頑張るあなたに

 ひらひらと蝶のように翻る裾の合間から、細いけれどやわらかそうで形のよい、健康的な足が見え隠れする。大きく振られる手の上で、夏の苛烈な日差しが弾けた。
 一瞬、あまりの暑さに蜃気楼でもあらわれたかと思ったが、そうではない。
「ヒースさーん!」
 絶対の信頼が丸見えの元気のよい声に、兵士たちに指示を出し終わったばかりのヒースは、思わず頭を抱えたくなった。
 なんだなんだと、あたりの兵士が視線を向ける。
 周囲の注目を一身に浴びながらも、戸惑うことなく真っ直ぐ走ってくるのは、ヒースの弟子で恩人で、そして恋人であるティアだった。
 普段なら喜んで手を広げるところだが、今は場所が場所だけにできやしない。非常に困った。
 ここは、ワーグリス砦よりさらに南にある帝国砦。あたりには、帝国の兵士達がいる。
 しばらくここでの仕事に携わることになったため、なかなか会えないティアの顔をみれたのは嬉しい。顔を合わせるのは二週間ぶりくらいで、間違いなく嬉しいのだが……。
 ヒースに恋人がいるという話は、兵士達の中でも噂になっているところであり、どんな女か賭けの対象とされていることを知っている。
 ここにティアを連れて来るつもりはなかったし、そんな噂はすぐに飽きられるだろうと放置していたのだ。
 それなのに、あんなにもあけすけに好意を前面に押し出して自分を呼ぶなんて。
 紹介せずとも、ティアがヒースの大事な存在であることを知らせながら走っているようなものだ。
 ああ、ちらほらと向けられる驚きとか疑いとかそういう兵士たちの目が痛い。
 なんだか逃げ出したくなってきたものの、ティアの目標はあからさまに自分であるのだから、避けるなんてできやしない。だって避けたら可哀想ではないか。
 逃げ出すことで下がる将軍としての立場を心配するよりも、ティアの心情を第一に考えるあたり、ヒースもそうとうあれな思考になりつつあるが、本人は気づいていなかったりする。
 どうするべきかと戸惑ううちに、ティアはヒースの目の前までくると、手にしていたバスケットを下ろし――
「ヒースさんっ、会いたかったです!」
 押し倒すつもりか、といわんばかりの勢いで飛びついてきた。
 そのしなやかな身体を抱きとめた瞬間、兵士達の視線がとても生ぬるいものになった気がした。
 さらば、将軍の威厳。
 ヒースの胸に頬を思う存分に摺り寄せたあと、ぷは、と顔をあげたティアが、にっこりと笑う。
「お元気でしたか?」
「……ああ。そちらも元気そうでなによりだ、ティア」
「はいっ」
 自分より随分下にある花のような笑顔。いつもなら、よしよしと頭を撫でるところである。
 が、しかし。
 視線がついつい、剥き出しの丸い肩やら、細いうなじやら、引っ張ればみえそうな胸元とか、そういうところにいってしまう。
 いかんと思いつつも、記憶に焼き付けるのは男ならば仕方がないことだと誰かいってくれと願ったりもする。
 というか周囲の兵士たちを無造作に追い払いたくなる。同じような気持ちで、ティアをみている者たちが確実にいるだろうからだ。
 みるな、これはオレのだ。
 思わず、肩に手をかけて引き寄せ、自分の背で視線をさえぎるように移動する。それでもすべてさえぎることはできないが、少しでもそうしたかった。
 そうすれば突き刺さる視線に含まれる好奇の色が、濃くなるのがわかった。だが、ティアをじろじろとみられたくはない。
 それにしても。
「どうしたんだ、その、服は」
 ゆっくりとティアを引き離し、わずかな距離をもって対峙したヒースは、くちごもる。
 いささか頼りない紐が肩で結ばれ、胸元から腿のなかほどまで、やからかなラインを描くサマードレス。裾にはレースがあしらわれ、風をはらむたび、ティアが動くたび、ひらひらと翻る。
 生地の白さが、夏の色彩に美しく映える。無機質な砦の石畳の上で、そこだけが清楚でありながら、華やかであった。
「ファナが作ってくれたんです! えと、それで、その……」
 ちら、ちら、と可愛らしく視線を送ってくるティアの望みなんて、わかりきっている。頬を染めながら、ヒースの言葉を待つその姿に贈るべきものはひとつだけだった。
「よく似合うぞ」
「……!」
 ぱああ、とティアの顔が輝く。
「可愛いな」
 好いた男に褒められたいというそのいじらしさが、なによりもその素直な感情の発露が、ほんとうに可愛い。
 手放しで褒めれば、えへへとティアがはにかむ。
