Caution!!
簡単にいえば、アヴァロンコードの転生もの+現代ものです。
なんとなく妄想したら止まらなくなったので、思いつくまま書くシリーズです。
「……んっとー、えっとー……、あ! おかしちょうだい! そのあと、いたずらね!」
ぴんぽん、ぴんぽんと、熱心にインターホンを押されて玄関まで出てみたヒースは、なんとも可愛らしいおばけに強盗まがいなことをいわれ、目を瞬かせた。
みおろす子供のことはよく知っている。近所に住む女の子のティアだ。
頭には、母親の手作りとおぼしき、カボチャを模した被り物。黒いワンピースに、カボチャ色のマントを羽織っている。手にはプラスチック製の魔法の杖。どうやらこれでインターホンのスイッチを押していたようだ。なかなか賢い。
まったくもって狙っているわけではないのだろうが、ティアが首を傾ける。ほだされそうになる。こんな仕草をする幼子の可愛さに勝るものは、そうそうないだろう。
そういえば、ハロウィンか。
学校から帰宅したままの姿で、愛くるしいおばけを出迎えたヒースは、来客の理由に思い至って頭を掻いた。
ヒースには、あまり馴染みのない祭りであるが、知らないわけではない。たしか商店街もそれに乗った販売戦略をたてていたような気がする。ここ最近、世間に一気に広まったのは、商魂逞しい彼らのおかげでもあるだろう。
それにしても、さて困った。
「ヒース~」
「おっと」
悩むヒースの足元に、満面の笑顔でティアが抱きついてくる。転ばないように受け止めて、その小さな頭を撫でる。
なぜかこの女の子は、ヒースにやたら懐いているのだ。一人っ子でもあるし、兄のように思っていてくれるのだろう。
「だっこー」
だが、慕われて悪い気はしない。手を伸ばされるまま、いわれるがまま、口元を緩ませたヒースはティアを抱き上げてやる。
きゃー、と歓声をあげたティアが、細い腕をヒースの首に回す。むに、と子供のやわらかな頬が、ヒースの頬にくっついて温かい。
「ひとりで来たのか?」
「うん!」
訊ねれば、ティアが体を離して大きく頷いた。
夕暮れの町中を、近所とはいえ一人で来た勇気を褒めればいいのか、無謀と怒ればいいのか。
でも、丸い頬を薄っすらと紅色に染めながら笑う姿を見ていると、膨らんだ怒りは空気の抜けていく風船のようにしぼんでいった。
はあ、と、この年頃の少年らしからぬ溜息をついたヒースは、ティアの背をささえるように大きな手を添えた。
「帰りはオレが送ってやる」
「あい! ね、ヒース、おかし」
「……抜け目ないな」
ずい、と小さな手を差し出すティアに、ヒースは呆れた。
「お菓子か、お菓子、なあ……」
ぶつぶつと呟きながら、ティアを抱えなおして、ヒースは我が家へと戻ろうと、振り返って玄関扉に手をかける。
甘いものが苦手である自分へ、菓子をたかる幼子の期待にどう応えればいいのか。女子でもあるまいし、そんなものを常備しているわけがない。
この際、仕方がないから、母親が隠し持っているだろう甘味をいただこう。
自分が食べたといえば怒りそうだが、ティアにやったといえば大丈夫だろう。
「おかしー! おかしー! あといたずらー!」
「お菓子をやっていたずらされるとか、なんだそれ。どっちかにしろ」
元気いっぱいに一挙両得を狙うティアを、ヒースはたしなめた。もしかしたら、意味がわかってないのかもしれないが。
「えー」
「えー、じゃない」
ぷんぷん、とわざとらしく頬を膨らませるティアに、ヒースは眉を潜めた。破裂しろとばかりに頬をつつく。くせになりそうな弾力だ。
「お菓子か、悪戯、どっちかだ」
「えっとね、うーんと、んー……」
重ねて言えば、ヒースのまねをして眉根を寄せていたティアが、ぱっと笑顔になった。
「ティア、いたずらにする!」
「いたずらか」
