幾千万の世界をこえて ~ めぐりめぐって ~

Caution!!
 簡単にいえば、アヴァロンコードの転生もの+現代ものです。
 なんとなく妄想したら止まらなくなったので、思いつくまま書くシリーズです。

 

 

 ティアが、熱心に本を読んでいる。
 なんでも幼馴染のファナから借りてきたものらしい。
 確か、魂のめぐりあわせが、前世から繋がりが、来世が云々というものを題材にした恋愛小説らしく、あまり自分には興味がもてそうにない内容だったように思う。
 どうしてそれを選んだのかはわからないが、本を読むのも小説を書くのも好きなティアにとっては、いろんな本に目を通したくなるのだろう。前は、家庭菜園の本を読んでいた。
 テーブルをはさんでティアを相対するように座っているヒースは、いろんなことに興味をもつのは悪いことではないと思いつつ、最近の情勢について書かれた新聞に視線を落とした。
 帝国との外交や、王国内での事件・事故・行事などについて記されている。それを目で追うヒースの頬を、開け放った窓から吹き込む風が撫でる。
 ああ、なんて穏やかな日だろう。
 戦いからは遠く、なんの憂いを抱くこともない時間を、愛しい存在とともに過ごす。
 それはこのうえない贅沢で、かけがえのないものに思う。
 満ち足りた生活に、ヒースはほんのりと笑みを浮かべる。
 どうか、この素晴らしい日々が、いつまでも続くようにと、柄にもなく祈らずにはいられない。
 と。
 ぱたん、と小さな音をたてて、ティアが本を閉じた。
 どうやら読み終わったようだ。
 活字中毒というほどではないだろうが、満足げなその表情に、笑いがこみ上げる。
「おもしろかったか?」
「はい!」
 ファナにお礼いわなくちゃ、と機嫌よく呟いたティアが、にっこりと笑う。そして、あのですね、と瞳を輝かせて身を乗り出してきた。
「ヒースさんは、生まれかわったら、なにになりたいですか?」
「は?」
 あまりにも唐突に訊ねられて、ヒースは目を瞬かせる。
「この本に書いてあったんですけど、魂はめぐりめぐって、また世界で生を受けるんですって!」
「……ああ、なるほどな」
 きゃっきゃ、と楽しそうに語るティアは、素直に生まれかわりを信じているのだろうか。それとも話の切っ掛けとして口にしただけなのだろうか。
 よくわからないが、どちらでもいいだろう。所詮、他愛のない質問だ。
 うーむ、とヒースは新聞をおろして、顎をさする。
「そうだな……」
 だが、考えたところで、望むものは決まっていた。
 ヒースは、わくわくと返答を待つティアに、若干申し訳ないと思いつつ、口を開いた。
「もし、この魂がふたたび生を受けるなら――オレはまた、オレとして生きたい」
 ティアの言っている生まれ変わりというものは、ずっと遠い未来でのことだとわかっていても、ヒースはあえてそう伝える。
 さきほどとは逆に、今度はティアが大きな瞳を瞬かせた。
「どうしてですか? もっと、別のことをしてみたいとか、ありませんか?」
 今とまったく同じ人生を望んだヒースを、ティアは不思議そうにみつめてくる。
 そういう考えもあるだろう。
 剣を握ることなく、人を傷つけることなく、身を危険に晒すことなく、ただのなんの変哲もない普通の人として、おだやかに生きていくもいいだろう。
 はたまた、商売で財を築くことに躍起になるのも楽しいかもしれない。
 愛する者と小さくともあたたかい家庭を築くのも幸せだろう。
 でも。
「オレがオレでなくなったなら、君に会えないような気がしてな」
 ヒースは、苦笑した。そう思うだけで、胸が痛い。ティアのいない人生など、味気ない。意味がない。
「これまで、いろいろとあったが……」
 目を細め、過去に思いを馳せる。
 本当に、たくさんのことがあったと思う。
 徒手流派を受け継ぎ、師匠のもとを飛び出し、血気盛んに力試しに明け暮れた頃もあった。
 数々の戦場を渡り歩き、やがて帝国の将軍として軍をひきいるようになり、いったいどれほどの命を奪ったことか。
 ヴァルド皇子を暗殺より守れず、カレイラ王国に攻め入り、予言書を取り戻そうと追いかけてきたティアを傷つけた。
