ひみつのカクレイ

「ヴィーレアブロウ!」
 ノーラの突進からの一撃に、くすんだ赤い色をした魔物が倒れ伏す。
 重たい土砂を落としたような音が響き、立方体の形が崩れていく。
「やったぁ!」
 ぴょん、と飛び上がりながら、ノーラは手を上げる。
 戦いが、ノーラたちの勝利で終った瞬間だった。

 短剣を鞘へと納め、ノーラは小走りに青い髪の青年へと近づく。
「キトさん大丈夫?」
「は、はい」
 南の放牧地へと採集に来たものの、何度か魔物と戦ったこともあって、ノーラはキトを気遣う。同じように武器を納めていたキトから、やや疲れたような笑顔が返ってきて、少し心配になる。
 これは、そろそろ帰るべきかもしれない。どうも、今日は魔物と出くわす機会が多い。引きが悪かったときは、思い切って帰ることも大切だ。
「あ、おねえちゃん、カクレイだよ!」
「ほんとだ。よかったね、エルシー」
「うん!」
 ちょうど、エスポウからカクレイの調達を頼まれていたのだが、これで達成できそうだ。父の手伝いができたことを喜ぶエルシーに、ノーラは笑いかけた。
 やはりこのあたりで採集を切り上げようと、考えをまとめる。
 ノーラは隣にいるキトにそのことを言おうとして視線を向け――苦笑いした。
 つんつんと、さきほどまでカクころであったものをつつき選り分けるエルシーをみつめ、キトがなんともいえない顔をしているのだ。
「……カクレイとは、こうして得るものなのですね……」
「あ、あはは……」
 カクころを倒して落とされたアイテムに、キトが信じられないものをみるような視線を送っている。
 先日のキトからの依頼をこなしたときの出来事を思い出し、ノーラは曖昧に笑った。
 あのとき、カクレイというものがどういうものかよくわかっていなかったキトは、それが魔物の一部であることに、すごく驚いていた。
「ええっと、こうしてできるというか、手に入れるわけです」
 ノーラの適当する補足に、キトが神妙な顔をして頷いた。
「ほんとうに、モンスターの一部なのですね。てっきりどこかで採掘されるものだとばかり思っていたので……勉強不足でした」
「でもほら、毛皮とかツノとか、いろんな加工品に必要なものだって、モンスターから採るじゃないですか」
「――ああ。それもそうですね」
 ようやくキトが柔らかに笑った。うんうん、とノーラは頷く。
「それに、カクレイって便利なんですよ。粘土とかだけじゃなくて、塩とかも作れちゃうんですから」
「えっ?!」
「えっ!?」
 キトの顔が、一瞬にして強張った。ひっくりかえったその声に、ノーラもまた驚きの声をあげてしまう。
「どうしたの?」
 カクレイを採取し終わったエルシーが、驚愕の表情でみつめあうノーラとキトのもとに歩み寄ってくる。
 その手の中にあるカクレイを震える指で指し示しながら、キトが頬を引きつらせる。
「こ、こここ、これから塩ができるのですか……?!」
「そ、そうですけど……うーん」
 さすがに、魔物から作った塩はちょっと、ということなのだろう。
 ノーラはさして気にしたことなかったが、一般の人の感覚からしてみたらそういうものなのかもしれない。
 しまった。余計なことを言ってしまったかもしれない。
 でも、勉強を欠かさぬキトのことだから、いずれは本などでその事実を知ってしまう可能性もあっただろう。それこそ、不思議そうな顔をしているエルシーから、聞いてしまうことだってあったかもしれない。鉱物のたぐいやそれに類するものの知識は、エルシーの右にでるものはいないだろうから。
 悪いことをしたような、はやく教えてあげたのだからよかったような。
 判断つきかねる事態に、ノーラは顎に手を当てて悩んだ。
「おねえちゃん?」
「あ、ううん、なんでもないよ」
 わずかにしゃがみ、エルシーに笑いかける。
「とりあえず、今回の採取はこのくらいにして帰ろっか」
「うん、わかった!」
 素直に頷くエルシーの頭を撫でて、ノーラはキトを見遣る。
 キトはわずかに青ざめて、ぶつぶつと何か言っている。
「キ、キトさ~ん……?」
 おーい、もどってきてー。
