幾千万の世界をこえて ~ ここが私の居たい場所 ~

Caution!!
 簡単にいえば、アヴァロンコードの転生もの+現代ものです。
 なんとなく妄想したら止まらなくなったので、思いつくまま書くシリーズです。

 

 

 仕事がたてこんでいたヒースが、ようやくもらえたお休みの日。
 押しかけ女房よろしくマンションへとやってきたティアは、せっせとリビングの掃除に精を出している。
 ひさしぶりに会えるのだから、どこかへいこうといってくれたが、忙しいヒースには休息も重要だ。一緒にゆっくりするために、昨晩は大学のレポートを頑張ってきたのだ。
 お部屋デートだって楽しいしね――まるで新婚にでもなった気分を味わいながら、ティアは機嫌よく掃除をすすめ、ふと、リビングの片隅に大きな包みが置かれていることに気づいた。
 いくら家事をしているとはいえ、大事なものに勝手に触って壊したりしたらたいへんだ。
 ティアは掃除をする手をとめて、ソファにゆったりと腰掛ける男へと向き直った。
「ヒース、これなに?」
 ああ、とコーヒーを飲みながら新聞に目を落としていたヒースが顔をあげ、声をもらした。
「抱き枕だ」
 端的なヒースの返事と、リビングの隅に転がっている物体を交互にみやり、ティアは目を瞬かせた。
 とても、それらが一致するように思えなかった一瞬が、妙な間となって二人の間に落ちた。
「……えっ」
「待て、なにか勘違いしてないか? オレが欲しくて買ってきたわけじゃない」
 そうして、ようやっとティアの唇から漏れた声に、ヒースが早合点するなと眉をひそめた。
 えへ、とティアは見透かされた自分の思考を誤魔化すために、笑った。
「そうなんだ。じゃあ、どうしてここにあるの?」
 やはり勘違いしそうだったのかと肩を落としたヒースが、新聞を折りたたみながらいう。
「うちの会社の別部署が作った新商品の試作品らしくてな。使い心地を確かめて報告をしろといわれて押し付けられた。これで疲れをとってほしいともいっておられたな」
 そんなことをヒースに容易くいいつけられるような人物など、ひとりしかいない。
 ああ、ヴァルドさんね――ヒースに知られないよう細心の注意を払い、ひそやかに連絡を取り合っている御曹司の麗しい姿を脳内に思い描く。
 彼のおかげで、仕事中の凛々しく格好いいスーツ姿のヒースの写真などが手に入れられている。感謝感謝である。
 よって、ヒースには甚だ迷惑であろうが、ティアの中では、自分たちの恋路を応援してくれるとってもいいひと、というポジションを獲得している。
 概ねの経緯がわかったところで、ベッドに横たわったヒースが子供のように抱き枕に頬を寄せて眠る姿を想像してみる。笑いしかこみあげなかった。
「……ぷっ」
 かといって、盛大に笑い出すわけにもいかず、ティアはヒースから顔を背けて口もとを手で覆った。ぴくん、と視界の隅でヒースが眉をはねあげながら、ソファから立ち上がるのがみえた。
「今、似合わんと思ったな?」
 妄想の登場人物にそんなことをいわれては、我慢もしきれやしない。
「だ、だって……! ヒースが抱き枕って……、な、なんだか想像すると……ふ、ふふふっ、あはははは!」
 お腹を抱えるように笑い声をはじけさせるティアへ、つかつかと歩み寄ったヒースが指をのばした。
「笑うな」
 長い中指と親指が輪をつくったと思ったら、次の瞬間には、中指が躊躇うことなく弾け、ティアの額で炸裂した。
「あうっ」
 さほど力をこめてはいなかったのだろうが、小気味いい音と鋭い痛みがティアを襲う。
 デコピンされた箇所を押さえ、ティアは唇を尖らせた。
「もー、なにするの!」
「変な想像をするのが悪い。これはあくまで試作品への使用感を伝え、今後の改善に繋げるためのものだ。仕事だ、仕事」
「だからって、こんなことしなくてもいいじゃない!」
 涙目になりながら頬を膨らませて抗議すると、さすがにヒースもやりすぎたと思ったらしく、目がわずかに泳いだ。
「……そうだな、悪かった」
 そして、素直に謝罪の言葉を述べるとティアの手を優しくほどき、前髪をかきあげて額にキスをひとつ落としてくれる。
 そのやわらかさと熱に、ティアの気持ちが静まっていく。痛みも忘れ、ティアは崩れるように笑う。たったこれだけですべて許せるのは、どうしようもなくヒースが好きだから。
「ヒースっ」
「おっと」
 離れていこうとする大きな身体に、この機を逃すまいと抱きつく。子供を宥めるようなキスをするためしゃがんでいたヒースの逞しい首に腕を絡めるのは、とても簡単だった。
 そのまま爪先立ちをして、背伸びをしながらもう一度のキスをねだる。
