恋人専用

「というわけで、増築するよ」
 確固たる意志をもち、半分目を座らせながら言いきったノーラに反して、目の前にいる男はどこまでも面倒くさがりであった。
「なにが、というわけで、なんだよ。めんどくせえなあ……」
 長い髪に覆われた頭を乱暴にかきながら、ジャーキーを手にしたユカがいう。
「なにいってんの!」
 そんな反応は予想済みだといわんばかりに、ノーラはテーブルに手を叩きつけた。その瞬間、がちゃりと浮き上がった自分のカップを、ケケとメロウはなんでもないことのように、いつものことだと手馴れた様子でひょいと掬いあげた。
 それにのんびりと口をつける二人をよそに、ノーラは机を数度叩く。
「ユカが! あたしの家に! いりびたるようになったから! 場所がたりなくなったんだよ?!」
 ユカの相棒としてトレジャーハントの手伝いもしていることもあって、ノーラの工房にはユカが発掘してきたものがおかれるようになっている。
 びっくりするような大きいものはないが、塵も積もればなんとやら、だ。
 鑑定眼のないノーラには、土まみれの壊れた土器のかけらや、壊れたおもちゃばかりのように思えるが、それが遺跡発掘の手がかりになるのだから、ユカの目はすごいものだ。
 そして、毎日、それらを工房に訪れては眺め眇めつ鑑定するユカのスペースがなんとなくできあがってしまったので、正直言って工房内が手狭になってしまった。
 もともとそんなに大きくない工房兼家であったのだから当然だ。
「図体でかくてすいませんね」
「ちっとも悪いと思ってないでしょ!」
 悪びれた様子もなく、ジャーキーを口に運びながらのたまうユカに、ノーラは目を吊り上げる。
「あ、ばれた?」
「もー!」
 にか、と笑ってくるユカに、ノーラは拳を握りしめた。
 怒られ呆れられているにも関わらず、なんにも響くところはないらしく、ユカは工房内を見渡す。
「つか、材料とか棚とかあふれすぎだろー。少し整理しろよ」
「ユカのも多いでしょ!」
 壁にはずらりとジャーキー用の肉がかけられているのだから、ちょっとは自覚してほしい。
「とにかく!」
 ぐ、と拳を頭上にかざしながら、ノーラは声高らかに宣する。
「今日から頑張って工房をひろくします!」
「「おー!」」
「へえへえ」
 同じように、声をあわせて手をあげるケケとノーラの横で、ユカがだれきった顔をしているが、この際無視する。のらりくらりとしたユカのペースにあわせていたら、話が進みやしない。
 ということで、ざっと描いた工房の平面図をテーブルに広げ、あれこれと顔を突き合わせて相談していく。ノーラとしては、工房を中心として、各個人の部屋をつくりたいという考えだ。
 どこを誰の部屋に、窓の位置や扉の位置などを考えて――そうして、小一時間ほどがたち、一休みしようとお茶を淹れなおしたノーラが話し合いのテーブルにもどると。
「……え、なにこの部屋?」
 大雑把な設計図に、ノーラが感知していない部屋がいつのまにかできていた。こんなの描いたっけ? と首を傾げる。さきほどまでの話し合いにも出ていなかったと思う。
「オレ様の部屋に決まってんだろ」
「……」
 なにいってんだといわんばかりの、当然な顔をして言うユカをみて、一瞬、何を言われたのか理解できなかったノーラは、たっぷり数十秒思考停止した。
「は?!」
 ようやく出てきたのは、素っ頓狂な上ずった声だった。
「な、なにいってんの?!」
 慌てて平面図をひったくり、目を走らせる。ノーラの部屋、ケケの部屋、メロウの部屋、資材庫、そしてユカの部屋。
 ちゃっかりと当初の予定に組み込まれてしまっている。いつの間に!
「そこだとなんか問題あるか? じゃあ、オレはどこで寝ればいいんだよ」
「ちょっと、何?! その住むこと前提な感じ?!」
 ノーラが知らぬうちに、ユカがここで暮らす方向になってきている。
 そんなの聞いていない!
