Caution!!
簡単にいえば、アヴァロンコードの転生もの+現代ものです。
なんとなく妄想したら止まらなくなったので、思いつくまま書くシリーズです。
どうしよう。スーパーの特売時間すぎちゃう。
土曜日。半日で授業が終わり、ちょうどおやつ時間の午後三時前後。
ティアは、スーパーまで近道をしようと足を踏み入れた公園で、見知らぬ男達に囲まれていた。
普通の女子高校生であれば恐怖を覚えても仕方のない状況である。
が、当事者であるティアといえば、『そういえば、今日は牛肉が安いってチラシにあったなぁ』などと、主婦のようなことを考えていたりする。
とりあえず。
ちら、と視線だけを動かして、人数を数えてみる。いち、にい、さん……全部で三人。でもみえないところに潜んでいる可能性がないわけじゃない。なんとなく、気配がするのだ。こちら姿をみせるつもりはないようだけど、展開次第ではどうなるかわからない。
サングラスをかけられているせいで、視線の行き先と表情が読み取れない。目から次の行動を予測するのは難しそうだ。
どうしようかなあ……。
鞄の中にある防犯ブザーの位置を思い出しつつ、ティアは半歩後退する。
ごくごく普通な家庭の子であるティアには、こんな風に待ち伏せされる心当たりはないけれど、なにかと物騒な世の中である。
――学校帰りの女子高校生、行方不明――
そんな小さな新聞記事が掲載されるところまで想像し、ううーん、それは困るなあ、と思ったとき。
靴底で土を踏みしめながら、男たちがわずかに前にでる。
「お時間はとらせません。どうが、私達と一緒にきていただきたい」
隙なく黒いスーツを着こなした男が、丁寧だけれど有無をいわせぬ口調で、ティアを取り囲んだときと同じ言葉を再度告げる。
ティアは考える。
でもそんな時間は正直無駄だった。だって、答えなんて決まりきっている。
「ん、ん~……。知らない人についていっちゃだめって、いわれてるので」
ごめんなさい、と頭をさげる。
とたん、と男達がまとう空気が一変した。
ぴん、と張りつめたそれは、道場で組み手をする前の、緊張感と静寂によく似ていた。
「致し方ありませんね」
「!」
す、と滑らかに伸ばされた手に対し、ティアは反射的にかまえた。
速い。でも、遅い。
一般人ならばすぐさま捕らえられるだろう動きで迫る手を、ティアは紙一重で避け、弾き、横に飛ぶ。
思いもかけぬティアの身のこなしに、男たちの間にわずかな動揺が広がる。
その隙をついて、手近なところにいる男にティアは一歩踏み出した。
「えい」
場違いな可愛らしい掛け声が、あたりに響く。
誰の目にも、ティアが手を軽く前に突き出しただけにみえただろう。
たまたまでくわした者がいなたらば、アクションシーンの撮影かと思うくらいに簡単に、小柄なティアの目の前で、がくん、と背の高い男が崩れ落ちる。
残り二人が信じられないというように動きをとめる。
ティアは、倒れこむ男の身体の下敷きにならないようにかわし、ついでとばかりに自分と男達の直線をさえぎるように引き倒す。
そうして、ティアは、一目散に駆け出した。
目指すのは、公園すぐそばにある人通りも多い道だ。そこまではさすがに追ってはこないはず。
ぎゅっと、鞄の持ち手をきつく握り締めて走る。
ヒースが、前にいっていた。
古武術を習っているのは、誰かを倒すためではない。自分の身を守るため。大切な人を守るため。守りたいときに守りたいものを守れるだけの力を得るため。
ならばここは逃げられるときに逃げるべき。今考えるべきは、自身の身の安全。
彼らの正体なんて二の次である。
だよね、ヒース、と心の中で語りかけ、地面を蹴る足に力をこめる。
と。
「は、はははっ!」
ティアが走る道の脇にある木の陰から、大きい、けれど麗しい笑い声が響いた。場違いなそれに、ティアは思わず足を止める。というか、止めさせられた。
「さすがだね。なかなか強い!」
そんな言葉とともに、一目見ただけでもわかるくらい上等な布を使い、腕のよい職人が作ったとおぼしきスーツをまとった青年があらわれた。
ティアの行く手を遮るような立ち位置だ。困った。
じっと、ティアは青年をみつめる。
陽光をはじく髪は汚れを知らぬ雪原の銀。いつぞや、テレビでみたピジョンブラッドと呼ばれる鋼玉のような紅の瞳。日に焼けたことなど一度もないかのような白い肌。
整った顔立ちに笑みを刻む彼は、なにがそんなに楽しいのか、目じりに涙を浮かべている。
笑い上戸なのかな、と内心首を傾げつつ、今度はどちらの方向へと逃げようかとあたりに視線を走らせる。
と。
「君は、ティアだね?」
そんな彼が、やわらかにティアの名を口にした。
「えっ」
教えていないのにどうして。まさかストーカー?