 そして、何の因果か、そんな彼女を守り、教え、導き――そして、互いに恋をした。
 そこに至るまでに血塗られた道を辿ったが、こうしてティアと過ごす幸福があるのなら、またもう一度、この人生を歩みたい。
 辛くとも、悲しくとも、厳しくても、寂しくても、後悔することがあっても。ティアに巡りあわない人生よりも、ずっといい。
「何度繰り返してもいい。君に会うためならば、オレはオレとして生まれたい」
 すべてはティアがいればこそ。
 愛おしくて、慈しみたくてたまらない、目の前にある尊い奇跡に、ヒースは笑いかける。大切な女の子に、心からの笑顔を向ける。
 ヒースの視線に、じんわりと頬を染めたティアが、ほんのりと笑う。
「……きっと」
 黙って耳を傾けていたティアが、ひとつひとつ大切なことを伝えるように、胸に手を置いて言葉を紡ぐ。
「きっと、遠い未来に生まれ変わって、違う人生がはじまったとしても、ヒースさんはヒースさんだと思います」
「そうか?」
 やわらかに、だがきっぱりと言い切られて、ヒースは眉を下げて笑う。
「はい! 今みたいに、強くて格好良くて、それでとっても優しくて、素敵なひとになると思います」
「褒めても、なにもでないぞ?」
 からかうように肩を竦めてそう言えば、ぶんぶんとティアが頭を振った。
「でなくていいです。ヒースさんが傍にいてくれるなら、私、なにもいりません」
「……」
 当たり前のことだというようなその表情に、ヒースはひどく照れくさくなった。年甲斐もなく、恥ずかしくて顔を覆いたい気分になる。ティアが、そんなふうに思っていてくれるは、思わなかった。
 うまい返しも思いつかず、ヒースが黙り込むと、ひょい、と席を立ったティアが、テーブルを回りこんで横に立った。
「ティア?」
 無意識のまま手を伸ばすと、にっこりと笑ったティアが腕に触れ、飛び込んできた。
「大好き」
 ぎゅうぎゅうと、細い腕で懸命にヒースを抱きしめて、ティアが囁く。
「ヒースさんが、大好き。だからきっと、生まれかわっても、また会えます」
 は、とヒースは息をついて、ティアの髪に頬を寄せる。
「そうか……」
 目を閉じて、そのやわらかな感触に幸せを感じ、失いたくないぬくもりを懐深くに抱く。
「君がそういうのなら、悪くはないかもしれないな」
 この世界の理が、本当はどうなっているのかを、ヒースは知らない。
 預言書が価値あるものを紡ぎ、また新たな世界の礎となることは、ティアから聞いているが、魂のゆくすえまではわからない。
「だが、生まれ変わったら、君のことを忘れてしまうかもしれんぞ?」
 ヒースは、この記憶をなくしたくない。けれども、ティアがいうように、魂がまた生を受けて、人はここにいるというのなら、自分にも前世というものがあったはず。しかし、そんな記憶など欠片もない。
 わずかに身体を離し、「さて、そういった場合はどうする?」と、笑いながら意地悪な質問を投げかける。
 しゅん、と意気消沈するでもなく、もう! と怒ることもなく。
 ティアは薄い胸を張り、ふふんと鼻を鳴らした。
「そうなっても大丈夫です。私がちゃーんと覚えていて、ヒースさんのことみつけますから!」
 世界に選ばれた預言書の主の、自信満々な可愛らしい仕草と表情に、ヒースは小さく噴出した。
「……は、ははっ、頼もしいな!」
「はいっ、まかせてくださいね」
 ふふふ、と笑うティアを、きつく抱きしめる。
 価値あるものを繋いで繋いで、そうしてできていく世界の果てに、また君と出会って恋ができますよう。この輝かしい魂の持ち主を愛せますよう。
 そう願いながら、ヒースはティアの額にそっと口づける。
 でもまあ、心配せずともティアがそういうのなら、きっと大丈夫なのだろう。根拠がなくとも、彼女がそういうのならば、ヒースは心から信じられる。
「ティア、愛している」
 ヒースにとって絶対の、なにがあっても変わらぬ真実。
「私も、愛してます。ずっとずーっと愛してます。生まれ変わっても、絶対にヒースさんから離れたりしませんから」
 ティアという存在、その源であるこの魂と出会えたこと。それはヒースの魂にとって、最初で最後の奇跡だろう。