「え、ユカもおいらたちと暮らすんだろ?」
「賑やかになっていいわねぇ~」
 きょとんとしたケケの横で、メロウが穏やかに微笑んでいる。
 なんだか自分がおかしいのではないかと疑いたくなるくらいの、当然という顔と言葉にノーラは混乱してきた。
「ちょ、ちょっとなにいって……!」
 う~! と頭を抱えたところで、平面図を奪い返したユカが言う。
「なんだよ、オレの部屋がだめなら、ここもうちょっと広くするか?」
 とん、長い指が指し示すのはノーラの部屋予定の場所。もちろん一人で使うことを前提にしている。二人で使うなら、たしかに広くしないといけない。いやいやいや、そもそもそこがおかしい!
「そこあたしの部屋だよ!」
 か、と顔を赤くして叫べば、そうだなー、と素直に頷かれ。
「だからだろ?」
 あげく、にやり、と微笑まれて、ノーラは唇を噛み締める。
 たまにみせてくるユカがもつ男の色香に、黙らされた感じがして悔しい。
「なんだよノーラ、オレにどこに住めってんだ? 工房の隅か? まあそうしろってーならそれでもいいけど?」
 だめだ。もうすでにユカがこの家に住むことは確定してしまっている。
 ケケとメロウにも根回し済みであることは、さきほどの二人の言葉から容易に推測できる。
 うぬぬ、とノーラは渋い顔をして腕組みをして考えてみるものの。工房の一部を陣取るユカがありありと想像できる。それはつまり、同居する方向にしかならないということではないか。
「……わ、わかったわよ……ユカの部屋も増築、するよ」
 最終的に、ノーラはゆっくりと噛み締めるように、了承した。
 考えてみれば恋人同士であるのだから、問題はない――のだろうか。いやいや、ひとまず身体の大きい番犬を飼うくらいの気持ちでいよう。うん。そうしないと、なんだか恥ずかしさで走り出したくなる。
「やりぃ、じゃあここな!」
 とほほ、と肩を落とすノーラをよそに、ユカが満面の笑みを浮かべた。

 そうして、大雑把な計画から、綿密な設計図までひいて――

 改築計画を話しあってからはや数週間。
 基礎をしっかりとつくり、あらかじめ用意していた木材を使い、工房の仕事で家具から何から作れるようになった技術を活かし、ノーラは工房の増改築に取り組んでいた。ついでに、古い部分の補修もしている。
 そうして、隣どうしになるケケとメロウの部屋がおおむね完成し、我ながらいい仕事をしたと満足しながら自分の部屋になるところにもどってきたとき、ノーラは不思議なものをみつけた。
「なにこれ」
 本来壁であるべき場所に、余計なものがついている。こんなもの、つくる予定なんてなかったはずだ。
「なにってドアだろ」
 ノーラの疑問に至極あっさりと答える男の声。隣接しあう部屋だからと、手先の器用なユカに自分とユカの部屋をまかせていたのが間違いだった。犯人はどう考えてもユカだ。
 勢いよく振り返れば、かなづちを手にしたユカが笑って立っていた。
「それが! どうして! ここにあるのかってこと!」
 ユカの部屋とノーラの部屋は壁一枚を隔てた隣同士。
 それなのにその壁になぜドア。
 びし、と指差して叫ぶノーラに、でかい声だすなよ、と己の耳を掻きながらユカが言う。
「そっちのが楽じゃねーか。いちいち廊下にでるのもめんどくせえ」
「楽、楽って……!」
 それはつまり、一緒に暮らすケケとメロウに知られることなく、互いの部屋を行き来できるようにしたということではないか。
 かあ、とノーラは顔を赤くする。ぎゅう、とエプロンを握り締めた手が震える。だめだ。まともに考えることができない。
 だってそれって――そういうこと?
 ぽわわ、と脳裏に浮かんだ自分の恥ずかしい想像に、ノーラはぶんぶんと頭を振る。
「恋人の部屋にいくんだったら、そのほうが都合いいだろ、ん?」
「……!」
 にやり、と笑ったユカに腰を引き寄せられて、ノーラは大きな目をもっと見開いた。どうやら、ノーラの考えは正解であったようだ。
「あのドアはオレ専用ってことで」
「な、なななな……!」
 誰がそんなこと許したというのか。いやでも、ユカ以外にそんなことを許したくはない。いやいや、そうじゃなくて、そもそもあそこにドアをつけるということ自体が問題だよ!
