可愛いフリルと綺麗なレースで飾られた、ふんわりとした素敵なドレスがいい。
手足はほっそりしていて、腰はきゅっとなっていて、胸はほどよくふくよかであるといい。
白い手袋をはめた手で優雅に日傘をもち、ゆったりと上品に歩く姿は、風に揺れる可憐な花のようだといい。
霧の森で何でも屋に等しい工房を営んでいるノーラは、いつぞやにアイラやエルシーと語っていた女の子像に限りなく近い通行人に目を輝かせた。
「みてみて! あの子! ほら!」
「あ?」
遅い昼食をとろうと陣取ったオープンカフェの片隅で、野菜や肉をたっぷりと挟んだパンへと噛り付こうとしていた同行者――トレジャーハンターであるユカの腕を、ノーラは勢いよく叩いた。
興奮していたせいで力加減を間違えたような気がするが、ともに冒険を繰り広げるユカならばたいしたことはないだろう。
通りに面する位置の席、大きな日よけの傘の下でノーラはうっとりと目を細めた。
「かわいい~……!」
ほう、と自然に溜息がもれる。
ノーラの視線の先にいる少女は、栗色の髪を上品に結い上げ、焼けたことなど一度もないと思わせるような白い肌をしている。離れていてもわかるくらいに長い睫毛に縁取られた、エメラルドの瞳。品のよい落ち着いた薔薇色のドレスが、よく似合っている。まるで、貴族の館に置かれていたピスクドールが歩き出してきたようだ。
お目付け役なのか、荷物もちなのか、初老の男性が傍らに控えていところから考えると、良家の子女が買い物にきている、といったところなのだろう。
残り少なくなってきた材料の仕入れと依頼品を届けるため、たまたまやってきたイサルミィであったが、今日は大当たりだ。まあ、その前にユカにジャーキーをねだれたりしたのだけれど。
しかし、せっかく同意を求めたというのに、ユカはちらりと少女を一瞥すると、ふぅんと鼻を鳴らしただけだった。
ユカは、さっさと視線を自分の手の中のパンに戻すと、大きく口をあけて頬張る。もぐもぐと味わうその姿は、今は女よりも食事、といっているような気がした。
そんなにもお腹が空いていたのだろうか。もうちょっとくらい会話にのってきてくれてもいいのに。
喉仏を上下させながらエールを飲むユカに対して、ノーラは唇を尖らせた。
「え~、なにその反応。あの子可愛いでしょ」
まるで自分の趣味が否定されてしまったようでおもしろくない。
ふは、と息を吐き出しながら、ジョッキから口を離したユカが、もう一度少女を見遣る。そして、目を眇めて言う。
「そうかぁ?」
どうでもいいといわんばかりのその声色に、ううむ、とノーラは眉根を寄せた。
やはり何度見たところで、ユカ好みではないらしい。
「あ、わかった、ユカはほら、ああいう女の人が好きなんでしょ?」
そういってノーラが次に目をつけたのは、このカフェの従業員のお姉さんだ。ここは、昼は軽食と飲み物を提供し、夜は酒場として酒と料理を提供する店である。そのせいなのか、注文をとりながら常連客と時折言葉を交わすそのお姉さんは、ノーラの目から見ても色っぽい大人の女性だ。
白いブラウスと黒いタイトスカートという出で立ちの彼女は、豊満な体つきなのに腰はくびれていて細い。鮮やかな赤い口紅に彩られたふっくらとした唇が、とても魅惑的だ。ゆるく波打つ髪を無造作に結わえ、覗くうなじが艶めかしい。
ユカの好みを完璧に把握しているという自信はないが、酒場に入り浸っては賭け事に興じていたユカの傍らには、こういう感じの女の人がいたような気がする。
さきほどと同じように視線だけを向けたユカは、それでもいい反応を示さない。
「まあ、悪くねぇとは思うがよ」
あんな綺麗な人にたったそれだけの感想とは。
ノーラは、やれやれと頭を振った。
「ああもう、我侭なんだから……」
「おいこれはオレが悪いのか?!」
なんで呆れられないといけねぇんだよ! と叫ぶユカに対し、ノーラは不満さを隠さない。
「なによ、じゃあどういう女の子ならいいのよ」
あんなに可愛い子もだめ。あんなに綺麗なお姉さんもだめ。だったらどんな子ならばいいというのか!