元気に動く小さな体を落としたりしないように気をつけて、家へとはいる。玄関でティアの靴を脱がせてやりながら考える。
悪戯だと堂々と宣言されてしまったが、まあ別にいいだろう。この年頃ならさしたる被害もこうむることはないはずだ。せいぜい物を隠されるとか、きっとそんなところだろう。
楽観的な結論をだし、黒のエナメル靴を玄関の下を彩るタイルに揃えて置いたとき。
「じゃあね、いたずらだから、ホットケーキたべる!」
「あ?」
いっている意味がわからず、玄関ホールにティアを降ろしたヒースは、目線を下げるようにしゃがみこむ。
「ヒースがつくって!」
「……」
にこにこと、ティアは笑っている。
どうやら、この年下の幼馴染の中では、悪戯と我侭が同じ意味であるらしい。その意味の違いを説いたところで、まあ、わかってはもらえないだろう。
結局のところ、ハロウィンとは子供のための祭りだ。お菓子であろうが、悪戯であろうが、子供が楽しみ得をするようにできているものだ。
しばらく考え込んだものの、仕方がないといわんばかりに、ヒースは頭を掻いた。なんで自分がこんなことを、と思わないでもないのだが、可愛いティアの可愛い悪戯だ。かなえてあげたいとも思う。
「ホットケーキだな?」
「うん!」
とはいえ、ホットケーキはどうやってつくるんだ?
頭を悩ませつつ、ヒースはティアを連れてキッチンへと向かう。
思春期ごろの少年が、そうそう調理経験などあるわけもない。
そうして、まあ、なんとかなるだろ、といきあたりばったりにはじめたホットケーキ作りだったが、材料を求めてあちこちの棚をひっくりかえし、冷蔵庫をあさり、何度か失敗しつつ――どうにかこうにか作り終えたときには、キッチンを振り返りたくない状況ができていた。たかだかホットケーキごときでどうしてこうなった。
それでも、いびつなホットケーキをおいしそうに頬張るティアをみれば、苦労が報われた気がした。
その後、帰宅した母親にそんなキッチンの惨状がみつかって、さんざんに怒られたヒースは、「ああ、ティアの悪戯ってこういう意味だったのかもな……」と、片付けながら遠い目をしたのだった。
ハロウィンセールの案内。ハロウィンケーキの販売。ハロウィンの仮装行列開催のお知らせ。
新聞に目を通していたヒースは、なにげなく手に取った近くの商店街がいれたとおぼしきチラシを眺め、もうそんな季節かと感じていた。
一瞬にして蘇った、ヒースにとってのはじめてのハロウィンは、今思い返してもなかなか大変だったと思う。
あの頃はまるで駄目であったが、一人暮らしをはじめてからは多少の料理もできるようになった。それにそのあとも、ティアによく作っていたから、ホットケーキはお手の物だ。
ヒースが作ってくれるホットケーキが一番美味しいよ、といってくれるのは世界のどこを探したって一人しかいないだろうが。
そんな思い出の主役は、ふんふん、と流行の恋歌をくちずさみながら、割と殺風景な感のあるヒースの部屋を、ハロウィン仕様に飾り付けている。
そんなティアの後姿を眺めつつ、ヒースは苦笑した。
その成長ぶりに、時の流れを感じた自分が、おかしかった。
やわらかな髪は変わらない、白い肌も変わらない。でも、背が伸びた。手も腕も足もだ。声は、あどけなさが薄れた心地よいソプラノ。
愛くるしい少女から、大人の階段をのぼりきった女性へと、成長してしまった。
まあ、成長させきったのは自分なんだがな、とヒースは笑みを乾いたものへと変化させる。
まさか、あんな小さなティアとこんな関係になるとは。
ティアが大学生になってそうそう、二人は恋人同士になった。その事実に対し、ほのかに胸に残るなんともいえない罪悪感が、苦しい。
でも、世界の誰よりも自分を愛し、また、愛せる存在を得た喜びのほうが勝る。
