恋人以上夫婦未満

「ええと、これと、これとこれ……それからこれも、でしたよね」
 鞄の中から、季節はずれの花、球根、なめし皮に魚の燻製などなど。町民からの信頼も厚い工房の主であるノーラは、依頼品を取り出しては、カウンターの上に並べていく。
「さすがだな、ノーラ」
 酒場の主人兼依頼の仲介人であるダビーが、感心したように笑う。
「急な仕事も多いのに、いつも悪いな。助かる」
「いいえ!」
 ノーラは、とんでもない! と頭を振る。
「お仕事紹介してもらったから、あたしはここまでこれたわけですし」
 にこ、と笑う。本当に、こうして仕事をさせてもらったからこそ、たくさんの人の信頼を得ることができた。ダビーには言い尽くせないほど、感謝している。
「それに、あたしを指名してくれたお仕事ですから。頑張らなきゃ!」
 ノーラなら任せられるという、その言葉がどれほど嬉しいか。そうして、依頼の品をみて喜ぶ人たちの笑顔が、どれほど力になることか。
「そうか、でも無理はするなよ? オレだって頼りにさせてもらってるが、おまえさんが体を壊したら意味がない」
「はい、ありがとうございます」
 ダビーに心配されたノーラは、照れくさくて眉を下げる。
 と。
「おー、終ったかぁ?」
 外での用事を終えたらしいユカが、だらけた様子で酒場に入ってきた。
「うん!」
 ノーラは振り返りながら頷く。
「そうか」
 ふ、とユカが優しく笑うから、ノーラはつられて笑顔を浮かべ、誘われるようにその傍らへと歩み寄った。
 髪に何かついていたのか、自然な仕草で触れてくるユカに、ノーラは小さく笑ったあと酒場を見渡した。
 その途中、ダビーがちょっとだけ目を丸くしているような気がしたけれど――すぐに、隅にあるテーブルの周囲をうろちょろしているケケをみつけたので、その疑問はノーラの意識から追い出された。
 ちなみに、ケケの状態を正確に表現すると、食事をとっているルッツの周りをうろうろしている。お腹でも空いたのだろう。
 これじゃあ、あたしがケケにごはんあげてないみたいじゃない……。
 そう思いながら、ノーラは声をあげる。
「いくよー、ケケー!」
「もういいのかい?」
 ルッツからのおこぼれに預かろうとしていたケケが、ちょっとだけ不満そうに近寄ってくる。低い位置にある親友の顔を覗き込むようにして、ノーラは笑う。
「家に帰ってごはんつくらなきゃいけないでしょ?」
「そうだね! はやくかえろう!」
 ノーラの言葉に、現金にも大きく賛同するケケをみて、酒場の客がくすくすと笑う。はやくはやくとせかすように、ケケがノーラの手をとる。
「じゃあ、帰るか。ほれ」
「わーい!」
 その反対側、ケケのもう一方の手をユカが捕まえる。体格差から、半ば宙に浮かぶような形になったケケが、楽しげに笑う。
「ほんと、食いしん坊なんだから」
 ノーラは笑って、酒場の知り合いたちに挨拶しようと視線を巡らせる。
 すると、感心したような珍しいものをみるような、そんなルッツの目が向けられていることに気付く。食事の手をとめ、まじまじとこちらを見ている。
「?」
 なんでそんな風にみられないといけないのか。
 理由がわらからず、ノーラが小さく首を傾けた瞬間。

