相棒

※エンデヴァーとホークスのお話です。恋愛要素はありません。

 ビルの屋上に設置された柵の上に、危なげなく立つホークスは、空をみていた。
 彼方まで無限に続く青は雲ひとつなく、気ままに飛べばさぞ気持ちよいだろう。いやいや、ここはひとつ、心地よい木陰で午睡を楽しむのもよい。
 まあ、すべては世間が平和であることが前提だ。そうでなければ、ヒーローという職業柄、ゆっくりすることなどできやしない。
 ああ、いつか、暇だ暇だと囀りながら、窓辺で日向ぼっこに興じることができる日がきますように。
 自分の願いをかみしめながら、やわらかな風に髪を揺らす。
 と。
「おい」
 威圧感のある声に呼ばれたホークスは、視線をさげた。
 日差しを照り返す屋上に、なお熱い偉丈夫がたっている。並べば見下ろしてくる顔が、いつもより下にあるのは、優越感とまではいかないがなかなか小気味よい。
「なんです?」
 そのまま、何ご用ですかと首を傾げれば、炎をまとう顔が歪む。機嫌を悪くした子どものようだといえば、この男は怒りだすだろうか。
「見下ろされるのは好かん」
「俺は好きですよ」
 ホークスはふわりと風を背の翼にはらませて、男の隣へと降り立つ。
 そうすればやはり、巨躯の男が――フレイムヒーロー・エンデヴァーが、かつてよりは少しばかり柔和になった瞳で、ホークスを見下ろしてくる。
 だが、はじめてチームアップしたときに受けた傷痕が、強面をさらに怖くしてしまっているので、あまりそのことに気づく人間はいない。ちなみに、なにもわからぬ子どもであれば、一目見て泣きだしてしまうので要注意だ。
 いつぞや、パトロールにでかけた街先で、幼い少女に声をあげて泣きだされていたのだから間違いない。
 右往左往していた姿を思い出すと、笑いがこみあげてくる。
 しかし、それを悟られると気分を害することくらいわかるので、ホークスは咳払いをして誤魔化した。
「まあこうやって、あなたを見上げるのも嫌いじゃないです」
「ふん」
「そうそう、この前、俺の事務所近くで子猫がですね――」
 腕を組むエンデヴァーに、ホークスは他愛のない話をふっていく。
 ほとんどは、ぺらぺらとしゃべり続けるホークスに対し、エンデヴァーがときおり相槌をうつくらいで、会話らしい会話は成立しない。
 いつもなら、それはそれと気にも留めないところだが、今日は少しだけ悪戯をしてみたくなった。なんてことはない、ただの単純な、思いつき。それはきっと、空が綺麗だったから。
「そういえば、これは知ってます?」
「なんだ」
 一方的な情報の羅列ではなく、問いかけの形をとれば、エンデヴァーは律義に返してくれる。
「俺、ずっとあなたのことみてたんですよ」
 仁王立ちの姿が、わずかに揺れた。ゆっくりと視線を向けられたホークスは、笑って続ける。
「知らないと思いますけど」
 わずかに開かれた瞳に、してやったりの気分になる。
「知るわけがない」
「でしょうね」
 だって、あなたは振り返らない人だから。
 ファンサービスなんて考えもしない。応援してくれている人がいるなんて思いもしない。その背をみつめる誰かになんて気づきもしない。
 だから、こそ。その姿を見つめ続けた。
「なぜ、俺だった」
「あー……」
 まあ、その疑問は当然だろう。自分はそういうキャラにはみえないだろうし、そうみえないようにふるまってきたから。
「目指すべきものならもっと他にあっただろう」
「そうかもしれません。でも、」
 ホークスは、ゴーグルの下、目を細めて笑った。
 誰しもが憧れ、敬い、望んだ偉大な背中。かの伝説のヒーローと同じ時代にうまれ、その活躍を目の当たりにすることができたのは、幸運だ。
 だから、エンデヴァーのいいたいことはわかる。
 でも、自分はあの眩さに目を奪われなかった。素晴らしい偉業だとは思ったが、それだけだ。