 ふ、とヒースが甘く笑ったと思ったら、ティアの腰は力強くひきよせられて、たっぷりと唇が重なり合っていた。
 恋人になる前は、ありえなかった触れあいに、じんと意識が痺れる。好きという気持ちが、つぎからつぎへと身体の奥から沸いてきては弾けていく。
 濡れた音をたてて、ヒースが離れていくのが寂しい。でも、してもらえる機会はこれからいくらでもある。ああ、なんて幸せ。
 ティアは上気した顔で、うっとりと笑いながら、ヒースの胸に甘えて擦りよる。
「ね、これあけてみていい? 私、どんな抱き枕なのかみてみたいな」
「そうだな。気になるところがあれば教えてくれ。君の意見も参考にしよう」
「やった!」
 もう一度ヒースを抱きしめて、ティアは名残惜しく思いつつ身を離す。リビングの片隅にある包みを手にとって、二人そろってソファへと移動する。
 そうして、丁寧な梱包をひらき、でてきたものを見た二人は押し黙った。
「「……」」
 真っ白でふわふわのもこもこ。長い耳、長い胴体と手足。
 ウサギというには、いささか胴が長すぎるが、用途を考えた上でのこのデザインだといえば理解できなくもない、なんとかギリギリなウサギだ。しかし、やたらとファンシーな抱き枕である。
 ティアは、思わず自分の動揺を隠すように、ウサギ型抱き枕の頭部分をなでた。つぶらな黒い瞳がちょこんとついていて、ほんとうに可愛い。
 が。
 これをヒースに渡すなんて、確実にヴァルドの悪戯心だろう。さすが御曹司、勇気がある。
「ええっと……さわり心地、とってもいいね……」
「……」
 だが、いい年をした身体の大きな男が、こんなウサギ型抱き枕とともに眠る姿なんて、ちょっとシュールだ。ヒースの心は乙女ではない。さきほどは想像で笑ってしまったが、今はちょっと笑えない。
 ティアとおなじく、うっかりと寝姿を想像してしまったのか、ヒースがなんともいえない顔で黙り込んでいる。
 責任感の強い彼のことだ、きっと上司の命令を忠実にこなさなければならないという使命感と、自分の確固たる男としての矜持の間で揺れているのだろう。
 最終的には、仕事人間であるヒースがどちらをとるかなんてわかりきっているティアは、なんだか可哀そうになってきた。
 ここはひとつ、率先して動いてあげたほうがよさそうだ。
「ええっと、えっと……私が抱いてみていい?」
「……ああ。頼む。感想をきかせてくれ……」
 考えすぎて体内の糖分をすべて使い果たしてしまったような疲れきった声で、ヒースがいう。
 ティアは、枕を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめてみた。ほどよい弾力に手触りのよい素材。抱きしめたとおりにティアに寄り添ってくる。二度三度と抱きしめなおして、ティアは感心した。
「あ、すごく気持ちいい。中身、なにがはいってるんだろ?」
「新しく開発したクッションビーズなどといっていたような気がするが……、なるほど、抱き心地よし、と」
 はしたないと思いつつ、ティアはソファのうえで、ころりんと横になってみた。顔をうずめるようにして、ぎゅっと抱きしめると、ふわりとラベンダーの匂いが漂ってくる。身を任せると穏やかな眠りに誘ってくれるような、そんな優しさ。
「いい香りがするよ」
「ふむ、香りよし、さわり心地よし、と」
 いつの間にか取り出してた手帳にメモをとるヒースを、寝転がったまま見上げて、笑う。
「ね、ヒースもぎゅっとしてみたら?」
「……オレがか」
 手帳を閉じたヒースが渋面になる。気持ちはわからないでもない。
「物は試しっていうし、ちゃんと抱きしめたほうがお話しやすいよ。それに、絶対気に入ると思うの!」
「……う、む」
 先に具合を確かめたティアからの熱心な勧めに心を動かされたのか、ヒースが悩ましげな顔をしながら手をのばしてくる。
 はいどうぞ、と手渡せばヒースは一瞬の迷いを瞳に浮かべたあと、ウサギ型抱き枕を胸元へと引き寄せた。
 逞しい腕がやわらかでファンシーなウサギを、ぎゅっと囲い込んでいる様は、やはりちょっとだけシュールだ。ヒースの顔が武術の試合に臨むような真剣みを帯びていることがまた、なんともいえない笑いをさそう。
 かといって、ここで噴出してしまったらヒースに申し訳がたたない。できればカメラにおさめたいけれど、それをすると怒られるだろう。
「ど、どう?」
 ティアは腹筋に力をいれ、引きつる頬を懸命におさえこみ、なんでもないように感想を求めた。
「悪くはないが、そこそこだな。ふむ、このあたりを細めにすると抱きやすいか……? あとはビーズが偏らないようにして……個人的には、このあたりにもう少しはりがあるといいな」