 

 

「――っ、」
 はっと、意識を覚醒させて、目を瞬かせる。
 大切なものと身を寄り添っていたと思うのに、今、腕の中にはなにもない。
 気持ちが悪い。こんなのはおかしい。ここには、彼女がいなければいけないのに――いや……彼女とは、だれだ?
 何もわからなくなって、不安と恐怖を振り払うようにみじろぎすれば、身体にかけられていたタオルケットが落ちていった。
「あ、やっと起きた!」
 ひょこ、とぼやけた視界に飛び込む紅茶色。少しずつ鮮明になっていくにつれ、それが愛くるしい小さな面を縁取る柔らかな髪だと気づく。それを揺らして、少女が微笑んでいる。見慣れたその顔に、ほう、と息が漏れた。なぜだかひどく、安堵を覚える。
 見渡せば、そこはいつもの自分の部屋。大型の液晶テレビ、黒い革のソファ、ラグマット、ガラスのローテーブル。食事をとるための二人掛けのテーブルセットの向こうには、IHのシステムキッチン。当初は殺風景だった住むためだけの室内に、いつしか増えていた観葉植物。女の子らしい雑貨の数々がさりげなく存在を主張している。
 なんの代わり映えもしない、自分の部屋。
 そう認識した瞬間、一瞬感じた違和感が、すうっと霧散する。
 のろり、ソファの上に身を起こす。
 どうやら、少し横になるつもりが、寝入ってしまったようだ。
「お仕事大変で疲れてるの? 大丈夫?」
「ん、ああ……いや、大丈夫だ」
 ぼんやりと、自分を覗き込む少女に頷く。
 ひとまわり年の離れた幼馴染は、にっこりと笑って「お水、持ってくるね」と、歩いていった。
 近所に住んでいた自分に、幼い頃からやたらと懐いてくれた女の子。
 可愛いくて、なんだかほうっておけなくて、よく面倒をみていた。親同士が親しい間柄であったのも要因だろう。
 雛が親鳥のあとをついてまわるような行動も、年頃になればおさまって、自然と離れていくだろうと思っていた。
 しかし、もう間もなく高校生になるというのに、社会人になった自分の一人暮らしのマンションへと当然のようにやってくる。
 自分がソファに横になったときにはいなかったから、眠っている間にやってきたのだろう。
 合鍵を自分の親から預かったというが、そろそろやめるべきじゃなかろうか。というか、そもそもこんな女の子に鍵を預けるとかどういうことだ。
 とはいえ、もし彼女が離れていってしまえば、自分はひどく寂しく思うことは間違いない。しかし変な噂が立ってしまうのも困る。
 ここに住んでいる男が、援助交際してますとでも通報されたら身の破滅だ。
 やたらと仲の良い両家の家族はそんなことはないと一蹴してくれるだろうが、第三者の目は厳しいものである。
 もう少しだけ、ほんの少しだけ、距離を置いた関係になれないものか。
 うーん、といまだ正常に機能しない頭で、そんなことを考える。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
 冷たい水で喉を潤したあと、少女にそこへ座れと指示をだす。素直にいうことを聞いて、自分の横に腰掛けた少女を前に、こほんとひとつ咳払いをする。
「ところで――――」
「?」
 小鳥が首を傾げるように、少女は愛くるしく「なあに?」という顔をする。それに絆されてはいけないと、自分を叱咤する。
「前から何度か言っているが、そろそろ合鍵を返して、ここにくることも控えるんだ」
「どうして?」
「どうしてって……」
 思った通りに進まぬ会話に、すでに頭が痛くなってきた。目を閉じ眉根を寄せつつ、こめかみに指をあて、揉み解しながら続ける。
「いい年をした一人暮らしの男の部屋に、女の子が一人でのこのこやってくるなんてよくないだろう」
「危ないってこと?」
 う、と口を噤む。そこまであけすけにいっているつもりはないが、この年代の少女ともなれば、男と女というのがどういう生き物なのかくらい、わかっているだろう。ならば、そういうふうにとらえられても、おかしくはなかった。