き、と凛々しくユカを見返すと、しばらく真正面からにらみ合っていたユカは、がくりと頭を下げた。
「……オレ、仮にもお前の恋人だよな?」
がしがしと頭をかき、そのまま抱えてしまいそうなくらいに悲愴感たっぷりな声で、ユカが問う。
仮どころかほんとにそうなのに、ユカはいったいどうしたのだろう。
なんでユカがそんなことを言い出したのか、よくわからないノーラは、きょとんと目を瞬かせた。
「当たり前でしょ、いまさらなにいってるの?」
酒場でダビーに紹介され、冒険をともにして、喧嘩をしたこともあったけれど、なんだかんだでまとまって、いわゆる男女のお付き合いをしているのだから、恋人で間違いない。
ぱーっとこれまでのことを頭の中で早送りしたノーラは、うんうんとひとり納得したように頷いた。
深く深く溜息をついたユカが、エールを飲む。喉を潤しても気分は晴れないのか、曇りがちの表情でいう。
「だよな。じゃあなんでンなこと聞くんだよ」
「どういうこと?」
んん? と口元に手を当てて首をひねるノーラに対して、とうとう痺れを切らしたのか、びしっとユカが指差してきた。
「普通、惚れた男に可愛い女の子だの、綺麗なお姉さんだのすすめねぇだろ!」
人を指差すのはよくないよ、とそれを手で払いつつ、ノーラはユカに問い返す。
「別におすすめしてるわけじゃないでしょ? 可愛いものは可愛い、綺麗なものを綺麗だっていってるだけだよ」
ノーラとしては自分の感性に対して同意が欲しいところであって、浮気をしてこいなどといっているつもりはこれっぽっちもない。おすすめなどとんでもない。
至極真面目に答えているのに、ユカはなんだか疲れきった顔を伏せた。食事を喉に詰まらせてしまったような、なんともいえない表情だ。
「もう、なんなのよ、はっきり――「あ~、もう、お前黙ってろ」
「むぐっ」
言いたいことがあるのならはっきりいいなさいと、と言おうとしてあいていた口に、つけあわせのフライドポテトが放り込まれる。
かりかりとした食感にほどよい塩見。おいしくて、ノーラが思わず頬を目元を緩ませて味わうと、栗鼠みてえだとユカが笑った。
「ほれ、さっさと食わないと、出発遅れるぞ。なるべくはやくテンペリナに帰りてーんだろ?」
「あわわ」
いわれて、ユカからもらった金時計をみてみると、イサルミィをでようと考えていた時間が押し迫っていた。
ユカの指摘どおり、なるべくはやく帰途につきたい。夜の街道にでてくる盗賊のたぐいは、冒険者としての腕があがった今となっては、別に敵じゃないけれど、面倒ごとはなるべく避けたい。せっかく、依頼主が喜んで依頼料に色をつけてくれたのだし、材料だってたくさん買ったのだから、安全に帰りたい。
おしゃべりはあとにすることにして、ノーラは自分の昼食へと慌てて手をつけた。
「おいしかったね~」
キッシュとスープ、そしておまけのデザートに舌鼓をうったノーラは、上機嫌にユカへと話しかける。これくらいから出立すれば、想定どおりに帰れそうだ。
「まあまあだったな」
「またそういう言いかたするんだから」
おいしかったくせにと会話をしつつ会計を済ませ、二人そろってカフェをあとにする。
仕入れた材料を担ぎ、隣を歩くユカの横顔を、ノーラは見上げた。
「ね、結局、ユカはどういう女の人ならいいわけ?」
「なんだよ、あの話まだ続いてんのかよ」
あからさまに顔をゆがめたユカの歩く速度があがる。話をきりあげようとするその背に、ノーラは小走りで近づく。
ここまできたらもう、意地でも聞き出してやるんだから!