 どうやらお仕事モードにはいってしまったらしく、ヒースがウサギ型抱き枕を検証しはじめた。だが、評価は厳しめだ。
「そう? これでもじゅうぶんだと思うけど……。そもそも、比較できるような抱き枕を使ったことあるの?」
 ティアにしてみれば、これでも製品としては成り立つと思う。抱きやすく可愛いのだから、ヒースのような大人の男ではなく、ティアと同じくらいの女子向きに販売戦略をうちだせばいい。
 ひっくり返したり、縫いの程度を確認したり、手触りをじっくりとたしかめたりしていたヒースは、ティアの言葉に喉の奥を震わせて笑う。
「ここにいるじゃないか」
「どこ?」
 きょろりと瞳をめぐらせる。だけれどここはいつものシンプルなヒースの家のリビングだ。それらしいものなんてどこにもない。不思議そうな顔をするティアが面白いのが、とうとう声をもらして笑ったヒースが、抱き枕を横に置く。
 大きな手は、そのままティアへと向かってきた。あ、と思う間もなく頬を掠めた手が首の後ろに回されて、いつのまにか忍び寄っていたもう片方の手が腰にかかる。
 ふ、とティアの顔を影が覆う。
「ここだ」
 にこ、とヒースが笑う。間近でみせつけられた楽しげなその表情に、ティアの反応が遅れる。
「へ――きゃっ」
 力強く引き寄せられて、ヒースに抱きしめられる。あわあわとしているうちに、ソファへ長い足を投げ出した逞しいヒースの身体うえに、ティアはうつぶせに圧し掛かる状態にされていた。
 逃げ出そうにも、がっちりと腕が回されていて身動きできない。
 なにするの、と顔を真っ赤にしながらヒースの胸に手をついて睨んだものの、鼻で笑われてしまった。くやしい。
「ヒースの抱き枕って私のこと?」
「ああ。これほど抱き心地のよいものは、世界中どこを探したってみつからんだろうさ」
「もう! 私抱き枕じゃないもん!」
「まあ、そういうな」
 失礼なことをいわないでと抗議しながら暴れるが、ヒース相手にかなうわけもない。
 するすると、髪、首、背中と辿っていく手のひらの絶妙な心地よさに、ティアは身体を震わせた。
「ひゃ、う……」
「温かくて、柔らかくて、可愛くて」
 額に触れてくる唇にその言葉以上の愛情がこもっている気がして、ティアはぎゅっと目をつぶる。
「いいにおいがするし、声もいい」
「きゃ、やん!」
 無遠慮に腰からお尻あたりをなでられて、ティアは小さな悲鳴をあげた。
 再び睨みつければ、楽しげに細められた青灰色の瞳にかちあう。なんら悪びれることのないその視線に、ティアは敗北を感じ取っていた。
「なあ、オレ専用の抱き枕は、世界にふたつとない素晴らしさだと思わんか?」
「……セクハラだよ」
 むう、とティアは唇を尖らせる。いまだに腰辺りを這い回る手を暗に非難してみたが、ヒースは笑うだけだ。
「恋人にセクハラをしては駄目だとは知らなかった。そうすると、君にまったく触らないほうがいいということになるな?」
「……いじわる」
 そんなの、ティアのほうが耐えられるわけがない。恋しい人の存在を確かめて、触れ合う幸せを分かち合いたい。
 抵抗することをやめたティアは、ぽて、とヒースの胸に頭を預けた。よく考えてみたら、こんな風に抱きしめられるのは、ほんとうに久しぶりだ。
 なかなか会えずにいたときのせつなさが、ふいに胸を掠めて泣きたくなる。きゅ、とヒースの服を掴む。
「ヒースだって、私の抱き枕だもん、専用だもん」
「こんな硬い枕でいいのか?」
 ははは、とヒースが笑う。たしかに、さきほどの抱き枕ほどのやわらかさはないけれど。
「だって、ここが世界で一番、安心できるもん……」
 うっとりと本心からの言葉をこぼしながら、ヒースの体温、ヒースの匂いに身をゆだねる。この腕の中に、ずっといることができるならいいのに。
「そうか?」
「きゃっ?!」
 ヒースの訝しげな言葉が聞こえたと思ったら、くるり、と世界が反転した。
 上下をたやすく入れ替えられたティアが、ソファに背中を預けながら目を瞬かせて見上げれば、ヒースの瞳がわずかに揺れている。飢えをこらえる獣のような、そんな瞳にくらりときた。
「君にとって、ここほど危険なところもないと思うがな」
 そうかもしれない。
 ぞくり、と一段低くなった声に耳朶をくすぐられて身震いしながら、ティアは思う。
 でも、ここが私のいたい場所。ずっと昔から、ここにきたかった。ここで、ヒースに愛されたかった。
 腕を伸ばし、ぎゅってして? と甘えるように小さく囁けば、触れることへの許しを得たヒースが、ゆっくりと覆いかぶさってくる。
 鼻先が、首に触れてくすぐったい。肌を確かめてくる唇が、熱い。
 仕事の間に会えなかった寂しさを埋めあうために、ティアはか細く喘ぎながら、広い背中をそっと抱いた。