歳の差はあるものの、両家の理解はそこそこ得られているわけだし、この先もずっと、自分とティアは一緒にいるだろう。そう、ありたい。
「ヒースどうしたの?」
「ん?」
くるり、と振り向いたティアが不思議そうに首を傾げる。古い記憶がその仕草に重なる。こういうところの愛らしさは、変わらない。
「笑ってるから」
気づいてないの? と、ティアがなぜだか嬉しそうに笑うものだから、ヒースは思わず顔に手をあてた。どうやら、意識しないうちに緩んでいたらしい。
たるんでいる。いかに幸せに浸りきっているのか自覚したヒースは、嘆息した。
気を引き締めなければと思う。思うのだが――
「なにかいいことあった?」
まるでそれは自分にとってもいいことであると喜ぶティアをみていると、幸せでなにが悪いと思ってしまう。
ぜんぶ、ティアのせいだ。
大人らしからぬ馬鹿でやわらかな八つ当たりをしつつ、ヒースはティアを手招く。
「なになに?」
教えてもらえるとでも思ったのか、ティアが表情を輝かせて駆け寄ってくる。
ソファに座る自分の前に立つティアの手を、そっと握りながら微笑む。
「ティア、今年はなにがいい? 菓子か? それとも悪戯か?」
あの遠い思い出の日から、毎年恒例になったヒースの問いに、ティアが息を飲んだ。
悪戯と我侭の区別がつくようになってからも、ティアはお菓子ではなく、悪戯を選ぶことが多い。
内容については、なんてことはない、「どこかに連れて行くこと!」というような、他愛のないものばかりだったが。
映画のときもあった。水族館のときもあった。買い物に付き合って荷物もちをしたことだってある。
恋人になる前の、ティアの恋心が選んだ選択肢。恋人ではない、年上の想い人に、思いっきりの我侭をいってデートにまでもちこむそのいじらしさに気づけば、胸がどうしようもなくくすぐったい。
いつの間にか、恋の花をヒースのうちで丁寧に育てた陽だまりに似た笑顔を隠し、ティアはヒースを見遣った。
頬から眦が、綺麗な紅色に色づいている。触れたくなる衝動を、ヒースはなんとか堪えた。
「えっと、なんでも……いい?」
どうしてそんなに戸惑うように口ごもるのか。不思議に思いつつも、ヒースはもちろんだと頷いて返す。
「ああ、いいぞ」
有名店の行列ができるスイーツだろうが、お取り寄せで大人気の品薄スイーツだろうが、悪戯と称したデートの約束だろうが我侭であろうが、なんでもいい。
「じゃ、じゃあ! ……い、悪戯、で」
「わかった」
意を決したように宣言したティアが、きゅっとヒースの手を握り返してくる。そんなに力まなくとも、ヒースはちゃんとティアの願いを叶えるつもりだというのに。
「どこにいきたいんだ?」
そういえば、ティアが好きなアーティストの作品を集めた美術展がひらかれているといっていた。もしかしてそこだろうか。いやそれとも、テレビで流れるCMをうっとりと眺めていた恋愛映画がいいのだろうか。そういえば、しばらくいっていない水族館では、ペンギンの子が産まれたらしいといっていた。そこへいくのもいいだろう。
さあ、我侭をなんでもどうぞ、とすべて受け止める心づもりでティアを見上げる。
と。
「――……あ、えっと、そうじゃなく、て」
ぽっと頬をことさら赤らめて、ティアが俯いた。とはいえ、ソファに座っているヒースからは、その表情はまるみえだ。
「ん?」
どうにもいつもと違う雰囲気に、ヒースは続きを促すようにティアをみつめた。
せわしなく蝶が羽ばたくように瞬きを繰り返し、何かをいいかけては口をつぐみ、そうしてまた薄く唇を開くティアの中で、いいたいことが纏まるのを待つ。
「……ヒースが、いいの……」
そして、かぼそい声でようやくそう告げられたものの、意味がわからない。
「あ、ああ、うん?」