 そんな思いをこめながら、名前を呼ぶ。
「はっ」
「!?」
 それに反応したというより、何事か思いついたといった顔のキトに、ノーラはついつい肩を跳ねさせる。
「ノ、ノノノ、ノーラさん……?」
「は、はい!」
 珍しくどもるキトに、ノーラはただなる気配を感じ、背筋を正した。
「まさか先ほどお昼にいただいた黒パンは、その塩を使ってらっしゃるということは……?!」
「へ?」
 キトの言葉に、ぱち、とノーラは目を瞬かせる。そして今日の昼食を思い出す。
 ええと、確か今日は――昨日焼いた黒パンに、エポナルチーズと、ほどよく塩漬けした肉を挟んだものをみんなで食べた。あとは果物少々、飲み物としてナウダンミルク少々。簡単ではあったが、素材それぞれに自信があった。キトもエルシーも、それを裏付けるように、「おいしい」といってくれていた。
 えーと、つまり、キトさんはそのときのパンを作るときに、カクレイからの塩が使われているんじゃないかって心配してるってこと……?
 質問の意図を理解したノーラは、笑った。
「あはは、まさかー。あれは、お店で買った塩を使ってますから。あたし、カクレイは経年土とかをつくるときしか使いませんし。あとは、依頼品としてだすくらいです」
 不安を吹き飛ばすように、手をぱたぱたとさせてそう告げれば、キトが胸に手をあてて、ほっと息をついた。
「そ、そうですか」
「はい!」
 胸を張り、太鼓判を押すように自信満々に頷けば、その表情がようやく緩んだ。
「すみませんでした。まだまだ知らないことばかりで、ご迷惑をおかけして……やはり、本から得た知識だけではなかなかうまくいかないものですね。その点がわかっただけでも、こうしてノーラさんに同行させていただいた価値はあるのですが」
「そんなことないですよ! キトさんがきてくれてすごく助かってますよ!」
 知識豊かなキトに助けられることはたくさんある。キトの目は確かなので、珍しいものをみつけてくれる。それは、ノーラにはまだまだできそうにないことだ。だから、そんな風に言わないで欲しい。
 カクレイを大切に鞄にしまったエルシーが、よいしょと荷物と図鑑を担ぎなおした。そして、キトに笑いかける。
「おねえちゃんのいうとおりだよ。キトさんのおかげで、たくさんの石をみつけられてるよ? だから、これからも一緒にいっぱいでかけようよ! そうしたら、もっとたくさんのことがわかるもん」
 無邪気なエルシーの言葉は素直で飾り気がない。含んだものがなにもなぶん、すとんと人の心に滑り込む。
 わずかに目を見開いたキトが、小さく頷く。曇りかけていた顔が、柔らかな笑みを刻む。
「……そうですね。エルシーさんの鉱物図鑑も完成させなければなりませんしね。ぜひ、お手伝いさせてください。これからも、ともに学んでいきましょう」
「うん!」
 にこにこと仲良く話す二人は、みているだけで和む雰囲気をかもし出している。
「やれやれ、これで一件落着ね……って、んん?」
 ノーラは安堵して――ふと、気付く。
 さっきいったとおり、自分は塩を店から買っている。
 そう、家の庭で商売をしてくれているティック族の店から。
「あれ……?」
 でもそういえば、コッコの店の塩ってどこの塩なの……?
 この地にきたとき、カクレイから塩の作り方を教えてくれたのはコッコだ。
 えーと、つまり。その。
 店の品の出処を訊ねたことはないけれど――それって――もしかして――。
「さて、そろそろいきましょう。町にもどるのですよね?」
「え、あ、はいっ」
 気を取り直したらしいキトに問いかけられて、ノーラはついつい大きな声で返事してしまった。
 そんなノーラの焦りなど気付かぬエルシーが、元気いっぱいに手をあげた。
「しゅっぱーつ!」
「エルシーさん、足元にお気をつけて」
「はーい」
 キトとエルシーが、仲良く肩を並べ、話しをしながら歩き出す。
 その後姿をみつめながら、ノーラは自分の考えがほぼあたっているような予感に、大きく身震いした。

 ……キトさんには黙っておこう。

 二人のあとを小走りに追いかけながら、そう心に誓う、ノーラであった。