 しかし、ほんっとうに今のティアは掛け値なしに可愛いが、できればこういう格好も、そういう笑顔も二人きりのときにしてほしい。
 帝国の砦にやってくるのは自殺行為というか、誰にも見せたくないので勘弁してくれ。
 そんな大人気ないことを考えていると、ヒースに向けられている笑顔と感情にも関わらず、二人を眺める兵士の頬が赤くなるのが見えた。
 瑞々しい魅力をこれでもかと、いろいろと飢えた狼の群れの中で無防備に晒すティアを、さてひとまずどうしたものか。
「暑い中ここまで来るのは大変だったろう。なにか飲むものでも用意させよう」
 とりあえず、隔離しようと砦内へいくことを促す。
「大丈夫ですよ。ほら、私ならすぐこられますから」
 しかし、ヒースの心中など察することなく、ティアはのほほんと笑っている。
 そういえば預言書の主であるティアは、一度いったことのある場所ならば、すぐに移動できるのだった――可憐な見た目に忘れそうになることがあるが、ティアは自分とはまったく違う存在なのだ。世界を次に伝える役目をもつ、たった一人の尊い少女。それがティアだ。とはいえ、そんなことに尻込みするようなヒースではないし、ティアを離すつもりは毛頭ない。
 にこりと笑いながら、ティアの大きな瞳を覗き込む。
「だが、暑いものは暑いだろう。強い日差しに当たり続けるのはよくないぞ」
 だから、ひとまず自分の部屋へ、といいかけたところで、ティアがヒースから離れた。
「はい。それで、きっとヒースさんも暑いだろうなって思って」
 そういって、足元においていたバスケットを持ち上げたティアが、蓋を開けながらそれを差し出してくる。
 なんだ? と、ひょいと中を覗けば、ひんやりとした冷気がヒースの頬をなでた。
 驚いてよくよくみてみれば、小さい子供の拳程度の透明な塊の上にいくつもの果実が置かれている。
「氷、か……?」
 この季節、高い山にでもいかなければお目にかかることのないものに、ヒースは珍しく目を丸くする。
「はい! ここに来る途中のトルナック氷洞で、ハンマー使って少しだけもらってきました」
 うふふ、と笑うティアにワーグリス砦の兵士達の困惑した顔が重なって見えた気がした。
 いきなり可愛らしい格好で訪れたかと思えば、ハンマーを振り回して砦の下にある氷の採掘とか、カイレラ王国の英雄のやることは見た目に反して豪快である。おそらくなにもいえず、問うこともできず、ティアの行いを黙認した挙句、意気揚々と帝国方面へと向かうティアを見送っていたに違いない。
 あまり深く考えると心から同情してしまいそうになるので、ヒースはいい加減なところでやめることにした。
 ティアのもつバスケットの氷は、暑い季節ならばすぐに溶けてしまいそうなものだが、どういう原理なのか氷はまだ溶けていないようだ。預言書か、大精霊の力でも借りているのだろう。
 どこか不安そうに瞳を揺らしたティアが、いう。
「ヒースさんは甘いものはだめだけど、果物なら平気ですよね……?」
「そうだな」
 素直に頷くと、ティアがほんとうに嬉しそうに微笑んだ。
「よかった! じゃあ、一緒にたべましょ? 私、剥きますから。皇子からいただいたんですけど、すごくおいしいんですよ! ヒースさんにも、食べてもらいたくて」
 きゃっきゃとはしゃぐティアに、ヒースは若干面食らう。
「そう、か。君はそのために、わざわざここまできてくれたのか」
 わざわざ暑い中を、途中で氷まで用意して。自分と過ごす時間だけを楽しみに、やってきてくれた。
「あっ……」
 あまりにも騒ぐのはみっともないと思ったのか、顔を赤らめたティアが急におとなしくしおらしくなる。その様子がまた、年頃の女の子らしくて、可愛くてたまらない。
「えと、お邪魔になるかなって思ったんですけど……でも、果物を届けたかっただけじゃなくて……って、あ!」
 もじもじとしていたティアが、いけない、と慌てて何かをとり出す。
「ごめんなさい。皇子から手紙を預かってるんです」
「手紙……?」
「はい。ヒースさん元気にしてるかなぁって皇子とお話してたら、これを届けにいって欲しいって」
「ふむ」
 不審がるところは表に一切ださす、ヒースは顎を撫でる。
 何か連絡があるのなら、わざわざティアに頼むことはないはずだ。書簡の重要度や機密度に応じて、運ぶ兵士や手段などはおおむね決まっている。
 ならば、仮に誰かにみられたりしても問題ない内容ということか?