 ここより先、あのようなヒーローはもうあらわれないとわかっていても、自分が見つめ続けたのは炎をまとう大きな背中だった。
 いつか必ずその高みへと辿りつくと、手を伸ばし続けた努力の人。超えるための方法を間違え、あげく自分の足で最高峰に到達できなかった。哀れで、ほんとうに不器用な人。
 でも、その歩みをホークスは知っている。輝かしいナンバーワンの栄光をみあげながら、いつかかならずと足を止めることのなかった姿を知っている。
 つまりまあ、どうしてかっていわれれば、それはもちろん――
「エンデヴァーさんが恰好よかったから、しかたないです」
 にっこりとわざとらしいくらいの笑顔で答えれば、大きな肩がわずかに下がり、呆れたような吐息が漏れた。顔を覆う炎が揺らぐ。
「どうかしている」
「そんなことないです。見る目あると思うんですよね、俺」
 笑顔のまま、エンデヴァーを下からのぞきこむ。
「それに、実力だって申し分ないでしょう? いまもこうして、ナンバーワンの後衛つとめてますし?」
 だから、俺と組んでよかったでしょう? と、揶揄するように口元に弧を描けば、エンデヴァーは表情を変えずにいう。
「後ろじゃないだろう」
「はい?」
 笑顔が、固まるのが自分でもわかった。
 見上げた顔にある厚い唇の動きが、やけにゆっくりと見える。
 あ、だめだめ。その先はいっちゃだめ。
 思わず飛びついて、手で塞ぎたくなるが、身体は動かないし、それを許してくれるナンバーワンでもないだろう。
 裏も表もない真摯な視線が、ホークスをその場に縫いとめる。目がそらせない。
「隣にいるだろう、おまえは」
「……!」
 いつもは上手く滑り出てくる言葉が、でてこない。
「頼りにしている」
「~~~!」
 とどめだった。
 かっと全身が熱くなる。
 こんなのは自分らしくない。うろたえる姿なんかみせたくない。
 懸命に平静を装い、エンデヴァーさん、と震える声でよびかけようとしたところで、装着しているインカムから、緊急連絡を知らせる音が鳴った。
 ヒーローとしての性か、浮足立った気持ちは即座に霧散する。かわりに場を支配した緊張感を羽根の一枚にまで伝わらせながら、流れてくる情報に耳を澄ませる。
 今回の敵捕獲作戦は、警察のバックアップを受け、他のヒーローとも共同で行っている。しかしながら、警察に包囲されたことに勘付いた敵が、暴れつつ逃亡を図っているらしい。
 周辺住民の避難は済んでいるものの、被害が拡大しては目も当てられない。そんなことを考えたとき、思ったよりも近くで大きな破壊音とともに土煙があがった。
 どうやら、思った以上に切羽詰まった状況のようだ。
「わかった。こちらへ追い込め。対処する」
 エンデヴァーが手短に警察へと応答する。
「いくぞ」
 そして、ホークスを一瞥することなく、真っすぐに前を見据えて歩きだす。その姿はまさに威風堂々。その広い背に、口の端が自然と持ち上がった。
「――おおせのままに」
 俺の、ナンバーワンヒーロー。
 そう言葉にはせず、ホークスは背の翼を広げる。

 さあ、畏れ慄け、平和を乱す敵ども。
 空より降り立つこの太陽に、その目を焼かれるがいい。

「なんて、ね」
 我ながら、くさいことを考えるものだと己を嗤いながら、ホークスは舞い上がる。
 ほぼ同時に、エンデヴァーが跳躍した。さきほどホークスが立っていた柵を足場に、ビルの向こうへと飛び出していく。
 空中にとどまることはできるが、飛べるわけではない彼が、どうしてそうするのか。それはもちろん、さきほどの言葉通り、ホークスを信頼しているからにほかならない。
 それを嬉しいと言葉にすることは簡単だけれど、安っぽくなってしまうのは嫌だから、ホークスは口をつぐむ。
 そのかわりに、剛翼をとばす。
 彼が彼であるために、ナンバーワンヒーローとして輝き続けてもらうために、その背をおす。
 今日も。そして、これからも。

 いつか訪れるだろう、太陽が落ちる黄昏どきに至るまで。