「なんていうか、おまえら……夫婦みたいだな」

 ルッツが発した一言に、酒場の空気が固まった。
 さらさらと、噴水の音だけが響くこと、数秒。
 かっと全身を火照らせたノーラは、顔を真っ赤にして大きく口をあけた。
「ななななな、なにいってるのよ!?」
「え、だって、なんかそれっぽいだろ? とーちゃんとかーちゃんと、子供みたいじゃんか」
 ノーラ、ユカ、そしてケケと順繰りにみながらのルッツの言葉に、胸が蒸気を溜め込んだように熱を帯びた。
「ルッツー!!!」
 周囲の沈黙の理由も、ノーラの叫びの意味もわからないルッツが、困ったように助けを求め、カウンターに顔を向けた。
「ダビーさんもそう思いますよね?」
「オレにふるな」
 余計なことを言いやがってといわんばかりの顔をして、ダビーが肩をすくめる。だが、一拍の後には、ニヤリと笑う。
「でもまあ、確かにそれっぽいといえばそうだな。で、おまえらいつ結婚するんだ? ん?」
「ダビーさんまでなに言ってるんですか!」
 ノーラはさらに声を荒げたが、酒場の主であるダビーの言葉に場の緊張感が緩んだ。
「ひゅーひゅー、いいねぇ! 若いねえ!」
 よっぱらいのそんな一言が合図となったように、客たちがどっと笑い出した。
 はやし立てられたノーラは、対処の仕方がわからずうろたえる。
 縋るようにユカを見上げると、こちらは涼しい顔をしている。自分ばかりが恥ずかしい思いをしていることが、妙に悔しくて、ノーラはぎゅっとエプロンを握り締めて俯いた。
「やだ、ノーラ可愛いわー。照れちゃって、何もいえないのね!」
 酒場にいるお姉さんまでなにをいってくれているのか。
「そうだな……」
 それまで口を閉ざしてたユカが、ぽつり、と声を発した。
 助け舟でもでるのかと思ったが、ノーラはユカという男を甘く見ていたことを思い知る。
「オレとしちゃー、一緒に暮らしてるわけだし、もうツバつけてっからそこまで焦っちゃいねえけどよ、こいつがどうにもはっきりしねえんだよなー。ってことで、おまえらもっといってくれや」
「?!?!!」
 ひぅ、とノーラは息を飲んだ。
 首を痛めそうな勢いでユカを見上げる。ニヤニヤと笑っているユカが、ものすごく意地悪にみえた。
 この男はぁぁぁ!
「おおお! いうねえ!」
 口笛交じりに、さらに囃し立てられて、ノーラの頭がぐらぐらと煮たってくる。
 確かに、ユカとは一緒に住むようになったし、結婚前提のお付き合い? とやらに、いつの間にやらされているけれども、なにもそんなことここでいう必要ないじゃない!
 しかも、ことあるごとに催促してくるくせに、澄ました顔して「焦ってない」とか、どの口がいうのか!
 腹の底に溜まりだした苛立ちと怒りに、ノーラはぷるぷると全身を震わせた。
「ま、うらやましかったら、お前も可愛い女みつけるこった」
「ほっとけよ!」
 いつものようにからかうことも忘れないユカに対し、どんとテーブルを叩きながらルッツが立ちあがる。
「おいおい、あまり独り身をからかうな。あと、今度からいちゃいちゃするなら家でしてくれ。目の毒だ」
 ごちそうさまと笑うダビーに、ユカが頷く。
「おー、そうするわ。じゃぁな」
 そして、ケケの手を引いて歩き出す。
「ほれ、いくぞー」
「おー!」
 相変わらずぶらぶらとユカの手にぶら下がったままのケケが、元気に応える。そんなケケに手を掴まれたままのノーラは、バランスを崩しそうになりながら、それに続いた。
「ちょ、ちょっとユカ! ユカってば!」
「はいはい。いちゃいちゃするのはあとでな」
「そうじゃないわよ! っていうか、いちゃいちゃなんてしてないでしょ!」
 かしましく去っていく三人を見送る酒場は大変な賑やかさで、それは道にも漏れきこえている。
 扉をくぐり、外にでたノーラは、そんな音を背後に、少し冷えた空気を吸い込んだ。深呼吸でもしないと、やっていられない。
 そして、ゆっくりと夕暮れの赤い空の下、霧の森にある我が家へと向かう帰り道を三人でたどる。それぞれの姿を写し取った長い影が、ひとつ、ふたつ、みっつ。仲良く寄り添う。
 肺に押し込めた空気を吐き出しながら、ノーラはかくりと項垂れた。
「もう恥ずかしくて酒場にいけないよ~……」
「なんだよ、バカにされたわけでもなし、嘘をついたわけでもなし。べつにいいだろうが」
 しょぼしょぼとしたノーラの言葉を、ユカは鼻で笑い飛ばした。まったくもって、わかってない!
「そういうことじゃないの! ほんとのことって恥ずかしいんだからね!」
 きっ、と鋭く睨みつけながらのノーラの抗議もどこ吹く風。ユカが面倒くさそうに顔を歪め、髪をかきあげる。
「あー、うっせーなー」
「……わかった。もうユカにジャーキーつくらないから、イサルミィまでいってね。そういえば、もうストックないみたいだけど仕方ないよね」
「なっ?!?!」
 ぷい、とユカから視線を外し、前を向いてそんなことをいってやれば、あからさまにユカがうろたえた。
「ごめんなさい、ノーラ様」
 そして、あっさりと頭を下げてくる。
 どれだけジャーキーが好きなんだろう。
 最終手段をちらつかせとはいえ、素直に謝罪してきたユカに、ふふんとノーラは気分よく笑った。
「ユカはノーラに弱いね~。まあ、おいらわかってたけど!」
 その様子を、二人の間で眺めていたケケが、うんうん、としたり顔で頷く。
「おまえは黙ってろ」
「あいたっ」
 すびし、とユカにデコピンされたケケが仰け反る。
「もー、やめなさいよ!」
「ノーラぁぁぁ!」
「ほらほら、大丈夫だから。たんこぶにもなってないから」
 うわぁぁぁん、とケケが泣く。それを宥めながら、ノーラはユカに文句を言おうと顔をあげ――
「!」
 とん、と額に落ちた唇に、目を見開く。
 ケケの頭上越し、高い背をかがめて落とされたユカの不意打ちに、夕暮れに負けないくらい、ノーラは顔を真っ赤にした。
「な、ななな……!」
 触れられた場所を手でおさえる。
「なにすんのよー!」
「いやあ、ジャーキーのためにご機嫌をとろうかと」
「なによそれ! 余計悪くなるわよ!」
 へらへらと笑いながら白状するユカに、ノーラは手をふりあげる。さっとそれをかわして、ユカが目を細める。
「冗談だ」
「……ぅ」
 その静かな瞳が、ふいに滲む真剣さが、ノーラを黙らせる。ジャーキーのためにというのが冗談だというのなら、本心はどこあるというのだろう。
 ただ、自分を見下ろすその瞳が、ひどく柔らかくて優しくて――そうしたのは、愛しいからだといってくれているような気がして――ノーラは、喉までせりあがった数々の文句を飲み下した。
 ふ、と肩から力を抜く。
「もういいわよ……。はやく帰ろ? なんだかお腹減ってきちゃった」
「わーい、ごはん、ごはんー!」
「わーい、ジャーキー、ジャーキー」
「ケケもユカも子供みたいなこといわないの! あと、ジャーキーはごはんにならないから!」
 小さな姿の自分の親友の言い方を真似る、大きな姿の自分の恋人をしたがえて、ノーラは霧の森へと帰っていく。
 大切な人とともに帰るべき、小さな我が家を思い描く。
 そこが一組の夫婦が住む場所になるのも、いいかもしれない。
 もう観念しようかなあ……。でもそうなったらそうなったで、また酒場に行きづらくなるかもなあ……。
 きらと輝く一番星の下。
 ノーラは空を見上げ、いろんな意味で悩ましいため息をついた。