 あれこれ考えてもしょうがないと、ヒースはティアから手紙を受け取る。見た目に変わったところはない。封蝋すらされていないということが、すこし心にひっかかるぐらいの、ありふれた普通の封筒だ。
「……」
 無言で封をあけて、一枚だけはいっている紙を開く。どれどれと、視線を走らせ――思わず力のこもった指先が、紙のふちをくしゃりと握りつぶした。

 ヒースへ

  暑い日々が続くが、元気にしているかな。
  いつも帝国と王国の友好と平和のために尽力してくれて、心から感謝している。
  ついては、ささやかではあるが、日頃のお礼のしるしに可愛らしい贈物をしよう。
  美味しい果物も添えておくから、喉を潤したうえで、心を存分に癒したまえ。
  ただし、離れがたいからといって、朝帰りなどはさせないこと。
  それでは、君のますますの活躍を願って。

                                   ヴァルド

 一国の皇子にしてはあまりにもくだけた内容に、全身の力が抜けそうになる。
 どうやら手紙や果物はあくまで口実でおまけ。実際のところ、疲れてティア不足になりつつあるだろうヒースのもとへ、ティアを届けるのが本命であったようだ。
 ヒースは、無言でそれを封筒に戻すと、ズボンのポケットへ無造作に突っ込んだ。
「会えて嬉しくて、渡すのついつい忘れてました――って、い、いいんですか?!」
 なにか大事な手紙だとばかり思っていたのだろう。ヒースの行動にティアが目を丸くする。
「いいんだ」
 気にするな、とヒースはいいながら、深く溜息をついた。
 なんだろう、日を追うごとに皇子にうまく使われるようになっていく気がしてならない。
 なにをどうしたらやる気を引き出し、実力以上の仕事ができるようにさせられるか。それを理解し活用し、自分の願うとおりに仕事を進める皇子に、さすがだと思うと同時に、戦慄を覚える。
 帝国の未来は明るいな。もうすぐ滅ぶといわれている世界だが。
 ヒースが、乾いた笑いを浮かべ遠い目をしていると。
「将軍、お取り込み中のところ申し訳ありません。あの、こちらの方はどなたでしょうか。門の守備兵からは皇子からの使者と名乗られたと報告されておりますが……」
「……」
 視線を向ければ、若いが優秀であるため、ひそかに目をかけている兵士がたっていた。
 彼の疑問は、砦内の兵士すべての疑問だろう。
 ヒースが説明しようと口を開く前に、た、とティアが兵士の前に一歩進み出る。
「ティアです。こんにちは!」
 にこ、と元気よくティアが挨拶した。
 そうじゃない。
 名前を訊ねられているわけではない。その身分を証明・保証するものを訊ねているのだ。だけれど、ティアにそんなことがわかろうはずもない。
 細腕にかけたバスケットから水滴を帯びた果実を取り出し、差し出す。
「これ、よろしければどうぞ。食べてください」
 とっびっきりの笑顔つきでそんなことをいわれて、毒気を抜かれないものなどいないだろう。
「ど、どうも!」
 可愛い女の子は、こんな砦で防衛の任にあたる兵士には滅多にお目にかかれない奇跡である。
 肩を跳ねさせ、みるからに心浮き立つそぶりの兵士に、ぴく、とヒースのこめかみから頬が引き攣った。
 じんわりと滲み出る不穏な空気に、ティアと兵士はまだ気づいていない。
「あ、でも、剥いたほう食べやすいですね。私、やりましょうか?」
 親切心から笑顔で問いかけるティアを前にして、兵士が背筋を伸ばす。日に焼けた肌であっても、ひとめでわかるくらいに顔が赤くなっていく。
