ぱちぱちと爆ぜる小さな光。それは触れれば焼け焦げてしまう、苛烈な瞬き。綺麗ではあるのに、決して優しくはない裁きの具現。
対するは、歴戦の戦士にしてヴァイゼン帝国の将軍ヒース。彼の拳に溜められたプラーナが、陽炎のように揺らめいた。
一足飛びに己に近づいた人間離れしたヒースの動きを、ウルは冷静に目で追って小さな雷を操った。拳を避け、プラーナの波動をぎりぎりで交わし、指先でヒースの足元を狙い打つ。
左右に退いたところで、追撃をして少々痺れてもらおうというのがウルの狙いだった。
だが。
「いよっと!」
「!」
まるでそれを見越しているように、ヒースは鋭い踏み込みでウルの予想を裏切り前進してきた。
それは生来の勘のよさか、戦場で数多の視線を潜り抜けてきたゆえか。
精霊であるウルの姿は見えていないはずなのに、次々と正確に繰り出される拳と闘気をすばやくかわし、ヒースの頭上高く浮かび上がったウルは小さく息をついた。
「まったく、やりづらい方ですね……」
思わずそんな愚痴をこぼす。
ティアに好意を寄せる男たちのなかで、この将軍が一番手強い。武術に長け、腹の読み合いにも慣れている。そしてなにより、自分の力を正確に把握し、ウルと拳を交えた次のときにはそれまでとは違う戦法で、ウルの守りの突破を試みてくる。
厄介ではあるが、その攻防はなかなか楽しいものでもあって、ウルはふっと口元に笑みを刻んだ。
枷がはずれ、それまで抑えられていた力を発揮できるようになったウルが全力であたれば、人間一人退けることは容易い。
だが、ここはティアの眠る家の近く。そしてウルの力は発すると同時に光と音をともなう。彼女の安眠をさまたげるのは本意ではない。
だから、ごくごく細く力を絞る。ゆえにヒースとはいい勝負になっていて、そのぎりぎりで繰り返される勝負に、ウルは知らずのめりこんでいた。
「やれやれ、いい加減ティアのところへ行かせてほしいもんなんだがな」
「それはできない相談ですね」
構えながらポツリと零されたヒースの言葉に、ぱしんと拒否の雷を降らせて応える。
ヒースの右に落とせば是。左に落とせば否。
言葉を交わしたこともないのに、いつのまにかそんな取り決めができていた。
「いつもながら手厳しいな」
戦闘態勢をとりつつ、どこか疲れた口調で呟くヒースに、ウルは重々しく頷いた。
「当たり前です」
今度は、是。
「まったく、なんてガードの固い家族だ」
ウルの回答を受けて、くくく、とヒースは低い声で笑った。
その様子は、ヒースも彼なりにこの状況を楽しんでいることが伝えてくるようだった。
そんな彼を腕を組んで見下ろしながら、ウルはため息をついた。
「大体、ティアとのお付き合いなどという願いは、年齢差を考慮して自ら辞退してほしいところなんですがね」
笑っていたヒースが、ぴたりと声を止めて、ゆっくりと眉を顰めた。
「……あー、なんか今、心に刺さるような発言がされているような気がするんだが。気のせいか?」
なんていい勘をしているのだろう。もはや人間離れしているような気もしてきたが、ティアに徒手空拳の奥義を伝授した男なのだから、当然といえば当然なのか。
「おや、自覚はあるんですね」
わかっているのならひいて欲しいが、それで止まるようなら本気の恋ではないのだろう。やれやれとウルは頭を振る。
「本当なら、あの少年とも交換日記ぐらいからはじめて欲しいところですよ。まあ、今となってはどうしようもないことですが」
ヒースの右の敷石を雷で小さく穿ち、ウルはその身に青白い瞬きを纏った。
問いかけの肯定に、わずかに眉間に皺を寄せてヒースは言う。
「ちっ、やはりそうか。だが、ここで引き下がるようではヴァイゼン帝国の将軍など務まらんのでな。それに……」
ぐっと拳を握りなおし、ヒースは不敵に笑った。
「あんたとの勝負は、正直楽しい。十年前近く前の、血気盛んだった頃を思い出す」
「なるほど、昔から無茶をする御仁だったということですね……レンポのようなまっすぐさだったのでしょうか」
なんとなく、彼の昔が垣間見えたような気がした。
「ああ、とても――うらやましい」
誰に聞かせるわけでもなく、ウルは呟いた。
自分も、こんな風にティアを求めることができたなら、よかった。
でも、この想いに気づいたときには、ティアの心にはもうすでに別の誰かが存在していて、彼女の想いも彼に向かって美しく花開いていた。
ならば預言書の精霊として、彼女を好いた男として、その幸せを守れたらいいとウルは思ったのだ。
まあ、人間である彼らはそうは思わなかったようだけど、それもまたひとつの選択だろう。
伝えることはこれからもきっとないだろう想いを抱き、ウルはヒースから少し離れた場所に移動する。
じっと、それをヒースの視線が追う。
「私も少し楽しいですよ。あなたとのこの時間は。でも、絶対にティアのもとへはいかせませんからね?」
「よし、じゃあそろそろ再開といくか?」
ぱしん、とウルの答えを右足元に受けて、ヒースは少年のように笑ってみせて――次の瞬間には勝負に挑む男の顔となっていた。
静かに対峙する二人の間に、冷たい夜風が吹く。しかし、張り詰めた空気を攫うにはいささか力が足りないようだ。
だが、開幕を告げる合図の役目を果たすには十分だった。彼らの視線が交わる丁度中間地点に、風が小さな木の葉を運ぶ。
ひらりと、橋にそれが舞い落ちて。
再び雷と闘気の眩い輝きが、橋の上で交叉した。