 ぐるぐると考えこむうちに、あたり前のように近づいてくる顔に気づいたノーラは、ぴゃっと肩を跳ねさせる。
「ちょ、ちょっと、こら! ……ひゃあっ」
 手を伸ばして接近するユカの顔を押し返そうとするが、思ったように力が入らない。
 ちゅ、と鼻の頭に口づけられて、目をきつく閉じて首をすくめる。闇の中、自分の顎が掬いあげられ、上向かされるのがわかる。そのまま、唇に覆いかぶさってくる温かく柔らかなものは、すでになんども与えられたことのある、ユカの唇だ。
「ん、……っ」
 いつもならすぐに離れていくのに、どうにも今日はしつこい。息することもままならない。
 そうして、ユカの好きなように口付けられること数分。
「ふぁ、は……! もう! いい加減にして!」
 どん、と胸を押せば、思った以上に簡単に、ユカは離れていった。ぜぇぜぇと肩を揺らすノーラを一瞥して、肩を竦める。
「へーい。仕事すりゃいいんだろ。……はぁ、つれないねえ」
 眉を下げ首を傾け、とんとんと金づちの柄で叩きながらあわれっぽく言う。
「まったく……、あんまり冷たくされっと浮気するぞコラ」
「!」
 それは、単なる冗談だろう。本気の言葉などではないことくらいは、わかる。
 でも、ぎゅっと心臓が悲鳴をあげたと同時に、ノーラはユカの腕をつかんでいた。
「……そっ」
「あん?」
 なんだよ、と訝しげに顔をしかめて見下ろしてくるユカに、一瞬怯む。でも。
 おずおずと、服の袖を引っ張り、言う。
「……それは、だめ」
 顔をやや下げているせいで、自然と上目遣いとなっていることには気づかぬまま、ノーラはユカを真っ赤な顔でねめつけた。
 ユカが、びく、と体を揺らし固まる。
 瞬きすらしないその様子に、一抹の不安を覚えた頃。ユカが、ふいに動いた。長い腕が、ノーラを捕らえる。いきなり動き出されて驚き対応できないノーラの唇へ、触れるだけの口づけが落ちる。
「!?」
 今度は肩どころか、全身を跳ねさせたノーラは、なおもキスを重ねようとするユカの腕の中で叫んだ。さっきもあんなにしたくせに!
「きゃああああっ?! な、なな、なにすんのよ!」
「なんだよ、おまえが悪いんだろうが!」
「なにがよ!」
「いまのはおまえが悪い!」
「だからどこがよ?!」
 ぎぎぎぎ、となおも迫ってくる力に力で応戦し、わけのわからないことをいうユカに対抗してしていると。
「ふたりともー、お茶はいったぞー」
「あらあら、仲いいわね~」
 休憩のおやつとお茶の用意をお願いしていたケケとメロウが顔をだした。
 天の助けとばかりに、ノーラは二人に涙交じりの視線を向ける。
「た、たすけて~!」
「オレは悪人かっつーの!」
 情けなく救いを求めるが、それをユカがさえぎる。
 いいからさせろ! いやー! と、みっともない攻防を繰り返すユカとノーラを眺めたケケとメロウが、顔をみあわせて背をむける。
「じゃあ、おいらたち工房で待ってるから」
「おわったらきてね~」
 そういって、きゃっきゃと楽しそうに去っていく二人の姿に、見捨てられた! と、ノーラは軽く絶望した。
 実際のところ、夫婦喧嘩は犬も食わないということで、流されたにすぎない。
 そうしていると、大きな両手で頭をがっしりと捕まれて動かせなくなる。
 ひ、と喉の奥を引き攣らせるノーラをのぞきこむユカの唇が動く。
「――浮気、できるわけねーだろ」
「!」
 ノーラだけにきこえるように、小さく小さく囁いて、驚きで硬直したノーラにユカは唇を重ねてくる。
 ケケとメロウに知られたうえで、熱のこもったキスをされるという羞恥に耐えながら、ノーラは目をきつく閉じる。好きだと伝えてくるユカの熱に、眩暈がする。息すら奪い取られて、酸欠になりそうだ。
 それでも、好いた男に求められるのは、悪い気がしない。ゆっくりと広い背に手を回す。
 真っ白になってきた意識の中、息継ぎを許されたわずかな合間、はやく嫁になれよ、という言葉が、聞こえた気がした。