 ますますもって気に食わなくなってきたヒースの目元は、知らず、険しくなっていく。
「ぜ、ぜひ! お願いしま――」
 勢い込んで頷こうとする兵士の動きが、ぴたり、と止まる。
 その様子に不思議そうに首を傾けるティアの背後から、ヒースは殺気混じりの視線でもって、その兵士を射抜いていた。
「いえ……その、あの……」
 ごくり、と唾を飲み込む兵士を一瞥し、ヒースはティアの手首をとった。
「いくぞ、ティア」
「きゃっ」
 ぐい、と多少乱暴にひっぱると、小さなティアはヒースについてくるしかない。
「あ、あの、ヒースさん?」
「ほうっておけ。皮を剥くくらい自分でできるだろう。君はこっちだ」
「急にどうしたんですか……! もう……! し、しつれいしますー!」
 ずるずると引きずられながらも、泣きそうに顔を歪めた兵士へとティアは律儀に挨拶する。
 とりあえず、訓練を倍、否、三倍にでもしようと決めて、ヒースは砦の中にある自室へと向かう。
 もともと、砦は居住することを目的としてつくられてはいない。砦に求められるものは、快適な生活などではなく、敵を防ぎ、国を守る要所でありつづけるための機能である。
 とはいえ、その砦を守るのは人間だ。
 寝起きする場所や食事をとる場所は整備されている。
 また砦を率いる立場につくものには、暗殺などを防ぐために別の部屋が用意される。
 ヒースがこの砦にいる間は、そういった部屋がひとつ与えられていた。
 扉をあければ、熱のこもった空気が出迎えてくれた。しめきっていたのだから当然だ。
「窓あけますねー」
 荷物を降ろしたティアが、ててて、と小走りに部屋にある窓を開けていく。
 廊下へと続く扉もあけておけば、随分と風のとおりがよくなった。
「わー、いい風!」
 ふわ、と髪とドレスを浮き上がらせて、ティアが笑う。
「はあ、まったく……」
 人の気も知らないでなにをのんきに……、という言葉は飲み込んで、ヒースは椅子に腰掛ける。
 今頃、兵士達はどんな話をしているのやら。考えるだけで恐ろしい。
 頭が痛いと思っていると、ひどく嬉しそうに近寄ってきたティアが、よいしょ、とヒースの膝の上にこしかけた。
 いきなりの行動に驚いていると、ティアが笑ってヒースの服を掴んで身を寄せてくる。
 二人分の体温が重なれば、温かいを通り越して熱いはずなのだが、ティアからもたらされるものだと思えば、気にならなかった。
「……なんだ? 甘えたいのか?」
 細い腰に腕を回して引き寄せると、ティアが頷いた。
「……はい。だって、ずいぶん会ってなかった気がするんですもん」
「すまんな」
「大丈夫です。寂しいけど、ヒースさんが元気でいてくれるなら、大丈夫」
 健気なことをいってくれるティアを、きつく抱きしめる。
 すぐに、汗臭いだろうかと妙な心配をしてしまうが、ティアはまったく気にした様子はなく、幸せそうにヒースに寄り添ってくれる。
 それがあんまりにも可愛いから。
「ティア」
「ん、」
 ここが砦の中であることを記憶の彼方に放り投げ、ヒースはティアに唇を重ねた。
 当然のように受け入れてくれる小さな唇に、何度か触れて離れる。
 見下ろせば、暑さだけでない、恋の熱で頬を赤くして笑うティアがいる。可愛くて、愛しくて、ずっとこうしていられればとふやけた意識で願う。
 皇子に釘を刺されているが、やはり離れ難いな――ヒースは、ティアのこととなるとどうしようもなく甘くなる己の判断力に呆れて、苦笑した。
 じっとみつめられることに気恥ずかしくなったのか、ティアがもたもたとヒースの膝から降りた。自分から乗ってきたくせに。
