋ませながら、逞しい長身が立ち上がる。
「よし、今回の礼に、オレが奢ってやろう」
気前のいいことをいいながら、部屋の扉に向かって歩き出したマリクの後を追うように、ソフィはついていく。
「みんなも、一緒?」
「そうだな。誘うとしよう」
そういいながら朗らかに笑うマリクは、いつものマリクだった。
戻って、きてくれた。それはあの人の言葉があったからだと、ソフィは思った。
その顔をみつめながら、結局名前もわからなかった女の人のことを考える。ほんとうに不思議な人だった。
そう、今思えば――ララのような、人だった。
姿形や、しゃべり方や、そういったことではなく。この世界でのありようが、ララのようだった。そんな気がする。
ありがとう。
正体は、わからずじまい。だが、教官を元気付けてくれたのは、紛れもない事実だ。だから彼女に対して、ソフィは感謝の言葉を小さく贈った。
そして、ソフィは微笑んで、大好きなマリクと一緒に宿の部屋を後にする。
いつの日か、教官があの女の人に会いに行って――二人一緒に、笑いあえる日がくることを、願いながら。