「……いや、別にそういうことをいっているんじゃない」
 やましい心はなにもないと主張するものの、語気が弱く、さまにならなかった。
「そういうことってどういうこと?」
「……」
 何を想像しているの? と無邪気な様子で尋ねられて、居心地が一気に悪くなる。自分の家だというのに、なんたることか。
「あのなぁ……」
 がしがしと頭を掻く。肉体的ではなく精神的に疲れてきた男の前で、満面の笑顔が花ひらく。
「私それでもいいよ? あ、でも16歳になってからのほうが怒られないと思うの!」
「……」
 だからもうちょっとだけ待っていてと、とんでもないことを言われて、本格的に頭が痛くなってきた。結婚できる16歳でも十分に怒られると思うとは、いえなかった。
「どうしてそんなに……」
 君はオレがいいというんだ、とは言葉にできず。手で口を押さえて、言葉を濁す。
 女の子の大切な行事ごと――たとえば、バレンタインデーとか、クリスマスイブとか、誕生日とか――を、常に自分と過ごす彼女の気持ちくらい、わからないはずがない。そこまで鈍くはない。
 かといってはいそうですかと受け入れるわけには……。未来ある少女の可能性を摘み取るわけには……。
 うむむと悩む男の前で、少女はふいに大人びた顔をする。
「だって……離れないって約束したもん」
「それは子供の頃の話だろう」
 自分のあとを、よちよち歩きでずっと追いかけて、たどたどしい言葉と仕草で懸命にそばにいてと訴えていた、幼い日々を思い出す。
 そのあまりの必死さに、一緒にいると約束したことは、たしかにあったのだ。
 だがそれは、遠い昔のこと。いまでも有効かときかれると、たいていの人間は「そんな昔のこと」と一笑に伏すだろう。
 ゆらり、大きな瞳の奥が揺れる。大人の男を、内心うろたえさせるような、そのせつなさは子供がするような目ではない。
 それを隠すように、ゆっくりと俯いた少女の小さな手が、ぎゅっと握り締められる。
「……もっと、ずっと前からの……約束だもん」
 なにを馬鹿なことを、といいかけた。でも、言葉にならなかった。
 なぜなら、自分もそんな気がするのだ。
 生まれたばかりのこの子をみたとき。目を開いて、周囲を知るようになったころに注がれた無垢な視線に。大きくなるにつれ、自分だけに向けられる笑顔に。どうしようもなく、懐かしさを覚えていた。
 さきほどみていた、妙な夢が頭を過ぎる。
 そんなことありえないといいたいのに、いいきれないのは、あの夢のせいもある。
 手に掴んだ砂が零れ落ちていくように、もはや内容も登場人物も輪郭程度しか思い出せない夢の光景。それなのに、ひどく愛しい。とても懐かしい。
 そんな記憶など、自分にはないはずなのに。あるはずがないのに。確かに、遠い昔に約束を交わしたような気持ちにさせる。
 黙りこんでなにもいえなくなった隙をつくように、ぴょんと少女はソファから立ち上がった。
「おなか減っちゃったし、とりあえずご飯作るね!」
「お、おい!」
 ぱたぱたと駆けていくその後姿に、手を伸ばすが、指先は宙を切った。逃げられた。
「まて、話はまだ終わっていな、「今日はローストビーフだよ!」
 言葉をさえぎり、好物を引き合いにだしてくるということは、もう今日はこの話を聞く気がないということだろう。
 華奢で可憐な容姿からはあまりそう思われないが、頑固というか意思の強い少女は、こうと決めたことに対して、なかなか折れることがない。
 はー、と溜息をつく。また今度、機会をうかがって話してみよう。根気よくいくしかない。
 ゆっくりと、ソファに身を沈め、身体の力を抜く。
「……ああ、頼む」
「はーい!」
 元気のいい返事だ。思わず、笑みがこぼれる。
 いそいそとキッチンに立ちながらエプロンを身につけ、手際よく料理をしていくその姿をぼんやりと眺めながら、なんかこれはもうほとんど夫婦のやりとりじゃないのかと――幸せに麻痺しかけた頭でそう思った。