妙な使命感に突き動かされるように、ノーラはユカのまわりを小動物のようにちょろちょろとしながら言う。
「いいじゃない教えてくれたって」
「めんどうくせえなぁ」
「素直にユカが答えればいいだけじゃない! すぐすむでしょ」
「……」
「ねえってば!」
ぐいぐいと長いコートの裾を引っ張れば、小さな舌打ちをしてユカの動きがとまった。
あやうくその広い背にぶつかり鼻を打ち付けそうになる。なんとか足を止めたノーラの前で、ゆっくりとユカがふりかえる。
ようやく答えてくれる気になったのかと、期待に満ちた眼差しでノーラはユカを見上げる。
と。
「ここにいるのがいいでーす」
ユカは、不機嫌そうな顔をで視線を斜め横にずらしたまま、口調だけはおどけたままそんなことを言った。
思わず、ノーラはあたりを見回した。
イサルミィの往来ど真ん中。数々の露店がひしめく商業区である。みえる範囲の店主は、南からきたとおぼしき浅黒い肌と立派なヒゲを蓄えた男ばかり。
女性もいるにはいるが、歳経たおばあちゃんだけだ。なにが楽しいのか、ノーラには知る由もないが、にこにことした笑顔がとっても可愛い。
「え、ユカって実はそういう……」
「んなわけあるかっ!」
おばあちゃんとユカを見比べるノーラの頭上で、悲鳴が響き渡った。
どうやら違うらしい。
「でも、そうなると、あたししかいないじゃない」
「……」
あっさりと辿り着いた結論を口にすると、ユカが額を片手で覆った。はあぁぁぁ、と地の底に沈むような溜息が降ってくる。
「だからお前がいいっていってんだけど」
「……」
ちらり、と長い指の間から、心底あきれ返ったユカの視線が降ってくる。思わずノーラは黙り込んだ。
えーと、と呟きながらユカの言葉を反芻してみる。
つまりユカの好みは自分だということらしい。さきほどの少女も、カフェの彼女についても、色よい返事をしなかったのが、これで納得できた。
まあたしかに、あの二人はあたしとはなんていうかこう、方向性が違うというかなんというか――って。
「っ!?」
ようやくユカの態度の理由と、言いたいことが理解できたノーラは、顔を真っ赤に染めた。
どおりであんな返事しかしないわけだ。なにしろ、ユカの好みであるノーラに『どんな子がいいのか』なんてきかれて、あっさりとユカが答えるわけがない。
ノーラは、あまりにもしつこく問いただしていた自分が物凄く恥しくなってきた。だってそれじゃあ、『ノーラが好きだ』と言えと、公衆の面前で迫っていたに等しい。
というか、いままでそんなこといわれたこともそぶりもなかったくせに、いまさらいうとかずるい。
手のひらを突き出し、距離をとるように大きく後退しながら、ノーラは口を開いた。
「ば、ばかっ、なに恥しいこといってんの?!」
「お前がいわせたんだろうが!」
ユカの至極まっとうな言葉に、ぐうの音もでない。
「ううっ……! ……なんであんな話したんだろ……」
やけになって聞き出そうとしていた理由も、茹った頭ではもう思い出せそうにもない。ノーラは顔を覆って、自分の行いを反省するしかできなかった。
「自分の浅はかさを好きなだけ呪ってろ。ほらいくぞ」
ふわり、と優しく手をとられてひかれる。
自然と一歩踏み出して、そのあとを歩くことになったノーラは、そろそろと顔をあげた。
広い背と肩。背に流れた黒髪の合間、ユカの耳がほんのりと赤くなっているのが見え隠れする。
「……!」
ノーラはなんだか嬉しくて、繋いだ手に力をこめてみる。かえされる力が、くすぐったくて甘い気持ちを与えてくれる。
ユカも恥しいのなら、お互い様ということでまあいっか――ノーラは重い足取りを軽やかなものへと変えながら、ころころと笑った。