いや、こんな綺麗な人が、自分をつけねらうとは思えない。
うー、と最大限の警戒をしはじめたティアをみて、待って待ってと青年がまた笑う。
「部下が失礼をしたね。私はヴァルド。ヴァイゼン・ゲゼルシャフトという……、「ああっ!」
自己紹介をされた瞬間、薄ぼんやりとした遠い昔の記憶に思い当たって、ティアは思わず声をあげた。
この人を、『ティア』は、知っている。自分でない『ティア』の記憶をひっくりかえして、断片的なそれを繋ぎ合わせていく。
かつて、凛々しく鎧を身に纏っていた皇子の姿が、スーツ姿の彼にだぶってみえた。間違いない、と思う。この、なぜか人を惹きつける魅力は、誰しもがもてるものではない。
それに、ヴァイゼン・ゲゼルシャフトといえば、ヒースの働いている会社だ。
「おや、私のことを知っているのかな?」
今度は、ヴァルドのほうが驚いたような顔をする。
「え、ええっと……いや、なんていうか……」
袖触れ合うも多少の縁、というが……。案外と、世の中はそんなふうにできているのかもしれない。なんの関係もないと思っていても、それは昔から続いた縁が引き寄せたもの。
とはいえ、生まれる前のあなたを知ってます。ずーっと昔に滅んだ世界のことですけどね! うふふ! などといったら頭の可哀想な子と思われるだろう。
うーん、と先ほどとはまた違った意味で、ティアは眉を下げる。
「まあ、いい。ヒースからでも手の焼く上司としてきいているのかもね?」
ティアが困っていることを察してくれたのか、ヴァルドは楽しげにそんなことをいいつつ、それ以上の追求をしてこなかった。
「えっと、それで今日はどのような、ご、ご用件で……」
ほっと息をついて、ティアはおずおずと問いかける。
なにしろ、相手はヒースの上司である。ここで下手を打って、ヒースに咎でも及ぶようなら困る。
ふむ、とヴァルドが口元を悪戯に歪める。
「いやなに、ヒースからたまに君の話をきくものでね。どんな女の子なのか、気になって会いにきたんだよ。可愛い幼馴染、ということだったしね」
そのあとに、ぽつりと付け加えられた「それに……暇だったし」という言葉は聞き流し、ティアは顔を輝かせた。
「ヒース、私のことを話すんですかっ?」
恋しい男の名前がでたとたん、ティアの警戒や遠慮は遠い彼方へ吹っ飛んだ。
だって、あのヒースが自分のことを可愛い幼馴染として誰かに語っていてくれたなんて、天にも昇るくらいに嬉しいことだ。
あまりにも現金なその様子に、ヴァルドが小さく噴き出した。
「聞きたい?」
「はいっ」
こくこくと、ティアは頷いた。
それをみてまた笑みを深くしたヴァルドが、胸に手を置いて少し背を折る。
「では、お嬢さん。私とお茶でもいかが? 一緒に楽しくおしゃべりをしよう」
レディに対するような丁寧なお誘いに、ティアはふんわりとほほ笑む。
「はいっ」
そうして、差し出された手を、ティアはなんの疑いもなくとった。
その後ろで、打ち倒された仲間を抱えた黒づくめの男たちが、疲れ切った溜息をもらしたことには気づかぬまま――ティアはヴァルドに連れられて公園をあとにしたのだった。
その後。
某高級ホテルのロイヤルスイートルームで、ティアは届けられたお菓子をぱくついていた。
こんなところ、きっと一生泊まることなんてないだろう。
ひとつひとつがとても高級そうな調度品。ふかふかの椅子、磨きぬがれた大きなテーブル。
そこに、有名店の色とりどりのマカロン。ホテルのパティシエが作ったという季節の果実をふんだんにつかったフルーツゼリー。ふかふかのスポンジでくるまれた甘い苺のロールケーキ。海外の高級チョコレート店の、小さく可愛いさまざまなチョコ。その他もろもろが乙女の夢を具現化したように所せましと並べられているのだ。
なんて幸せなんだろう!