ここまでティアの意図を理解できないのも、我ながら珍しい。ヒースは軽く混乱してきた。
それならばいつもどおりに、一緒にいてほしいといえばいいではないか。どこかにつれていってと、明るい笑顔で命じればいいだけではないか。
なにも、そんなに艶めいた表情をせずともよいはずだ。
「だ、だからっ」
あまりの察しの悪さに憤ったらしく、ティアが首筋までを真っ赤に染め上げて、ヒースを睨みつけてくる。
そして。
「ヒースに悪戯させてほしいの!」
リビングに響き渡るような大きな声で叫ばれた内容に、自然とヒースの頬が引きつった。
ぜぇはぁと肩で息を整えるティアと、いわれた言葉と、涙目で必死なその表情。
あれこれと繋ぎ合わせて、ようやくひとつのことに思い至る。
かあ、と年がいもなくヒースの頬が熱を帯びた。あまりにもまっすぐにそんなことをいわれて、しかもそれをいった張本人が照れすぎていて、恥しさが伝染してしまったようだ。
乾いた口内をなんとか湿らせ、ヒースは目を泳がせる。
「……そういう意味でか?」
掠れた声で問うた瞬間、ティアが肩を跳ねさせた。そして、こくり、と頷く。
「そういう意味で、です……」
なぜ敬語。ヒースの頭の、ほんの少しだけ残った冷静な部分がそう突っ込みをいれているが、それを口にする気力がない。言われた内容が突拍子もなさすぎる。ヒースの想定外もいいところだ。
本気か?
まさかこのすぐあとに冗談だよ! とか言うつもりなのか?
からかうにはあまりな内容だ。いやいや、でもしかし……――
ぐるぐると混乱した頭で考えるヒースの前で、ティアが囁く。
「いつも、ヒースがしてくれるから……、たまには、私が頑張りたい……」
いじらしい言葉に、ぐ、とヒースは奥歯を噛み締めた。脳裏を掠めた夜の記憶に、巡る血潮の速度が増す。
「だめ……?」
ちら、と許しを請うような、おねだりをするような視線を向けられて、どっと汗が噴出す。そういう表情は、ずるいだろう、とぼんやりと考える。
男としての矜持とか、男冥利に尽きるとか。嬉しいような情けないような、恥しいような期待してしまうような――そんな複雑な心境に陥ったヒースの口が、かってに動いた。
「駄目、ではない、が……」
否定とも、肯定ともとれるような濁し方だった。だが、ティアはいいようにとったらしく、雲の合間から顔を覗かせた太陽のように顔を輝かせた。
「ほんとっ?!」
「!」
弾けるように距離をつめられて、ちょっと思考回路が正常な状態でないヒースはたじろぐ。よろり、とソファの背もたれに身を預けたヒースに、ティアが興奮気味に圧し掛かってくる。
膝のうえに当たり前のように腰をおろされ、小さな手がヒースの頬をなでる。ざわ、と肌があわ立つ。はしたない、とたしなめる暇もない。
うっとりと色香を滲ませ、ティアが微笑む。
「じゃ、じゃあ、ハロウィンの日は、お泊りにくるから……――約束ね!」
「……ああ」
勢いにおされるまま、ゆるゆると頭を上下に動かせば、幸せそうな蕩ける笑顔で、ぎゅっと抱きついてくる。
その柔らかさと熱に、意識をくらくらさせながら、ヒースはティアを抱きしめかえす。
髪から漂うティアのにおいにすらあてられて、熱い息がこぼれた。もう、これが現実なのか夢現なのかすら、よくわからなくなってきた。
ただ、わかっていることもある。
どうやら、このうえなく愛らしかった小さなおばけは、いつの間にか男を誑かすものへと成長していたということだ。ヒースだけの、小悪魔。
とはいえ、ハロウィンがどうなるのか想像もつかないが、それは決して悪いものにはならないだろう。
これまでにないハロウィンを迎えることになりそうなヒースは、なんともいえない顔をして、ティアの額へと、そっとくちづける。
手柔らかに頼むぞという、意味をこめて。