「ええっと、ヒースさんどれを食べます?」
「そうだな……」
 手を伸ばし、バスケットを抱えて蓋をひらくティアの問いに、中を覗き込む。
 ならぶ果実は、色鮮やかでどれもとても美味しそうだ。
 ふと、淡い紅色の丸い果実が目に付く。可愛らしいその実は、遠い異国が原産だったと記憶している。ふわりと漂う独特の甘いにおい。形、色、香り。なんとなく、さきほどまで腕の中にいたティアのようだと思う。
「では、これにするか」
「はい!」
 嬉々とした様子で、ティアがそれを手に取る。
 もうひとつだけある椅子に腰掛け、用意していたらしい果物ナイフや皿を用いてと、するすると果実にナイフを滑らせていく。
 器用なものだと、それを眺めているうちに、あっという間に果実は切り分けられていた。
 それを皿に乗せ、ティアがいう。
「あーんしてください」
 細い指につままれた果実と、さらりととんでもないことをいってのけたティアを、ヒースは無言のまま交互にみつめる。
「……」
 一瞬、真っ白になりかけた頭を叱咤して、考える。
 これはつまり食べさてあげる、ということだろうか。
 いい歳をした自分が、少女に果物を食べさせてもらう?
 いささか理解できない状況と、いつにないティアの積極的な行動に、軽く混乱してきたヒースが黙りこくっていると。
「あーん?」
 聞こえなかったのだろうかというような顔をして、ティアがもう一度いう。
 その困ったようにわずかに下がった眉と、しっとりと潤む瞳、丸い頬の赤さ、覗き込んでくる必死なその様子。そのすべてがあわさった抗いがたい魅力に、ヒースは心の中で白旗をあげて、全力で振った。
 自室にひきあげてよかった。誰にもみられずにすんでよかった。こんなところを部下にでもみられたら羞恥で死ねるだろう。
 そう思いつつ、身を乗り出す。
「――うむ、うまい」
 ティアの手ずから食べさせてもらい、口に含んだ果肉は、先ほどまで氷に冷やされていたおかげで、ほどよくヒースの熱を奪い、舌先に絶妙な甘みをもたらしてくれた。砂糖菓子などのそれとはまた違う甘みだ。素直にうまいと思う。
 ほっと、肩から力を抜いたティアが、嬉しそうに笑ったまま指をひっこめていく。
「よかったー……きゃっ」
 それを許さず捕まえて、ぺろ、とティアの指先を濡らす果汁を舐めると、顔全体が真っ赤になった。
「も、もう……! 私なんて、食べられませんよ?」
「そうだな。食べたが最後、いなくなられては困る」
 笑いながら手を離せば、勢いよくティアが指をひっこめて、恨めしそうにヒースを睨んだ。赤面しながらそんなことをされても威嚇にすらなりはしないのに。
「そんな顔をするな。ほら、ティアも食べろ」
 手を伸ばし、皿の上にある果肉をつまんで、さきほどティアがしてくれたように差し出す。
 わずかに躊躇うそぶりをみせたあと、あ、と開いた小さな口へと放り込む。
 もく、とそれを噛み締めたティアが、「ん~!」と幸せそうに可愛らしく唸る。
「おいしいです!」
「よかったな」
「はい!」
 ふわり、風が窓から滑り込む。
 煽られて、ひらひらと蝶のように翻る、白いサマードレス。
 それを身に纏い、自分だけをみつめて微笑む愛しいティア。
 冷たく美味い果実に、内容は他愛ないけれど言葉を交わしあう楽しさ。
 ほう、と溜息がもれる。
 悔しいが、ヴァルドの目論見は成功だ。自分は今、このうえなく癒されている。
 明日からまた仕事を頑張ろう。そうしてはやく、ティアのもとへと帰ろう。
 あ、と可愛らしく口をあけるティアに、もうひとつ食べさせながら、ヒースは小さく笑った。