「おいしいかい?」
「はい! ありがとうございます!」
ん~、とティアは美味しくて頬が落ちるという比喩をまさに体験しながら、隣に座っているヴァルドへと礼をいう。
「あの、それで、ヒースのことなんですけど……」
喉が渇いたからと紅茶を持ってこさせ、喉を潤すヴァルドにティアは話の続きを促す。ヒースの会社での話は、いくら聞いても興味が尽きない。
「ああ、さきほどの続きだね」
うんうんと、ティアは期待に満ち満ちた目を、さらに輝かせる。
そのとき。
勢いよく、部屋の扉がひらいた。
なにごと、と二人揃って顔を向ければ、そこにはかっちりとスーツを着こなしてはいるが、走り回ったのか探し回って疲れたのか、どこかくたびれた男がひとり。見間違えるはずもない。それは、ティアが大好きで大好きでたまらない、ヒースだった。
ティアは、ぱっと顔を輝かせつつ、ヴァルドの影にを利用して、ひょいとテーブルの下に身を隠す。
ふふふ、と小さく笑えばヴァルドが小声で「よし!」というように、親指をたててくれたのがみえた。
どうやら、ヴァルドはずいぶんな悪戯好きらしい。
「ヴァルド様! やっとみつけましたよ! 今宵は会長主催のパーティがあるとお伝えしていたでしょう! カレイラコーポレーションの方もこられると散々お伝えしていたのに!」
「ああ、ヒース、やっときたのかい? 遅かったね」
まさに王者の風格で、悠然と応えるヴァルドへ近寄るヒースの足を、テーブルの下から眺める。
「遅かったね、じゃありません! こちらが今日の参加者リストですから目をとおしてください。それから、挨拶の原稿です、が……」
ヒースの言葉が徐々に小さくなっていく。顔を上へと傾ければ、背の高いヒースが、椅子に腰かけたヴァルド越しにみえた。つまり、ヒースからもうずくまったティアがみえているということだ。
はあい、とティアはひらひらと手を振る。
そのときのヒースの顔といったら、ぜひとも写真か動画におさめたいくらいに、可愛かった。
と。
ぴろりろーん、と、可愛らしい電子音が響く。
みれば、ヴァルドの手には最新型のスマートフォン。
「なにを撮っていらっしゃるんですか!」
その音に我に返ったのか、ヒースが慌ててヴァルドへと叫ぶ。
「ああいや、君がそんな顔をするなんて珍しいじゃないか。せっかくだから、チームのみんなにも見せてあげようと思ってね……送信、と」
「やめてください!」
「もう遅いよ」
軽やかに素早く画面を操作したヴァルドが、ヒースへと笑いかけている。ああああ、とヒースが頭を抱えた。
なんだか、苦労性の兄と無邪気な弟、といった感じだ。実際は、部下と上司だけれど。
「仲いいんですねー」
と、ティアは素直に感想を述べつつ、食べかけだったパフェが溶けないうちに、と椅子に座りなおした。
はく、とバニラアイスを一口含んだティアに、ヒースが迫る。焦りきっている様子が面白い。
「なぜ君がここにいる!」
「ヴァルドさんにさらわれました」
えっへん、とティアは薄い胸を張る。
なにも間違いはいっていない。ただ、身代金の要求とかそういうことではなく、とても楽しくおしゃべりをしていただけ。
「……」
もう、いや、といわんばかりにヒースが肩を落とした。
その様子をまたもや写真におさめるヴァルド。やめろー、と叫ぶヒース。それを眺めながらパフェを食べるティア。
なかなかに混沌とした空間ができあがっている。
やがて、ヴァルドに何をいってもどうにもならないということを思い出したのか、諦めたのか。
ヒースがティアの手をひいた。
「ティア、帰るんだ!」
「う~……、お菓子……」
名残惜しく、ティアはテーブルの上のお菓子に視線を送る。せめて、一口ずつでいいから味わいたい。
ぐずぐずとしたティアの様子に焦れたのか、ヒースがまた手をひいた。
「菓子なら、オレがいくらでも買ってやる」
「ほんとっ?! ヒース大好き! じゃあ、今度のお休みに連れて行ってくれる?」
ぴょん、とティアはヒースに向かって飛びついた。ぎゅっとスーツを握りしめて微笑みかければ、大きな手が頭を撫でてくれた。
「わかったから女の子が飛びつくんじゃない。ああ、口周りにクリームがついているぞ、まったく……」
手近にあったナプキンを手にとって、ヒースがティアの口元を拭う。
むー、となされるがままになっていると。
ぴろりーん。
本日三度目の電子音が鳴り響いた。
「だから撮らないで下さいと何度いえばあんたはー! 送信するなー!」
いまさら遅いと思うが、ティアを引き離し背後に庇いながらヒースがまた声を荒げる。
たいていの人間ならすくみ上りそうなものだが、ヴァルドにはそれすらも笑いのツボをつくものでしかないらしい。
「はっははっははは!」
ひーひー、と上品さをかなぐりすて、涙を流しながら笑っている。
が、これ以上はさすがにまずいと思ったのか、ゆっくりと居住まいを正す。
いまさら取り繕えるような姿ではなかったと思うが、いやいや、そうすると大笑いしていたとは思えない、大企業の御曹司然とした空気が一瞬でもどってくるのだからすごいものだ。
「ほら、まだ時間はある。彼女を送っていくといい。ああ、まさかここから一人で帰らせるつもりはないだろうね?」
「……う、ぐ……」
どうやらそのつもりだったらしいヒースに、にこにこと有無をいわせぬ様子でヴァルドが再度言う。
「さ、ティアをちゃんと送り届けるんだよ。いいね?」
「わかりました……。では、そちらの書類に、必ず目を通しておいてください」
「ああ、わかったよ」
このヴァルド相手に交換条件を出すなんて、ヒースも相当である。
しかし、ひたすら笑ってすっきりしたのか、ヴァルドは怒る様子もなく爽やかな笑顔をティアに向けてくる。
「ではまた遊ぼう、ティア」
「はいっ、さようならヴァルドさん」
ティアは、ぺこり、と丁寧に頭を下げる。
「はい、さようなら」
同じように、ヴァルドもまた頭を下げてくれた。
「小学校か、ここは……」
額に手をあて、ヒースが疲れたように呟いている。だが、すぐに気持ちを切り替えたのか、いつもの表情に戻ると身を翻した。
「では、いくぞティア」
「はーい――あいたっ」
そのあとについていきながら、ばいばい、と友達にするように手を振れば、こつんとヒースに小突かれた。いい加減にしなさい、ということかもしれない。
その様子にまたくすくすと笑うヴァルドに見送られながら、ティアはロイヤルスイートルームをあとにする。
ふかふかとした絨毯の廊下を歩きながら、ティアはヒースのスーツの袖を引いた。
「ね、ね、ヒース」
「なんだ」
足をとめ、わずかに屈んでくれるヒースの顔をみあげながら、ティアは微笑む。
「私のこと、会社で話すことがあるんだね」
うふふ、と笑い声を漏らすと、うぐ、とヒースが口を引き結んだ。おろ、と珍しく視線が泳ぐ。
そして、ヒースは背を伸ばすとティアを置いて歩き出した。慌てて追いかける。
「あ、待って! ね、教えてー!」
「……黙秘権を行使させてもらおう」
頑なな横顔を睨むように見上げながら、ぷー、とティアは頬を膨らませる。
「いいもん、教えてくれないならヴァルドさんにきくもん」
「は?」
ティアの思わせぶりな発言に、ヒースの顔が驚きに満たされる。
立ち止まったヒースを置き去りにしながら、ティアは振り返りつついう。
「携帯の番号とアドレス、ヴァルドさんと交換しただもんねーだ」
「なにっ……?!」
まさかそんなことをしているとは思わなかったのだろう。引き攣った声とともに青褪めるヒースに、ティアはべっと舌を出し――あは、と笑う。
「ヒースのいろんなこと教えてくれるっていってたもん。楽しみ!」
「やめてくれ! 消せ! 消すんだ、ティア!」
「やーだよー!」
手を伸ばすヒースから逃げるように、ティアは笑ってエレベーターに向かって、駆けだした。